そろそろ勘違いではなさそうな気がする
さて、それじゃ海イベントを実現すべく動いていくわけだが……まあぶっちゃけた話、別に難しい事は何もない。
そりゃそうだろう。専用の立ち絵を用意するくらい金も時間もかけてるのに、それをなかなか見られない隠しイベントなんかにするはずがない。むしろ普通にプレイしていたら勝手に発動するタイプのイベントである。
具体的には、夏休みに入ると学園で発生するイベント「謎のダンジョンを調査せよ!」を受ければいいだけだ。このゲームの夏休みは八月一日から三〇日までの一ヶ月間で、その期間しか受けられないイベントではあるが、でかでかと「期間限定!」って表示されるので、よほど捻くれたプレイヤーでなければまず受けるだろう。
逆に言うと、今はまだ夏休みではないので何もできない。マップ表示からおおよその位置はわかっているものの、数日待てばいいだけなのに無理矢理現地に行って場所を探すなんてする意味もねーしな。
……とまあ、ここまではゲーム的な話だ。現実に海に行くとなると、それはそれで準備が必要となる。特に女性陣は水着だの日焼け止めだのの買い出しにキャッキャウフフとはしゃいでいるわけだが……
「何で自分は着いていったらいけないんスか!?」
二〇階突破記念の打ち上げから三日後の放課後。学園の中庭にて、俺は地の涙を流して項垂れるモブローの魂の叫びに、何とも言えない顔で答えていた。
「いや、いけなくはねーだろうけど、断られたんだろ?」
「そうッス! 試着だからという理由で大胆な水着を着たり、着替え途中でうっかりカーテンが開いてポロリ、なんてイベントもあるかも知れないのに、同行を拒否されたんス!」
「そりゃ拒否されるだろ。完全に不審者だし」
こんな目をギラギラさせた奴が女性用の水着売り場にいたら、秒で逮捕されること請け合いだ。そうなったら行き先は海ではなく留置所になるのだから、そこは断ってくれた女性陣に感謝してもいいんじゃないだろうか?
「てか、リナも言ってたけど、この辺水着なんて売ってんのか? 俺も海パンくらいは買わないとなんだが……」
「それなら手配してありますから、大丈夫ですよ」
と、そこで不意に声をかけられ、俺達は顔をあげる。するとそこにはニコニコと営業スマイルを浮かべるロネットの姿があった。
「ロネット? 手配って、俺の水着を?」
「はい。幾つか用意しますので、現地に着いたら好きなものを選んでいただければと思います」
「自分のは!? 自分の水着はどうなってるんスか!?」
「ふふ、モブローさんのもちゃんとありますよ。オーレリアさん達が選んだものですけど」
「やったー! 女子に水着を選んでもらうとか、モテ男だけの特権ッス! 今年の夏は勝ったも同然ッス!」
すっかり元気を取り戻したモブローが、叫びながらその辺を走り回る。本当にこいつは極端だな……まあ悪い奴ではないんだが。
「手間掛けて悪かったな、ロネット。幾らだった?」
「ああ、お金はいりません。私達で勝手に用意したものですから」
「いやいや、そうはいかねーだろ。ちゃんと払うぜ?」
ロネットは金持ちだが、だからといって何でも甘えていいというわけではない。少なくとも娯楽に使うような私物は自分で買うべきだ。そう思って言う俺に、しかしロネットは小首を傾げてその口を開く。
「そうですか? 私としては、いつもお世話になっているお礼ということでいいんですが……なら一つ貸しにさせてください」
「か、貸し? いや、払うけど?」
「貸しでお願いします」
「だから、払う……」
「……………………(ニッコリ)」
「……わかった、じゃあ貸し一つってことで」
「はい!」
笑顔の圧に負けて、俺は水着を貸しで手に入れることになった。最近のロネットは、本当に何なんだ? アリサとはまた違う圧を感じるというか……うーん、鈍感系ではない俺としては、早めに手を打つべきか? でもなぁ、ロネットに好かれる原因なんて本気で何も思い浮かばないんだが……マジで何でだ?
