第二十三話 山荘
畝り髪の少年は、裸足ではなかった。靴や服には藪を抜ければ着く筈の、緑色のシミが見えない。土汚れもなく、糊でも付けたかのようにバリッとしていた。
「俺、ずっとここに住んでるんだよ」
「んん?」
水もない廃墟で、少年は長らく暮らしているという。俄には信じがたいことだった。水瓶は無さそうだ。山雨のような竹筒も見当たらない。
「水はどうしてるの?料理はしないの?」
「水?そこらじゅうにあるでしょ?それで充分だから、料理はしないよ」
「えっ、そこらじゅう?どこ?」
山雨が戸惑うと、少年は、何を言ってるんだ、という顔をした。
「ほら」
言いながら、少年が片手を開く。金茶色の靄が掌から出た。掌の窪みには、次第に水が溜まってゆく。
「妖怪!」
明山雨は逃げる体勢に入る。
「失礼な。違うよ。空気の中には水があるのさ。知らないのかい?」
明山雨は後退りながら、少年の掌に溜まっている水を見た。
「それを、内功で取り出しただけだよ」
「内功」
「そうだよ」
確かに、怪しい少年の掌からは靄のようなものが出ていた。院長や魚龍書院の門下生が内功を使う時には、同じような靄が立ち昇っていたのだ。
明山雨は、ひとまず少年の言うことを信じた。武功高強な人達なら、そういうこともあるのかも知れない、と思ったのである。魚龍書院に着くまでは、武人の生態など関心もない事だった。だが、書院で数日を過ごした為に、否が応でも知識が付いてしまったのである。それで、今目の前で起こった異様な出来事にも順応出来たのであった。
しかし、山雨にはまだ納得出来ない点があった。
「水だけで生きてるの?お腹空かない?」
明山雨は、好奇心から聞いてみた。痩せていないのだから、栄養は足りているのだろう。
「空かないよ」
「へー」
明山雨は感心した。山雨も、お腹いっぱい食べられる日はまずない。だが、水だけで何日も過ごした経験もなかった。やはり武人だからなのだろう、と山雨は得心した。
「うーっす、阿六!」
そこへ桃が降って来た。鵲姐ではなく、摸魚功であった。華麗に着地してから山雨に気付く。
「あれ?雨雨」
「阿桃」
明山雨は、気持ちが明るくなるのを感じた。自然に目が輝く。
「山下りて、また別の山に登ってんの?阿六に入門した?」
「いや、違うよ」
怪しい少年は、阿六というらしい。桃の友人のようだ。入門したかと言われるほどだ。山雨が思った通り、少年はかなりの高手だったのだ。
「細羽!この人と知り合い?」
細羽とは、この地域の言葉で小さな羽と言う意味である。桃が身軽だからなのか、鵲姐の妹分だからなのか、はたまた本名の公輸碧羽を知っている仲なのか。明山雨の心が波立った。
「うん。二叔に書院の名札を貰ったのに、山を下りちゃったんだよ」
「二叔、やっぱり生きてたのか!」
初日に名札を見た時、桃と楽は裏面まで見なかった。素材も普通の木だったし、まさか散仙が公輸雪鶴だとも思わなかったのである。山雨は、木片に刻まれている図形が自分の名前だと言うことさえ知らなかった。それが分かっていたならば、こんなに長く書院に引き留められることもなかっただろう。彼は、侵入者ではなかったのだから。
「名札だなんて、知らなかったんだよ。あの門だって、客桟だろうと思って入ったんだし」
「二叔は何も言わなかったの?」
「うん。何も聞いてない」
「そういえば、二叔自身も驚いてたもんね」
「はははっ、二叔らしいや。気まぐれだったんだろうね」
「阿六、雨雨は二叔の命の恩人なんだよ」
「へえ。それでか。お礼として魚龍書院の庇護下に入れたんだろうね」
散仙と明山雨が出会った時、魚龍書院は既に朝敵として禁軍に襲撃されていた。書院の後ろ盾は、却って命が危なくなる要素なのではないか。そう思った明山雨は、不満そうに口を曲げた。
阿六は人懐こい笑顔を浮かべ、拳を反対の掌で覆う仕草をした。武人が戦う意志がないことを示す挨拶である。
「在下、鯉門阿六と申す者にて候」
鯉門は門派の名前であり、阿六に苗字はないようだ。もっとも明山雨には、門派名と人間の姓が判別出来なかったが。
「鯉門は蓮池功で有名だよ。何からでも水を引き出す内功なんだ」
桃は簡単に説明した。山雨は身震いする。何からでも、と言うことは、人間からでも水を取り出せるのだ。そんなことをされたら、干からびて死んでしまう。
「怖がらなくていいよ。俺たち鯉門は邪派じゃない」
山雨は邪派が何なのか解らない。そこでまた一歩後退り、警戒を露わにした。
「雨雨!失礼な奴だな!阿六はいい奴だって!」
「そう?」
「こいつは五百年も修行してる仙人なんだよ」
「え、ご、ごひゃ、五百?」
山雨は恐怖のあまり後退をやめた。
「やっぱり、妖怪じゃないの?」
桃は目を吊り上げた。
「違うよ!鯉門は崑崙派と同じ修仙門派なんだよ」
山雨は背中を丸め、横目でそっと阿六を観た。
「古代の武門は武仙を目指す団体だったのさ」
