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日本おとぎ伝奇 桃の章  作者: なお。


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第二話 稚屋媛誘拐事件 後編

「賭け? それに勝てば争わず、稚屋媛わかやひめを返して頂けるんですね?」


「そうだ。お前が勝てればの話だがな」


「争わず、稚屋媛も返してもらえるなら断る道理はありません。どのような賭けをしようというのですか?」


 山賊の頭領はげらげらと笑い、十メートルほど離れた一本の桃の木を顎でしゃくった。枝先には、まるで双子のようにふっくらと実った桃が二つ、仲睦まじく並んで揺れている。


「お前の持っている弓矢で、あそこに二つ並んでいる桃を射抜いてみせよ。右の桃を射抜けば稚屋媛を、左の桃を射抜けばお前を返してやろう」


 そう言うと山賊たちに伊佐勢理毘古の退路を塞がせた。まるで獲物を囲い込む狼の群れのようだ。

 卑怯極まりない賭けだが――相手に理を説いたところで通じる者たちではない。それは、子どもの目にも明らかであった。

 護衛の家臣は顔面蒼白になり、膝に力も入らず地に手をついて震えている。

 その姿を見た伊佐勢理毘古は、胸の奥で何かがきゅっと締まる思いがした。


(一本の矢で一度に二つの桃を射抜くなど到底無理な話だ。なにか良い手はないか……)


 伊佐勢理毘古は、この無理難題に悩みに悩んだ。必死に知恵を絞るも、そう簡単に策は浮かぶはずもない。

 そして、いつしかその小さな身体は緊張でわずかに傾き、矢筒から矢がガチャガチャと音を立てて零れ落ちた。


「こんな時に、私は……」


 自嘲にも似た思いを抱きながら矢を拾い上げた、その瞬間である。

 二本の矢を同時に手にしたとき、ふっと脳裏に閃きが走った。


(そうだ! バレないように二本の矢を重ね、やじりを少しずらして射分けてみてはどうか。あの桃の真ん中を狙って放てば両方とも射抜けるはずだ)


 稲妻のようなひらめきだった。

 少年はすぐさま弓を構えた。彼の横から風が吹き抜け、白い鉢巻をたなびかせる。

 山賊たちの視線が一斉に彼へと集中する。

 恐怖と緊張が頂点に達し、伊佐勢理毘古の手が震える。

 ――そう、彼はまだ十歳の子どもなのだ。


 それを見た家臣は恐怖に目を閉じ、震えた両手を合わせ太陽に祈った。


「どうした? 怖いか? 手が震えておるぞ? 稚屋媛を諦めてそのまま帰るか? ん?」


 山賊の頭領の下卑た嘲笑が飛ぶ。

 少年の心を挫こうとする悪意の声が、矢のように突き刺さる。

 その時――彼はふと、ある言葉を思い出す。

 それは、吉備国から父に桃を献上した男の言葉だった。


「桃の実には邪悪なものを払う力があります。吉備国が山や海の幸に恵まれ、人々が平和に暮らせるのもひとえに桃の聖なる力のおかげなのです」


 伊佐勢理毘古は、桃の霊力を思うと不思議と胸が温かくなり、震えが少しずつ収まっていくようだった。

 そして、瞼を閉じて心を落ち着け精神を集中する。


 すると、桃から不思議な光がゆらゆらと立ち上り、まるで春の陽だまりのように伊佐勢理毘古の全身を包み込んでゆく…。

 桃の霊力がなせる技なのか震えはぴたりと止まった。


(あたたかい…… なんだこの光は? 桃の香り? 桃の聖なる力なのか?)


 伊佐勢理毘古は眼を見開き桃へ矢を放つ。


 カン! ヒューーーーーーーー、ドン!!!


