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短編まとめ

話し合いも歩み寄りも私から?冗談じゃなくてよ。

作者: よもぎ

学園に通うようになって、アイオライト様は変わった。

少しずつ距離を置かれたと思ったら、婚約者としての交流もなくなり、二学年の半ばになろう今では他人の距離感。

寂しいだとか傷付いたとか、そういった感情も今は昔。

粛々と有罪カウンターを回して婚約の白紙撤回の手続きを進めている。


昨日は私の誕生日だったけれど、贈り物どころか手紙もなし。

招待状をお送りしたのに晩餐会にも出席なし。

もちろん招待状へのお返事もなかった。


あと、私がいないときは笑顔でおられるのに、私を見つけた瞬間真顔になられるのよね。

そこまで嫌いなら転学なさればよろしいのに。

男性向けの上等な学園、ありますでしょう?女はここが最上位ですけれど。



なんて考えていたのですけれど、ムスッとした顔の男子生徒に話しかけられてしまったわ。



「アイオライトと君の間には誤解があるようだ。話し合うべきじゃないか?」



ふーん?



「わたくしが話しかけようとすれば逃げ出して、手紙へのお返事も一切なし。

 そういうお方と話し合いが可能だと本気でお思い?」

「う。でも、それは君の努力で」

「どうにもならぬから現状があるのですわ。

 どうしても話し合えと仰るなら、名も知らぬあなた。

 あなたがあの方を引っ張ってきて椅子に縛り付けてくださいましね」



こっちがどれだけ歩み寄ろうとしたかも知らないで勝手を言わないでいただきたいわ。

だからの要求だったのだけれど、結局、その男子生徒は名乗りもしないし返事もしないまま、ムスッとした顔のままどこかへ行った。

最初からこちらからの譲歩しかさせる気がないなら話しかけないで欲しかったわ。

時間の無駄だもの。



さて、あの不愉快な日から二週間。

学園が夏季休暇に入ろうという寸前で、私とアイオライト様との婚約は白紙撤回に至った。

なので私は夏季休暇の間にお見合いを重ね、別のお方と縁を結ぶこととなった。

二歳年上で去年卒業してしまわれているけれど、お顔や学園内での感じは把握している。

性格がどうしても相性が良くないままでこの年齢まで判断に迷われてしまって、結局このままでは子も出来そうにないと判断されて婚約を撤回したところだったそう。

私も割と気が強い方だけど大丈夫かしら、と思ったけどそこじゃないとか。

なんでも、すぐ被害者ぶって泣きじゃくるのがダメだったそうで。

それは、誰でもダメね。


新たな婚約者、キリアン様とは夏季休暇の間に何度もお会いして、学園に通っている間は手紙でやりとりを、と決まった。

月に一度は休日を合わせてお会いすることも決まった。


ということで迎えた新学期。

いつものように友人たちと軽やかなおしゃべりを楽しんでいたら、アイオライト様――いいえ、イプス伯爵令息が苛立ちと怒りを抱えた表情で教室に飛び込んできた。



「なぜ婚約破棄など!」

「あら、婚約など最初からありませんでしたわよ、イプス伯爵令息。

 それに挨拶も抜きに侯爵令嬢たるわたくしに話しかけるだなんてとんだ無作法ですのね。

 おうちには抗議の手紙を送っておきますわ」

「話を逸らすな!!」



唾を飛ばす勢い。ばっちいわね。

ふう、と息を吐く。



「白紙撤回で「最初からなかったこと」になったのは、あなたがわたくしを蔑ろになさったから。

 一年半もそういったように過ごしておいでだったのだから、むしろ喜ばれたらいかが?

 わたくしはせいせいしておりますの。だからもう邪魔しにいらっしゃるのはやめてくださいましね」



何事か、と通りすがったらしい教師が入ってきたので、事情を説明する。

教師はイプス伯爵令息に、そういう事情なら二度と絡むんじゃない、貴族教育を忘れるな、とくぎを刺し、腕を掴んで教室から引きずり出した。

じっとりとした瞳でこちらを恨みがましく見ているのが気分が悪くて、本当にもう。


私に落ち度がないことは同じクラスの生徒は大抵知っている。

去年のクラスもそうだから、高位貴族の令嬢令息の八割か七割は分かってくれていると考えていいのかもしれないわ。


で。

また、あのムスッとした顔の生徒が来たのだけど。

今度は居合わせた同じクラスの男子生徒が前に出て制止してくれた。



「話し合いもせずに婚約を撤回するだなんて正気の沙汰とは思えない」

「またその話ですの?

 わたくしからは歩み寄った。あちらは遠ざかった。

 故に、話し合いの余地などありませんでした。

 それ以上努力したとして、無意味で無価値だと家が判断したのでこうなっただけです。

 他家の、名前も知らぬあなたに訳知り顔で批判される謂れはございません」


「あなたには悪いうわさがあった。

 家格を笠に着て低位貴族の令嬢を虐げていると。

 その被害者を名乗る令嬢たちからの訴えがアイオライトに集中して、彼はそれを信じた」

「ふぅん」

「なぜあなたはそのうわさを放置したんだ。

 訂正するなりしていれば、アイオライトも頑なな態度を解いたろうに」



まだ非難がましい目で見られるものだから、大きなため息が出た。



「存在も知らぬうわさの訂正など、どうすればできますの?