阿六は得意そうに胸を張る。
「武の道をひたすらに歩み、世俗のこだわりから自由になるのが目標だぜ」
「仙人なんて、本当にいるんだ?」
「ここにいるだろ?」
阿六は掌で水の塊を呼び出し、ヒョイと飛び乗った。
「ほらな?」
阿六は両腕を開いて見せた。
「ほら」
今度は足元の水が、ぐるぐると阿六の周りに渦巻きを作る。見る間に阿六の姿は、空中を流れる水で覆われた。回転する水柱のなかを、金茶色のお腹をした焦茶の鯉が泳いでいる。と、思う間も無く、水が弾けて消えた。
「おーい」
梁の方から声がする。ふり仰ぐと、阿六が石の梁に寝そべっていた。
「障眼法?それとも軽功?」
山雨は桃に尋ねた。魚龍書院にいた間に、僅かながら得た知識をもとに予想したのだ。
「違うよ。阿六は本当に瞬間移動できるんだ。すげえよな」
「へええ、これが仙人かあ」
「そっ。信じた?雨雨」
「うん。阿六は、本当に五百歳なの?」
「そうだよ。俺みたいに俗世に留まってる仙人のことを散仙て言うのさ」
阿六はニ叔と違って、本物の散仙だった。
「散仙て、人々を救けるって聞いたけど」
阿六は、ただダラダラしているだけに見える。
「必要があればね」
散仙であっても、仙人は仙人なのだ。俗世に関わるとしても、あくまで通りすがりの手助けである。
「仙人の力は大きいから。あんまり手出しすると、天に逆らうことになっちゃうんだってさ」
「逆天、って言ってな。運命を捻じ曲げると、ひどい場合には国ひとつ消滅してしまうんだぜ」
「ひええ」
山雨は青くなった。
「厳しい修行の末に不思議な力を身につけても、不自由なものなんだね」
「うん、そりゃ、大きな力だからな」
阿六は平然として答えた。明山雨とはまるで違う世界に生きているようだ。
「僕は気ままな生活がいいや」
「はははっ、人それぞれだよな!」
「うん、そうだね」
山雨は朗らかに笑う阿六に接して、心が晴れ晴れとした。矢鱈に入門させたがる魚龍書院から逃げてきたばかりなのだ。自由意思を尊重されて、ほっとしたのである。
「阿桃と阿六は、昔から友達なの?」
「うん。小さい頃、軽功が下手くそでここに落ちちゃってさ。阿六がいなかったら、骨が砕けてたね」
桃はさらっと怖いことを言った。しかし、それは確かにそうなのだ。軽功は、身体を軽くして動きを速めたり、大ジャンプをしたりする技術だ。足場のない場所では、内功で足場を造る。気のコントロールが未熟なうちは、落下する危険もあるのだ。実力以上の高さまで上がっていれば、墜落は命を脅かす。
「うわあ。それは大変だったね」
「阿六のお陰で生きてるよ」
「へへっ」
阿六は感謝されて嬉しそうだ。
「阿六は五百年間ここに住んでるの?」
「いや。九年ほど前に、ここで鯉が沢山息絶えたんだ。鯉門は鯉を手本にして修行する門派だからね。鯉に悲劇があれば、弔いに駆けつけるよ」
阿六がこの廃墟に留まっているのは、ここで儚くなった人工池の鯉たちを弔う為だった。
「九年前?」
書院が襲われた年である。この場所も巻き添えを喰らったのだろうか。
「九年前、この山荘で事件が起きてね。池で飼われていた鯉たちには、とんだとばっちりだったよ」
阿六は悲しそうである。仙人なので怒りはなく、ただ命を失くした生き物を憐れに思っていた。
大家好だいがあほう
みなさんこんにちは
絕代雙驕
天空伝説 ハンサム・シビリング
Handsome Siblings
1992
武侠 喜劇
筆者は覚えてないんですが、日本ではアクションラブロマンスとして紹介されたらしい。やめろ。それ目当てで観た観客が怒るよ。
原作 古龍 「絕代雙驕」
監督 曾志偉 王晶
小魚兒 主題歌 劉德華 アンディ・ラウ
花無缺 林青霞 ブリジット・リン
江玉郎 吳鎮宇 フランシス・ン
中文Wikipediaの呉鎮宇の項目だと、モブだと書いてありますが、作品ページではちゃんとネタバレ全開の属性になってます。序盤から活躍する役なのに、三文字だけなのが悲しいけども
作品について
曾志偉がぜんぜん現場に来なくてクビになり、王晶が引き継いで仕上げたという、いわくつきの作品
王晶、オープニングのスタッフ一覧にクレジットされてないんですよ
その適当さが人気でもあります
エンディングの歌詞がふざけててまたいい
それだけ抜き出すと、とっても哲学的ですけどね
花無欠が女で玉郎が別にいます
鐵心蘭は、影薄い上に思春期が現れたとかなんとか小魚に言われますが、原作への皮肉とか美女だからとかいうより、黒ずくめで黒の帷帽をかぶったスタイルを言っているようです
ちゅうにびょうてきな
二本の剣を足場にして立つシーンでアンディ・ラウが、ワイヤーアクションが下手な人みたいに揺れてるんですが、ブリジット・リンと動きピッタリ合ってるのでネタだとすぐに分かります
他にもワイヤーでブランブランしてるところは、わざとやってる