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魚龍書院/ゆうろんしゅーゆん  作者: 黒森 冬炎


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第十九話 新弟子

 寝かされている男は、全身に怪我を負っていた。その怪我人は、当時、魚龍書院(ゆうろんしゅーゆん)の長であった公輸鉄魚(こんしゅーてっゆう)である。がっしりとした初老の男だ。その人を意識のない状態で、小さな子供が抱え起こしたとは考えにくい。包帯を取り替えるためには、起こさなければならない。力ある大人は周りにいないし、使えそうな道具も見当たらない。可能性として残されるのは、内功を使って起き上がらせる方法だけだ。


「ありがとうな」


 風天は子供に礼を言って、怪我人の状態を確かめた。適切な処置に、風天は目を見張る。


「なかなかやるな、坊主」


 子供は初めて笑顔を見せた。


「さあ、朝飯にしような」


 子供は頷いて、準備を手伝った。



 食事の後、風天が残りの遺体を運んでいると、子供が袖に掴まってきた。内功で遺体を一人浮かせている。


「手伝ってくれるのか」


 風天は涙を滲ませた。縁もゆかりもない子供が、弔いの手伝いをしてくれる。人の情けに触れて、惨状に固まっていた雲風天の心がほぐれてゆく。子供に対する捨てきれなかった疑いも、四月の風に吹き払われて行くような心持ちがした。


 翌朝は、庭に出した我楽多を焼いたり埋めたりして過ごした。そろそろ昼にしようかという頃、子供が家屋から駆け出して来た。


「おじちゃんが起きた!」

「ほっ!坊主、話せたのか」


 その驚きは気に留めず、子供は風天の腕をぐいぐいと引っ張ってゆく。


「院長、起きたか」

「ああ、お陰さんで命拾いしたよ」


 まだまともに起き上がることはできない。だが、鉄魚は、命を落とした書院の仲間の弔いをしたい、と言って聞かなかった。


「頑固な奴め」


 文句を言いつつ、風天は鉄魚を墓地まで連れてゆく。風天は出かける前に、僅かに残っていた黄色い紙を円く切った。子供はその真ん中に四角い穴を開けた。紙銭である。(じょ)国では、死者があの世で困らないように、紙の小銭を燃やして送り届ける習慣がある。また、墓地までの道々、燃やさずに撒く。悪霊が邪魔をしないように、道に迷わずあの世に無事辿り着けるように、との心遣いだ。


 摸魚功(もうゆうこん)で墓地へ行く途中、風天は紙銭を撒いた。


老雲(ろうわん)、遺体は全て埋めたんだろう?今更紙銭を撒いても意味がないんじゃないか?」

「埋めてた時は、そんな余裕なかったからな。今からでも、しないよりはマシだろう」

「これで、鎧の人たちも悪鬼にならないですよね?」

「多分な」

「坊主、丁寧な言葉を遣えるんだな」


 風天が子供を安心させ、鉄魚が褒める。


「大人のひとや、薬を買いに来るお客さんには、丁寧な言葉を遣うように、って教わりました」

「立派なご両親だな」


 子供は顔を曇らせた。この子が発見された状況から見て、両親は災難に遭った可能性が高い。初老の二人は、励ますように子供を見た。



 墓地に着くと、三人は線香を焚いて紙銭を燃やした。書院の生き残りは鉄魚だけだ。起き上がるのも難しい鉄魚が、内功を使って無理矢理に参拝した。風天も敢えてとめず、院長であり族長でもある親友の背中を支えた。


