第二十一話 新しい書院
翌日三人は、教室に遺されていた学習道具を供養した。燃えるものは墓地の片隅で焚き上げ、燃えないものは塚に埋めた。三人が線香を上げていると、ギャギャギャという耳障りな啼き声が聞こえてきた。
「ただいまー!」
幼い女の子の声も降ってきた。黒白の巨鳥が巻き起こす風に煽られ、楽は飛ばされそうになった。
「小碧!人のいないところに降りなさい!」
「わかったよー。鵲姐、またね!」
掴んでいた鳥の脚を離し、童女が飛び降りて来た。
「何してんの?その子、新弟子?」
何も知らない公輸碧羽が、気軽な調子で大人たちに尋ねた。二人は暗い顔になる。
「小碧も名前を変えたほうがいいな」
鉄魚の提案に、碧羽は困惑した。
「爺爺、なんで?」
「掟が破られ、公輸は滅んだ。素性は隠したほうがいい。書院も安全ではなくなったんだ」
「滅んだ?え?なに?」
「見てみろ。墓石が増えているだろう」
小碧は、急に増えた墓石に初めて気づいて呆然とした。石に刻まれた名前には、父と母のものもある。駆け寄ることもなく、小碧はただ目を見開いて立ち尽くしていた。
◆
「雪鶴は結局帰って来なかった」
雲風天は締め括った。
「そんなことがあったのですか」
舟が漂着したのは、魚龍書院の惨劇よりも後のようだ。
「あのとき、相互不可侵の約定が破られた、と仰ったのは、そういうわけだったんですね」
楽は当時子供だったので、詳しい経緯は知らされていなかったようだ。桃は当時を思い出してか、目が赤くなっていた。
「昔のことだ」
風天は少し寂しそうに答えた。明山雨は、自分が出会った時の散仙が、仇討ちの最中だったのだろうと推測した。その割にはギラついたところがなかったのを思い出す。
「師父は、二師姐の遠い親戚だったのですね」
舟は目を伏せる。惨劇の話を聞いた後では、殊更場の雰囲気が陰鬱になった。
「まあ、そうなる」
「おふたりも天涯孤独だと伺っておりましたが、身の安全の為に作り上げた偽りの来歴だったのですね」
「それもある」
「他にも理由が?」
舟は興味を惹かれて、目を少し開いた。
「その方が強そうじゃない?」
楽がにこにこしながら言い放つ。
「だろ!」
桃も歯を剥き出して笑った。
「左様でございますか」
舟はどっちつかずの声音で言った。
「明山雨、入門する気になったか?」
院長が山雨に話しかけた。山雨は首を横に振る。
「しないよ」
「ふん、強情な奴め」
禁軍に攻め込まれるような組織に入門するなんて、お断りである。魚龍書院と周辺勢力との相互不可侵が破られた後、再度の襲撃はあったのだろうか。明山雨は、そこが少し気になった。だが、詳しく知ってしまったら、自分の身も危ない可能性がある。迂闊なことは口に出さないでいよう、と心に誓う明山雨であった。
九年前に謀反騒ぎがあった時、明山雨は山の中にいた。魚龍山からはかなり離れた場所である。人通りも少ない山だった。謀反の噂も、書院の惨劇も、何一つ知らなかった。明山雨は散仙の過去を聞いて、これからもなるべく山奥に隠れていようと思った。特に長生きしたいとも思わないが、血生臭いことに巻き込まれるのは御免である。
「おや?」
院長がすっかり白くなった眉を上げた。
「賑やかなのが来たようだ」
明山雨は緊張した。さては禁軍かと思ったが、弟子三人の様子からみると違うようだ。卒業生でも来たのだろうか。
答えはすぐに分かった。一人の中年男が摸魚功でやって来たのだ。髭は剃っているが、後ろ髪を垂らした開放的なスタイルだ。腕には妻と子供を抱えている。妻は幼児を一人おんぶして、一人だっこしていた。
「なんだ鶴児、やっぱり生きとったか。心配ばかりさせおって」
「雲叔ただいま。歳とったなぁ」
「はっ、口を開くなり何を言うか。無礼者めが」
顔を顰めて憎まれ口をきいているが、風天の目には涙が浮かんでいた。
「ご無沙汰致しております」
三男を背中から下ろして、公輸雪鶴の妻が風天に挨拶をした。
「おじい?」
年嵩の少年が父親を見上げて訊いた。
「いや。遠い親戚だよ」
「こら、鶴児。誤解させてはいけない。今の魚龍書院にいる者はみな、天涯孤独だ」
二叔は狐に摘まれたような顔をした。
「おとう、テンガイコドクってなにー」
「なにー」
「あーにー?」
三人の男児がワーワーと騒ぎ出す。
「これ、大人しくしてなさい」
「えー」
「やだー」
「きゃはははは」
「あっ、待ちなさい」
三兄弟は母親に注意されても、気にも止めなかった。三男などは、タタタッと駆け出した。
「照児もすっかりお母さんだな」
「出会った頃から肝の据わった女だったが、親になってからは迫力まで出て来たよ」
三男を追いかける妻を眺めながら、雪鶴は誇らしげに顎を反らせた。明山雨は、その様子をじっと見つめていた。桃は喋りたいのを我慢している様子だ。楽は穏やかに立っていた。舟は、雪鶴と照児を交互に見ていた。
その夜の食卓は賑やかだった。子供達は食べ物に集中するタイプで、案外静かだった。その代わり、風天が話しかけても無反応であった。聞こえていないのである。照児の話によれば、長男は七歳で月魚、次男が五歳で銀月、三男の夜魚は2歳だということだ。
