フフフ、新しいイベントの風を感じるぜ……(強制)
「それじゃ、『久遠の約束』二〇階突破記念ってことで、カンパーイ!」
「「「乾杯!」」」
あっという間にやってきた、七月下旬。俺達は全員……モブロー達のパーティも含めた本当の全員でのメインダンジョン二〇階突破を記念して、鈴猫亭の小部屋を借りてジョッキを打ち付け合った。周囲の客からは未だに色々言われてる気がしなくもないが、ここは個室なので関係ない……とまあそれはそれとして。
「一〇階層を突破した時も思ったが、やはりペースが早いな。一年一学期のうちに二〇階まで突破した者など、他にはいないのではないか?」
「そうだニャー。クロも色んな人に凄いって言われたニャー」
「私もです! 将来有望そうだからと、援助の話なんかも来てますし……あ、シュヤクさん。あとで相談させてもらってもいいですか?」
「勿論。俺もいくつか(サブクエの)心当たりがあるしな」
「ありがとうございます。じゃあ後ほど、お部屋に伺いますね」
「おう! ……おう? え、部屋に来んの?」
「シュヤクアンタ、ロネットたんに変なことしたらもぐわよ?」
「しねーよ! 打ち合わせだって言ってんだろ!」
「羨ましいッス! 妬ましいッス! 自分も部屋にヒロイン達を連れ込みたいッス!」
「モブローはそれを口に出すから駄目なんだと思う」
「でもまあ、そこがモブロー様らしくはありますけどね」
下心丸出しの叫びをあげるモブローに、オーレリアが呆れた視線を向け、セルフィが苦笑いを浮かべる。プレゼントによる好感度ブーストはできなくなったようだが、それでもこの二人のモブローに対する態度は、やはりどこか柔らかい気がする。
うーん、これなら真面目に対応すれば、普通に恋人になれそうだと思うんだが……まあそれは俺が言うことでもあるまい。
それとロネットは……何だろう、最近妙な圧を感じることがあるんだが……これはリナも一緒に来てもらうべきか?
「ふふふ、心配ならモブリナさんも一緒に如何ですか? 書類とにらめっこしてメリットとデメリットを計算し、最適なパートナーを選ぶのは楽しいですよ?」
「うぐっ!? ロネットたんのお誘い……でも…………チッ、今回だけは任せてあげるわ!」
「素直に面倒って言えよ……ん?」
あれ? ということはリナは部屋に来ねーのか? ジワリと外堀を埋められていく感じがするんだが……き、気のせいだ。気のせいってことにしておこう。チラリと見えたロネットが「計画通り」みたいな顔をしていたのも、きっと夏の幻に違いない。何せ俺は非モテ系イケメン主人公だからな。
「そ、そうだリナ! モブローと一緒に戦ってみた感じはどうだった?」
「何よ突然……そうね、思ったよりは悪くなかったわよ」
一パーティは五人までなので、八人いる俺達は当然全員一緒に戦うことはできない。なので今回俺は、四人ずつの二パーティとしてボスに挑んだ。その内訳は、俺、クロエ、オーレリア、セルフィのパーティと、モブロー、アリサ、ロネット、リナのパーティだ。
「こちらは実質貴様がモブローになっただけだからな。人数が減った分確かに負荷は大きかったが、やり甲斐はあったぞ」
「そっか。でもまあ、アリサならやれると思ってたぜ」
「フフフ、その信頼に応えられて何よりだ」
俺の言葉に、アリサが嬉しそうに笑う。今回のパーティ分けは当然ながら適当なものではなく、ちゃんとそれぞれのバランスを考えた結果だ。
たとえば俺の方は、基本的にはクロエが回避優先で敵の攻撃を引きつけ、それで無理な分は俺が防ぐ。ただ俺はアリサほど固くないのでダメージを負うため、そこはセルフィの回復魔法でカバー。そうやって時間を稼いだところでオーレリアがでかい一発を撃ち込み、敵を殲滅するという流れだ。
そしてモブロー達の方は、アリサが一人で確実にパーティ全員を守り、モブローが供給するアイテムを使ってロネットが火力を担当、リナは状況に応じてアリサをフォローしたり、ロネット達後衛組を守ったりと遊撃ポジだな。
確かにアリサの負担がでかいが、とは言えそっちにクロエか俺が回るとこっちの防御がおぼつかなくなるため、割と苦渋の選択だったんだが、上手くいってくれたのだから何よりだ。
「にしても、誰か一人でもそこのボスを倒した人がパーティにいると二度と出現しないって、面倒な仕様よね。それがなかったらもっと簡単に倒せたのに」
「それがなかったらボスを倒し放題になっちまうしなぁ。そっちの方がマズいだろ」
ゲーム的には倒したボスは復活しないという、ただそれだけの仕様なんだが、どうやらそれを現実に落とし込むとこういう感じになるらしい。まあゲームでも主人公は絶対パーティから外れないから、一応辻褄は合うしな。
