第十六話 九年前
公輸雪鶴と謝照児の交流はその後も続いた。二人はどんどん親しくなっていた。一年が過ぎ、奥山では桃の花が綻び始めた。しばらく旅に出ていた雲風天も、一年ぶりに帰ってきた。魚龍書院の先代院長鉄魚たちは、雪鶴の粘り強さに根負けして、とうとう謝大人の一家を桃林に招くことになった。
「これ、美味しいよ、照照」
「ありがとう、小鶴。これ、すきでしょ?どうぞ」
隣同士に席を取った雪鶴と照児は、互いに料理を差し出していた。短いやり取りのなかで、何度も微笑み交わしている。
「鉄魚兄、あれはもう駄目じゃないか?」
風天が鉄魚に桃花酒を注ぎながら言った。
「最初のうわつきが治ってからの方が酷くなった」
鉄魚が嘆く。
「二人で居るのは初めて見たが、何かにつけて謝大小姐の話に結びつけて呆れるよ」
「諦めたほうがいい」
初老の二人は、労り合う二人をぼんやりと眺めた。
「謝大人、さあ、おひとつ」
気を取り直して、鉄魚が県令に桃花酒を勧めた。
「や、ありがとうございます」
謝大人は嬉しそうに受けた。謝家の人々は、書院の面々と対照的だった。若い二人がお似合いだと笑顔で見守っている。二人は互いを気遣うばかりではなく、他の列席者にも心を配っていた。雪鶴が謝家を訪ねる機会は多く、すっかり家族として受け入れられていたのだ。
謝家の人々は、魚龍書院の特殊な立ち位置も理解していた。一年間、書院に招かれる事がなくても不快に感じる様子はなかった。書院側は、どうしても相手が役人ということで構えてしまう。
「しかし見事な桃林ですなあ」
「はは、環境にだけは恵まれております」
「これだけの桃林となると、手入れが大変でしょう?」
「いえ、生えるに任せているだけですので」
「これだけの広さで、毛虫一匹見当たらないというのは、よほど丹精なさったのでしょう」
「いやいや、ははは」
実際には、遠い先祖の秘術によるものだ。しかし、それは書院の秘密である。口に出すことはしない。
「おや、花びらが落ちて来ましたよ」
謝大人の盃に、桃の花びらがひらりと舞い降りたのだ。謝夫人と照児の妹たちが話をやめて振り向いた。鉄魚と風天、長明、火火、そして雪鶴と照児も額を寄せて、小さな盃を覗き込む。ふわりと香る桃の酒に浮かぶ可愛らしい花びらは、皆の心を和ませた。
「次はぜひ、皆様で我が家にお越しください」
謝大人は心からの笑顔で、鉄魚を招待した。
「ありがとうございます」
鉄魚がそれを受ける。お開きの流れになったところで、雪鶴が照児の手を取って立ち上がった。
「皆様、私たち二人からお願いがございます」
「鶴児!」
長明が牽制する。だが、意外なことに鉄魚が片手で押し留める仕草をした。
「お察しのこととは存じますが、私たち二人、これからの人生を夫婦として共に歩んで行きたいのです。どうかお許しくださいませ」
雪鶴が珍しくかしこまっている。照児は恥ずかしそうに頭を下げた。居並ぶ人々がやや上気した顔を見合わせる。
「めでたいことだ」
鉄魚が手を叩いた。雪鶴と照児は、満面の笑みで顔を見合わせた。
「許す、許すよ!大歓迎だ、はは、嬉しいねえ」
謝大人は夫人に同意を求めつつ、拍手した。他の皆も拍手を始めた。
「院長」
長明が小声で鉄魚を呼ぶ。父としてではなく、書院の責任者としての扱いだ。
「なんだ、後にしろ」
「しかし」
「何度王朝が代わっても、我等はここで暮らして来たではないか」
「院長!」
「桃花酒に桃の花びらが舞い降りたように、二人は出会ったのだ」
「天命だよ、阿長」
鉄魚の祝福を聞いて、風天も婚姻に同意した。
