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第十話 明山雨は院長に肩を掴まれる

 摸魚功(もうゆうこん)魚龍書院(ゆうろんしゅーゆん)で習得出来る軽功(へんこん)である。現在書院の二番弟子である雲風桃(わんふぉんとう)の話によれば、ひたすら魚を捕ることにより身に付けることが出来るそうである。


 今明山雨(みんさんゆう)が連れてこられた川は、昨夜大量に魚を捕った場所だ。魚龍書院の面々が捕りつくさんばかりに水から上げた魚は、桃が用意した不思議な生簀に吸い込まれていった。魚は残っているのだろうか。


 川に向かう途中は、摸魚功を覚えさせられるのだと恐れていた。だが、水辺に下りたら魚を捕る話は出ない。並んで川を眺めている。そして、奇妙な要求をされた。


「目を?緩めるってなに?どうするの?」


 院長に言われることを大人しくやってみる気が芽生えたわけではない。一刻も早く逃げ去りたいのだ。だが、余りにも理解し難いことを言われたので、反射的に質問してしまったのだ。


「それはだな」


 院長は山雨に顔を向けた。


「何かを良く見ようとする時は、思わず目に力が入るだろう?」

「うん?うーん、そうなのかな?」

「では、向こう岸の、川の流れが岩壁を抉っている部分に澱んだ水の中には、何尾の魚がいるのかわかるか?」


 山雨はぎゅっと唇に力を入れた。また訓練させられるのかと警戒したのである。院長は案外呑気で、山雨が集中しているのだと解釈した。川幅は広く、川の澱みは岩壁が影を落としていて暗い。よほど目の良い人でなければ、魚がいることにすら気が付かない状況だ。視力が優れていても、目を凝らさなければ見えない。


「何尾いる?」

「知らないよ」


 山雨はさっさとその場を離れた。魚を数える必要はないと思ったのだ。


「あっ」


 院長は山雨を見失った。


「またか。懲りない奴め」


 院長は大きめの声で悪態をつく。見失ったものの、軽功を知らない山雨ならまだ声が届く範囲にいるものと判断したのだ。独り言ではなく、山雨に向かって言っているのである。明山雨は、懲りないのはどっちなんだろう、と心の中で呆れた。



「ふんっ」


 院長はカッと目を見開く。白い靄が院長の目の表面に立ち込めた。


「んんっ」


 院長はぐるりと体を回し、山雨のいる場所を探した。山雨は後ろを振り向かず、昨日とは逆に川下の方へと向かっていた。


「明山雨、天意(てんい)を甘く見てはいかんぞ」


 院長は真剣に訴えた。山雨は、実際には見えるところを歩いている。だが、「殆どの危険から逃げられる歩き方」だ。特殊な足運びをすることによって、生き物の目を眩ませることが出来るのだ。山の鳥獣に限らず、人間にも効く。院長ほど武芸に秀でた人にも有効だ。


「お前さんがここに来たのは天の意思だ。いくら出て行こうとしても無駄だ」


 院長は目で探すのを諦めて、今度は目を閉じて細く息を吐き出した。内功を練っているようだ。身体を流れる気に集中し、注意深く操る。感覚が研ぎ澄まされる。院長の身体全体から、白い靄が立ち始めた。次の瞬間、院長は山雨の目の前に移動した。山雨は余裕の表情で横へ一歩足を踏み出した。


冰封魚(びんふんゆう)心法(さんふぁあ)だけでは足りないが、鯊魚宝典(さあゆうぼうでぃん)を奥義まで習得した身には容易いことよ」


 院長が反派(わるもの)のような口調で凄む。山雨は意に介さなかったが、院長は立ち去ろうとする若者を逃さなかった。老いてなお筋肉の衰えない頑健な指が、がしりと山雨の肩を掴む。


 山雨は、どんぐり眼をまんまるに見開いて院長を見た。院長は、してやったりと歯を覗かせた。


「いま、少し目に力が入っただろう」


 院長は、「殆どの危険から逃げられる歩き方」を実行中の山雨を捕まえたことで、得意になった訳ではなかった。様々な誘導をして、目に力が入った状態を自覚させることに成功したのだ。まさしく思惑通り。それで、傲慢とも取れる笑いを漏らしたのである。


 明山雨は、すっと目を戻して鼻に皺を寄せる。言葉は発しなかった。院長はニヤリをニヤニヤにまで進化させた。片手で山雨の肩を掴んだまま、頭ひとつは高い山雨と目を合わせる。


