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日本おとぎ伝奇 桃の章  作者: なお。


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第十伍話 最終決戦 後編

 熊翁の助言と桃に宿る霊力。

 それらが重なり、伊佐勢理毘古はついに王丹の身体に矢傷を負わせることに成功した。

 さらに留玉媛の命を賭した特攻が、王丹を窮地へと追い込む。


 ――だが、まだ終わってはいない。


 確かに傷は負わせた。

 しかし、王丹はなおも倒れていない。

 一刻も早く王丹を見つけ出し、この戦いに終止符を打たねばならない。


 王丹は鬼ノ城を諦め、南東へと逃走。

 吉備穴海を越えて陸へ上がり、そのまま血吸川の方角へと姿を消したという。

 猿たちの報せを頼りに、楽楽森彦らが追撃に入る。

 伊佐勢理毘古もまた、鳥からの連絡を受けつつ、彼らの後を必死に追った。


 ◇


 血吸川へと辿り着いた伊佐勢理毘古たち。

 王丹と楽楽森彦たちの姿は一向に見当たらない。

 彼らを追いかけ、そのまま谷へと入り、川辺で足を止めた。


「大将。川が赤く染まっています!」


 兵の声には、隠しきれぬ不安が滲んでいた。


「王丹の目から吹き出していた血で染まったのでしょうか? 少し気味が悪いですね…」


「真偽はわからぬ」


 伊佐勢理毘古は静かに答えた。


「だが、おびただしい出血であったのは間違いない。もしそうであるなら王丹がここを通ったということだ」


 ――王丹は、この先にいる。

 その確信だけを胸に、伊佐勢理毘古たちは川沿いに歩を進めた。


 実のところ、この地は古くより鉄の産地であり、川に溶け出した鉄分が水を赤く染めることがある。

 だが、その理を知る者は、この場にはいない。

 赤い水はただ、不吉な兆しとして彼らの目に映るのみであった。


 やがて、行く手に大自然が立ちはだかる。


 谷間に刻まれた沢。

 水量こそ多くはないが、周囲には巨大な岩が立ち並び、大小合わせて二十ほどの滝がある。

 そこを、重い鎧や武具を身に着けたまま進まねばならない。

 それは、大の大人であっても困難を極める。


 谷に反響するのは、兵たちの荒い息、鎧や武具の音、そして絶え間なく響く沢の轟き。

 気は急く。

 だが、焦れば焦るほど足元は危うくなる。

 一歩、また一歩。

 伊佐勢理毘古たちは歯を食いしばり、忍耐の行軍を続けた。


 ――先は、まだ遠い。


 ◇


 一方、稚武彦たち鬼ノ城攻略隊は、穴海を越え、新山の麓へと辿り着いていた。

 切り立った山の斜面は容赦なく、見上げた先にそびえる鬼ノ城は、あまりにも遠い。

 その威容は、まるで山そのものが牙を剥いているかのようで、一同は思わず息を呑んだ。


「稚武彦様。斥候の報告にございます」


 家臣が一歩進み出る。


「王丹兵たちは各城門より城内へ退き、すでに門を閉ざしたとのこと。現在は籠城の構えと思われます」


「やはりそうですか…」


 稚武彦は短く頷いた。


「これよりは攻城戦となります。敵もなお戦意を失ってはおりませぬ。激戦は必至。各人、ゆめゆめ油断召されませんよう」


 その後、一行は険しい山道を登り、東門と南門のほぼ中間に位置する場所へ布陣した。

 遠望する城門は固く閉ざされ、城壁の上には弓矢と石礫を構えた兵が並んでいる。

 その姿は――この城を決して明け渡さぬという、強固な意志そのものであった。

 だが、稚武彦は敵兵の数がもうそれほど残っていないことを見抜いていた。


「敵残存兵力は、ほとんど残ってはおらぬでしょう」


 稚武彦は夜目山主へ視線を向ける。


「私は軍を三つに分け、東門、南門、西門を同時に攻めるのが最善と考えます。どうでしょうか?」


「うむ。よい策であると思う」


 夜目山主は即座に応じた。