 三人で墓地に向かい丁寧にお辞儀をした後、子供が風天を仰ぎ見た。


軽功(へんこん)を教えて下さいませんか」

「ほ、何故だね?」


 子供はしばらく黙って線香の煙を眺めていたが、やがてにこりと笑った。


「祖先の谷に行きたいのです」


 風天と鉄魚は顔を見合わせた。子供が使った傷を洗う薬は、異常な効き目を見せたのだ。特殊な生い立ちかもしれない。


雪蓮谷(しゅっりんこっ)か?」


 風天は直球で聞いた。子供はまた迷いを見せたが、今度はすぐに返事をした。


「はい」

「遠いのか?」

「はい」

「うーん、どうする、鉄魚」

「丁度良い機会だ。老雲が院長を継げ。雲風天院長になって初の魚龍書院入門者だな」


 即答した鉄魚に、風天は乾いた笑いを漏らした。


「はっ!押し付ける気か」

「大人しく押し付けられておけ」

「まったく、ひどい奴だ」


 子供は成り行きを伺っている。



「坊主、名は?」

蓮楽(りんろう)です」

「ふむ。蓮楽。教えてもいいが、その為には書院に入門しなければならないぞ」

「はい」

「ほんの少し前まで、この地は誰の力も及ばなかった。だが、今はそうではない。いつまた禁軍が攻めてくるか分からない」

「師父の陣法で守れるのではありませんか?」


 蓮楽は無邪気に聞いてくる。


「これ、師父と呼ぶのは早いぞ」

「ダメですか?」

蓮楽(りんろう)。お前さんを守ってやれるか分からないんだ。古代の陣も破られてしまったからな。これからもっと堅固な陣を開発しなければならない」


 蓮楽は期待に満ちた瞳を風天に向けた。


「古代の秘術を超えるのですね」


 初老の二人は子供の無鉄砲さと、幼年男児の浪漫主義に閉口した。だが、無言で秘薬を使う大人びた子供の不気味さが薄れたのも、また事実だ。


「古代の秘術か。お前さんも、蓮露(りんろう)を超える気だな?」

「はいっ!」


 蓮楽は満面の笑みで答えた。それから、慌てて付け加えた。


「あっ、でも、蓮家だというのは秘密なんです」

「解るぞ。実在しないと言われているほどの家系だからな」

「でも、師父は何故、僕が蓮露の子孫だと思ったのですか?」

「またお前さん、師父は早いぞ」


 風天は厳格な様子を見せた。



「では、三拝が済めば、僕の祖先が雪蓮谷(しゅっりんこっ)にいたと思ったわけを教えて下さいますか?」


 小さな楽は礼儀正しく確認した。


「ううむ、まあ、よかろう」


 鉄魚も真面目な顔で頷いた。すると楽は、急いで風天の前に跪く。


「あの、師父、祖師と先達への礼拝は先ほどすみましたよね」


 なんと、楽は、入門のための儀式の一部を省略しようとしている。葬儀代わりに行った墓前での礼拝と、兼用しようと言うのだ。当然風天は腹を立てた。


「何を言うか!」


 しかし、鉄魚は愉快そうに体を揺らした。


「そうといえばそうかも知れないな。はははは」

「鉄魚」

「老雲、お前は江湖(こんうー)に出ているくせに、頭が硬いな」

「そうですよ、師父」

「なんだ、残りの二拝も誤魔化す気か?」


 風天はジロリと楽を睨んだ。


「まさか。済んだものは二度しませんが、まだのものはこれからしますよ」


 蓮楽(りんろう)と名乗った子供は、優しい垂れ目でにこにこと見上げてくる。


「お前さん、本当に蓮露の血筋なのか?」


 風天は怪しんだ。だが鉄魚は、苦々し気に笑った。


「それが本当なら、よほど抜け目のない血筋なんだろう。実在した証拠を消し去るほどの一族だぞ。このくらい図々しくても当たり前じゃないか。嘘なら嘘で良い。我等には特に害もないしな」

「ううむ、もとより伝説に過ぎない仙境の一族だったな。嘘であれば、それでよし。よしんば本当だったとしても、今更我らに秘密が増えたところで、どうと言うこともないか」

「その通りだ、老雲。千年以上狙われ続けて、とうとうみんな土の下に行っちまったからな」


 鉄魚は皮肉な笑いを浮かべた。楽はすかさず額付(ぬかづ)いた。書院でした鵲国の武人が行う古いお辞儀とは違う形だ。この国で一般的な入門儀式のお辞儀とも違った。指先を揃えて胸の前で腕を組み、そのまま額を地面につけた。それは、魚龍書院では見たことがない礼だった。だが、二人の大人は黙って小さな入門者を見守っていた。


