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日本おとぎ伝奇 桃の章  作者: なお。


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第八話 進軍

 吉備国の豪族たちを次々と味方に引き入れたことで、大和国軍はとてつもない規模へと膨れ上がった。

 その数、人間八千。軍犬百。通信兵十。

 吉備の地理に通じた豪族たち、深謀遠慮に長けた軍師、そして戦場を結ぶ情報網――それはまさに、正真正銘「大軍」と呼ぶに相応しいものであっただろう。

 決戦の準備は整った。

 ここに至り、伊佐勢理毘古は軍の再編を断行する。

 大将軍たる自身の下、四つの小軍を編成。

 稚武彦、熊翁、犬飼健、夜目山主――それぞれが軍の長として任を受けた。


 孝霊五十四年、初春。

 雪を頂いていた山々はその白衣を脱ぎ、山肌をあらわにし始めていた。

 季節の移ろいと歩調を合わせるかのように、大和国軍はついに温羅の領内へと侵入。

 開戦の狼煙をあげるのであった。


 出陣の刻。

 広場には全軍が集結し、軍ごとに整然と列を成していた。

 その光景は壮観というほかなく、見る者の胸を否応なく打つ威容であった。

 此度は、伊佐勢理毘古に二千。稚武彦、熊翁、犬飼健、夜目山主父子の軍に千五百ずつ兵を配する。

 そして、楽楽森彦は軍師として、留玉媛は通信長として伊佐勢理毘古に帯同した。


 広場中央の小高い丘。

 その頂に立つ伊佐勢理毘古の黒き甲冑は、陽光を受けて鈍く輝き、桃の羽織は風に翻っていた。

 風の音のみが響く中、全軍が息を潜め、総大将の言葉を待つ。 


「時は来たれり。倭国大乱が始まりてより幾星霜。多くの民たちが傷つき、虐げられてきた。だが、それももう終わりぞ。今こそ、我々が平和な世の中を取り戻すのだ! 

まずは、温羅を倒し備中に安寧を! 

さぁ、共に参ろう――全軍出陣!」


 伊佐勢理毘古が天高く桃の旗を掲げた瞬間、広場は轟音に包まれた。

 兵たちの咆哮は地を揺らし、空を震わせる。

 紅潮した頬、その目は未来への希望に輝く。

 大和国軍の士気は、まさに最高潮に達していた。

 陣形は、中央に犬飼健。

 左翼に熊翁、右翼に夜目山主。

 犬飼軍のやや後方に伊佐勢理毘古本軍、さらに後詰として稚武彦が控える。

 目標は鬼ノ城。鬼ノ城へは舟を使わなければ辿り着けない。その前段階として、「吉備穴海周辺」を第一の要地と定めた。


 ◇


 同日、天高く太陽が昇りし頃合。

 桃の旗を翻しながら、大和国軍は進軍を開始した。

 その姿を見た吉備国の民は、噂に聞く桃太郎の軍勢に歓声を上げ、平和な未来への希望を胸に抱いたという。

 進軍の先頭では、犬飼軍の軍犬たちが鋭敏な嗅覚をもって索敵にあたっていた。


 ――わぉぉぉん。

 ――わおぉぉん。


 遠吠えが四方から重なり合う。


「左前方に敵軍発見。また、右方にも敵軍。」


 温羅側の豪族たちの待ち伏せは、平野、林、森――あらゆる地形に潜んでいたが、軍犬たちはそれを次々と暴き出した。


「熊翁は左方、夜目山主は右方をお頼み申す。他軍はこの場で待機。随時、銅鑼と、留玉媛より指示を飛ばします」


 両軍は桃の旗を掲げ、一直線に敵へ向かう。

 残された兵は、いつでも動けるよう戦況を見守った。

 そこへ、斥候の「猿」が戻る。


「この辺りに。温羅の軍はいないようです。あれらは、すべて吉備国の豪族たちばかりでした」


「わかった、報告ご苦労。引き続き調査を頼む」


 「はっ」と言い、猿は再びその姿を消した。

 楽楽森彦は伊佐勢理毘古の横へ移動する。


「大将、周辺に温羅軍は見当たらないようです。吉備の豪族軍だけなら、あの二軍だけで事足りるでしょう」


 伊佐勢理毘古は軽く頷く。

 大和国軍は、戦場にあっても敵軍への交渉を捨てなかった。

 桃の旗を見て、武を収める豪族は多かったが、すべてがそうではない。

 それでも伊佐勢理毘古は信念を曲げず、流血を最小限に抑える道を選び続けた。

 大和国軍兵たちは、その信念を出来うる限り体現しようと尽力し続けた。



 初日の大和国軍は、損害もほとんどなく無事野営に入る。

 陣は伊佐勢理毘古を中心に円形に組まれ、篝火の揺らめく光が兵たちを暖かく照らした。

 食事、休息、見張りが規則正しく繰り返される。

 敵地であることを忘れる者は、一人としていなかった。

 この日、数度の小競り合いはあったが、ほとんど血は流れなかった。

 伊佐勢理毘古は、吉備国の民の血が流れる事を防げたことに喜び、それを成し遂げた軍長と兵たちを誇りに思った。

 ただし、交渉に時間を要したため、進軍距離はわずか一キロほどに留まった。


(今日は、吉備豪族たちばかりであった。明日以降、温羅軍が出てくれば交渉には応じないであろう…。戦闘も一段と激しくなる。さらなる覚悟が必要だな…)