「どれか一つでも突破できれば、城内に入った隊が内側より順に門を開けられよう。それで、終戦だ」


 稚武彦は頷く。


「よし。では、私と夜目山主殿、そして夜目麿殿を将とし兵を三等分します。各軍に五百五十ずつ兵を配置、残る五十名は遊撃隊として後方で待機とします」


 決断は迅速であった。

 各隊は即座に再編され、持ち場へと移動を開始する。

 稚武彦は東門、夜目山主は南門、夜目麿は西門。

 やがて、二羽の鳥が文を携えて稚武彦のもとへ舞い降りた。

 夜目山主父子からの、布陣完了の合図である。


 稚武彦は単身、東門の前へと進み出る。


「私は、大和国第七代孝霊天皇が子、稚武彦命です」


 その声は、城壁の上までよく通った。


「もはや兵力の差は歴然。あなた方の勝機は万に一つもありません。もう無益な争いはやめ、降ってはくださりませぬか?」


 しかし、返ってきたのは激しい拒絶であった。


「勧告に応じることはできぬ。王丹様は必ずや戻られる!」


「主不在のまま、我々が勝手にこの城を放棄することは絶対にできぬ!」


「兵力差がなんだ。これまでもずっとそうだった。それでも我々は勝ち続けてきたのだ。この城は簡単には落とさせぬわ!」


「さぁ、来い! 侵略者どもよ!」


 稚武彦は、静かに俯いた。

 一瞬、目頭を押さえ――そして、覚悟を決めたように細い目を見開く。 

 そして、左腕を高くあげ、弓を天に掲げた。


「仕方ありませんね…」


 その声に、もはや迷いはない。


「では、参りましょう。開戦の狼煙をあげるのです!」


 激しい銅鑼の音が鳴り響き、青い煙が天へと立ち昇った。

 それを合図に、夜目山主父子も突撃の号令を下す。

 大和国軍は、三方向から一斉に駆け出した。各軍増員し、二百名となった大盾部隊を前面に配し、後方より弓兵が続く。

 目指すは、石垣と版築土塁で築かれた城壁。


 城門を破るか、城壁を越えるか――

 策は戦況を見て決めるつもりであった。


 城壁の上から、王丹兵たちが矢と石礫を容赦なく浴びせかける。

 だが、大和国軍の大盾がその攻撃を次々と受け止めた。

 そして、盾と盾が連動し、その隙間から矢が放たれる。


 カン! ひゅーーーーーーーーー、どん!


 稚武彦たちの矢は、確実に敵兵を射抜いていく。

 下からでは届かぬ矢も多いが、物量で圧倒する――それが狙いであった。


 やがて、勢いのあった王丹兵たちの攻撃も、次第に衰え始める。

 一人、また一人と矢に倒れ、鮮血とともに城壁の上から姿を消していった。

 その様子を見た王丹兵たちは、これはいかんと盾で頭上を守ったまま城壁を背にし、一時的にその身を隠す。


「くそ…、侵略者どもめ……」


「まだだ! まだ城門は開いておらぬ。まだ戦える!」


 その時――


 どぉーん! どぉーん! どぉーん!


 東門に、凄まじい轟音と衝撃が走る。

 背にした城壁から破片が舞い落ち、兵たちの身体に降りかかる。

 盾の隙間から覗くと、大柄な兵たちが十人がかりで巨大な丸太を抱え、城門へと体当たりを繰り返しているのが見えた。

 ぶつかるたびに、地鳴りのような音が辺りに響く。

 敵の攻撃が弱まった隙を突いた、稚武彦の判断であった。


「あいつらなんて事しやがる! このままでは門を破られてしまうぞ! 門兵たち! なんとか内側から押さえ込んでくれ!」


「もうやっとるが、このままでは門の方がもたぬ」


「砕け散るは時間の問題ぞ。上から敵兵を妨害してくれぃ!」


「我らもいっぱいいっぱいよ! 敵を射つ隙がない!」


「多勢に無勢よ…、なんとかならんのか」


 幾度となく伝わる衝撃。

 軋み、悲鳴を上げる城門。

 そして――


「あと一息です! 全力でぶつかるのです!」


「承知! さぁ、最後の仕上げだ! うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 ――どぉかぁぁぁぁん!


