悪足掻き2
悪足掻き 2
「俺がどこまで痛がらないか、確かめたくない?」
目覚めと共に、昨日の千ちゃんの言葉を鮮明に思い出す。
「....っ、はぁ、はあ」
最悪の朝だ。恐る恐る自分の両手を確認する。血は、ついてない。
鉄のような匂いが全身にこびり付いて離れないような感覚があった。
昨日は、千ちゃんの指示通りに千ちゃんの身体を。
「.......僕は」
大量の血を流して目を覚まさなくなった千ちゃんを見て、怖くなった。
パニックになって、本殿の扉に手をかけた時、千ちゃんが言った。
「また、明日」
パニックになった僕の幻聴か、千ちゃんがあの状態から声を発したのか、今となってはわからない。
神社を出て、その後はがむしゃらに走って家に帰った。
「死んで...無いよな」
そもそもあれは現実だったのだろうか。
昨日枕元に置いたカッターナイフを見つけて、息を飲む。
「.......学校、行かなきゃ」
このまま考えていても、仕方が無い。
僕は1度深く息を吸って、支度をはじめた。
学校の様子はいつも通りだった。
この辺で殺人があったなんてニュースの話も聞こえては来ない。
「おはよ、笠野」
「うん、おはよう」
クラスメイトに下駄箱で挨拶されて、返事を返す。
教室も、クラスメイトもいつも通りだ。
千ちゃんは......まだ来てない。
千ちゃんとよく一緒にいる、澤田と松島は来ているようだ。
2人なら千ちゃんとLINEで連絡をとっているかもしれない。
「ねぇ、澤田くん」
「ん?笠野...?どした?」
声を掛けたものの、どう言ったらいいのか。
澤田、相変わらずガタイがいい。たしか、柔道部だったっけ。
「千田くんって...」
どう聞くか考えながらそこまで言うと、澤田がハッとしたような顔をする。
「あー、ごめん、もしかしてアイツ提出物まだ出してない?今日期限だったよな。待ってな、あいつ授業中に解いて置いてってるかも。今ちょっと机漁ってみるわ」
澤田は呆れたような顔をして、千ちゃんの机を漁り出す。
よく千ちゃんの面倒見てたのは知ってたけど、なんかお母さんみたいだ。
「ありがとう、千田くんいつも早く来てるけど、今日は遅いのかな?」
僕は澤田に便乗して探りをいれる。
提出物の係だった事は忘れてたけど、千ちゃんが出してないのは本当だ。あと一人だったからうっすら覚えてる。
「あー、確かに今日遅いな、千ちゃんスマホ持ってなくてさ、こういう時ちょっと不便なんだよなぁ」
「スマホ持ってないんだ....」
「そー、今どき珍しいよな」
澤田はそう言いながら千ちゃんの机を漁る。
「置き勉しすぎだろ、アイツ家に教科書あるんかな?」
「さぁ...?」
今日無い教科の教科書も入ってるみたいだ。
千ちゃんって結構だらしないのかな。
いつも提出物出せてるのは澤田のおかげか...?
「どしたん澤田」
こちらの様子が気になったのか、別の奴と話していた松島がこちらに寄ってくる。
「あー千ちゃんがさ...あ、来た、千ちゃん、提出物ー!笠野困らせんなー」
「ぁ......」
教室の扉に手をかける千ちゃんと目があって、息を飲む。
生きてる...。生きてた。生きてる。
恐怖なのか安堵なのか定まらない感情で、一瞬その場で固まる。
「提出物..?あー、ごめん、俺が持ってる」
千ちゃんはこちらまで歩いてくると、澤田の漁った机を見て察したのか、自分の鞄から提出物を取り出す。
「はい」
「あ、うん」
千ちゃんの手から、提出物のノートを受け取る。
昨日は人差し指の骨が、見えてた。
本当に何もなかったみたいに綺麗に直るんだな。
自分の席に戻って千ちゃんから受けとった提出物のノートをまとめておいた別の提出物に加える。
『ん・・・?』
動かした拍子に落ちたのか、千ちゃんのノートから付箋が落ちる。
どこから落ちたのか、内容を確認しようとして僕はまた固まった。
“放課後、神社で“
それが僕に向けられたものであることは、いやでもわかる。
おそるおそる千ちゃんの方を見ると、千ちゃんはこちらを見て目を細めた。
多分あれは、笑っていたと思う。