表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/50

第二十二話 下山

 突然押しかけて来た散仙(さんしん)一家が、嵐のように去って行った。いつも優雅な様子を保っている(ざう)が、心なしか落ち着かない様子であった。


「なんだ、阿舟(あざう)音功(やんこん)を学びたいのか?」


 雲風天(わんふぉんてぃん)院長が声をかけた。音功は風天では教えることが出来ない。雪鶴(しゅっとう)は達人である。


「いえ、そういうわけでは」

「ではどうしたのだ?家族が恋しいか?」


 舟はゆったりと瞼を下げる。


「わたくしは、嘘偽りなく、天涯孤独の身の上でございます」

「そうなのか」

「はい、左様でございます」


 意外なことに、雲風舟の素性は、風天院長でも知らないらしかった。



 翌朝早く、明山雨(みんさんゆう)は石門にいた。門さえ潜れば自由である。散仙に貰った名札があれば出入り自由なのだ、と判明した今、失敗への恐れは消え去った。考えてみれば、軽功(へんこん)を身につける必要はもとより無かったのだ。それに、急流で魚をひたすら捕まえれば、摸魚功(もうゆうこん)は身につくのだ。軽功を学びたかったとしても、修行は、なにも魚龍(ゆうろん)渓谷で行わなくても良いはずである。


 明山雨は、手には流木を持っている。桃に貰ったものだ。もうすっかり相棒である。明山雨には名前をつける趣味はないので、無名の流木だった。


「ふむ」


 これ見よがしに並べられた、陣の通り道となる石や木片を、明山雨は眺めた。前回で懲りたので、触るのはやめておいた。その代わり、その上の空間に流木を差し込む。特に反応はない。名札を首から下げている明山雨が手に持った棒だからだろう。


「大丈夫そうだな」


 明山雨は、どんぐり眼をくりっと動かして陣の反応がないか確認した。安全だと判ると、大きく息を吸った。


「ふーっ」


 そして勢いよく息を吐き出して景気付けをした。明山雨は、門から距離を取る。顔が引き締まった。両手でしっかりと流木を握る。肩に担ぐように流木を持ち、明山雨はやおら走り出した。次第に速度を上げ、門のやや手前で腕を突き出す。流木は門の向こうまで届いている。


 明山雨は、軽やかに踏み切った。流木の先が、門を抜けた先にある地面に触れた。大きな身体がしなやかに宙を舞う。空中を走るような仕草で、明山雨は、とうとう石の門を潜り抜けてしまった。



「最初から、地面にあるものなんか飛び越えれば良かった」


 着地して振り返った明山雨は、気が抜けたように独りごつ。朝の爽やかな空気には、竹の香りが満ちている。山雨は、清々しい気分で笑顔になった。


松阴(ちょんやん)竹影(ちょっきん)当行(どんはん)(うぉ)


 山雨は、子供の頃に聞いた一節を謡いながら、山の麓へと下りて行った。散仙が口ずさんでいた詩の一つである。松の木陰や竹の落とす影が住処とするに相応しい、という旅人の心境を詠み込んだ言葉だ。何物にも執われない、漂泊者の人生観である。書院の庇護下に入ることを嫌い、気ままな流離いに戻った明山雨にはぴったりな一節だった。


 石の門の内側には、院長と三人の弟子たちが並んでいた。陣の作動に気がついてやって来たのだ。しかし明山雨には、彼らの姿が見えなかった。それも陣の効果である。


 山雨はしばらく歩いて、数日前に離れた街道まで辿り着いた。魚龍山へと至る細道の出口で、明山雨は水を飲んで休憩した。もうすぐ昼時である。この辺りには茶舗も客桟も無い。山雨は、街道沿いに生える植物の実や根で腹を満たすことにした。


「さて、どっちに行こうかな」


 街道を東に進むと、港湾要塞都市・鉄鱗港(てぃっろんこーん)がある。ひたすら西へ向かえば、都である神鵲京(さんじゃっけん)に至る。途中には、小都市がいくつか控えていた。山雨はまだ、神鵲京に行ったことがない。


「都に行ってみるか」


 山雨はいつもの通り、軽い気持ちで歩み始めた。擦り切れた服、無造作に束ねたボサボサの髪、不恰好な流木を杖につき、土埃の立つ路を裸足で行く。



「うん?階段かな?」


 かつて脇道だったらしき道があった。木が不自然に途切れているのだ。よく見ると、馬車道の脇に石段が刻まれていたようだ。いまは崩れて、丈の高い草に覆われている。坂道に生える木々は疎で、明らかに周囲のものより若かった。


「道じゃないけど」


 上に何があるのか気になった。明山雨は叢の中を登ってみることにした。両腕で構えた流木を使って藪を漕ぎながら、山雨は鼻歌混じりに進む。「いつもの山歩き」を使っているので、虫にさえ襲われずに歩いてゆく。