 轟音とともに、東門が砕け散る。

 稚武彦はその機を逃さない。


「全兵、突撃! 敵の攻撃を警戒しながら城内を制圧するのです。遊撃隊はすぐに南門、西門も開き仲間を引き入れなさい」


 大和国兵たちは怒涛のごとく城内へ雪崩れ込む。

 鬼ノ城陥落は、もはや目前であった。


 ◇


 時を同じくして――

 楽楽森彦たちは、ついに王丹の姿をその目に捉えていた。

 王丹が身を潜めていたのは、現在でいう鯉喰神社がある辺りであった。

 古木が根を張り、静かな気配に包まれた場所であった。


「全軍、停止。――静かに。あちらは、まだこちらに気づいていない」


 楽楽森彦は低く命じ、兵たちを制した。

 視線の先では、王丹たちが一本の大木の下で身を休めている。

 王丹の出血は激しく、肩口から胸元にかけて血が乾いて黒ずんでいる。

 かつての圧倒的な覇気は、もはやそこにはなかった。

 残る兵も、わずか十名ほど。

 

(もう王丹たちに戦う力は残っておらぬ…。我々だけでも十分対応できよう)


 彼は、正々堂々と王丹の前へ姿を現した。


 その気配に気づいた王丹兵たちは、即座に主を守るように立ち塞がり、武器を構える。

 だが、楽楽森彦は敢えて剣を地に置いた。


「待たられい!」


 張りのある声が、木立に響く。


「王丹よ……、もう良いのではないか。投降してはくれぬか?」


 王丹は、ゆっくりと顔を上げた。


「……もう、後には引けぬ」


 その声は掠れている。


「どの面を下げて、兄者の前に顔を出せようか。それに――我がここで死ねば、温羅の“鬼”の噂も消えよう。あとは兄者が、平和な世を作ってくれる」


「温羅はそのようなこと望まぬよ。それはお主が一番良くわかっていよう」


 楽楽森彦は、はっきりと言った。


「……されど……」


 王丹は目を伏せ、しばし沈黙した。


「やはり、我には出来ぬ」


 そして、意を決したように顔を上げる。


「楽楽森彦殿。恥を忍んで、一つお願いがある。どうか聞き届けてはもらえぬか?」


 彼は、兵たちを振り返った。


「我の兵たちを許し、兄者のもとへ送って欲しい。

 本当に……これ以上、無駄な血を流す必要はない」


 楽楽森彦の胸に、強い痛みが走った。

 王丹の心を救えぬ自分の無力さ。

 それでも、彼の願いだけは叶えねばならぬと悟る。

 涙を必死に堪え、声を絞り出した。


「……お主の願い、確かに承った」


 彼は兵たちに向かって告げる。


「全兵、これより王丹兵に対する敵対行為を一切禁ずる。王丹兵たちよ、安心せよ。もう争いは終わりだ」


 王丹が頷くのを見て、兵たちは次々と武器を捨て、楽楽森彦に投降する。

 残されたのは――王丹一人。


 王丹の意志は、最後まで揺るがなかった。

 彼は楽楽森彦の前へ歩み出ると、静かに地に跪いた。


「……さぁ、この首を持ち帰り、“鬼”の噂を消してくれ」


 そう言い、首を差し出す。


「兄者と……一族のことを……どうか、よろしく頼む……」


 瞼を閉じる王丹。

 兵たちは、嗚咽を堪えきれず、肩を震わせた。


(最期に兄者に一言謝りたかった…。この馬鹿な弟を許してくれぃ……)


