実はそういうイベントなのか……?
「お前は!? お前は…………お前は?」
「おいおいおい、さっきの今だぜ!? いくら何でもそりゃあんまりだろうが!」
首を傾げる俺に、大男が情けない声をあげる。だがそんな事言われても、困るのは俺の方だ。
「いや、そりゃ覚えてるぜ? 覚えてるけど……ほら、名前とか聞かなかったからさ」
「おっと、そうだったか? なら改めて名乗ってやる。オデの名前はガズだ! 千指のガズ! 覚えとけ!」
「へー、戦士のガズさんね……で、ガズさんが俺達に何のようなんだ?」
「なに、オデの誘いを断ったお前らが苦戦してるんじゃねぇかと思ってな。ちょいと様子を見に来たのさ」
「ほう、様子を? ならお前は我々の現状がわかっているということか?」
ガズと名乗った男の言葉に、アリサが低い声を出した。だがガズは怯むどころか、むしろニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「そりゃあそうさ! そのショボい武器のせいでまともに戦えねぇんだろ? あーあ、だからオデの言う通り、最強武器を手に入れればよかったのによぉ!」
「それは結果論だと思いますが……それともガズさんは、ここにゴーレムが出現することを知ってたんですか?」
「モチのロンよぉ! なにせここには、大地の魔力が満ちてるからな! オデが入り口を塞いでたのも、そいつらが外に出ないようにするためだったのさ」
「ニャ!? ダンジョンの入り口は塞いじゃ駄目だって、授業で教えられたニャ。なのにオッサンはやっちゃ駄目なことしたニャ?」
「そうよ! ダンジョンの封鎖は立派な犯罪なのよ!」
「ゲハハハハ! そんなのただの一般論だ。世界中に山ほどあるダンジョンの入り口が全部管理されてるとでも思ってんのか? 土砂崩れとかの自然災害で埋まる事なんて幾らでもあるし、そもそもダンジョンの封鎖ってのは、専用の魔導具を使わなきゃできねぇんだ。入り口に石を置いたくらいじゃ何ともねぇんだよ!」
「ぐぬぬぬぬ……ああ言えばこう言う……」
クロエとリナの正論パンチにも全く動じないガズに、リナが悔しそうな顔をする。その後も何かを言い合っていたようだが、俺はその会話を聞き流しつつ、自分の思考に沈んでいく。
(何だこの流れ……これひょっとして、俺達が知らないだけでやっぱり何かのサブクエなんじゃねーか?)
ダンジョン前で出会った時は、ガズの存在はただ異質なだけだった。だがガズの出現、モンスターの入れ替わり、そして改めての登場……という一連の流れに、実にゲームっぽい雰囲気を感じる。
そしてそうであるならば、理不尽かつ強引な話の展開も納得できる。もっと理不尽な「お前がやれよ案件」なんて、幾らでもあったからな。
(時限式、あるいは何らかのフラグを知らない間に踏んだ結果、変なサブクエが発動した? 既存のサブクエに被る形で? そんなことあるのか?)
視線を動かし、チラリとリナの方を見る。アホほどやり込んだというリナが知らないサブクエが存在する可能性……ゼロではない。
あるいは「ドラゴンの糞」みたいに、実装は見送られたもののデータとしてだけ残っていたボツイベントが、現実化に伴って本来踏めないフラグを踏み、発動した? これもまた絶対にないとは言えない。俺は確かに開発側の人間だが、ゲームの全てを理解してるわけじゃねーからな。
(ま、考えても答えはでねーか。となると後の問題は、このサブクエに伸るか反るかだが……)
「なあガズさん。それで結局、アンタは俺達をどうしたいんだ?」
「おっと、そうだった。実は兄ちゃん達に、いいもんを持ってきたんだよ」
俺の問いかけに、ガズはその場でクルリと後ろを向くと、何やらゴソゴソと手を動かし、床の上に何かを落としていく。
「ひい、ふう、みい……このくらいありゃいいか。ほれ、兄ちゃん」
「ん? こりゃあ……ツルハシか?」
「おうよ! オデの誘いを断った兄ちゃんに『最強武器』は渡せねぇが、だからってこのまま引き下がったら本当に最強武器があったのかって話になるだろ? だから特別にこの『ちょっとだけ最強武器』を体験させてやるっていってんだ!