「それじゃシュヤクさん。行きましょうか」
「うん? 行くって何処に?」
「支援を申し出て来た方がいるので相談したいと、先日言いましたよね?」
「あ! あー……そりゃ覚えてるけど。でもほら、これってパーティの問題なわけだし、皆で集まって話し合った方がいいんじゃねーの?」
「それはそうですけど、その前段階として私達で幾らか選別した方がいいと思いました。シュヤクさんやモブリナさんは、その……ちょっと特殊な価値感というか、そういうのを持ってるでしょう? なのでひとまず『これだけは駄目』というのを弾いてもらいたいな、と。
でもその際、他の方がいる場所でやったら、色々と面倒なのではと気を回したんですけど……」
「お、おぅ……なるほど」
ロネットの言葉に、俺は思わず納得してしまう。確かに支援者を選ぶサブクエでは、選択によっては儲かるけど後味の悪い結末になるとか、散々空回った挙げ句骨折り損のくたびれもうけになる、なんてものもある。
だが何故そうなるのかと問われたら、そりゃ結末を知ってるからとしか言いようがない。単なる一般人である俺がお偉い人の裏の顔を知ってるとか、まだやってもいない投資が失敗すると確信してるとか、どうやっても誤魔化しきれない内容もあるからな。
つまり、ロネットは他の皆にそれを追求されないように事前に場を用意し、かつ自分も決して追求しないと言ってくれているのだ。やり手の商人らしい気の回し方で、確かに助かるんだが……
「なあロネット。ひょっとしてこれも『貸し一つ』になるのか?」
「まさか! パーティの問題を解決するのに、貸しも借りもないじゃないですか」
「そ、そうか! そうだよな! いやーよかった。そういうことなら……」
「でも……」
「っ!? な、何かあるのか?」
恐る恐る問うた俺に、ロネットが悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「これはきっと、二人だけの秘密ですね」
「……………………」
一瞬見えたその可愛らしさに、思わず頭がクラリと歪みそうになる。くっ、これがヒロインの力か……っ! マズいな、本当に早めに対処しねーと――
「話は聞いたわ! 人類は滅亡するっ!」
「うぉぉ!? リナ!?」
「モブリナさん!?」
と、その時近くの茂みから、突然リナが姿を現した。ギャグかホラーか迷うところだが、どちらにせよ尋常な登場方法ではない。
「え、お前何やってんの?」
「それはこっちの台詞よ! アンタこそ何やってんの!? アタシがあれほど、あれほど言ったのに……っ!」
「待て待て、落ち着け!」
「これが落ち着いていられるわけないでしょ! アタシの心の祠をぶっ壊したからには、中から恐怖の大王が蘇るのを覚悟しなさい!」
「そうッス! 自分だってロネットとイチャイチャしたいッス!」
「お前まで入ってくるのかよ!? 最近このパターン多くね!?」
「シュヤクさん、行きましょう!」
「ちょっ、ロネット!?」
顔をしかめる俺の手を取り、ロネットが走り出す。向かう方向は学生寮……え、まさか!?
「おいロネット、このまま俺の部屋に行く気じゃねーだろうな!?」
「なら私の部屋に来ますか? 歓迎しますよ?」
「……俺の部屋で頼む」
女子寮に連れ込まれるのは、色んな意味で後がない。逃げ場のない二択に答え、俺達はそのまま走って行く。
「ちょっと、待ちなさいよー!」
「フンッ、こんなの本気で追いかければ……へぶっ!」
「馬鹿、空気読みなさいよ! 待てー!」
「ふふっ、流石はモブリナさん。わかってくれると思ってました! さあシュヤクさん、早く!」
「……何かもう、好きにしてくれ」
足払いされて盛大にスッ転ぶモブローと、全力で走ってるっぽく見えるのに妙にゆっくりなリナを置き去りに、こうして俺はロネットを寮の自室へと招くことになったのだった。





