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日本おとぎ伝奇 桃の章  作者: なお。


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第六話 三随臣 楽楽森彦命

 犬飼健と山賊たちを自軍に引き入れることに成功した伊佐勢理毘古いさせりひこは、次なる一手を思案していた。

 温羅討伐――それは武だけで成し遂げられる戦ではない。知と人、そして土地に根ざした力が必要である。


 彼が次に使者を送ったのは、吉川郷よしかわむら楽楽森彦命ささもりひこのみことである。

 彼は知略に富み、また情報収集能力にとても長けているらしい。

 犬飼健と同様、いや、それ以上に――是が非でも味方に引き入れたい人物である。


 しかし、そう簡単に事は運べない。


 楽楽森彦は温羅と同盟関係にあるというのだ。

 なぜ吉備国の豪族が、鬼と呼ばれる存在と手を結ぶのか。

 伊佐勢理毘古には、その理由がまるで理解できずにいた。


 ◇ 


 大和国軍は楽楽森彦に対し、幾度も使者を差し向けたが、答えはすべて同じだった。

 門は閉ざされ、謁見は一度として許されない。

 

「やはり敵の使者を簡単に受け入れるわけにはいかないか…」


 伊佐勢理毘古は小さく息を吐き、決意を固めた。


「ここは誠意を見せるところだな。稚武彦に一時全権を預ける。私が不在の間のことは、すべて彼に従うように通達致せ」


「御意にございます。急ぎ稚武彦様以下、全兵に通達致します。伝令よ、各所へ急ぎ伝えよ!」

 

 家臣が声を張り上げると、伝令たちは土煙を巻き上げながら四方へ散った。

 それを見届けた伊佐勢理毘古は、静かに本陣を後にする。


「では、あとは任せた。行って参る」


「はい! ご武運を」


 ◇


 熊翁と数名の家臣を伴い、吉川郷に入る伊佐勢理毘古。

 かの桃太郎の風聞は、この郷にも届いていたのかすぐに面会が許された。


 通された部屋の奥に座して待つ一人の男。

 齢四十くらいであろうか。

 赤茶色の短い髪がくるくると癖を帯び、日に焼けた肌にまんまるの目。目元には皺が刻まれている。

 特徴的な耳は、引っ張っていて正面から見えるほどである。


(どことなく猿に似ておるような…。いや、今はそんな事を考えておる場合ではないな)


 楽楽森彦は、茶色の麻と毛皮の衣にその身を包んでいる。そして、彼の背後には茶色の甲冑が見える。

 愛嬌のある風貌とは裏腹に、その瞳の奥には鋭い警戒が宿っていた。

 両脇には護衛が控え、張り詰めた空気が部屋を満たす。

 護衛たちの鋭い眼光が伊佐勢理毘古たちを容赦なく射抜く。

 熊翁も主を守れるよう身構えようとしたが、伊佐勢理毘古が「その必要はない」とそれを制止する。

そして、沈黙を破り、伊佐勢理毘古が穏やかに口を開く。


「お初にお目にかかる。私は大和国第七代孝霊天皇が子、比古伊佐勢理毘古命ひこいさせりひこのみことと申す。この度は謁見頂き心より感謝申し上げる」


「私は、吉川郷の楽楽森彦命と申す。かの有名な桃太郎殿にお会いでき、大変光栄だ」


 そう前置きしつつも、彼は続けた。


「ゆっくり歓談したいところではあるが、現在は有事の最中じゃ。腹の探りあいはなしにして、率直にご用件を伺いましょうか?」


 敵対している二人。楽楽森彦も簡単には友好的な態度を表わすことはない。

 伊佐勢理毘古はそんな彼の態度に、回りくどい説得は逆効果だと感じ、まっすぐに想いをぶつける。


「楽楽森彦殿、我が陣営に参陣して頂きたい。私は大和国の将であるが、この吉備国の民の平穏を取り戻したいのです。そのためにも、いち早くこの戦を終わらせたい。あなたがたの力があればそれが叶うと、私は考えています」


「異なことを」


 楽楽森彦は即座に返す。


「戦はあなた方が大和国へ帰ればすぐにでも終わるでしょう。それに――私は温羅と同盟を結んでいるのですよ? ()()()()()、そちらにつけと?」


「我々が帰れば戦は終わる、それは間違いないでしょう。しかし、山賊や海賊の脅威はなくなるのですか? まず、いま困っている民を救うことが大事なのではないですか? 


 伊佐勢理毘古の言葉には、揺るぎない信念があった。


「私は、温羅一族が民を苦しめていると聞いてここまでやってきたのです。簡単にはひけませぬ。どうか力を貸して頂きたい」


 伊佐勢理毘古は吉備国を愛する心、民を守りたい想いを楽楽森彦の魂に訴えた。

 楽楽森彦は目を閉じ、しばし沈黙した。

 やがて、静かに息を吐く。


「時代の流れの中、か……。しかし、温羅を討つことが必ずしも平和に繋がるわけではない。だが、温羅一族がいることでそれに便乗している賊たちが存在することもまた事実…」


「楽楽森彦殿? それは一体どういう意味ですか?」


 伊佐勢理毘古には、楽楽森彦の言葉の真意を測れなかった。


「それは、自分の目で確かめられるのが良い。それこそが、私が温羅と同盟を結んでいる理由なのだから」


「わかりました。それについてはいつかご教示ください」


「とりあえず、今日のところはお引き取りください。私個人で決められる内容でもない。我々は、温羅と同盟を結んでいるのだ。郷の総意がなければ協力はできぬ」


「わかりました。またお伺いします」


  この日はそれ以上、踏み込むことはできなかった。

 伊佐勢理毘古は一礼し、部屋を後にする。


 すべてを理解できたわけではない。

 だが――楽楽森彦が悪人ではないことだけは、確かに感じ取れた。


 ◇


 帰陣した伊佐勢理毘古は、楽楽森彦のあの言葉を反芻していた。


(温羅を討っても平和にならぬ、とは? 温羅が民を苦しめている元凶ではないのか? 温羅とは一体何者なのか?)


