第二十八話 屋台
楽とは客桟で別れた。明山雨と桃は、野宿しながらの旅を伴にした。数日後、二人が鵲国の首都・神鵲京に到着したのは日暮れ前だった。首都をぐるりと囲む城壁に設けられた門には、重そうな扉が付けられていた。門の上は物見台になっていて、武装した衛兵たちが厳しい様子で立っていた。門を通る人々は、一列になって順に何かを見せたいる。
「何やってんだ?」
桃は大きな町に来るのは初めてのようだ。明山雨のほうが余程世間を知っている。
「通行証を見せてるんだよ。町に入る為に必要な書類を、門にいる役人に見せる決まりなんだ」
「ふうん?」
桃は上目遣いで山雨を見た。
「雨雨、通行証は持ってんの?」
桃は心配そうに聞いてきた。明山雨は、得意そうに懐を叩く。
「あるさ」
流離の中で知り合った人に、かつて発行して貰ったのだ。
「本物?」
「本物だよ」
明山雨は口を尖らせる。
「武林盟主って人に貰ったんだ」
「ああ、そう」
桃は呆れて鼻に皺を寄せた。散仙だの武林盟主だの、明山雨の旅路には、ちゃんと名前を名乗らない大人が多かったようである。
「一緒に雨宿りして、別れ際に書いてくれたんだ」
「それ、本物かなあ?」
「本物だよ。これを見せて城壁のある町に入ったことが何度もある」
「ふうん」
こそこそ話しているうちに、明山雨の番が近づいて来た。
「阿桃、名残惜しいけど、ここでお別れだね」
「えっ」
桃は心底意外そうだった。
「えって。阿桃、通行証ないでしょ」
桃は通行証の存在すら知らなかったのだ。持っているとは考えにくい。
「うん。ない」
「そしたら、阿桃は神鵲京でもどこでも、城壁と城門のある町には入れないよ」
「あっ、そうか」
「残念だけどね」
桃は少し考えてから、猫目を輝かせて言った。
「雨雨、何日かはこの町にいろよ!通行証貰って来る!」
摸魚功で立ち去ろうとする桃を押し留めて、明山雨は聞いてみた。
「貰うって、どうする気?」
魚龍書院は朝敵の根城である。国が発給する通行証を貰う手立てはあるのだろうか。
現在の書院は別物だという建前だが、朝廷の意見は違った。禁軍が魚龍山に攻め上って来ないのは、単に陣を破れないからである。明山雨が書院に到着した日に桃が自慢していた、雲風天院長の「魚龍飛天陣」が魚龍山一帯をまるごと囲んでいるのだ。陣には段階的な通行許可と自衛機構が組み込んであり、内陣に近づくほど厳重になっていた。
「武林盟主には貸しがあるんだ。しょっちゅう武林盟のメンバーが、何かを狙って攻めて来るからね」
「えええ」
明山雨は、魚龍山についた日に院長が三組の武人たちを撃退していたことを思い出した。
「ああ」
「思い出した?最初は雨雨もそういうんだと思ったんだよ」
「そういうんじゃない」
「もう分かってるって!」
「ならいい」
二人は短く笑い合った。わだかまりが解けて、桃は流木を軽く叩いた。どうも合いの手のような感じで木を叩いているようだ。
「じゃ!ちょっと通行証貰ってくる」
「うん。気をつけて」
大空高く飛び跳ねて行く桃を見上げていると、役人から声がかかった。いよいよ通行証の検閲である。
「次の人、もたもたしないで」
「あっ、ごめんなさい」
明山雨は慌てて通行証を差し出した。
神鵲京は賑やかな町だった。明山雨が入った門は海神門と言う。町の東に位置していて、鉄鱗港へと向かう東の街道の起点となる城門であった。鉄鱗港は要塞都市であるが、周囲には漁村もある。そこから運ばれて来る海産物は、主にこの海神門を通って神鵲京に入って来るのだ。
この門には、人馬や馬車の入る陸上通路の隣りに、船の通る天然運河もあった。燕辰江と呼ばれるこの川は都を横断している。西方の草原地帯から、西門に当たる風神門を通って流れ下る。こちらの門は貨物船専用であり、水路を西から来る旅人は、都の外にある船着場で降りることになっていた。船を降りた後は、風神門以外の門から入る。陸路の旅人もまた、別の門へ回らなければならなかった。
都の東側にある地区は、都で商業を営む者たちの倉庫が立ち並んでいた。水陸双方が利用出来る海神門があるからだ。明山雨は、着いたばかりの旅人たちに混ざって目抜通りを進んだ。神鵲京を東西二つに分ける燕辰江沿いにある道だ。倉庫街、瓦舎、街外れに並ぶ青楼、酒楼に客桟などをもの珍しく眺めて歩く。