どうだ? 嬉しいだろ? ほら、そっちの姉ちゃんにもやるぜ。猫の姉ちゃんはこれじゃでかいだろうから、こっちのを持て」
「ど、どうも……」
何だかよくわからねーが、とりあえず俺は差し出されたツルハシを受け取った。ずっしりとした手応えとややくすんだ木製の柄に黒く艶めく鉄の嘴が取り付けられたそれは、紛う事なきツルハシだ。マインをクラフトするようなゲームでは飽きるほど見たフォルムだが、実物を見るのは何気に初めてかも知れない。
「ふむ? 最強はどうかはともかく、ゴーレムには有効そうではあるな」
「『ちょっと』なのに『最強』なのニャ? 意味がわからないニャ」
そんな俺の側では、アリサもまた同じ大きさのツルハシを渡されしげしげと眺めている。対してクロエに渡されたのは、俺達のものよりずっと小さいハンディサイズだ。あれならクロエでも十分に使えるだろう。
「ゲハハハハ! 似合ってるぜ。そいつを使えばゴーレムなんてちょちょいのちょいだ! 試してみろよ」
「いやでも、俺達一旦ダンジョンから出ようと思ってたんだけど……」
「あぁ!? オデの誘いを断ってまでこっちのダンジョンに入ったくせに、ここすらあっさり逃げ出すのか!? そんなの許されるわけねぇだろ! せめてそれを試せよ!」
「えぇ……?」
俺の言葉に、ガズがまるで行く手を遮るように両手を広げて立ち塞がった。ゲームなら絶対進めないやつだ。まあ現実なので横を走り抜けるとか、無理矢理押しのけて進むことはできるんだろうが……いや、できるか? 絶対全力で邪魔してくるよな?
となるとそれすらも無理矢理黙らせるか、諦めて要望を飲むかだが……
「……どうする? もう一戦やってみるか?」
流石に素手の一般人を相手に攻撃して黙らせる選択肢はない。そんな俺の問いに、まずはアリサが、更に仲間達が次々と意見を口にしていく。
「特に消耗しているわけでもないからな。もしこの武器が通じずとも貴様やロネット、リナの魔法もあるし、一度戦って満足するというのなら、それもいいのではないか?」
「むぅ、あんな奴のいいなりになるのは癪だけど、穏便に済ますにはそれしかなさそうよね」
「ならクロが見つけて、ここまで引っ張ってくるニャ」
「悪いなクロエ。頼むぜ」
この辺一帯を抜けるとまた罠があるため、その役目はクロエにしか頼めない。俺の言葉にふわりと尻尾を揺らして応えると、クロエがそのまま走り去っていく。そうしてしばらく待つと、ドスドスゴツゴツというわかりやすい音と振動がこちらに近づいてくるのが感じられた。
「ごめんニャ! 二匹来ちゃったニャ!」
「問題ない! そのまま横を走り抜けろ! シュヤク!」
「おう! カウンターで決めてやるぜ!」
盾を構えるアリサの少し後ろに陣取ると、俺は渡されたツルハシを構える。するとすぐに俺達の横をクロエが走り抜けていき、やや後れて二体のゴーレムがやってきた。
「ゴゴゴゴゴ……」
「まずは挨拶代わりだ! 食らえ!」
剣とは全く扱いが違うため、慣れていない俺では走りながらどころか、立ったままですら綺麗にツルハシを振るのは難しい。だが俺には脳内ボタンよる補正がある。ポチリと押してやれば最適な動き、力加減でツルハシが振り下ろされ、向かってきたゴーレムの右腕に当たったのだが……
ガキーン! ガラガラガラ……
「は!?」
ツルハシが食い込んだ瞬間、ゴーレムの腕に放射状のヒビが入り、あっという間に砕け散る。いくつかのパーツに分かれているので他は無事だが、それでもあれほど破壊に苦労したゴーレムも左手が、ただの一撃で綺麗に消し飛んだ。
いやいやいやいや、強すぎるだろ!? え、何だこれ!?
「ゲハハハハ! どうだ、ちょっとだけだが最強だろ?」
そうして戸惑う俺の背後から、ガズの得意げな笑い声が響いた。