 伊佐勢理毘古は覚悟を胸に刻み、静かに目を閉じた。


 ◇


 翌朝。

 伊佐勢理毘古が、天を見上げると雲が覆い、陽の光はとざされていた。

 大和国軍は、昨日と同じ陣形を取り行軍を開始。しかし、ほどなく異変を感じ取る。

 犬たちが、一様に困惑しているのだ。


「犬飼軍長! 道や森中に、なにやら異様な臭いが立ち込めています。そのせいで、犬たちが温羅軍の臭いを識別できないようです!」


「まさか! たった一日で対応策を用意したのか…。温羅軍おそるべし」


 大和国軍は、早くも犬飼軍の広範囲索敵を封じられた。

 犬飼健は鼻を潰された犬たちを後方へと下げざるを得なかった。

 大和国軍は、通常の索敵に切り替え慎重に進む。

 軍は、左右に森が広がる土地に差し掛かった。


 その時――。


「右方より温羅軍!」

「左方よりも温羅軍接近!」


 森を隠蓑にした温羅軍の奇襲。

 楽楽森彦より情報を得ていた事もあり、大和国軍はそれに即応。

 それでも、突然の開戦に兵たちは浮き足だっている。

 熊翁、犬養健と夜目山主が先頭に立ち、兵たちを鼓舞する。


「皆、落ち着け! 練兵通りやれば大丈夫だ! 陣形確認! 押し返すぞ!」


 その姿に、少しずつ落ち着きを取り戻していく大和国兵たち。

 そして、両軍は衝突。

 兵同士のぶつかり合う鈍く重い音が響き、金属音と怒号が入り乱れる。


「温羅軍の将よ! 話を聞いてくれ! どうか!」


「…………」


 軍長たちは、温羅軍たちと交渉を試みるが、当初の予想通り全く聞く耳をもたない。


 どかっ! どかっ! どかっ!


 鉄棍棒が振るわれ、大和兵が吹き飛ばされる。


 

 温羅兵は、噂通り大和兵よりも一回りほど身体が大きく、怪力揃いだった。


「絶対に、一人で相対するな! 三人一組を必ず守れ!」


 大和兵は多人数の強みを活かし、温羅兵一人に対し三人で戦うことで、なんとか戦場を維持する。

 それでもなお、温羅兵の力は脅威的であった。

 温羅兵は大和兵の頭部を叩き割り、胴を横薙ぎにし吹き飛ばす。

 その中でも強い兵は、一度に二、三人まとめて吹き飛ばす者もいた。

 次次と打ち倒される大和兵たち。

 犬飼健は、戦況を打開すべく動く。


「軍犬を前へ! 各軍に軍犬を派遣する。温羅軍を撹乱し、皆を助けるのだ!」


 わん! わん! わん!


