相談を持ちかけられたはずなのに、気づいたら決定していた件
「なるほど。ではこちらとこちらの方は駄目なんですね?」
「うん、そう。最初の金払いはいいけど、ガッツリ利用されて捨てられる感じかな? こっちは所詮学生だから『痛い目を見る』程度ですむけど、わかってるのに受ける必要はないでしょ?」
「ですね。では除外しておきます」
俺の部屋にて、ロネットとリナが支援者リストの内容を話し合っていく。そんな様子を俺はボーッと眺めているわけだが……その理由はロネットから見せられた名前の量が、俺の予想を遙かに超えて多かったからだ。
その数、何と五〇人。俺はてっきりゲームと同じ五択かと思ったのでその多さに面食らったが、横から覗き込んできたリナ曰く、「ゲームでもこの人数が候補にあがるけど、実際に表示されるのはそこからランダムに五人」なのだそうだ。
この辺は俺はノータッチだったのでデバッグ作業でプレイした分しか知らなかったが……なるほどそういう仕様だったのか。そしてそれが現実化したなら、全員が候補に挙がっているというのも納得ではあるが……
「なあリナ、お前よくこんなの全部覚えてたな?」
「ま、そこはやり込んだしね。特に意識したわけじゃないから、自然に覚えちゃっただけで……あー、この人かぁ」
と、そこでリナが名簿の名前の一つを見て、あからさまに顔をしかめる。俺もそこに視線を向けたが、書かれている名前に覚えはない。
「トーレス・ガレイさんですか? ここから少し南に拠点を置く、ガレイ商会の会長さんですけど……彼が何か?」
「あ、うん。この人に後援を頼むとね、色々と仕事を回してもらえるのよ。でもその内容が微妙っていうか……ほら、前に薬草を根こそぎ採っていった馬鹿がいたでしょ? あれって酷いマナー違反だけど、でも法律に違反してるってわけじゃないじゃない?」
「あー、そういう系か」
俺の脳裏に、嫌みな笑みを浮かべる犬獣人の男達の姿が蘇る。そういえばあれから一度も姿を見てねーけど、どうしてるんだろうな? いや、会いたいわけじゃねーから、二度と会わないならそれに越したことはないんだが。
「ゲーム的には町の評判とか関係ないし、もらえるお金やクエスト報酬はかなりいいから、RTAなら選択肢に表示された時点で鉄板、って感じだったけど、現実だと……どうする?」
「勿論なしだ」
問うリナに、俺は迷うことなくトーレス氏の名前の上に横棒を引く。現状金に困ってるわけでもねーし、何より現実となったこの世界で悪評が立つのがどれだけ大変かは、謂れのない匂いフェチの烙印を押された俺が一番よくわかっている。
あのくらいならまだ冗談でも済むが、暗黙の了解を平然と無視する、良識の欠片もない討魔士パーティなんてガチの悪評が立ったりしたら、今後の生活が大いに厳しくなる。アリサやクロエだってそんなの嫌がるだろうから、この人を選ぶのは絶対になしだ。
「そうよね。ならこの人とか、この人かな? あ、こっちの人もいいかも」
「え? シマム男爵やベケット氏はわかりますけど、このローファスという人はどうしてですか?」
「その人の後援を受けてサブクエ……依頼を回してもらうとね、色んなものが巡り巡って、何故か大金が手に入るのよ。でもそれで調子に乗って更に依頼を受け続けると、最後は大失敗して破産しちゃうんだけど。
だからひとまず後援を受けて依頼を回してもらって、途中でやめるってやれば儲かると思うわ」
「ほーん……でもリナ、大成功が続いてる時にこっちから『もうやりません。ここでやめます』って言って通るもんなのか?」
「さあ? 食い下がってくるかも知れないけど、その時は多少違約金を払ってでもやめたらいいんじゃない? その後ローファスがアタシ達の代わりに別の討魔士を雇って失敗しても、それはアタシ達にはもう関係ないし」
「いえ、そう簡単にはいかないと思います。そこまで成功を重ねている相手に『次は失敗しそうだから』という根拠のない理由で一方的に後援を打ち切るのは世間体が悪いですし……理由を説明するのは無理なんですよね?」
ロネットの問いに、リナは肩をすくめて首を横に振る。
