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魚龍書院/ゆうろんしゅーゆん  作者: 黒森 冬炎


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第十八話 その日

 風天(ふぉんてぃん)は、鉄魚(てっゆう)の手当をする道具を取りに行こうとした。鉄魚は風天の腕を掴んで引き留める。


「聞け」

「手当が先だ」

「どうせ長くはもたない」


 鉄魚(てっゆう)の呼吸は落ち着いていたが、傷口から血が流れ、顔や手足が腫れていた。身体中に切り傷刺し傷打ち身があるようだ。


「馬鹿なことを言うな」

「とにかく聞けっ!」


 鉄魚の剣幕に、風天は気圧されて腰を下ろした。


「もう少しで禁足地まで押し入られそうになった時、雪鶴(しゅっとう)が戻って来た」

「援軍でも連れて来たのか?」

「そんなもの、何処から連れてくるんだよ」

「あいつなら武林(もうらん)の連中を動かせるかと思ったが」


 鉄魚は風天の甘さを鼻で笑った。


「まさか。あいつが、本物の謀叛人を捕まえる証拠を手に皇宮に行ったから、禁軍が書院に攻め込んできたんだよ。関われば一蓮托生だからな。誰も助けちゃくれないさ」

「証拠があったのか」

「照児が手に入れて追われてるところに出会したらしい」

「照児は無事なのか?」


 風天は膝を乗り出す。


「いや」


 鉄魚は悲痛な顔で言葉を絞り出した。


「凶刃に倒れて崖から蹴り落とされる瞬間に、鶴児に証拠を渡したんだそうだ」


 風天はヒュッと息を呑んだ。


「鶴児はそのまま皇宮に向かったが、毒に侵されていたんだ。森の中で倒れてしまって、数日間目覚めなかったらしい」

「書院に戻ったってことは、生きているんだな?」

「わからない」


 鉄魚は弱々しく首を振った。


「ここに戻った時、既に満身創痍だった」

「死体はまだ見ていないぞ」

「修羅の形相で禁軍を吹き飛ばした後、簡単ないきさつを告げはしたが、すぐ出てった。逃げる禁軍の追い討ちと、謝家滅門の仇討ちを完遂する、って飛び出したきりだよ」

「証拠は無駄だったのか」


 風天は苦しそうに目を閉じた。


「照児に証拠を掴まれて、謝家に罪をなすりつけたのは、南雀王(なんじゃーうぉん)だ」

「なんだって?南雀王といえば、南方との通商を開いた業績で、いまや飛ぶ鳥も落とす勢いじゃないか」

「だから本朝は、今奴に何かあったら困るんだよ」

「それで証拠が握りつぶされたのか」


 鉄魚が肯首する。



 南雀王花墨(ふぁーも)は、八皇子である。皇帝の第八子、男児としては三番目の子供だ。皇帝の子供達は、病や事故、或いは暗殺により、当時五人しか残っていなかった。その中で華々しい功績を上げたのが、この南雀王だ。このまま行けば立太子されるだろう、ともっぱらの噂だった。それが何故、謀叛を企てたのか分からない。