 犬飼健は、後方に下げていた軍犬と犬使いの家臣を派遣する。

 乱戦中の戦場を小さい影が駆け抜ける。

 軍犬たちは、温羅軍の中に飛び込み、敵兵の巨躯に噛みつく。

 噛みつきは離れ、周りを駆けまわり温羅兵の注意をひきつける。

 その間に、軍長を中心になんとか拮抗状態まで押し戻した頃、戦場に銅鑼の音が鳴り響く。

 温羅軍は、その身を翻し撤退していった。


「見事な引き際…。これが、聞いていた温羅の戦術の一つか。各隊、被害状況の確認。すぐに陣形を整えよ」


 大和国軍の被害状況は、思ったより大きかった。

 再襲撃に備えるため、すぐに陣形を整え急ぎこの場を離れる。


 この後、進軍する大和国軍に対し温羅軍は待ち伏せ、奇襲をし、自軍の被害が出る前に退却を繰り返した。

 これは現代のゲリラ戦法のような戦術である。

 これがなかなか厄介なもので、突然の襲撃に加え、温羅兵は怪力揃いなので、大和国軍は自然と防戦一方となってしまった。

 最初の奇襲時よりは被害は少ないものの、少しずつ戦力が削がれていく。

 その結果、進軍速度もかなり遅くなった。大軍ゆえに機動性に劣り、余計に遅れは増すこととなった。


 ◇


 この日は、前日とは打って変わって軍にも大きな被害が出た。

 大和兵千名ほどが死傷し、戦線を離脱した。

 二日目は、完全に温羅の戦術勝ちと言えるであろう。


 夜。

 伊佐勢理毘古と楽楽森彦は地図を前に策を練る。

 木の板と木でできた脚を組み合わせただけの簡易な机の上に吉備国の地図が広げら、今日戦闘を行った場所に赤い×印が付けられている。


「温羅のゲリラ戦法に対応できなければ、明日以降も今日の二の舞となるでしょう。このままでは、我が軍は崩壊してしまう。なんとかしなければ」


「大将。猿からの報告では温羅軍は少数で隊を組み奇襲を行っているようです。温羅は、後方の高地より戦況を確認し合図を出しています。機動力重視で、近くに援軍を配置していることもないようです」


「ふむ、少数での撹乱…。温羅兵の圧倒的膂力で我々の兵力を削れるだけ削る。地形は大軍では戦えない狭い場所に限定し、我々の強みを消した上で襲撃を繰り返す。本当に巧みな用兵であった」


 楽楽森彦は、軽く頷き話し始める。


「そこで、考えた策があります。少し危険を伴うかもしれませんが、軍を二つにわけましょう。大将と稚武彦殿を指揮官にし、その下に軍を配します。そして、別々の道を通り集合地点を目指すのです。どうせ全兵で戦えないのなら行軍速度を上げ、行軍の遅れを少なくするのです。それに、敵が明日も少数で奇襲をするなら、軍をわけても対応可能でしょう」


「今日は、戦闘が幾度となくあったが戦っていない兵が多く、ただ行軍が止まっているだけであった。軍を分ければ、片方が戦闘中でももう片方はその間も進める。そして、出来うる限り敵が潜めない地形を通れば、奇襲も容易ではないはず。危急の際は、留玉媛の通信を使い連携も取りあえるか」

 

 すぐに、留玉媛と軍長たちを集めた。いつになく真剣な表情をみせる伊佐勢理毘古。それを見て無意識に唾を飲み込む一同。


「今日の戦闘を省みて、軍を二つに分けることにした」


 驚きの表情を浮かべる軍長たち。そのまま説明を続ける伊佐勢理毘古。


「温羅の奇襲部隊は、少人数であり、我々が大軍で相対する必要はない。こちらに大軍で戦わせないように立ち回っている節もあるしな。まぁ、鬼ノ城までは距離があるので本軍が出てくることもないだろう。だから、戦力を分け、軍を身軽にしようと思う。戦闘も小回りが効き、兵同士が守り合い易く、行軍も今までよりも早く進めるはずだ」


「確かに、今日の戦闘では大人数が戦いに参加出来ない地形が多かったのう。そして、行軍も止まっとった。あれが、そういうことじゃったか。明日以降も、あれを繰り返すてなら、危険を犯してでも軍をわけて進む方が良いか」


 熊翁が、両の腕を組み納得の表情で頷く。

 それを確認し、伊佐勢理毘古は話を続ける。


「温羅兵の圧倒的な力は変わらず脅威だ。軍を三つに分けようとも考えたのだが、やはり二つが最善であると判じた。それでは、編成を発表する」


 一同は聞き逃さぬよう、伊佐勢理毘古の声にさらに注聴する。


「まず、私の麾下に入るのは、熊翁、犬飼健。稚武彦の麾下に夜目山主。ただ。犬飼軍は人と軍犬の半数を稚武彦のもとへ派遣することとする。楽楽森彦、留玉媛は、私に帯同し変わらず仕事をしてもらう」


「承知しました」


 一同は、そう言うと行軍ルートの確認を始める。

 楽楽森彦は地図を見るよう促す。

 そして、地図の×印について話し出す。


「この×印の位置が、今日の戦闘場所です。見ていただければわかりますが、森の中、左右に林がある場所など、どこを見てもひらけた場所がないのです。どれも隠れやすく、奇襲に向いた場所です。明日以降は極力こういう場所は避けて進軍したい」


 そう言い、指で地図をなぞりながらルートを説明する。


「こちらの当初の計画通りに近い道を、大将の軍がいきます。稚武彦殿、夜目山主殿は少し南側を迂回したこちらの道を行って頂きたい。そして、両軍共に、目的地はこの丸印をつけた吉備穴海手前のこの平野です」


 皆、心得たとしっかり頷く。

 楽楽森彦は、稚武彦と夜目山主に事前に準備しておいた進軍ルートを書いた地図を渡した。


 決意を新たにした大和国軍。

 無事、吉備穴海に辿り着くことができるのであろうか…。

 夜空には、うっすらとした雲間から弓月が静かに覗いていた。

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