「長明、あの様子を見なよ。ありゃ引き剥がしたらどっちも寂しくて死んじまうよ」
「天命ってやつか」
「天命の情侶ってやつだねぇ」
「なるほどねぇ」
妻にも言われて、長明はようやく受け入れた。
「五月、端午の祭が終わったら、盛大な式をあげようじゃありませんか」
「どれ、よき日はいつかな」
謝大人の提案により、式の日取りもその場で決まった。占術が得意な鉄魚が自ら算出したのだ。一族秘伝の道具は、鈍い金色をしていた。八角形の板に内功を込めると、いくつかの円と八角形に分かれて回転を始めた。初めの大きさからは想像が出来ない量になっている。金属のパーツは幾度も向きを変えて、立体的に組み合わさる。そうして止まったところで、日付や方角が導き出されたのである。
風天は、式には必ず戻る約束をして書院を後にした。何か良い贈り物を探そうと思ったのである。二人は音楽を通じて結ばれたが、風天に音楽の素養はない。書院で基礎を学んだものの、全く向かなかったのだ。
「はて、楽人が好むものとは、なんであろうなあ」
四月の空を見上げて、風天は麺を売る屋台に腰を下ろした。
「旦那、贈り物でお悩みですかい?」
「なに、同門の甥っ子が五月に祝言を上げるのさ」
「そいつぁめでてぇですな」
「うん、めでたい」
一言二言交わして、風天は素麺を注文した。通りの向こうへふと目をやると、なにやら人だかりが出来ている。
「やっ、お触れ書ですな」
「そうみたいだね」
鵲国の民衆は殆どが文盲だった。お触れを貼り出す役人は、声を張り上げて一度だけ読んだ。
「風光明媚な南雀に住む謝月は、傲岸不遜かつ悪辣であり、大胆にも偉大なる皇帝陛下の玉座を狙い、国を転覆せんと徒党を組んだ。その罪は赦しがたいことである。謀叛を企てたかどにより、九族まで即刻処刑された。家の再興も禁止する」
風天の箸が止まった。
「ひええ、恐ろしいこってす」
店主が前掛けの端を握りしめて呟いた。風天は黙って代金を置くと、掲示板へと歩いて行った。ふらふらとおぼつかない足取りである。
「あ、あ、あ」
小さな音を漏らしながら、鉄魚は張り紙を確認した。一文字ずつ、何度も読み返す。嘘であってくれ、聞き間違いに違いない。鉄魚は一縷の望みをかけて通告の文字を辿る。しかし、内容は変わらなかった。謝大人の一家が、叛逆罪で一族郎党皆殺しになったと告げる文書が、無慈悲に張り出されているだけだった。
四日後、雲風天は魚龍山に戻った。雪鶴の気持ちを思うと、どうにもやりきれない。一刻も早く書院に帰り、皆の様子を知りたかった。
河原の上空を摸魚功で通り過ぎようとしたとき、風天の目が箱のようなものを捉えた。
「なんだ?」
風天は用心深く近づいた。側面にできでかと一文字書いてある。
「薬櫃か?ずいぶん古いな。これに薬を入れたらあっという間にしけるだろう」
風天は内功を使って中身を確かめた。爆薬か暗器かもしれないと考えたのである。迂闊に触ると、武器や毒薬が飛び出してくるかもしれない。
「やっ、子供?」
風天は慌てて蓋を開ける。箱の中には薬や服に埋もれた子供がひとり、目を閉じて身を丸めていた。鼻の下に指をかざすと、息をしていない。手首に二本指を当てると、脈もない。
「なんでまた」
風天は眉を寄せた。子供の口から微かに特殊な薬の匂いがしたのだ。仮死状態にする奇薬である。子供の懐は少し膨らんでおり、確認すると、一冊の書物が入っていた。
「蓮露仙草賦下冊?雪蓮谷の失われた秘籍と同じ題名じゃないか。薬屋の子はおもちゃまで葯仙の秘伝書とはな」
