第二十四話 謀叛
明山雨は、山荘という言葉が引っかかった。
「山荘?ここが?」
「そう。九年前までは、八皇子南雀王花墨の山荘でね。立派な蓮池には沢山の鯉が泳いでいたんだぜ。皇族だけじゃなくて、文武に優れた人々がよく集まってたな。外国人もかなり来た。南雀王が幕屋で斬られた後は、主人を失った館だからな。誰も手入れしないし、ここに来る人はいなくなったんだ」
ここは魚龍書院の惨劇の発端となった、九年前の事件現場だったのだ。阿六はあくまでも鯉の悲運に心を痛めているらしい。南雀王の最期は淡々と語っていた。
「南雀王っていう人は、そんなに人望があったんだね」
つい昨日に惨劇の顛末を聞いたばかりだ。文化的な催しには興味のない明山雨だが、残虐で姑息な行いをした人間の元に多くの人が集まっていたのは驚きだった。
「文武に優れた玉面将軍と呼ばれていたよ」
玉面とは、褒め言葉だ。玉面将軍は、玉のような顔立ちをした将軍、という意味である。軍人でありながらも色白で、はんなりと美しい容貌だったようだ。謝大人の一族を皆殺しにした残虐さからは、想像もできない外見である。
南雀王は、その業績もさることながら姿形までも賞賛されていた。そんな人がなぜ謀叛を企てたのか、山雨にはやはり不思議だった。
「性根の腐った奴だったんだろうよ」
桃が吐き捨てるように言った。桃にとっては、南雀王は親の仇である。尤もな反応だ。
「そんなもんかねぇ」
南雀王の心のうちには、一体何があったのだろうか。明山雨にはさっぱり解らない心境だった。
「案外、そんなもんさ。小さな恩義を忘れない人もいれば、僅かな不満で命まで奪う人もいる。まして国が関わるとなれば、些細なことでも大惨事を引き起こすに至るんだぜ」
明山雨は身震いした。大きなことに関わるのは危ないと痛感したのである。
桃が、ふと思案顔を見せた。
「阿六、南雀王は幕屋で討たれたんだろ?」
「そうだよ、細羽」
阿六は五百歳であるが、見た目は十七、八である。桃や明山雨より少しだけ歳上にしか見えない。桃に対して特別な呼び方をする阿六に、山雨は落ち着かない気持ちになった。
「ここで鯉が沢山犠牲になったって言うけど、どうしてそんなことになったんだよ?」
「伎楽交流会の真っ最中に、スパイ騒ぎと泥棒騒ぎが同時にあったらしい」
阿六は、鯉たちの悲劇を感じ取って駆けつけたのだ。息も絶え絶えになった鯉たちから事情を聞いたのだと言う。鯉は争いの中で陸へと上げられた。それだけではない。池にいても刃物や飛んできた机などに傷つけられたのである。
「スパイと泥棒?別々の犯人だったのか?」
雲風桃の言葉は明山雨にとって意外だった。
「阿桃、初めて聞く話なの?」
「そうだよ、雨雨。昨日、書院に起きたことを詳しく聞くまでは、この山荘が廃墟になった理由なんて、深く考えたことがなかったんだ」
単純な桃らしい反応である。仇ではあるが、南雀王はもういない。散仙ことニ叔に引導を渡されてから九年の歳月が過ぎ去った。事件の詳細は興味の外に置いていたのだ。そんな桃がおかしくもあり、可愛らしくもあり、明山雨はクスリと忍び笑いを漏らした。
「なんだよ雨雨、笑うなよ」
「ごめん」
桃が拗ねたように山雨を睨む。明山雨は口では謝っているが、笑顔を崩さなかった。阿六は、二人を微笑ましそうに眺めていた。
「で、スパイと泥棒は別々の奴だったのか?」
桃は改めて阿六に問うた。
「うん。西狼のスパイが新型兵器の設計図を盗みに来た事件と、書庫から一幅の絵が盗まれた事件が、同時に起きたんだ」
「二人を捕まえようとして、大騒ぎになったのか?」
「そうなんだ。同時に二種類の犯罪が起きたからね。追跡も混乱したみたいだぜ」
山雨は、昨日聞いた話を思い返す。月夜に追われていたのは、散仙ことニ叔の婚約者であった謝照児と、もう一組だ。どちらがスパイ容疑で、どちらが窃盗容疑なのかは不明だが。
「公公が一人と子供が一人?」
「姑姑の他に追われてたのは、確かにその二人だって聞いたよな?」
「うん。泥棒にしてもスパイにしても、不思議な二人組だね」
桃と山雨の話を、阿六が遮った。
「え?どっちも若い母親くらいの年齢に見える女性だって聞いたぜ?」
「じゃあ、公公と子供は巻き込まれただけかな」
いよいよ気の毒な話である。彼等二人の遺族は今、一体どうしているのだろう。それが気に掛かって、明山雨の胸は痛んだ。
「そこまでは解らないけど、とにかく女性が二人、逃げたんだってさ」
「一人は崖から落とされた、阿桃の姑姑だろうけど、もう一人の女性はどうしたの?」
