あ、これはクリアできないやつだわ
それから二日かけて、俺達は遺跡ダンジョンの中を隅々まで探索していった。奇しくも初めての護衛クエストとなったのだが、罠はクロエがどうにかしてくれたし、魔物も俺の通常攻撃で難なく倒せるので苦労はない。
それに何より、ヘンダーソンさんはちゃんと俺達の言葉を聞いてくれたというのが大きい。いやまあ、現実であれば当たり前なんだろうが、どれだけ警告しても飛び出していくとか、無駄に移動速度が遅いとか、ゲームの護衛クエストあるあるが何一つ再現されていなかったのが実に素晴らしい。
これが「高貴なお方を暗殺者の手から守る」みたいなのまでいくと違うんだろうが、今回はあくまで戦闘能力のない同行者ってだけだからな。
ということで探索は順調に進み、残すはあと一部屋。明らかに特別と思われる黒塗りの両開きの扉が塞ぐ場所のみとなった。
「うーん、何回見てもボスがいそうな部屋ね」
「そりゃまあいるだろうしな」
リナの呟きに、俺は苦笑して合わせる。事前にリナに聞いていた話では、本来このダンジョンはもっとずっと狭く、ボスなども存在しない場所だったらしい。まあダンジョンが広くなってるのは他も同じなのでいいとして、ボスが出現してるってのは、間違いなくあのガズとかいうイベントキャラが絡んできたからだろう。
「で、何が出ると思う?」
「そりゃゴーレムだろ。これでゴーレムじゃなかったらむしろビックリだぜ」
「むー、ゴーレムはサバ缶を落とさないから美味しくないニャ!」
「それは次のダンジョンのお楽しみですよ、クロエさん」
「では行くか。ヘンダーソン殿もいいかな?」
「はい。危なそうなら隅に寄ってますから、私のことは気にしないでください」
アリサの確認に、ヘンダーソンさんがそう言って頷く。最初は部屋の前で待っていてもらおうかとも思ったんだが、こっちはこっちで普通に魔物が出る可能性があるからな。一人で待たせるのは危険だし、とはいえボス戦を前に戦力を削って護衛に残すのも厳しい。なら一緒に連れていくのがいいだろうというのが、本人も交えて話し合った結果だ。
「扉に罠はないニャ」
「よし、なら開けるぜ」
クロエのチェックが終わったので、俺は重そうな扉に手をかける。実際かなりの手応えだったが、全力で押してわずかに動くと、その後は勝手に開いていった。
扉を開けた時点で、中にいるであろうボスにも、誰かがやってきたことは筒抜けだろう。なので俺達は身を隠すことなく堂々と……っ!?
「隠れろ!」
「うわっ!?」
「ちょっ!?」
俺は素早くアリサとリナの体に腕を回し、そのまま壁の方へと強引に動かす。すぐ側ではクロエは自力でひらりと身をかわし、少し離れていたところにいたロネットがヘンダーソンさんの手を引いたことで、どうにか全員が室内から見えない位置に非難できたのだが……
「うわ、何アレ。まさかマギメタルゴーレム!?」
「馬鹿じゃねーの! バランス考えろよ!」
壁に背をつけ、改めて中の様子をそっと窺う俺とリナの口から悪態が漏れる。やたら広い室内の中央にでーんと居座っていたのは、これまでのレッサーストーンゴーレムより明らかにでかい、黒光りする総金属製のゴーレムだったからだ。
「これだけ離れていても凄まじい威容を感じるが……強いのだな?」
「俺が知ってるのと同じなら、レッドドラゴンを一方的にボコって泣かせられるくらいには強いはずだ」
「それはちょっと強すぎるニャ」
「全身の光り方……あれ、おそらく魔鉄ですよね?」
「そうそう。だからメッチャ硬いし、魔法防御も凄いのよ」
マギメタルゴーレム……それはゴーレム系魔物の上位種であり、レベルで言うなら五〇レベルの強敵だ。さっきまで散々倒していたレッサーストーンゴーレムが二〇に満たないレベルであったと考えると、倍以上強いことになる。
