第十四章 公輸雪鶴/こんしゅーしゅっとう
竹の香りが爽やかな風に運ばれて来た。小鳥たちが楽しそうに囀り交わしている。鵲姐が来る気配はないようだ。山雨は背中の痛みに耐えながら、院長の双眼を見返していた。
「その内功には覚えがあるからな。そいつは養老派の好酒香功で作ったんだよ」
院長は、一目でどんな技術が使われているのか解るのだ。山雨が聞いても、それが一体どんな技術なのかは知る由もないのだが。
「やはり養老派が関係してましたか」
楽は納得して頷いた。
「師父の知り合いすか?」
桃が軽い調子で訊く。院長は桃に顔を向けて答えた。
「先代院長の次男だ」
「ニ叔?えっ、えええっ」
桃が仰天した。
「雲風桃師妹の叔父上ですか?」
楽も意外そうな顔をした。舟は黙って目を伏せていた。
「へえぇ、ニ叔、養老派でも修行したのか!」
桃が驚いたのは別のことだったようだ。
「そりゃ、散仙も名乗りたくならぁな」
「はっ?」
山雨は予想外の事実に、痛みも忘れて立ち上がった。幼い日に山雨が救けた行き倒れが、桃の叔父だというではないか。奇妙な縁があったものだ。
「あいたたた」
だが、すぐ竹にしがみついてしまった。ダメージがまだ抜けていないのだ。
「散仙が、阿桃の二叔?血の繋がった叔父さん?」
ふーっと息を吐いてから、山雨は改めて聞いた。親しみを込めた呼び方は、自然に口をついて出た。桃は当然のように呼び名を受け入れて、こくりと頷いた。
「師父、間違いないんすよね?」
頷いた後で、桃は院長に確認した。
「間違いない」
「師父、二師妹の叔父上って、どんな方なんですか?」
「ああ、楽は会ったことがなかったな」
「はい」
「どれひとつ、思い出噺でもするか」
院長は懐かしそうに目を細めた。
「二叔の話すか?聞きたいっす」
「それじゃあ休憩室にでも行くか」
「ひっ」
院長に腕を掴まれて、山雨は声にならない声を上げた。痛いのだ。背中に打撲があるのに、ぶら下げられての大ジャンプは辛い。
山雨の負傷には無関心のまま、一同は書院の建物に戻ってきた。彼らにとっては傷とも言えない軽い打撲なのだ。俗世から隔離されて生活しているので、一般人の脆さが解らない。
「ううう」
庭に降りたとき、山雨はぐったりしていた。
「えっ?雨雨?」
桃が気がついて走り寄った。
「顔色悪いね」
楽も近づいて脈をとる。流石に様子がおかしいと思ったのだろう。
「背中、背中痛い」
「ああ、陣に干渉して吹き飛ばされたときに、背中を酷く打ったのですね」
舟が囁き声で言った。僅かに眉を顰めている。舟はいつも悲しそうなので、実際の感情が読み取りにくい。だが、どうやら今回は同情しているらしい。山雨にも気持ちが伝わってきた。
「薬塗ってあげよう」
楽が言うと不穏だ。しかし、薬に関しては楽がこの書院で一番手だった。山雨は大人しく従うことにした。
楽が薬を取りに行っている間に、皆は休憩室に移動した。しばらくして楽もやって来た。山雨は手当を受けながら、院長の話が始まるのを待った。
「鶴児、公輸雪鶴は、気持ちのいい男だった。幼い時から優秀な兄を素直に尊敬し、得意の琴は奢ることなく請われるままに手解きをして、皆と酒を酌み交わし、人とぶつかることはあっても、根に持つことなく水に流す。そんな奴だったよ」
院長の口ぶりは、故人を偲ぶような風情であった。公輸雪鶴というのが、散仙の本名らしい。
「あの頃は皆、先代院長の元、賑やかな学びの日々を送っていた。先代と私は同期でね。机を並べて学んだ仲だ。私は書院に残らず、卒業後は江湖に出ていたがな。時には様子を見に来たものだ。少主と鶴児は仲の良い兄弟で、皆とも楽しくやっていた」
「少主って、老頭すか?」
「そうだ。お前さんの父親のことだよ。他に誰がいる」
「老頭が学生の頃なんて知らねっす」
桃の言うことはもっともである。父や叔父がまだ学生だった頃、桃は生まれていなかったのだ。
「魚龍書院は世襲だからな。院長は血族から優秀な者を後継に選んできた。少主は早くから次期院長に決まっていたんだよ。あんなことにならなければ」
院長は辛そうに唇を噛んだ。桃は労りの眼差しを向けた。
「師父」
「すまなかった」
「何がすか」
「一族の技を仕込むのを急いで、書院の歴史は何も教えていなかったからな」
雲風天院長は、桃に寂しく笑いかけた。厳格な老人だけに、心の傷が表に現れると痛ましかった。
「桃にこの席を渡すまで、なんとか書院を守り抜いてみせる」
「いいすよ、師父。無くなったら無くなったで」
「何を言う!お前さんの父親が命をかけて守った宝だぞ!」
「師父。命を狙われるようなものは、持たないほうが良くねっすか?」
話がどこに向かうのか、さっぱり分からない。山雨は散仙の話を聞けると思って喜んだのに。なにやら血生臭い話になって来た。山雨は、できることなら逃げ出したいと思った。
「そうとも限らないんだよ」
楽は穏やかに桃の言葉に答えた。舟が刹那強張った。ほんの一瞬だったが、確かに何かしら強い思いを感じさせる反応を見せた。
「手離すのもひとつの選択だが、守り受け継ぐことが却って生き残る手立てとなることもある」
院長は重々しい様子で、弟子たちをぐるりと見回した。