「それだけじゃない。相互不可侵の約定を破ったとして、禁軍(かんぐわん)が書院に送られたのさ」

「ちょっと待て。なんで鶴児より先に禁軍が来たんだ?」

「あいつ、南雀王の幕屋に奇襲をかけて殲滅して来たんだと」

「その隙にこっちが全滅してたら、話にならん」


 風天は苛立った。


「気絶してたって時に、誰も探しに行かなかったのか?」

「帰らなくても不思議はなかったんだよ」

「なぜだ?」


 風天の問いに、鉄魚は忌々しそうに鼻を鳴らした。


「ふんっ。南雀王の山荘で梨花宴と言う伎楽交流会があってな」

「それに参加していたのか?」

「いや、鶴児は参加してない。参加した照児を迎えに行ったんだ」


 風天の眉間に深い皺が刻まれた。


「そうだったのか」

「もしも、照児が南雀王の山荘に行かなければ。いやせめて、鶴児が皇宮に行くのを誰かが止めていたなら」


 二人の間に沈黙が落ちた。やがて風天が重い口を開いた。


「もしもはない」

「そうだな」


 またしばらく静寂が続いた。当時は陣で守られていなかった壁には、争いの傷跡がくっきりと残っていた。そこかしこの穴から、冷たい夜風が吹き込んでくる。


「やっ、しまった!拾った子供を庭に置いたままだった」

「何をしてるんだ」


 鉄魚の苦笑いに送られて、風天は庭へと駆け戻る。



 子供は相変わらず口を開かないままだったが、素直に風天の後について来た。杏子は半分ほど残していて、風天に返そうとした。


「いいよ。あげるよ。また幾らでも買えるから。持ってなさい」


 風天に優しく言われると、子供は黙って布包みを懐に入れた。子供を連れて部屋に戻ると、鉄魚は静かな寝息を立てていた。


「今のうちに手当をしてしまおう」


 風天は子供を連れて、一旦部屋を出た。いくつかの部屋を回って、ようやく薬や清潔な布を見つけた。僅かながらに食べ物も手に入れた。


「ほら、食べなさい。杏子だけじゃ足りないだろう」


 風天は、かろうじて食べられそうな野草と干し肉を子供に渡した。子供は、受け取った食糧を黙々と口に運んだ。いくぶん警戒を解いた様子だ。その様子を見届けて、風天は鉄魚の手当をする。秘薬で回復された内力を集めて、鉄魚は傷口を塞いだようだ。しかし完全ではない。元が瀕死だったのである。内力が戻っても、体力までは戻らなかった。自力で直し切る前に、疲れて寝てしまったようだ。


「衰弱してるな。いくら鉄魚が高手でも、もう若くはないしなあ。なんとか持ち堪えてくれるといいが」


 一通りの手当をして、風天は子供に近づいた。子供は、干し肉を差し出して来た。


「いいよ。優しい子だな」


 子供は尚も差し出して来る。風天は優しく手を押し戻した。


「食べきれないならとっておきなさい。私なら大丈夫だ。夜だって何か食べるものを見つけられるからな。この魚龍山には食べるものがたくさんあるんだよ」


 子供は少し考えてから、こくんとひとつ頷いた。



 別の部屋に子供の寝床を作り、薬櫃の周りにある陣を解いて家屋内に運び込む。子供が寝入ったのを見届けると、風天は裏山の開けた場所に遺体を移した。奥山の桃林より手前に、魚龍書院の墓地がある。あと千年は余裕がありそうなくらいに広い。被害者はそこに埋葬した。内功を使って一人一人に墓穴を掘り、石の墓碑を建てた。


 禁軍の兵士たちは、魚龍山の別の場所にまとめて埋めた。野晒しにして獣が貪るままにするのは、しのびなかったのである。


 武功が高いとはいえ、一人での作業には限界があった。夜が明けても、書院の庭にはまだ冷たくなって横たわる者たちが遺されていた。屋内から運び出した瓦礫もある。まだ一日はかかりそうだ。


 鉄魚と子供の様子が気になり、風天は手を止めて建物に入った。鉄魚は眠っていた。規則正しい呼吸の音がしていた。この山深い渓谷では、遠くに響く沢音と朝啼く鳥の声がするばかり。板の間で眠る怪我人の呼吸は、静けさの中ではっきりと聞こえた。