あそこまで強敵となると、幾ら相性がいいとはいえ俺のバトルハンマーじゃダメージが通らないだろう。というか、単なる鉄と魔鉄とかいうファンタジー金属じゃ強度が段違いなので、一方的に打ち負ける可能性の方が高い。
しかもリナの言う通り、あいつには魔法も通りづらい。ゴーレム系の魔物なので一般的な状態異常はほぼ全部無効化されるし、属性魔法も軒並み軽減されるという徹底ぶりだ。
じゃあどうやって倒すのかというと、ゲーム的にならレベルを上げて物理で殴ればいいという身も蓋もないものになる。攻撃力と防御力が高い代わりに素早さが低く、特殊な攻撃方法を持っていないというゴーレム系全般の特徴はそのままだから、こっちのレベルが一定ラインを超えて殴り勝てるようになれば強敵から倒しやすい雑魚に変わるのは、ゴーレム系魔物のお約束なのだ。
が、それは逆にいうと、明確な弱点がないとも言える。ここを攻めれば倍ダメージ、みたいなのがないので、格下が一発逆転を狙うことができないのだ。
(レッドドラゴンの時と違って、今回は明らかに想定されたボスだ。なのにどうやっても勝てないような敵? あー、まさかイベントバトルか!?)
頭に浮かぶのは、ガズに借りたツルハシ。あの攻撃力があるなら、今の俺達でもあいつに勝てる気がする。流石に一撃じゃ無理だろうが、当たれば即死ながら頑張ればギリギリ回避できる速度の攻撃をかわしつつ特攻武器で何度か攻撃を入れるというのは、実にそれっぽい演出だろう。
「わかりやすい負けイベね。多分あのツルハシがないと勝てないようになってるんでしょ。しかも部屋の扉を開けても襲ってこないってことは、もし戦いになっても途中で逃げられるんじゃない?
あーやだやだ、お宝だけチラ見せして『お前達にはこれを手にする権利はない』なんて、最高に性格悪いじゃない!」
「ははは、そうだな」
そしてどうやら、リナも俺と同じ考えに至ったらしい。だが絶対に勝てない……例の水着を手に入れられないという状況であるはずなのに、リナは全く取り乱していない。
何故か? 諦めた? そんなわけがない。俺とリナは揃って振り向き、今回全く活躍の機会がなかったロネットの方に顔を向ける。
「てわけでロネット、出番だぞ」
「バーンとぶちかましちゃいなさい、ロネット!」
「はい!」
「では今回も私が守ろう。といってもあいつの一撃を受け止められるかはかなり疑問だが」
「ならクロもいつも通りに囮になるニャ。でも今回は遠くをチョロチョロするだけニャ」
「十分だ。あいつの攻撃なんて、かすっただけでヤバいだろうからな。こっちに向かって歩かせてくれりゃ、後は何とかなる……だろ、ロネット?」
「はい! あんな大きな的、絶対外しません!」
ニヤリと笑って言う俺に、ロネットが得意げな笑みを浮かべて言う。これまでロネットが投擲を外したことはないが、それでも立ち止まってどっちに動くかわからない状態より、方向を定めて歩き出した相手の方が圧倒的に狙いやすいし当てやすいだろうからな。切り札の数は限られているのだから、万全を期すのは当然だ。
「それじゃ動きを確認するぞ。中に入った瞬間扉が閉まって分断されるのが最悪だから、俺達は全員で室内に入る。ヘンダーソンさんは……」
「私も行きます! 足手まといだとは思いますが、ここに残されても困ってしまうので……」
「まあ、そうだよな。じゃ、悪いですけどリナと一緒に後方で待機しておいてください。ロネットは攻撃準備を、アリサはロネットを守ってくれ。クロエは敵の誘導、俺は万一クロエがヤバそうな時に、駆けつけて一撃ぶちかませるように構えておく。いけるか?」
改めての俺の問いに、全員が真剣な顔で頷く。
「なら行くぞ……戦闘開始だ!」
覚悟と決意を胸に宿し、俺達は全員揃って室内へと入っていった。