通りには屋台も出ている。食べ物、雑貨、本などが売られていた。明山雨にとって初めて見る品物ばかりであった。
明山雨は、木彫りの屋台に足を止めた。木彫りの花をあしらった簪や櫛、紐で提げる小さな飾りなどがある。売り子の親爺が、不審そうにジロジロと明山雨を見てきた。山雨は擦り切れた服に裸足、束ねてはあるがボサボサの髪である。小間物を買えるようには到底見えなかったのだ。
明山雨は、桃の宝具を思い出していた。魚を捕ることが出来る小さな船、幾らでも魚を入れられる生簀、蓮華の形に開く小さな木の球。どれも精巧な造りであった。今見ている屋台の商品もよく出来てはいた。しかし、宝具には敵わない。
「やっぱり阿桃はすごい奴だ」
立ち去り際に、明山雨は呟いた。
それから数日後。明山雨は、裏通りの廃屋に潜り込んで寝泊まりしていた。神鵲京には、町のあちこちに空き家や空き倉庫がある。華やかな表通りから一歩脇道に入っただけで、暗く寂れた街並みが現れるのだ。放置された我楽多の陰には、宿無しや犯罪者が潜んでいる。明山雨は「いつもの山歩き」を使っているので、難なく安全な隠れ家を見つけることが出来た。
懐に入れていた山の果実が残っていたので、数日間はやり過ごせた。空き家の庭でも、少しは食べられる植物が見つかった。明山雨は空腹に慣れていたから、充分楽しく都の生活を送っていた。
その日は、燕辰江の川波が暖かな陽射しを浴びてきらきらと光の粒をばら撒いていた。人々の行き交う様子をゆったりと眺めながら、明山雨は目抜通りを散歩した。貴人の馬車や馬も通る。
「やあっ、やっぱり君ですか!」
明山雨が馬車を避けると、窓の中から張りのある美声が聞こえて来た。中を隠している簾を、形の良い爪を見せる指先が持ち上げる。簾を支える指関節はがっしりと太く、どの指にもしなやかな筋肉が発達していた。器楽の心得がある人の指である。僅かに出来た簾の隙間からは、すっきりと鼻筋の通った美男子が覗いていた。
「衛公子」
馬車から覗いている人は、数日前に街道沿いの森で襲われていた、衛梨月である。
「お礼にご馳走様させてください」
衛世子は、物腰柔らかく申し出た。
「僕は何にもしてないよ」
「そう仰らずに」
言いながら、衛梨月は首を伸ばして山雨の隣や後ろを確かめていた。
「あの時の女侠は?」
どうやら目当ては桃のようだ。明山雨は忽ち不機嫌になる。
「いないよ」
「あはは、ご心配なく。奪うつもりはございませんよ」
明山雨は警戒を解かずに衛梨月の表情を観察した。
「なんでそんなこと言うの?」
「ああ、失言でした。ご無礼をお赦し下さいませ」
衛世子は、明山雨も恩人のひとりだと思っている。だから丁寧に接しているのだ。流石に車から降りては来ないが、道行く人は何事かと二度見する。大将軍の跡取り息子が、見窄らしい格好をした少年に礼を尽くしているのだ。異様な光景である。
「どうです?お一人でも、ご馳走様致しますよ」
「いいよ。こんな格好じゃあどこでも門前払いだよ」
明山雨の答えには、衛梨月が目を丸くした。山雨は、貴人の顔を真っ直ぐ見るような、常識外れの行動に出る少年だ。ボロ布を纏っていても平気で高級店に入りそうに思えたのである。
「それなら、我が家においでなさいな」
「やめとくよ」
何か不穏なものを感じ取って、明山雨はその場を逃げ出した。屋台や振り売りの呼び込みが雑踏に響く。子供のはしゃぐ声が聞こえる。どこかで猫が喧嘩をしている。
「あれ?もう見えない。恩人は二人とも神仙だったのかなあ。阿鱗に自慢しようっと」
衛梨月は、得難い経験をした、と満足げに人混みを見渡した。
大家好だいがあほう
みなさんこんにちは
水路は好きですか
古今東西、水路は侵入や脱出の場面によく登場します
ロンドン塔が監獄だった頃、鉄格子の嵌った水路から囚人が塔内に入れられたそうですね
泳いで脱獄するのは無理だったみたい
後書き武侠喜劇データ集
大笑江湖
邦題無し
英題無し
2011
動作 愛情 武侠 搞笑
かなりめちゃくちゃな喜劇です
監督 朱延平
吴迪(小沈阳 饰)
中の人が歌う主題歌「大笑江湖」は人気曲
この人こういう歌上手いよね
月露(林熙蕾 饰)
河盗独孤鸿(赵本山 饰)
武侠喜劇歌手といえば、アンディ・ラウ
私の中で不動の一位の劉徳華ですが
遥か離れた第二位が小沈阳
出鱈目でばかばかしい世界を全力で歌い上げるツートップ