明山雨は疑問に思った。逃げおおせたのか、それとも捕まったのか。鯉たちもそこまでは見ていなかったそうだ。巻き添えで怪我を負った人間も大勢いたらしい。
「逃げた後のことは知らない。それより、ひとりは細羽の叔母さんだったの?スパイか泥棒ってこと?しかも崖から落とされた?」
阿六の声が大きくなった。
「スパイじゃないよ。叔母さんが盗んだ絵っていうのが、南雀王謀叛の証拠だったんだと思う」
「そうなんだろうね」
桃と山雨の話を聞いて、阿六は目を見開いた。
「南雀王は謀叛人だったのか?」
「えっ、阿六、ここに住んでるのに、知らなかったの?」
「おいおい、俺は事件の後でここに来たんだぜ?南雀王も、事件の頃ずっとここに住んでたわけじゃないよ」
阿六はおどけてくるりと回った。
「そうなの?」
「謀叛の計画をしてたかどうかなんて知らないよ」
「ふーん」
「雨雨、俺が来たあと山荘の主は一度も戻って来てないよ。山荘には、事件当夜に怪我をして治療を受けている人達がいたんだけどね」
ここは山荘である。イベント用の別荘だ。山荘の主は、通常南雀王府と呼ばれる屋敷に住んでいた。イベントが終われば、しばらく山荘を留守にしていることは自然だった。
南雀王は鵲国南部辺境地域の将軍だ。南雀と呼ばれるこの国境地帯と接するのは、高級木材を特産品として栄える南燈国だ。南雀王は、軍事拠点としての幕屋に滞在することもあった。
「俺は南雀王と直接会ってないし、鯉たちも詳しいことは聞いてなかった。ここで鯉たちが酷い目にあったこと以外、ほとんど知らないんだ」
事件が起きた夜、南雀王は謀叛の証拠を盗まれ、直ちに行動を起こした。私兵を率いて謝府に乗り込み、謀叛人としてその時邸宅にいた者を皆殺しにしたのである。謝大人を首謀者とする一味の血判状が、その夜謝府から押収されたという記録があるそうだ。押収に逆上した謝一族が抵抗したため、その場で成敗したという筋書きだった。それを皇帝に報告し、謝家即日滅門の聖旨が発行された。
夜明け前には謝家一族郎党の処刑は完了し、各地に告知が届けられた。
血判状の押収は、散仙が皇帝から聞かされたことである。実物は見ていないそうだ。当然散仙は、血判状が実在するとしても捏造だと確信していた。だが打つ手はなかった。皇帝自ら南雀王謀叛の証拠を隠滅したのだ。南雀地方での不自然な物、人、金銭の動きは全て、謝県令大人の仕業とされた。南雀王の思惑通りである。
偽の血判状や身代わりの謀叛人など用意せずとも、南雀王が不利となる証拠が皇帝によって握りつぶされることは、充分承知の上での蛮行だったろう。南雀王花墨は、鵲国との交流がなかった南燈国との交流をすすめ、更に南方の国々との通商まで開いた男である。念には念を入れた対策を取ったのだ。
「南雀王が惨殺されたことは、伝令が伝えに来たぜ。俺は鯉たちの供養で滞在を続けていたから、みんなへ退去命令が出されるのは直接聞いてた。鵲国では、持ち主が存在しない土地や建物に滞在するのは不法占拠と見做されるからね。南雀王はまだ若くて独身だったし、相続者も決めてなかった」
「阿六、ずいぶんと詳しいんだな」
「でも謀叛の話は知らなかった」
「そりゃそうだろ。本朝が証拠を握りつぶして、姑姑の一族が濡れ衣を着せられたんだからな!」
桃は目を三角にして拳を握った。
「落ち着け、細羽。書院と鵲国の相互不可侵は無くなったんだろ?滅多なことを口にしたら危ねぇ」
「誰かに聞かれてたら大変だよ」
「ちっ、二人とも肝が小さいな」
桃が事件の詳細を知ったのは、つい昨日なのだ。ただでさえ真っ直ぐな性格である。濡れ衣の黙認を我慢するのは難しい。
鵲国では、南方通商の立役者が、魚龍山を根城とする叛徒の凶刃に倒れたことになっていた。それも昨日、ニ叔から聞いて知ったことだ。桃は遭難ばかりしていたが、人里とは無縁だったのだ。事情は知らないままで暮らしてきた。
大家好だいがあほう
みなさんこんにちは
後書き武侠喜劇データ集
そろそろ刑事や捕頭などが主人公の探案喜劇と王侯貴族の政治闘争メインの喜劇も解禁するか?
ただし半斤八両/Mr.Booみたいなやつは義侠心と言われると、どうなんだろう?
今回は伝奇ジャンルを特別収録
こういう単純な喜劇を武侠でも作って欲しい
贩卖法术的杂货铺
邦題不明
Magic Grocery Store
2021
古装 奇幻 喜劇
喜劇タグに偽りなし
義理人情、邪悪な秘術、武力衝突、愛恨、恩怨、などの武侠要素はあるが、武侠タグを付けるには弱い
10分×16集
監督 修潇楠
捉妖師嘯天 吴迪飞
九尾猫妖小七 赵晴
幽霊金城 王嘉萌
蛇妖小翠 王雅淇




