第十七話 箱の中にいた子供
雲風天は、薬櫃を抱えて書院の庭の上空まで跳んだ。書院の庭、そこに続く山道と階段が視界に入った。
「なんだ?」
夥しい数の人間が倒れていた。
「禁軍?」
禁軍とは、鵲皇帝の直属部隊である。エリート兵の集団だ。倒れている者の多くが、黒白ツートンカラーの鎧を身につけている。鵲禁軍だけに許された装備である。白地に三羽の鵲で円形を作り、中に黒で鵲と書いた軍旗も見える。
「鶴児が謝大小姐と婚約していたからか?」
鵲の国で叛逆罪は九族に及ぶ罪である。一族郎党皆殺しだ。しかし、鵲国法では、婚約中の相手とその親族に関しては、都度判断という曖昧な規定があった。
「我等が公輸だからか?」
院長は薬櫃を抱えて書院の庭に降り立った。顔は怒りに歪んでいる。庭一面に遺骸が見え、足の踏み場も無いほどだ。親しい人達の衣服には、赤黒く乾いた血の跡が残っていた。風天は軽功を使って倒れ伏す人々を避けて歩く。そうしてどうにか、庭の隅に場所を見つけて薬櫃を下す。その時、中でカタリと音がした。
「おお?目覚めたか!」
院長は急いで陣を組み上げ、箱を囲む檻を作った。
「間に合ったな」
陣が作動した瞬間、内側から箱の蓋が持ち上がる。細い子供の腕がニョキリと生えて蓋を支えていた。
「お前さんは、何者だね?」
目のところまで現れた男児に、院長は厳しい声で訊ねる。子供は、ぼんやりと垂れ目を院長に向けた。
「まあいい、何か食べるか?」
風天は竹筒を差し出しながら尋ねた。子供は竹筒を見て、風天の顔を見て、庭を見た。庭の惨状を目にすると、途端にギュッと目を瞑った。
「食べる気にはならんか。ほれ、水だけでも飲みなさい」
院長の声が幾分柔らかになる。子供はそっと目を開けた。丸顔の優しそうな男の子だ。髪は高い位置で一つに束ねてあった。
「ん?」
院長は竹筒を男の子の口元まで持って行く。男の子はしばらく様子を伺っていた。竹筒を見、院長を見、竹筒の匂いを嗅ぐ。それから徐に立ち上がって、蓋を地面に下ろした。
「さあ」
風天院長がもう一度声をかけると、子供はようやく竹筒を受け取り、水を飲み始めた。院長は忍び笑いを漏らした。
「ふっ、まあ飲んでなさい」
言い置いて、院長は遺体の葬いに取り掛かる。
「ふんっ」
突き出した手から、白い靄のようなものが噴き出した。靄は庭を吹き過ぎる風のように遺体へと届く。院長が手を動かすと、書院の人々と禁軍の兵士たちとが少しずつ分かれていった。
しばらく作業を続けていると、薬櫃を囲んだ陣に反応が感じられた。
「出たいのか?」
院長の問いかけに、子供は答えなかった。ただ黙って院長を見つめている。
「それともお腹がすいたか?」
子供はやはり黙って院長を見るだけだった。仕方がないので、院長は作業に戻る。
院長は休みなく働き、空には茜雲が流れてゆく。ふと手を止めた院長は、天を仰いで溜め息をつく。否、溜め息ではない。嗚咽さえも押し殺して、乾いた唇から息が漏れたのだ。はるか頭上の雲まで血に染め上げるほどの凶行が、愛する書院の庭で行われたのである。気を抜けば座り込みそうな衝撃に耐え、院長は遺骸を運んでいた。
子供はその間、ずっと口を開かなかった。飽きもせずに院長の作業を眺めていた。
「坊主、何か腹に入れないと毒だぞ」
暗くなり始めた書院の庭で、子供は口を硬く引き結んで立っている。いつの間にか箱の外まで出ていた。
「食べなさい、甘いぞ」
院長は、懐から小さな布包みを取り出した。開いて差し出された包みの中には、干した杏子の実が入っていた。
「ずっと南のほうで取れる杏子という果物だ」
子供は包みの中身に興味を示す。院長は気がついたことがあり、子供に質問してみた。
「お前さん、薬屋の子だろう?それなら、杏仁は知っているな?」
子供はじっとしている。
「咳止めの薬だ。あれは北の杏子からとるだろ?あっちの杏子は苦いやつだ」
院長はまた、ふっと笑った。無表情な子供相手とはいえ、話しかけることで少しは気持ちが和らいだのだ。
「こっちのは甘いぞ。そしてな、酸っぱいんだ。甘酸っぱい、って言うんだぞ」
子供の表情は動かなかったが、院長の目尻が下がった。書院で学んだ幼い頃のこと、親友が院長の座を継いで、長明と雪鶴がこの庭を駆け回っていた時のこと、そして、親友の初孫が、元気よく飛び跳ねていた様子などを、思い出していたのだ。
優しさが滲んだ顔つきのお陰か、子供は恐る恐る包みに手を伸ばした。院長の頬が微かに緩んだ。子供はにこりともしなかったが、静かに干した杏子の実を食べ始めた。血と鉄の匂いが残る陰惨な庭に、小さな干果物が明るいオレンジ色を添えていた。
「食べてなさい。寝るところを用意してやろう」
院長は子供の手を取って、片手に包みを持たせると、建物の中を調べに行った。
建物の中にも争いの跡が残されていた。院長は内功を使って遺体を外へと運び出す。広い書院の全てを片付けていたら夜が明けてしまう。ひとまずは子供を寝かせられる部屋を探すことに専念した。