 空気を裂く風切り音。二筋の影は一直線に飛び、桃の中央、ぴたり同じ一点を貫いた。

 一本の矢は右の桃を貫き、もう一本の矢は左の桃を貫いた上、桃の種を突き刺したまま空高く舞い、弧を描いて山賊の頭領の足下へと落下した。


「おぉぉぉぉー。こりゃ、ぶったまげたわい。このわっぱ本当にやり遂げおったわ」


 山賊たちは目を白黒させて驚いた。

 腰を抜かして立てない者もちらほらいる。


「両方の桃を射抜きましたよ。これで、2人とも返して頂けるんですよね」


「馬鹿が! 山賊が律儀に約束守るはずねぇじゃねぇか! やっちまいまいましょう。ねぇ、頭?」


「…そうだ そうだ!  山賊が舐められちゃおしまいよ!」


 山賊たちは、うわずった声で口々に叫ぶ。

 そして、彼らは約束を反故にして、じりじりとその包囲を狭めると、ついに伊佐勢理毘古たちに飛びかかった。

 護衛の家臣は伊佐勢理毘古を守るため奮闘する。

 山賊の横薙ぎの剣を右手に持つ剣でいなし、空いた鳩尾に左の拳を突き刺すように打ち込む。

 拳を喰らった山賊は、呻き声をあげながら身体をくの字に曲げその場に倒れ伏す。

 それを見た他の山賊たちは一度距離を取り二人同時に襲いかかる。

 さすがの護衛も相手が二人がかりとなると攻撃を防ぐので手一杯だ。

 集落の外より急ぎ伊佐勢理毘古たちの元へ駆けつけようとする残りの家臣たちだったが当然間に合わない。


「伊佐勢理毘古様ーーーー!」


 山賊の剣が振り上げられ、死を覚悟し伊佐勢理毘古は恐怖で目を閉じた――その刹那。


「待ちやがれ、お前たち! 武器をおろせ!」


 鋭い怒号とともに、大戦斧が振り下ろされた剣を受け止めた。

 山賊の頭領だった。


「これほど見事な弓の腕は見た事がないわい。わしらの負けじゃ。お前たちの身の安全は約束する。お前らもそれで良いな? 絶対に手ぇ出すんじゃねぇ。わしに恥かかすなよ?」


 その一喝に山賊たちは静まり返る。

 そう言うと、山賊の頭領は稚屋媛を解放する。山賊たちも包囲を解き二人は再会を果たした。


「兄様…、ありがとう。ぐすん…、ぐすん…」


 稚屋媛は兄に飛びつき、安心の涙をあふれさせた。

 少年は、彼女を優しく抱きしめ、その頭をそっと撫でる。


「よしよし、怖かったろう。もう大丈夫。さぁ、一緒に家に帰ろう」


「うん」


 そして、伊佐勢理毘古は頭領に向き直り、静かに、しかし揺るぎない声音で告げた。


「私は宮に戻り次第、こちらへの軍の出動を中止させます。私は誰であろうとこの国の民の血が流れるのはみたくない。そして、一つ提案があるのですが聞いて頂けないでしょうか?」


「何だ? まぁ、聞くだけ聞いてやろう。話してみろ」


 頭領は訝しげな顔をしながらも聞いてくれるようだ。

 伊佐勢理毘古は真剣な眼差しで語りだす。


「では単刀直入にいいます。貴方達全員、私の家来になりませんか? もちろん、この村の者全員で私の居の近くに住める場所も提供します」


 頭領は想像の遥か上をいく提案に呆気にとられた。すぐには考えが追いつかない。

 頭領をはじめ山賊たちは皆一様に、ぽかんと口を開いたまま固まり、目が点になっている


 暫しの後、少し落ち着きを取り戻した頭領がようやく言葉を発した。


「えぇと、確認するぜ? 山賊のわしらを家来に召し抱えたいと聞こえたんだが、間違いないか? しかも、村人全員の住む場所まで保証してくれると?」


「その認識で間違いありません。仕事に困っているから山賊をしているのでしょう? あなたたちの力を他のことに活かせるなら山賊をする必要もなくなるでしょう? あなたたちを家来にするなら、当然あなたたちの家族も守らねばならない。だから、そう提案したのです」


 その言葉に、頭領は腹の底からどっと笑った。頭領の明朗なとても大きな笑い声が集落に響きわたる。


「おい、お前たち! 郷中のもん、全員呼んでこい! 女子供もだ!」


 頭領に言われ、呆気にとられていた山賊たちは正気に戻り慌てて駆け出した。


 ◇


 暫くたった頃、郷中の人間が伊佐勢理毘古の前に集まった。

 大人子供合わせて六十名ほどだろうか。

 山賊たちは郷人が集まったことを頭領に報告する。

 郷人たちを見渡した後、頭領がゆっくりと口を開く。


「皆の衆、聞いてくれ! ここにいる童は皇太子の子である伊佐勢理毘古じゃ。こやつは、わしら全員に家来になれと言うてきた。そして、家来になった者は家族共々面倒見てくれるそうじゃ。わしは、まだまだ暴れたりんでついて行くことにした。ついてくれば山賊なんぞせんでもようなるぞ。もちろん、異存のあるものは残ってくれても構わん!」