書籍は明らかに新しい紙に書かれている。雪蓮谷は薬の材料が豊富な仙境とされていた。そこの谷に住む一族に伝わる秘伝書が「蓮露仙草賦」である。蓮露は初代谷主の名前だ。賦とは歌である。秘術を歌にして代々伝えたとされていた。現在、楽師が語る英雄譚に残された断片は、上巻の内容だという。下巻は歴史の中で消えてしまった。谷には悲劇があって、遥かな昔に滅びたのだ、と楽師は語る。
「仕方ない、目覚めを待つか」
子供は生きている。武林には子供の凶手もいる。そこで風天は、子供を檻となる陣の中に入れておくことにした。事情が分かるまでは、用心に越したことはない。風天の陣法は書院門下生歴代の中でも群を抜いていた。例え刺客だったとしても、陣の中に閉じ込めておけば安心だ。
再び蓋を閉じて、風天は薬櫃を抱えて書院へと急ぐ。
大家好だいがあほう
みなさんこんにちは
暗器
広東語あんぺい
普通話あんちー
日本語あんき
主に生活用品などに模した暗殺用、護身用の小型武器、隠し武器
世界中に多様な暗器が実在している
武侠世界では浪漫武器
仕込み〇〇、からくり仕掛け、人を操る宝具、などなど。魯班物と相性が抜群
作品によっては大型の仕掛け武器も暗器と呼ばれる
架空門派唐門が大人気
珍しい武器という意味で、時に奇兵とも呼ばれる
兵とは兵器であり武器全般のこと
武侠世界では、暗器に分類される武器が、特定の武人が装備するメイン武器として知られている場合も多い
忍ばない忍者同様、隠していない隠し武器も多い
現場の遺留品で犯人が特定される率高し
暗殺の意味なし
ただし冤罪発生率もそれなりに高し
なお、剣櫃は暗器ではない
暗器とする作品もあるが、本来は複数の剣を収納する背負い箱である
道具を入れた箱を背負っている系の武人は、薬王系、画仙系、剣仙系、道士系などの系統が見られる
後書き武侠喜劇データ集
旋風少女載せようと思ったけど、あれは武侠も喜劇もついてなかった
青春スポコンラブドラマとなっている
大ヒットした第一期は、今をときめくアイドル時代劇俳優たちの新人時代を観られる
現代劇ですが、武な人が主役のコメディなので視聴済み
ヤンヤンもウーレイも第二季第三季には出てない
笑拳怪招
クレイジーモンキー 笑拳
The Fearless Hyena
1979
監督 脚本 武術指導 主演 成龍
ジャッキー・チェンの初監督作品
動作 喜劇
昔の香港動作喜劇は、時代劇でも古装タグつかないことが殆ど
動きはコミカルで言葉遊び満載だが、話はシリアス
この映画は清朝の武林が舞台の復讐劇
陳興龍 成龍
自分のせいで隠れていた祖父が殺され復讐
女装アクションが身軽さと柔らかさを演出していて、芸が細かい
ヤングマスターの時の雑さが無いので笑いは半減
陳鹏飛 田俊
中文wikipediaには形意拳弟子とかいてあるが、台詞では宗祖と言っている。これだからいきは。相変わらずねえ。
宿敵に八爺と呼ばれているが、これはジャッキーをスターダムに押し上げた袁和平のニックネームでもある
序盤に棍の練功シーンで、約2分の間に49種類ほどの招式をジャッキーと田俊の二人で披露している
勿論ほぼ聞き取れないので、字幕頼りに書き出してカウントしてみた
字幕が拾ってない?ところで既出以外の招式らしきものもあるので、49種類どころではないかも
このシーンはちゃんとコミカルにも仕上がっていて、
序盤の見せ場となっている
今更だけど、後書きデータ集で、酔拳の邦題にはドランクモンキーつけてないや
厳密なデータ集じゃないから、今のところなおしてない
この時代の香港動作喜劇は、日本語吹き替え声優もデータに入れれば良かった
筆者は最近まで日本語吹き替え派でした