書院の中でも一部の人間にしか入れない場所がある。所謂禁足地だ。開祖から引き継がれる書庫と工房が隠されている。公輸一族の秘術と宝具が保存され、今も新たに作り出されている場所だ。そこへ至る道には、多くの仕掛けが施されていた。
「無事なようだな」
罠の作動もなく、一昼夜のうちに誰かが入った形跡も認められなかった。院長はほっとして、学舎の部分へ引き返した。
割れた陶器や木製品、引き裂かれた布。散乱した書籍や巻物、竹巻、筆や墨。砕けた硯。柱や壁に突き刺さったままの毒針や匕首。折れた矢に欠けた刃。廊下にも部屋にも瓦礫の山があった。その隙間からは人間の身体も見えていた。
「ろ」
どこかから掠れた声が呼ぶ。院長は慌てて見回した。
「ろ、わ」
声がまた聞こえた。空耳ではない。途切れ途切れではあるが、誰かが言葉を発している。院長は目を閉じて、声の方角を探る。
「ろう、わん」
雲風天を老雲と呼ぶのは、親友だけだ。当時の院長、公輸鉄魚である。風天は目を見開いて、声の方へと軽功で跳ぶ。
「小鉄!院長!おいっ、族長っ!どこだっ!返事をしろ!」
「ろ、」
また声がした。すぐ目の前だ。院長は内功で壊れた家具や散乱した書物を吹き飛ばす。
「鉄魚!鉄、ううう」
「はは、は」
我楽多の山から掘り出された瀕死の鉄魚が、風天を見上げて弱々しく笑っていた。
「お前、無事で、うううっ」
風天の視界が涙で霞む。感情の昂りで震える手には、薄緑色の丸薬が見える。横たわる親友に必死で飲ませようとしているのだ。しかし、友は殆ど動かない手で風天の指先を押し留めた。
「無駄、だ。それより、きけ」
「何を言う!先ずは薬を飲め!話は後だ」
「古代、離反者、に、子孫が、いた」
「飲め!」
風天は薬を内功で、無理矢理鉄魚の喉の奥へと押し込んだ。
「勿体ない」
武林の秘薬はすぐに効く。殆どの秘薬が効果を現すまでには、秒もかからない。鉄魚は息が楽になり、話し方も落ち着いた。
「意地を張るな。復興は族長の責任だぞ。生きられるのに死のうとしてどうする」
「ばかめ。いいから聞け」
鉄魚の話によると、大昔に離反した者がいた。実力が伴わず、禁足地への立ち入りが許可されなかった男だ。そのことを不服として、書院からも一族からも離れて消息を絶ったのだと言う。似たようなことは歴史の中で何度もあった。だが、その男は特に卑劣だった。周囲を煽動し、禁足地の立ち入りを許可されている姉弟子を一人巻き込んだ。
「うまく騙して、開門宝具を持ち去ったんだよ」
開門宝具は、陣法で鍵が掛けられている場所に有効な道具だ。陣の解法を自動的に算出して無効化してしまう。受け取るところを見咎められたが、軽功だけは他の追随を許さぬほどで、逃げ切られてしまった。
「そいつの内功と知識では、高度な宝具は使いこなせなかったがな。お陰で今まで被害は無かった」
「子孫に天才でも現れたのか?そんな話は聞かないが」
陣法の天才が現れたなら、武林に噂が流れる筈だ。江湖を渡る雲風天の耳に届かぬ筈がない。
「狡賢さも先祖から受け継いだんだろ」
「禁軍は、それを使ったのか」
「そうだ。公輸の探査班が代々追っていたんだが、見つけられないうちに、とうとう使われてしまった」
二人は悔しさと悲しさで言葉を止めた。
大家好だいがあほう
みなさんこんにちは
後書き武侠喜劇データ集
特別番外編
王晶笑看江湖
王晶YouTube公式チャンネル
デビュー50周年記念
2024年7月27日配信開始
広東語に対して中文字幕が付いているので、「咪」に「不是」と付いてたりします。広東語に広東語の字幕がついてる動画は、日本で視聴可能な動画で観たことないような気がします。
文字に対する音を学ぶことは、映画からでは無理なようです。
このシリーズは公式配信なのに、自動翻訳には対応してない
魔翻訳されて、誤解による炎上でもしたら嫌だからだろうか?
王晶が映画関連の話をするだけの番組
わりとモソモソ喋ってるけど、広東語の特性なのか、聞き取りやすい番組だと思います
知ってる言い回しや単語は聞き取れる
第一回は周星馳
2025/4/1 12:55現在、最新EPは34 陳冠希
開設当時は全く気づいてなくて、半年くらい前に発見。面白いよ。分からないところは画面止めて調べながら観る。殆どが分からないので、一回観るのに物凄く時間かかりますが。迷じゃないので知らないことのほうが多いです。
この人が監督した楚留香をCCTV公式で観られるようなので、観たらデータ収録予定
初めて観るから楽しみです
そろそろラブコメ武侠また収録する予定なのに、なんだかどんどん遠のいてゆく
武侠喜劇にはカップル多いけども
そう言うんじゃない
王晶
豆瓣電影によると、公開予定含めて全378作品
ワンスアポンナタイムインチャイナとか、ジャッキーでシティハンターとか、七福星にゲスト出演とか、人気演員出演でコテコテの武侠喜劇とか、豪華な色物を排出して来たクリエイター