 頭領の言葉に皆一様に驚きを隠せない。

 しかし、頭領の人柄なのかはたまた信頼故か、誰一人反対する者はおらず、静かな熱気が郷を満たした。


「さて、伊佐勢理毘古殿()。わしは皆に“熊翁くまのおきな”と呼ばれとる。村のもん一同これから宜しく頼む」


 伊佐勢理毘古は、皇太子に報告し移住場所と仕事を確保出来次第こちらに遣いを寄越すと伝え、稚屋媛とこの郷を後にする。

 そして、待機していた家臣たちと合流した。


「伊佐勢理毘古様。ひやひやしましたよ。それにしても見事な腕前でございました。感服致しましたよ。稚屋媛様もご無事で本当に良かった」


 家臣たちは喜びと安堵でなんとも形容し難い不思議な顔になっている。

 皆まだ興奮冷めやらぬなか、先ほどまで護衛についていた家臣が口を開く。


「さぁ、帰りましょう。皇太子様も御妃様もご心配されておいででしょう。ご無事な姿をみせてご安心させてあげましょう。」


 二人は「はい」と頷き、家臣たちに伴われ帰路へとついたのであった。


 ◇


 無事帰還した二人を見て、両親は一気に緊張の糸がほどけた。


「母上ーーーー!」


 稚屋媛が駆け寄り、国香媛に抱きつく。母はその場に座り込み、涙をこぼした。

 そして、嗚咽とともに言葉を搾り出した。


「二人とも…、本当に無事で良かった…」


 暫しの後、落ち着きを取り戻した国香媛と稚屋媛は皆に礼を言い退室していった。


 伊佐勢理毘古と家臣は、ことの顛末を報告し軍を出動させないこと、また山賊たちを召し抱たい旨を奏上した。

 皇太子は深く唸り、すぐに軍の出動を止めるよう命をだす。

 その後、顎髭を触りながら思案し、静かに口を開く。


「まずは、二人が無事に戻り本当に良かった。皆も捜索、救出に尽力してくれたこと心から礼を言う。誠に大義であった」


「もったいなきお言葉」


「わしは伊佐勢理毘古に話がある。皆はさがってくれ」


「御意にございます」


 家臣たちは皆一礼すると退室していった。


 ◇


 二人きりになった部屋。静まり返った中、皇太子は語り出す。


「さて、伊佐勢理毘古よ。まずは、妹の救出大義であった。本当によくやった」


「ありがとうございます、父上」


「しかし、数名の家臣だけを伴い山賊の棲家へ

 向かい、あろうことか山賊と交渉するとは何事か! ぬしはまだ十歳という童じゃ。このような無茶は二度とするでない。もう少し大人を頼れ。良いな?」


 父は厳しくも優しく伊佐勢理毘古を諭した。


「ご心配をおかけし誠に申し訳なく存じます。この反省を次に活かせるよう、さらなる勉学、修練に励みます」


「うむ。期待しておるぞ」


「ぬしが“山賊たちもまた大和国の民である”と言った言葉。その優しさ、大和の民を守る精神はとても素晴らしいものじゃ。いつまでもその心を大事にして欲しい」


「はい!」


 伊佐勢理毘古は、大和国の民を想う心が父にも通じているとわかり胸が熱くなった。


「して、山賊の件じゃがすぐに遣いを出そう。都の西側に空き地がある故そちらを使うと良い。また、山賊たちは全てそなたの私兵として扱うこととする」


「ありがとうございます、父上!」


「よし。話はここまでじゃ。こちらへおいで」


 皇太子は、伊佐勢理毘古の無事を改めて確認するように抱きしめ頭を撫でた。


 ◇


 佐勢理毘古は、あのとき射抜いた桃を大事に持ち帰っていた。

 一つは屋敷の門前に植えて、自ら水をやり育てた。

 もう一つはお守りとして、その桃の種を袋に入れ、常に懐に忍ばせた。

 佐勢理毘古にとって、桃は自分の守り神となったのだ。

 そして、桃を大和国にもたらした“吉備国”にも特別な思いを抱くこととなった。


 そんな彼のことを、大和国の人々は「()()()」と呼ぶようになる。


 そして、その呼び名は山賊との賭けの話とともに、遠く吉備国にまで広がることとなる…。

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