 今知りましたわ、そんなうわさ。

 逆に。あなたがた周囲の人間が「婚約者ときちんと話をしろ」と促して、席をセッティングすればよかったのではなくて?

 わたくしにだけそれを強いて、事が破綻したらわたくしを責めるのは間違っていてよ」



参りましょう、と、周囲に促して次の授業へと移動する。

クラスメイトたちに確認してみたけれど、確かに低位貴族の令嬢がイプス伯爵令息に近付いているところは見たことがある、と。

けれどうわさに関しては一切知らなかったそう。


寄り親の立場にある令嬢や令息などは、寄り子に事情を探らせてみると言ってくれた。

ありがたいので是非にとお願いして、その日は終わり。




後日。

寄り子からの情報を集め終わった皆さんから話を聞いてみたけれど、局所的にそういった話が出ているようだという。

ヒバリー子爵家のご令嬢が発端となってその手の話が出ていて、その友人が加担しているらしい。

でも、と、とある令嬢が不思議そうに言う。



「ララティナ様とヒバリー家は特に何のかかわりもありませんわよね?

 領地も南と西で違いますし。

 特産物での競合もしておりませんし」

「ええ。今初めて家の名前を知ったほどですわ」

「侯爵家に喧嘩を売ってどうなさりたいのかしら」



そのあたりは分からない。

ただ、家に粛々と報告するのみだ。


情報をいただいた方々にお名前を出して報告してよろしいか聞くと、帳面の一枚を破って各々サインまでしてくださった。

もし情報が欲しいのならこちらへ連絡せよ、という証だ。

ありがたく頂いて、その日帰宅した後に当主であるお父様にお話ししたら、イプス家にも情報を共有した上で抗議と経済制裁をすると仰った。

家そのものに付き合いはなくても、利用する商会には縁があるのだそう。


あちらに物資を売り渡している商会に一言言い添えて、ついでに幾つかの取引を一時的に贔屓することで、憂さ晴らしをする。

普通のことね。

商会も、贔屓にしてもらえるならちょっとの間協力してくれるし。


何もずっと経済制裁するわけじゃないもの。

お父様の気が晴れるまで、だし。

言い訳だっていくらでも準備できるものね。

商会の本部の意向、と言えば取引に来ている末端に交渉しても無駄だなんてこと、よほど頭が悪くなければ理解できるでしょう。




それから。

キリアン様は約束通り定期的に手紙を下さる。

時には些細だけれど嬉しい贈り物がついていて、私も返礼としてあれこれ贈り物をしている。


お会いする時には学園での話を聞いてくださったり、結婚後の話を相談しあったり、あるいは領地のお話を伺ったり。

キリアン様の家はワインを主に出荷しているから、ワインの販促先を常に探しておられるとか。

学園で、そういう話を出してみたりして色々やっているわ。



そうそう。元婚約者とそこにベッタリだったらしいご令嬢なのだけど。

退学になったから後のことはよく分かっていないのよね。

貴族の通う学園からの退学は、その後の貴族人生からの脱落を意味する。

その後はよくても飼い殺し、普通は平民落ち。

だからあまり気にする必要がない。


どういう経緯でそうなったか、とかも。

気にする必要は全然ない。


ムスッとした顔の例の男子生徒も見かけなくなったけれど。

それこそどうだっていいのよね。

同じ学年かどうかさえ知らないし。



少なくとも今の私は平穏そのもの。

……まあ、キリアン様と一度二度ケンカはしたけれど。

それだって、お互いにすぐに歩み寄って解決したわ。


ケンカの種だってくだらないことだったもの。

紅茶に入れるお砂糖の量が多すぎるんじゃないか、とか。

話題にする男女比率がちょっとおかしいんじゃないの、とか。


紅茶はちょっと入れすぎだから反省します、と私も気を付けるようになった。

少な目でも飲めるのだし、そもそもお菓子がついてるのだからそちらで甘みは取ればよいのだし?

別に。……子供舌だったかも、なんて、思ってないわ。


男女比率の件は、私がやっぱり子供で。

キリアン様としては女性の話をしたほうがいいのかなと気遣ったけれど違ったねと慰めてくださった。

でも、ご家族の話は聞きたいから今後も聞かせてくださいましってお願いしたわ。

いいえ嫉妬じゃない、……いえ、嫉妬ね。



私ってちょっと短気なところがあるし、頑固なところもある。

だから出来るだけ淑やかに、淑やかに、って思って行動しているつもりなのだけど。

身内だと思うとちょっと自制が外れてしまう。

そういう面があるんですとお伝えして、いやだと思ったことはすぐに言って欲しいとお願いしてからはちゃんと言ってくださるのよ。


もちろん、だからって甘えっぱなしはよろしくないのも分かってる。

それで隙を見せたら貴族婦人として弱みを曝け出すようなことだっていうのも。

だから少しずつ、学園に通っているうちに――子供でいられるうちに矯正しなくちゃね。


でも、話し合いも歩み寄りも、今後もしていくつもり。

それがなくて一つの関係が終わったことを、忘れないつもりよ。





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