 ただし、この歩法は目眩しに過ぎないので、草や石などの障害物には通用しない。そこは怪我をしないように避けて通った。見通しの悪い藪なので、毒草が紛れていても目立たない。魚龍山に程近い斜面ではあるが、植生は違っていた。明山雨は、未知の毒草があったら、と思うと怖かった。



 山雨は緊張しながら藪を抜け、半分崩れた門を見つけた。ここの門は石ではなく木で造られていた。僅かに残った門柱には、見事な透かし彫りの名残が見えた。かつては贅の限りを尽くして塗り上げられていたであろう。今では、朽ち果てて蔦で覆われている。足元には扁額の残骸もある。かろうじて額縁と解る飾り彫りの一部が残るばかりで、そこに書かれた文字を知ることは、もう出来なかった。


 そこからまた階段と坂道が続き、虫食いだらけの門がもう一つ現れた。この門には古い扉が片側だけ付いていた。錆びた蝶番で門柱にぶら下がっている。昔日の役割を必死に守り侵入者を威嚇するように、風が吹くたびに軋んでいた。勿論、昔は立派な観音開きの扉だったのである。


 門の内側には、かつて広大な屋敷があったようだ。水廊や太鼓橋、蓮池に張り出した四角亭、石造りの舞台に、凝った細工を施した幾つもの離れ。それらは一様に風雨に晒されて、見る影もなかった。



「迷子かい?」


 古びた石の伎楽殿に入った時、頭の上から少年の声が降って来た。見上げると、石造りの梁に寝そべった人がいる。畝りのある黒髪を高い場所で束ね、前髪がいく筋か落ちていた。目を瞑ったまま頭の下で腕を組み、脚も組んでいた。


「ここらには何にもないよ」


 明山雨が黙っていると、少年は目を閉じたままもう一言付け加えた。


「階段の跡を見つけたから、上に何があるのか見に来たんだよ」


 明山雨は素直に伝えた。すると少年はパチリと目を開いた。


「わざわざ?」

「わざわざ」


 明山雨のシンプルな答えを聞いて、少年が石の梁から飛び降りて来た。


「跡って言ったって、すっかり藪に呑み込まれちゃってるだろ?」

「呑み込まれてた」

「物好きだねえ」

「暇だからね」


 少年はひとしきり口をパクパクしてから、また一言加えた。


「水もないし、泊まるのにも向かないよ」

「水はあるよ」


 山雨は腰に下げた竹筒を振って見せた。微かにチャプチャプ音がする。


「それに、屋根が残っている場所もあるじゃない。充分泊まれるよ」

「うんまあ、屋根があるにはあるね。殆どが無くなっちゃってるけどね。どうしても泊まるつもりなら、家具は形を留めているように見えても、使わない方がいいよ。中が腐ってて危ないから」


 少年は親切に忠告をしてくれた。


「そうなの?ところで君はここで何してるの?」


 腐った家具で怪我をして動けなくなった、というわけでは無さそうだ。どう見ても無傷である。山雨のように好奇心から登って来たとも考えにくい。それにしては山雨の行動に驚きすぎであった。



 少年はパッチリとした眼で明山雨を見た。


「気になる?」

「気になる」


 少年は長身でやや肉付きが良かった。高い梁の上からひらりと降りて来たくらいだ。武術の達人に違いない。服は焦茶地に金茶色の斑ら染めだ。激しい動きに耐える、しっかりとした生地である。揃いの稽古着を渡されるような大きな門派の人かもしれない。


大家好だいがあほう

みなさんこんにちは


本文中の古詩は、

方岳1199~1262「竹下」より


後書き武侠喜劇データ集


射鵰英雄傳之東成西就

大英雄

The Eagle Shooting Heroes

1993

監督 劉鎮偉

動作指導:洪金寶


黄药师 张国荣

欧阳锋 梁朝伟

洪七 张学友

段王爷 梁家辉

王重阳 钟镇涛

周伯通 刘嘉玲

素秋 王祖贤

三公主 林青霞

国师 张曼玉

皇妃 叶玉卿


「东邪西毒」撮影の合間に、同じ出演者を使い、プロデューサーで参加していた劉鎮偉が仕上げて公開した映画

射鵰の英雄たちが若かりし日の物語、というコンセプトも共通している

豪華な学芸会

オープニングテーマで一応原作のあらすじっぽいものが分かるようになっている。

射鵰の英雄たちが若かった頃は酷かった、というナレーションとともに、酷すぎるドタバタが幕を開ける。

現代視聴者は、ひたすら唖然とするかもしれない。

武侠とドタバタ喜劇が好きな人からは熱烈に支持され続けている、武侠喜劇の大傑作。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