「ただ、何であっても手離すのはいつでも出来るが、一度手離したら二度と取り戻せない物も多いということは、よく覚えておくがよい」
三人の弟子は黙っていた。それぞれに思うところがあるようだ。
「あの時鶴児を止めることが出来たなら、魚龍書院の朗らかな日々は、今も続いていたはずだ」
「あの惨劇は、二叔が直接の原因だったのですか?」
楽は至って静かな口調で訊ねた。
「朝廷無関、本朝だろうが前朝だろうが、ここにいる以上は一切関わらないのが掟だということは、知っているな?」
弟子三人は、真剣な顔で頷いた。山雨は、散仙が行き倒れになった原因が判るかもしれないと思った。これまで、積極的に散仙の過去やその後を知ろうとしたことはなかった。だが、聞くのを拒否する理由もないのだ。むしろ今は、興味をそそられている。
「書院と朝廷には古い約定があってな。この地を含む国を建てる場合には、必ず相互不可侵を守るという約束だ。遥かな昔、書院の創設者は、その頃この地にあった王朝の忠臣だった。彼の引退祝いとして、魚龍山一帯の山野と相互不可侵の約定を賜ったのだ」
なにやら壮大な話になった。
「王朝が変わるごとに、書院の長が交渉に成功して約定の更新を勝ち取ってきた」
凄まじい交渉能力を持つ組織である。野山を寝床にして気ままに生きる山雨には、全く理解できなかったのだが。
「縁あって入門を許された血縁のない門下生たちも、この約定を守ってきた。ただ、長い歴史の中では、離反した者たちもいる」
公輸雪鶴も離反者ということだろうか。院長が語った人間像からは、容易に想像ができない事態だ。
「今から十年ほど前、桃が六つの頃のことだ。桃は何故だか遭難ばかりしていてなあ」
「でも運良くいつも帰れたっすよ」
「強運なんだか、凶運なんだか分からないが、大風に煽られて崖から落ちたり、山道で侵入者とばったり出会って吹き飛ばされたり、落石で舟が転覆して流されたり」
朝廷とは相互不可侵だが、それ以外の者どもは何かを狙ってちょっかいをかけてくるようだ。
「まあ、とにかくすぐに行方不明になっていた。その度に書院の大人が手分けして探したものだ。誰かが見つけたり、ひょっこり自分で帰って来たりした」
「鵲姐にも救けて貰ったっす。遭難しなければ出会えなかったすよ」
「そうだな。それも良いんだか悪いんだか分からないが」
「師父!酷いっす!良いことに決まってるっす」
楽は苦笑いを浮かべ、舟は悲しそうに首を振った。鵲姐の書院での評判は、かなり悪いようだ。
院長は、ごほんと咳払いをすると、話を続けた。
「捜索の為に出かける中で、鶴児は天命情侶と出会ったのだ」
大家好だいがあほう
みなさんこんにちは
広東語、語尾消えるしリエゾンするから聞き分け至難の業ですよね
養老の滝は日本の伝説ですが、養老という単語を中日の辞書で引くと、日本語と似た意味もあるようです
文字通り養うという意味みたいですが
老人を敬うべしという考え方自体は、「礼記」にもありますね
ただし、それを老人側が濫用すると惨劇が起こる
時代劇の老いた権力者は老害なんて可愛いもんじゃない
後書き武侠喜劇データ集
怪侠欧阳德
邦題不明
strange hero Oyang De
2011
歴史 伝奇 古装 喜劇 武侠
監督 林添一,左孝虎
脚本 简远信 康熙帝役で出演
原作 貪夢道人《彭公案》
中の人の絶技はないんだけど、ちゃんと笑えるアクションシーンがある
清朝なので弁髪、倭寇という観る人を選ぶ作品
日本の剣客物のネタもちらほら出る
主な配役
欧阳德 主題歌 小沈阳
人を食ったような言動をする人物
空飛ぶからくり木馬に乗って、長煙管で戦う
中の人は2006年に赵本山の弟子となった
ちとーめんに出てない件が取沙汰されたが、鵲刀門伝奇の話が出る前に別の作品と契約しちゃったから出てない、と同門の出演者が証言している
胡蝶 李晟
脳筋女侠
美女
怪老子 赵本山
主人公の師匠
中の人は鵲刀門伝奇の主演
主人公の中の人のリアル師匠
存在感がすごい
杨香武 张亮
原作の人気エピソードで中心となる人物
軽功の達人
しかしなんとなく地味
淳贝勒 叶祖新
皇帝の従兄弟
ドラ息子、懲りない
劇中、激動の青年期を送る
少しずつ成長するが、序盤の凶行は酷すぎる
中の人の演技力のせいで憎めない奴に見えてくる
中の人は休みなくドラマ出演している
最近日本でも話題になった作品「九重紫」の太子
ダンスと演技を専門的に学び、英語演技も可能
また武侠喜劇に出てほしい人の一人
彭鵬 李进荣
原作の主人公
康熙帝時代に実在した同名県令がモデルと言われている
現在公式配信中の全66話版38話で包青天になぞらえられている
69話版を観たことがあるのかは憶えてない
最初にみたのは随分前だが、今回YOYO公式で再視聴を始めるまでは、赵本山しか覚えてなかった
花九娘 廖丽君
悲運のクノイチ
はい、とか、おっかさん、とか言う
喜劇要素がニンジャしか見当たらないキャラ
《彭公案》
清の時代に書かれた武侠探案小説。邦訳なし。
未読。読みたい。
京劇の演目にもあり、何度か映像化されている
ドラマにも出る皇帝の宝・九龍玉杯を仲間が盗んじゃうプロットは、原作の人気エピソードだそうです。