 答えは出ない。

 だからこそ、今は目の前の務めを果たすのみ。

 いつか楽楽森彦の真意がわかる時がくると思い、周辺の賊征伐をすすめる伊佐勢理毘古。

 熊翁の小隊を筆頭に、犬飼健軍、稚武彦軍の小隊たちは、周辺の少数の山賊、海賊たちを次次と征伐していった。

 大和国兵たちは、伊佐勢理毘古の理念を体現した。極力争わず敵を降伏させたのだ。

 さらに、誓いを立てたものは皆兵士として登用した。

 この時、とても効果を発揮したのが全小隊に持たせた桃印の旗だった。

 賊たちは桃の旗を見ると、最近広がる「賊に赦しを与え、仲間に加える」という新たな桃太郎の噂を思い出し、すぐに降伏したという。


 賊を赦し、吉備国の平和を守ろうとする伊佐勢理毘古の噂は、どんどん広まり吉川郷にも届いた。

 もちろん、楽楽森彦もその詳細を逐一調べさせた。

 そして、彼や郷の者たちの大和国軍に対する意識に少しずつではあるが、確実に変化が生じていくのだった。


 ◇


 あれから二週間ほど経ったある日の午後。

 先ほどまで降っていた雨は止み、空は未だ鈍色に染まっている。

 本陣には、木枯らしが吹き荒れていた。

 そんな中、楽楽森彦が本陣へ姿を現した。


「突然の来訪、失礼仕る」


 その表情には、確かな覚悟が宿っていた。

 伊佐勢理毘古は、そんな楽楽森彦を快く迎え入れる。


「楽楽森彦殿、よくぞ参られた。本日はいかがされたのですか?」


「伊佐勢理毘古殿。郷の者で協議したところ、我々は大和国に協力することを決めました」


 その一言に、伊佐勢理毘古の顔がほころぶ。


「あなた方は、真に吉備国を救おうとしてくれている。いまの状況では、あなた方と共に行動することこそが、最も早く民の平穏な生活を取り戻せる近道なのだと考えたのです」


「感謝致します…」


 深く頭を下げる伊佐勢理毘古。


「温羅には同盟破棄と謝罪。そして、大和国軍につく旨の書状を出しておきました。しかし、少し困ったことになっており、相談にのっては頂けまいか?」

 

 楽楽森彦は、少し困った顔でそう切り出した。


「構いませぬ。なんでしょう? 私でよければなんなりと」


「ただ温羅を裏切るというでは道理がたたぬ。郷の者たちは、納得して決めたが周囲の者はそうはいかぬ。ただの裏切り者では、共に戦う大和国軍、吉備の豪族たちの士気、信頼関係に関わると思うのだ。何か理由をつくり、噂として広めたい。例えば、吉備国平定の暁には活躍に応じて報奨として領地を与えるなど。どうであろう?」


「領地ですか? ふむ。少し考える時間を頂きたい。暫しお待ちを」


 伊佐勢理毘古は、桃のお守りを握りしめ、両目を閉じた。


(私の独断で報奨を決めても良いのか? 吉備国の領地は、吉備国の民のものだ。平和になれば彼らが住まう土地なのだからその方が良いのではないか? だが、それを朝廷が許すだろうか?)


 思案する中、桃が薄らと輝き伊佐勢理毘古を包み込む。

 そして、その温かな光に背を押されて決断する。


(吉備国全体は私が治めるという形にし、大和国の友好国とすれば良いか。そして、彼らにそれぞれの領地を任せることで、実質、吉備国を治めて貰えばよい。後は、なにかあれば朝廷を私が説き伏せる!)


 そう決意し、楽楽森彦の提案を了承した。


「ありがとうございます。では、私の軍も大将の指揮下に入りますゆえ、存分にお使いくだされ」


 ここから報奨が出る、領地がもらえるという噂がどんどん広まり、協力者はさらに増える事となる。

 桃太郎のきび団子は、実は「吉備領地」だったのだ。


 楽楽森彦は、噂通りとても知略に富み、軍師として優れた実力を有していた。

 武威の高い兵が多い大和国軍であったが、優れた軍師が不在であったこともあり、さらに軍としての力が高まることとなる。

 だが、伊佐勢理毘古を一番驚かせたのは知略ではなかった。

 それは「猿」と呼ばれる情報収集専門の小隊であった。

 楽楽森彦は「猿」たちを吉備国全土へ放ち、あらゆる情報を集めさせ、軍事、外政に使っていたのだ。

 忍びのような存在が、この頃には存在していたということか。

 楽楽森彦の知略と猿の情報収集能力を得た大和国軍は、着実に温羅征伐への足掛かりを掴んでいく。


 運命の歯車は、静かに、しかし確実に噛み合い始めていた。

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