「そうね。そこまでの成功は『運がよかったから』で、そこからの失敗は『運が悪かったから』だから、合理的な説明は無理だと思う」
「なら尚更です。下手をしたら逆恨みされ、失敗の理由が私達だと吹聴される可能性も高いですし、動く金額によっては表は衛兵が、裏は犯罪組織なんかが絡んでくることも考えられます」
「うへー、そりゃ駄目だな。面倒くさすぎる」
ゲームならイベントが終わればそれまでだが、現実なら「その後」が存在する。そのローファスって奴がどんな最後を迎えるのかわからねーが、目先の金のために妙な厄介ごとを抱え込むのは勘弁だ。
「むぅ、そういうのもあるのね。ならもう大して旨みはないけど安全、安定が第一で無難な相手を選ぶしか……ん? あっ!?」
「うおっ!? 何だよいきなり!?」
突然変な声をあげたリナに、俺もまた驚いて声をあげてしまう。だがリナは俺の抗議の声などどこ吹く風で、リストの一点を凝視している。
「いた! いたのよ! ヒンダー・フンダー・ヘンダーソンさんが!」
「ひ、ひんだー? 誰だそれ?」
「超レアキャラよ! 五〇人いるって言っても、実際には全員が等確率で選ばれるわけじゃないの。出現率わずか〇.〇三パーセントの超レアキャラ! それがこの人なのよ!」
「れあきゃら……? だ、駄目です。今日は気になることがあっても何も聞かないと決めてるんです。平常心、平常心……」
「いや、そこまでしなくても、聞きたいことがあったら聞いてくれていいぞ? 答えられるかは別だけど。
で、リナ。レアってどうレアなんだ? 何かいいことあるのか?」
グッと唇を噛みしめて耐えるロネットに声を掛けつつ、俺はリナに問う。するとリナは待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑って声をあげる。
「あるわよ! この人のクエストを受けると、とある限定アイテムが手に入るの!」
「ほぅ、限定? 何が手に入るんだ?」
「『あやしい水着』よ!」
「あやしい……」
「水着……?」
俺とロネットが、揃って首を傾げる。するとそんな俺達に、リナが拳を握って力説を始める。
「そう! あやしい水着! アイテム説明テキストには『とんでもなくあやしいデザインの水着。人前でこれを着られるのは真の勇者だけだろう』って書かれてる、幻の隠しアイテムよ!」
「へー……別にどうでもいいな」
「何でそんなうっすい反応なのよ! ほら、プロエタって装備で立ち絵が変わったりしないでしょ? ファンの間では『一体どんなデザインなんだろう』って度々論議されたたけど、その真相が遂にわかるのよ! これを追求せずして真のプロエタファンを名乗れるわけないじゃない!
決まりよ決まり! 後援者はこの人にしましょ!」
「知らんがな。いいから少し落ち着け」
「あの、モブリナさん? それは流石に……」
「なっ!? 知的好奇心こそが人類を未来へと導く鍵なのに、それが理解されないなんて……先駆者はいつだって孤独なのね」
「その位置に辿り着きたいと思ってるの、多分お前とモブローだけだからな?」
黄昏れて見せるリナだが、これっぽっちも同情は感じない。ゲームとして考えるなら面白そうではあるけども、流石に水着のためだけとなると受け入れづらい。
「せめて他に何か……なあリナ、そのサブクエ、水着の他に手に入るもんはなんかねーのか?」
「え? あー、一応三億エターの遺物があったけど、水着に比べたらどうでもいいでしょ?」
「三億エター!? 私今すぐこの方と連絡をとってきますね!」
「えっ?」
「さっすがロネットたん! 話がわかるわね! じゃあよろしく!」
「えっ!?」
「はい! それじゃシュヤクさん、失礼します!」
「ふふふ、アタシも水着のために準備しなくちゃ! じゃーねシュヤク、またあとで!」
否定ムードから一転、怒濤のように後援者が決まると、ロネットとリナがあっさりと俺の部屋を飛び出していく。黙ってその背を見送った俺は……
「…………えぇ?」
あまりに突然の出来事に、静かになった室内でただ間抜けな声をあげることしかできなかった。