明山雨と別れて一年後ぐらいに、長男が生まれたとみえる。風天の紹介で、山雨が命の恩人だと知ると、雪鶴は驚きの声を上げた。
「へえ!こいつぁ奇縁だなあ」
「ほんとだよ。二叔、名札に誘導陣は仕込んでないだろ?」
「仕込んでないよ。縁があったとしか言いようがない」
「ほんとねぇ」
照児もしみじみと相槌を打った。
「夢中で復讐を果たしたものの、愛する人々がみないなくなってしまった、と気がついたら、急に虚しくなってさ」
雪鶴が思い出を語り出した。
「俗世を離れて暮らしていたんだが、ある時、山賊に襲われている旅人に出会してね。つい助けに入ったけど、人数は多いし強いし、深傷を負ってしまったんだ。その時受けた毒で髪の毛がしばらくは白くなっていたよ」
謀反の罪を着せられた謝大人の汚名を晴らすのは、政治上不可能であった。そして、流れた血は戻らない。公輸雪鶴は、そのことを悟った時、直ちに南雀王の幕屋を殲滅しに向かった。運も味方して、無事、南雀王花墨を討ち果たした。
しかし、類が及ぶと予想された書院に駆けつけた時には遅かった。その時はまだ、復讐心に燃えていた。一年がかりで、現場にいたすべての人間を打ち倒して行った。
当然、大元は皇帝である。だが、雪鶴に国を滅ぼす意志はなかった。国主に立てたい誰かがいたわけでもない。そもそも雪鶴は、政治など分からない男だ。後先考えずに国を滅亡させたら、全く関係のない人々の暮らしが立ち行かなくなってしまう。そういう現実的な側面だけは、なんとなく理解できた。それで、現場にいて、直接手を下した人間だけを確実に仕留めて回ったのである。
雪鶴はお尋ね者となった。禁軍に刃向かったのだ。当然の結果である。仇討ちを果たしたとき、雪鶴には何も残っていなかった。達成感は得られず、虚しさだけが胸に広がっていったのだ。余りにも急な出来事で、恩怨の果てなどという複雑な感情すら生まれなかったのである。
「照児が崖から落とされた時、他にも奴らから逃げている人がいた。略式の制服を着た公公がひとりと、子供がひとりだった」
公公とは宦官を呼ぶときの尊称である。彼らは鵲国の中枢部で働く、一大勢力であった。各部署をまとめる長官の場合は、太監という肩書きで呼ばれることもある。この肩書きは、時に宦官一般の俗称として使われた。口に出して宦官と呼ばれることはなく、太監や公公などの呼称で表すのが常だった。
その日は、南雀王の山荘で伎楽交流会が開かれていた。音楽が得意な太監や優れた子供も呼ばれていたのだろう。二人は、運悪く巻き込まれてしまったのだと思われる。
「夜で、追撃者に襲われていたのに、よく公公だと分かりましたね」
舟が控えめに発言した。
「あの夜は後で雨が降って来たが、崖で奴等と渡り合った時には、月が出ていた。それでどんな服を着ていたのか、分かったんだ」
「なるほど。公公の制服は略式でも絹ですものね。月の光を反射していたのでしょう」
「それもあったと思うよ」
二叔は肯定した。
「しかし、何かあったのか?今まで音沙汰なかったのに、急に帰って来て」
風天が訝しがった。それには照児が、あっけらかんと答えた。
「もうそろそろほとぼりも冷めたかなと思って」
大家好だいがあほう
みなさんこんにちは
後書き武侠喜劇データ集
今回は変化球
大周小冰作
邦題不明
Cupid of Chou Dynasty
2019
喜劇 古装 愛情 青春 劇情
ヒロインが属性俠女だけど職業は仲人、徹頭徹尾仲人業界だけで武侠テンプレを展開する、かなりの変わり種
監督 管健雄
颜如玉 曾梦雪
代々公立仲人業をしている家の次女
俠女のため嫁の貰い手がない
父が決めた婚約相手の存在も、序盤から終盤まで続く要素のひとつ
沈恕 戴景耀
よわよわ男主、仲人業者
民営仲人業者組合の代表を頼まれるほどの実績がある
天才仲人だった父は悪徳仲人の汚名を着せられ、滅門となった
父の仇を討つのが目標
女主家とは代々仲良しだったが、男主は女主の父が仇なのではないかと疑っている
仲人ですよ
絶世高手とか秘伝の書とか大会とか暗殺とかトップ争いとか恩怨とか愛恨とか、コテコテの武侠要素を頑なに仲人業界のみで展開する異色のコメディ
女強男弱の虐恋要素あり
被襲撃ターンでよわよわ男主の頑張る姿も見せ場
喜劇なので、悪役もみんな改心してHe
一人だけ赦されなかった人物がいる
悲劇的な結末を迎えた理由も、この物語のテーマが天命情侶であることから容易に想像がつく
冰人
実在の単語
仲人のこと
古くは媒人の表記もあり
李渔(1611年—1680年)《意中缘·先订》が初出とされる
「倚天屠龍記」にも用例が認められる
周
史実の周とは別の架空国
とんでも風の服装だが、実は史実の周王朝の服装と形が似通っている
男主は歌舞伎者みたいな和服風の衣装
都の長安は、歴史上周代に町が現れて漢代に長安と呼ばれるようになった