 風天には、それよりも気になることがあった。


「坊主、気になるのか?」


 子供が既に起き出していた。目覚めていただけではない。鉄魚の寝ている脇に座っていたのだ。風天に声をかけられて、子供は振り返った。心なしか不安そうである。


「心配か?なに、大丈夫だ。魚龍新緑(さんろっ)(たーん)を飲ませたからな。数日すれば起き上がれるようになるさ」


 子供は風天の目をまっすぐに見つめた。もの問いた気な眼差しである。


「ん?魚龍新緑丹か?内力を回復させる薬だよ」


 院長は途中で汲んできた水を、子供に差し出した。子供はしばらく風天を見ていたが、やがて額を床につける仕草をした。


「お前さんの家は、ただの薬屋じゃないね?」


 子供のお辞儀は、流れるように美しかった。正座の状態で両腕を肩幅に開いて床につき、額を床に当てる。これは、普通の人がする動作ではないのだ。この国では、武林に生きる者たちが、敬意を示すためにする仕草だった。


 風天の問いには答えずに、子供は竹筒の水を受け取った。風天は、それ以上追求することなく子供の肩を軽く叩いた。


「朝飯にするか。ちょっとまってろ」


 風天は台所をざっと片付ける。それから、摸魚功を使って山と渓流を一回りしてきた。戻って来た時には、山鳥と小魚、そして、野草を内功で浮かせていた。


 足音に気づいて子供が庭先まで出て来た。


「すぐ出来るからな」


 風天は、歯を剥き出して子供に笑いかけた。子供は台所までついて来た。相変わらず言葉は発しないが、子供は料理を手伝った。風天は時折子供に話しかけながら、料理をふた皿と白粥を作った。



 鉄魚のいる部屋に戻ると、薬の匂いがした。枕元には金属の器があり、中には茶色っぽい液体が入っていた。瓦礫の中から見つけたのか、部屋の隅には欠けた木の箱が置いてある。中には血で汚れた包帯と茶色い液体が染み込んだ布が入っていた。風天が用意していた予備の包帯は無くなっていた。


「坊主、包帯を取り替えてくれたのか」


 子供はこくんと頷いた。


「傷口を薬液で拭いてくれたんだな?」


 子供がまた肯首する。


「鉄魚は一回起きたのか?」


 子供は顔をこわばらせた。


「坊主、内功が使えるのか?」


 子供は躊躇する様子を見せたが、やがて思い切ったように首を縦に振った。



大家好だいがあほう

みなさんこんにちは

崖落ちはすきですか

水落ちでも可

安心安全だと油断していると、たまにほんとに帰らぬ人となる


後書き武侠喜劇データ


万市大吉

邦題不明

broom star and lucky star

2023

監督 钟震、张之微

古装 愛情 喜劇

動作タグなし、武術指導クレジットなし


片頭曲 万事大吉

片尾曲 鸳鸯盟


叶可楽 方晓楽

喪門星/さんめんしん の元に生まれた少年

父は死亡、母ひとり子ひとり

触れた人に不幸が訪れる

この凶星設定は、奇幻劇で虐待される主人公によく見られるが、この主人公は母親と仲良し

天下第二鼻と言う鼻の良さを見込まれて、公安組織に加入させられる

この設定は最終曲面まで生かされる

宫小柒・晶文公主・七公主 尹蕊

天降吉星/てんしゃんちーしん の元に生まれた皇女

人間離れした幸運の持ち主

さっぱりと明るい


終盤は二人の出オチ能力がやや相殺されて、事件解決の決め手とはならないのが少し残念

始終可愛らしいカップル


作品の特徴

秘伝の古書、家伝の生薬知識、特殊能力、叛逆者、逃避行、という武侠テンプレを下敷きにして、当時流行りの商業要素や身分差恋愛などが散りばめられた作品

安心安全ハッピーエンド

三組のカップルと、印象的な端役たちが全て幸せな結末を迎える

悪人は報いを受ける


主役カップル 茶舗の息子と皇女、身分差の虐恋成分はなし、皆に応援されるかわいいカップル

サブカップル 公安組織で育てられた幼馴染み同士の俠侶

サブカップル 扶桑国からの商業使節と担当役人の息子という国際カップル

扶桑国は、歴史上日本の異名

清代がモデルの武侠ドラマではよく敵になる


衣裳や小道具もとても自然で、どぎつさがどこにも無い秀作短劇

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