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日本おとぎ伝奇 桃の章  作者: なお。


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第七話 三随臣 留玉媛命

 楽楽森彦ささもりひこを味方にし迎え入れた大和国軍は、勢いそのままにさらなる協力者を求め、各地へと使者を走らせた。

 矢部郷やべむら付近にある日差山ひさしやま夜目山主命やめやまぬしのみことと、その子・夜目麿命やめまろのみこと父子などを筆頭に、次次と集結していく有力者たち。

 そんな折、楽楽森彦からある者を仲間に引き入れたいと進言があった。


「大将、庄郷しょうむら留玉媛命とめたまひめのみことという者がおります。彼女の力は必ず我々の助けになるでしょう」


「留玉媛命? あなたの軍略にその女性が必要なのですね? 


 頷く楽楽森彦を見て、伊佐勢理毘古は一拍置き、静かに頷いた。


「わかりました。すぐに使者を送りましょう」


 ◇


 こうして伊佐勢理毘古の名を帯びた使者は、庄郷へと向かった。

 その郷は、現在でいう岡山県倉敷市栗坂の辺りにあり、自然豊かで鳥飼を生業にする者が住んでいる集落であった。


 郷へ向かう道は、容赦なく冷気を吹きつけてきた。

 視界に映る景色は色を失い、吐く息は白く凍りつく。足元では霜が軋むような音を立て、否応なく季節の厳しさを思い知らせた。


 郷に入った使者は、道端を歩く年配の郷人に声をかける。 


「失礼、私は大和国軍の伊佐勢理毘古様より遣された使者である。こちらに、留玉媛命というお方がおられると聞いて、訪ねて参った。どちらにお住まいかご案内願えませんでしょうか?」


「ほぅ、それはそれは……。遠路はるばるご苦労様ですじゃ。わしでよければご案内させていただきますのじゃ」


郷人は穏やかな笑みを浮かべ、快く先に立った。


 郷の端――その邸を目にした瞬間、使者は思わず足を止める。

 それは一目見れば忘れようのない姿をしていた。

 家屋の中央から、天を衝くように巨大なくすの木が伸びている。

 二十丈はあろうかという大木を抱き込むようにして、邸は建てられていた。周囲には大小さまざまな木々が植えられ、青々と葉を湛えるもの、冬を迎えて褐色に染まるものが混じり合う。

 それらはすべて、丁寧に手入れされていた。

 枝々には鳥たちが集い、囀りが絶えない。


(……森だ)