 楽はしばらくじっとしていたが、ゆっくりと起き上がり、また地面に額をつけた。


「これより後、師の教えに従い、誠心誠意、修練をして参ります」


 簡潔な言葉で決意を述べる楽に、初老の二人は目を細めた。


「立ちなさい」


 風天に促されて楽は上半身だけ起こした。懐から取り出した布包みを開く。薬を染み込ませた茶色い布に、楽は中にあったものを丁寧に並べた。


 まずは布で作った芹のような野草を置く。


「よく学び、修行に励みます」


 一言添えると、二人の大人は軽く頷いた。それを見届けてから、次に蓮の種を数粒置いた。


「教えに従い、厳しい修行にも耐えます」


 二人がまた軽く頷くと、三番目には小豆を少し並べた。


「学びの道に幸運がありますように」


 二人は書院の惨劇と、楽が経験したであろう不幸を思い涙ぐむ。四番目に楽が取り出したのは、乾燥した棗の実だった。


「早く高みに昇れますように」


 目頭を抑えて、風天が頷く。そろそろ疲れてきた鉄魚は、曖昧な笑みを浮かべた。楽は動きを速めた。布包みの中から、木彫りのライチを取り出した。


「功徳を収められますように」


 やや早口になり、肯首を待たず最後の物を並べた。細く裂いた干し肉である。


「弟子の真心をお納め下さい」


 言い終わると、また額いた。


「うん、よく励みなさいね。さ、立って。書院に戻ろうか」


 言われた楽は、茶色い布をさっと丸めて縛り、立ち上がった。風天と楽はぐったりした鉄魚を支えて、学舎へと帰って行った。



大家好だいがあほう

みなさんこんにちは

本文中の儀式は全て架空のものです

類似した実在儀式はあります

武侠ドラマでも、拝師礼は色々な形式で表現されておりますね


武侠世界のモデルは、古代中国が多い

だから、本来は旧暦なんですけども

現在作られる時代劇は、新暦の季節感で進行するものも多いようです


ところで、

普通話配信で「中国功夫史」トレーラーを観ていたら、袁和平を、えんはーぴん、に近い発音をしていたので、音読さんに読ませてみた


広東語 ゆんうぉーべん

イエール数字式 袁[yun4]和[wo4]平[ping4]

普通話 いぇんはーぴん

ピンイン Yuán Hépíng

台湾語 ゆんはーぴん

台湾語ピンイン uân hô-pîng

日本語読み えんわへい

日本語読みのローマ字 EN Wa Hei

カタカナ表記 ユエン・ウーピン

カタカナ表記のローマ字 Yu e n uh pi n

英語 Yuen Woo-ping

ipa juæn wɑː pʰɪŋ



後書き武侠喜劇データ集


神經刀與飛天猫

別名 飛天猫和九尾狐

フライング・バトル

FRYING DAGGER

1993

武侠 喜劇

監督 朱延平

脚本 王晶

“大飛刀”韓冲 梁家輝 レオン・カーフェイ

Tony Leung Ka-Fai なんだけど、日本ではレオン・カーフェイまたはトニー・レオン・カーフェイと表記されてる

トニー・レオンといえば、梁朝伟もトニー・レオン

梁はカタカナ表記だと、どうしてもレオンになるらしい

トニー・リャンじゃ駄目なのか?

広東語だと、らんがあふぇい

Leunを発音記号で表すと ipa: lʌŋ

カタカナ表記がレオンから離れられないのは何故なのか?

謎の人名表記のひとつ


この梁家輝演ずるはんちょんは、甥に「ニ叔じゃなくてニ哥と呼べ」と言い続ける賞金稼ぎ


九尾狐 張学友 ジャッキー・チャン

妻一筋なのに連続婦女暴行犯と間違われる泥棒

妻の家出を記録している

飛天猫 張曼玉 マギー・チャン

九尾狐の妻

家出するごとに帰るまでの時間が短くなる泥棒

“小飞刀”韩林 林志颖 ジミー・リン

主題歌も担当したイケメンアイドル枠

はんちょんの甥、二人組賞金稼ぎの片割れ

永远不死 袁祥仁

不死の怪人だが弱点がある


グロリア・イップも出てます

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