「とにかく皆でボスを倒せたんだから、それはもういいッス! それより先輩、今はもっと重要なことがあるッス!」
「うん? 何だよ重要なことって?」
「それは勿論……水着ッス!」
「…………水着?」
何故水着? 意味がわからん。思わず首を傾げる俺に、モブローが拳を握って力説を始める。
「何すっとぼけてんスか! もうすぐ夏休みッスよ!? 夏といえば海! 海と言えば水着! ヒロイン達との水着イベントは絶対必須じゃないッスか!」
「お、おぅ……まあ確かにそんなイベントあったけども」
ここは内陸なので、海まではクソほど遠い。だが「水着イベントが見たいでござる! 絶対に水着イベントが見たいでござる! あと温泉イベントも欲しいでござる!」という一部の強い要望により、プロエタには水着イベントがある。
具体的には、とあるダンジョンの階層が海なのだ。しかもそこは都合良く魔物とかも出てこない安全地帯で、かつ主人公達が偶然見つけた場所なので余人もいないという、ご都合主義の塊のような場所だ。
まあそれはゲームだからいいんだが……
「水着、水着なぁ……」
ゲームはゲームなので年齢なんて飾りだが、現実の一五歳は実際に一五歳なので、正直子供の水着になぞそれほど興味はない。まあ俺自身も一五歳になってるから、それに引っ張られてる感じはあるけれども、それでもせめて二〇……いや、一八歳くらいまでは欲しいところだ。
が、そんな俺の気持ちなど、他人にわかるはずもない。乗り気でない態度の俺に、モブローが猛烈に食いついてくる。
「ちょっ!? 何でそんなテンション低いんスか!? 水着ッスよ!? 濡れ透け専用下着ッスよ!?」
「モブロー、シンプルにキモい」
「もうちょっと考えて喋った方がいいと思うニャ」
「ぐはぁ!? オーレリアに加えて、クロエまで!? ダブルご褒美に絶頂寸前ッス!」
「アンタはそのまま地獄まで逝っときなさい! でも確かに水着イベントは楽しみね……ねえシュヤク? 勿論イベントは起こすわよね? ね?」
「待て待て近い近い! 圧が! スゲー圧が来てるから!」
真顔でズイッと顔を近づけてくるリナに、俺は顔をしかめて身を仰け反らせる。何故俺の周囲の女性陣は、こうも圧をかけてくるのだろうか。何なのお前ら、全員重力使いとかなの?
「よくわからんが、この近くに海があるのか? 湖ならまだわかるが……」
「海ということは、ひょっとして海産物が取れるんですか!? とんでもないお金の匂いがしてきました!」
「クロは海はあんまり好きじゃないニャ。体がペトペトになるニャ」
「フフフ、甘いわねクロちゃん。海ならサバ缶が泳いでるかも知れないわよ?」
「ニャニャ!? そういういことなら話は別ニャ! 今すぐ出発するニャ!」
「いや、百歩譲ってサバなら泳いでるかも知れねーけど、サバ缶は泳いでねーだろ……あとやっぱりサバも泳いでねーよ。水遊びできる深度にサバはいねーって」
「フニャー…………」
「あ、こらシュヤク! 何クロちゃんをしょんぼりさせてるのよ!」
「シュヤク様、子供の夢を奪ってはいけませんわ」
「え、俺が悪いの!? わかった、悪かったって! まあ確かに海ダンジョンだから、サバ缶を落とす魔物自体はいるしな」
「フギャー! やっぱりいるニャ! シュヤクがクロの心を弄ぶニャ!」
「いかんぞシュヤク。弄ぶのは私だけにしておけ」
「そうですよシュヤクさん! 無自覚だからって何でも許されるわけじゃないんですからね?」
「自分も弄びたいッス! 弄ばれるのでも可ッス!」
「わかった! 落ち着け! もうわけわかんねーから! 行くから! 海行くから!」
「「「わーい!」」」
「……………………」
祝勝会から一転、何故か海に行く流れを押し通され、俺は何とも言えない気分ではしゃぐ少女達+キモい男を見守る。俺的にはこのまま三〇階までメインダンジョンをクリアしたかったんだが……
「でも、水着って何処で買えるの? この辺じゃ売ってないわよね?」
「そこは私にお任せください! 素敵なのを沢山用意してみせます!」
「砂浜を走るのはいいトレーニングになるようだから、一度やってみたかったのだ。フフフ、楽しみだな」
「子供達へのお土産に、貝殻を拾ったら喜ばれそうですね」
「……私、泳げない」
「ならクロが教えてあげるニャー」
「うぉぉー、今からテンションマックスッスー!」
「…………まあいいか」
こんなにも楽しげな皆の姿を見てしまえば、無粋なことを言う気は起きない。んじゃまあ気分を入れ替えて、ご要望通り海イベントの準備を進めますか。