 それは家というより、人の手で育てられた小さな森だった。

 使者は、自然を支配するのではなく、共に生きるという意思を、はっきりと感じ取った。

その光景に心奪われ立ち尽くし、このようなものを人が作り上げられるという現実に、心底驚き尊敬の念を覚えた。


「こちらが、留玉媛とめたまひめ様の邸宅ですじゃ。取次をお願いして参りますので暫くお待ちくだされ」


「お願い申し上げる」


 ほどなくして、郷人は使用人を伴い戻ってきた。

 引き継ぎを終えると、郷人は深く一礼して去っていく。


「お待たせ致しました。主がお待ちです。さぁ、中へどうぞ。」


 使者は礼を述べ、邸内へと足を踏み入れた。

 長い廊下を通り抜け一番奥の部屋へと向かう。

 廊下にも木々がひしめくように並び、鳥の生活圏が築かれていた。

 冬であるのに廊下は暖かく、様様な種類の鳥たちが自由に飛び回っている。


「外も見事でしたが……中までも、これほどとは。本当に素晴らしい。そして、冬なのにこれほどまでに室内が暖かいとは」


「ありがとうございます。私たちにとって、鳥たちは家族です。彼らのために環境を整えるのは当たり前のことなのです」


 使用人は誇らしげに微笑んだ。

 自然の回廊とも呼べる廊下を通り抜け、その部屋にたどり着く。


「こちらで主がお待ちです。どうぞ、中へお入りください」


「ありがとうございます」


 使者は礼を述べ部屋へ入る。

 この部屋でも多くの鳥たちが舞っていた。

 部屋の奥にある翠色の甲冑の肩には、小鳥が羽を休めている。


 そして――ひとりの女性が立っていた。


 長い睫毛、切れ長で鋭く強い眼差し。

 すっと通った鼻筋に、雪のような肌。

 濡羽色の長い黒髪を後ろで束ね、凛とした気配を纏っている。

 その存在感に、使者は一瞬、心を奪われた。

 彼女が、その透き通った声を発する。


「ようこそおいでくださいました。私が当家の主、留玉媛命です。どのようなご用件でしょうか?」


「私は、大和国軍の伊佐勢理毘古様より遣わされた使者にござる。楽楽森彦様よりのご推薦にて、我々の賊征伐への御助力をお願いしに参った所存。こちらが親書にござる」


 そう言って使者は親書を留玉媛に手渡した。封を切り内容を確認する留玉媛。

 要約すると、親書にはこう書かれていた。


「吉備国の平和を守るために温羅、山賊、海賊の征伐することへの協力申出。主な協力方法は通信兵であり、戦闘を行う者は志願者のみで構わない」


 留玉媛は通信兵という言葉に、「楽楽森彦の入知恵だな」と思いクスッと笑った。

 留玉媛は高度な情報伝達を行う術を持っている。

 情報を扱う者同士二人は面識があり、優秀な通信手段を持つ留玉媛を楽楽森彦が放っておくはずがなかったのだ。


「使者殿。要請承りました。お疲れでしょうし、村でゆっくり休んでからお戻りください」


「否。ゆっくりなどしてはいられませぬ。急ぎこの朗報を主に伝えねば!」


「まぁ、見ててください。ね?」


 彼女は使者をやんわり宥め、机に向かって筆を走らせる。

 書き終えると、窓辺にとまる鳥に親書を預け、窓を開け放つ。合図を送ると、親書を持った鳥は蒼穹へと舞い上がる。


「こっちの方が速いわよ。さぁ、使者さんはゆっくりお休みになられてください」


「おぉぉ…。今ので報が届くのですか! それならば確かに私の脚より断然早いですな」


「でしょ?」


 留玉媛はそう言い、にっこりと笑みを浮かべた。


 ◇


 本陣。

 軍議を行う伊佐勢理毘古と楽楽森彦の元へ突然上空より舞い降りる一羽の鳥。

 その鳥は、そのまま楽楽森彦の前にとまった。


「これは……」


 楽楽森彦は文を受け取り、目を細める。


「大将、うまくいったようですよ。留玉媛が協力してくれるそうです」


「誠ですか! 良かった〜。それにしても驚きましたよ。突然、空から鳥が舞い降りてくるなんて。しかも、手紙まで運んできた」


 伊佐勢理毘古は興奮して少し鼻息が荒くなっている。

 それを見た楽楽森彦は、少し微笑ましくなった。


(大将は好奇心旺盛でおもしろいなぁ)


 楽楽森彦は、伊佐勢理毘古に留玉媛の力を説明する。


「留玉媛は、鳥飼を生業にしている郷の者です。飼っている無数の鳥たちを使い、あらゆる場所に連絡網を構築することが出来るのです。これを戦場で使えば情報伝達において先ん立つことができます」


「それは素晴らしい!」


「そして、これは私も見たことがないのですが…。彼女はとても身軽で、遥か数百里の距離を一瞬で跳ぶことができる術を使うらしいのです」


「え? それはどういうものなのでしょう?」


「さぁ? 私も聞いただけなのでわかりかねます。長距離を一瞬で移動できる仙術かなにかでしょうか?」


「まさか。そんなものがこの世に存在するはずないでしょう?」


 「さすがにそんなものないだろう」と二人は笑う。そして、軍議に戻ろうとしたまさにその時、一陣の風と共に、黒い影が天より降り立った。


「突然の来訪失礼します。留玉媛です! 此度の……。て、あれ? どうされました?」


 二人とも目が点となり、口を半開きにして固まっている。

 

「………、とんできた?」


「これは驚いた! 本当に跳んで参られたわ! どうやって来たのです? 仙術か何かですか? 私にも出来ますか? あっ、失礼した。お初にお目にかかる、私が伊佐勢理毘古です」


 驚きと共に、とても興奮する伊佐勢理毘古。

 それとは対象にたじろぐ留玉媛。


「楽楽森彦、うちの大将てこんな感じの人なの?」


 困ったように問う留玉媛。

 それに対し、首を横に振りながら答える楽楽森彦。


「いや、そんなことはないぞ。今回に関しては、さすがにわしも驚いたわ。噂とばかり思っておったが…。お主は、本当に長距離を一瞬で跳べるのだな」


「あ! そういうこと。わたしまたやっちゃったのね…。いつもこれで移動してるからこれが当たり前だと勘違いしちゃうのよね…」


 少し頬を赤らめる留玉媛。

 かわいい一面も持っているようだ。


「改めまして、庄郷の留玉媛命と申します。通信役を務めさせていただきます。先ほどお見せした通り、鳥を使った方法と私の長距離移動術を駆使し、迅速に情報や物をお届け致します。因みに、移動術は秘術なので覚えるのは諦めてください」


 顔をほころばせそう言う留玉媛と残念そうに苦笑いする伊佐勢理毘古。

 秘術と言われては、さすがの好奇心もそれ以上は聞けないようだ。

 「宜しく頼む」と礼を交わす伊佐勢理毘古と留玉媛。


 犬飼健、楽楽森彦、留玉媛。後世に、「三随臣」と称される桃太郎の忠臣が本陣に揃った。

 これにて、大和国軍と温羅軍の戦いの準備は整った。

 決戦の刻は近い…。


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