「今、目から力が抜けただろう?それが緩めた、ってことだ」

「うっ」


 山雨は悔しくてうめき声を上げた。


「余計な力が抜けると、気が流れ出すものだ。さあ、魚の数は何尾だ?」


 その件がまだ続いていたことに、山雨は若干苛立ちを覚えた。


「知らないよ」

「何尾だ?」


 院長は顔を引き締めて問いを繰り返す。山雨はうんざりして、はっきりと断った。


「入門は、しない、っていったろ」

「肩を掴まれたくらいで身動きも取れないひよっこが、何を偉そうに逆らうのだ」


 院長はそう言うと、完全に悪役の笑い声を上げた。


「フハハハハ、片腹いたいわ」

「あー、もう、何なんだよう」


 どんぐり眼で厳つい太眉が下がると、かなり情け無い見た目になる。山雨の心境を良く表した顔つきである。


「さあ答えてみろ、あの澱みにいる魚は何尾だ?」


 雲風天院長は、棹をヒュンと鳴らして澱みを指し示した。


「見えない」


 間髪を入れずに答えた山雨に、院長は舌打ちせんばかりの苛立ちを示した。


「すこしは観る努力をしてから答えたらどうだ?」

「努力したって見えないものは見えない」

「明山雨、普段魚を捕る時にはどうしている?」

「どうって」

「昨日の晩は、結局魚を捕ろうとしなかったな。魚を捕ったことはあるんだろう?」


 院長は山雨の肩を掴んでいる手に力を入れた。


「ん?」

「あるけど」


 山雨は口を尖らせた。


「そろそろ離してよ。痛いんだけど」

「魚を捕まえてみろ」

「嫌だよ」

「捕まえるなら手を離してやる」


 押し問答が始まった。思えば、院長とはいつも押し問答になる。現状の捉え方がそもそも違うのだ。まず、院長はあくまでも魚龍書院の規則に従って、許可なく敷地内に足を踏み入れた者に罰を与えようとしている。次に山雨だが、彼は野山に生きる放浪者である。私有地の概念が極めて希薄だ。他所の家に勝手に入ってはいけないと知ってはいる。だが、わざとにせよ偶然にせよ、入ってしまったら出て行けばそれで解決すると思っていた。出て行こうとする者を、わざわざ引き留める気持ちは分からなかった。


 互いに譲らないというより、そもそも噛み合っていないのだ。


「仕方ないな。捕るよ」


 山雨は、離して貰うために不本意ながら同意した。


「よし、捕ってみろ」


 院長は約束を守って、山雨を解放した。山雨も正直に魚を捕ろうと思っていた。狡賢く立ち回る気にはなれなかったのだ。しかし、川に魚はいるのだろうか。山雨は水辺に近づいて確かめることにした。



 竹笠姿の院長に見守られながら、明山雨は渓流を覗き込む。予想した通り、魚の影が見当たらない。水は泡立ちうねりを作っているが、透き通っていた。川底の石まではっきりと見通せる。


 可能性があるとすれば、山雨のいる位置からは見えない岩陰や、院長が指し示した崖下の澱みだ。増水は(おさま)っているが、山雨には川を渡る自信がない。岩陰を確かめるにしても同じことだ。目の前の急流は、山雨の泳ぐ技術を超えていた。武術を修めた人たちのように、流れから頭を出している岩を足場に渡ることも出来ない。


 これまで山雨が魚を捕った時には、手づかみするか尖った木の細枝で突き刺すかのどちらかだった。どちらの場合でも、浅瀬に立って捕るか、流れが静かな川で潜って捕るかだ。水が深く岩だらけの急流で魚を捕ろうとは思わなかった。命は惜しいのだ。


「どうした?早くせんか」


 激流をじっと見つめたまま動かない山雨に、風天院長は痺れを切らして声をかけた。


「捕れるとこに魚がいない」


 山雨は率直に答えた。


「澱みの魚は数えてみたか?」

「見えないし、いたとしてもあんなとこまで捕りには行かれないよ」

「まずは目を緩めることだ」


 院長は山雨の肩をポンと叩くと、摸魚功(もうゆうこん)を使って立ち去った。逃げ出すチャンスである。だが、山雨はその場から足を動かすことなく、川面を眺めていた。


「摸魚功を身につければ、雲風天からも逃げおおせるかもしれないな」


 明山雨は、その発想が既に、武林の怪人妖魔幽鬼が蠢く千尋の谷へと落ちてゆく最初の一歩であることに、全く気がついていなかった。



大家好だいがあほう

みなさんこんにちは

冰は氷の旧字として日本にも存在しています

略字ではなく旧字です

広東語の意味でも氷です

冰封は氷漬け、凍結ではなくアイスコフィン状態


現在この字を日本で人名に出来るのは、日本で生まれた外国人だけ

日本人には、人名用漢字として認められていないのですって

法律上、日本人とは日本国籍を持つ人間のことです

姓名に関する法律なので、文化的定義ではなく法律上の定義に基づく判断が求められます


両親が帰化した人で、子供が日本で生まれた日本国籍を持つ人の場合、戸籍上の姓名には人名用漢字しか使えませんので、冰は使用出来ないようです


帰化人や外国籍の場合、「通名」として日本で姓名用漢字に認められない文字が登録できます

両親がこれにあたる子供も通名を登録できます

近年は悪用を防ぐため、審査は厳しいとのこと

学籍には通名が使用できます


ただし、在留カードや土地の登記など法律上の手続きには定められた範囲の対応する旧字しか使えません

このため、文字の持つ意味が日本での表記では全く異なってしまう場合があります


出典:

人名用漢字の新字旧字

第100回 「氷」と「冰」

筆者: 安岡 孝一

三省堂Word-Wise Web

最終閲覧: 20/3/2025 20:25


法務省

在留カードの漢字氏名表記について

最終閲覧 20/3/2025 21:00

尚、このページにある旧字検索システムを使う場合には注意点を確認しないとエラーでツールが表示されない場合があります


後書き武侠喜劇データ集


龍門鏢局

邦題不明

Longmen Express

2013

古装 情景 武侠 喜劇

情景喜劇 situation comedy

武林外伝後伝

監督 王骏晔

盛秋月 袁咏仪

陆三金 郭京飞

白敬祺 张瑞涵

武林外伝主角の一人息子

蔡八斗 刘冠麟

ポスターと第一話だけ観るとこの人が主人公かと思うが、主角ですらない。しかし最終回までいる。二期未満の1・5版にもいる。厨神。

中の人は途切れることなく様々な作品に出演

北京舞蹈学院音乐剧系卒業

この学校の卒業生に武林外伝の出演者が沢山いる

劉冠麟ミュージカルの専門教育を受けたんですね

主役を務めた贄婿スピンオフでそうじゃないかと思いつつ、今回調べて確認できました

1981年生まれの44歳

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