 楽楽森彦は剣を抜き、高く振り上げる。


「王丹…、私の力不足を許してくれ。さらばじゃ!」


  ――振り下ろされた刃。


 どかっ…、ぶしゅーーーーー。


 王丹の身体に鮮血が降りかかる。

 濡れた感触に、王丹は思わず目を開ける。

 

 そこに映ったのは――

 血飛沫を上げ、膝をつく温羅の姿であった。


「兄者! なぜだ⁉︎」


「お前のことがどうしても心配でなぁ」


 温羅は、穏やかに笑った。


「一族の怒りを、その身にすべて背負ってくれたお前を……

 どうしても救ってやりたかった」


 言葉が、次第に弱まる。


「我には……、こんな救い方しか出来なかった……。すまぬ」


「謝るのは我の方だ…」


 王丹は、声を震わせる。


「平和な道が…、一族の未来を救う事を理解しながらも、怒りに身を任せ好き勝手してしまった。兄者よ、本当にすまなかった」


「……よい、よい」


 温羅は、王丹の肩に手を置いた。


「もう、大丈夫だ……王丹」


 そして、力を振り絞る。


「我はここまである。温羅一族の未来をお前に託す。大和国がどうかはわからぬが、伊佐勢理毘古殿は信ずるに値する人物だ。吉備国の平和の為に助け合うのだ。良いな?」


 王丹は、深く、深く頷いた。


 そこへ遅れて、伊佐勢理毘古が駆けつける。

 目の前の光景に、言葉を失った。その目に映る光景に理解が及ばず困惑する。

 ここにいるはずのない温羅がいる上に、その身体から血を流しているのだ。

 楽楽森彦は急ぎ状況を説明した。

 伊佐勢理毘古は温羅に駆け寄る。


「温羅殿、なんということを…」


「伊佐勢理毘古殿。見ての通り… 我はここまでじゃ。共に夢を叶えられず、誠に申し訳ない。これよりは、弟の王丹が私の代わりに協力致す。我の首を使い噂を消すのだ。王丹よ、これより説明することを阿曽郷の皆と一族の者にしかと説明し、必ず納得させよ」


「承知」


「さて、伊佐勢理毘古殿。まず、我の首を刎ねた後、串刺しにして晒せ。夜な夜な王丹に闇より呻き声をあげさせ、我の怨みとするのだ。その後、怨念をおさめるという口実で御竈殿の竈の下に首を埋めてくれ。後は、伊佐勢理毘古殿が元より立てていた策の通りで問題なかろう……」


「……、かたじけない。そなたの首、吉備国の未来のために使わせて頂く」


伊佐勢理毘古は、涙を流しながら温羅の手を両手で握った。

 最後に、温羅は王丹を弱々しく抱きしめ、耳元で囁く。


「……ありがとう。……またな……」


 そう言うと、温羅の両腕は力無くだらりと落ちた。


「兄者ーーーーー!!」


 王丹は温羅を抱きしめたまま大声で泣いた。

 その目からは赤い涙が流れ落ちた。


 やがて、どれほどの時が過ぎたのか。

 王丹は涙を止め、深く頭を下げた。


 それ以降――

 彼は、二度と涙を流さなかった。

 温羅の意志を継ぎ、

 吉備国に真の平和が訪れるその日まで。



「王丹殿、参ろうか」


 伊佐勢理毘古が声をかける。


「先程、鬼ノ城の兵たちにも鳥を送った。一度、阿曽郷へ戻り、皆に説明致そう」


「わかりもうした」


 王丹は空を仰いだ。


「兄者……、兄者も早く帰りたかろう。さぁ、阿曽媛たちのもとへ帰ろう…」


 こうして――

 温羅一族との長きに渡る戦いに、終止符が打たれたのであった。





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