求められる者、求める者
今回はロネット視点です。
幼い頃からずっと、私は人の顔色を窺う人生を送ってきました。といっても虐げられていたとか卑屈になっていたとかではなく、相手の心を巧みに読み取り、次々と難解な商談を成立させる偉大な商人……お父様の姿を見て憧れ、それを真似たからです。
そして私には、そんなお父様の血と才能が確かに受け継がれていました。世界で一番優秀な教師がすぐ側にいたこともあってか、私はすぐに頭角を現し、今では若干一五歳ながらも、いっぱしの商人として見てもらえるようになったほどです。
でも、そんな私の人生は、決して幸せなことばかりではありませんでした……
――「ロネットちゃん、何でそんな我が儘言うの!」
――「えっ!?」
それは私が一二歳の頃。いつも遊んでいたお友達にそう言われ、私は思わず言葉を失ってしまいました。
だって、いつもは私がその子に合わせていたのです。でも私にだってやりたいことはあります。だからたまにはこっちにも合わせて欲しい……そんな当たり前のことを言っただけのはずなのに、相手の子は何故か猛烈に怒り、挙げ句にそんな言葉を投げかけてきたのです。
――「我が儘って、いつも私がミオちゃんに合わせてるんだから、たまには……」
――「何それ! じゃあロネットちゃんは、今までやりたくもないことを一緒にやって、楽しいふりしてただけなの!?」
――「ち、違うよ! そりゃ私だって楽しかったけど……」
――「ならいいじゃない! 何で今回だけ急に違う事言うの!?」
――「だから、私は……」
――「もういい! 我が儘言うロネットちゃんなんて、嫌い!」
最後にそう言い残すと、友達は私の前から去っていきました。今思えばそれは子供同士の他愛のない喧嘩だったのでしょうけど、色々な行き違いがあった結果、私達は仲直りすることできず離ればなれになってしまいます。
故にそれは、心に刺さった抜けない棘になりました。私は「自分が望むこと」が怖くなり、「相手に望まれること」ばかりを選ぶようになったのです。
しかし皮肉にも、その棘は私の評価を高めました。気分がいいときは微笑み、集中したい時は黙り、辛いことがあれば慰めてくれ、自分が感じるのと同じように怒ったり喜んだりしてくれる……そんな自分の全てに共感してくれる私は、誰にとっても居心地のいい存在だったからです。
おかげで王立グランシール学園に通うという栄誉を得られたものの、ここでも同じように人の顔色を窺って生きていくのだろうと思っていたのだけれど……そこで出会ったのは、他とは全く違う人達でした。
アリサさん、クロエさん、モブリナさん、そして……シュヤクさん。皆は私に、何も求めませんでした。勝手な想像を押しつけるでも、都合のいい存在として利用するでもなく、ただ私が私として在ることを、そのままに受け入れてくれました。
何かする時は、ちゃんと「ロネットはどうしたい?」と聞いてくれます。皆とは違う主張をしても、ちゃんと話を聞いてくれます。もしも他人に相談したなら「いや、それが普通だろ?」と言われてしまうのでしょうけど、私にとってその「普通」こそが、何よりも得難い奇跡でした。
だからこそ、私はこの場所を守りたかった。そのために自ら考えて動き、役に立つことを証明したかったのに……
(私は、何をしていたんでしょうか……)
モブローさんに求められると、私の体はまるで呼吸をするような自然さでその通りに動きました。今までと同じく「求められるままに動く」のはとても楽で、大活躍できるのがとても気持ちよかったのです。でも……
――「ロネットはもっと考えて戦ってただろ?」
(確かに私は、一緒に戦う皆のことを考えて動いていた……)
仲間と一緒に知恵を絞り、足りない力を補い合って敵と戦うのは、商売をするのと同じくらい楽しかった。自分一人で魔物をなぎ倒すより、何倍も何十倍も楽しかった。
――「ロネットは前から活躍してただろ?」
(私はちゃんと、認められていた……)
そしてそんな私の頑張りを、シュヤクさんは理解してくれていた。ああ、そうだ。そんなことわかっていた。わかっていたからこそ危険な役目を引き受けたのだし、わかっていてもなお、まだ足りないかもと不安になっていた。
――「及ぶ必要なんてねーだろ。ロネットの強さはそこじゃねーし」
(私には私の……私にしかできない、私ならできることがある)
誰かが望んだ私ではない。私自身が望んで努力し、積み上げてきた力。それに何より価値があると言ってくれた。その言葉に、私は……
「ちょっ!? 何でいきなり泣き出すんだよ!? 何だ!? 俺何か変なこと言ったか!?」
私の前で、シュヤクさんが激しく取り乱す。どうやら私は、知らず泣いてしまっているらしい。確かに目頭がじんわりと熱いし、頬を水滴が伝っている感触もある。
「シュヤクさん、サイテーッス! ほら、ロネット。これ食べて元気出すッス!」
そう言ってモブローさんが差し出してきたのは、私が大好きな缶入りクッキー。それを受け取った瞬間、私の胸の中にほわりと熱が湧き上がったけれど、私は何故かモブローさんではなく、シュヤクさんの方に目を向けてしまう。
「……あの、シュヤクさん」
「何だ? 土下座か? バッチコイ! いつでも準備はオッケーだぜ!」
「私、実は意外と我が儘なんです。シュヤクさんが想像しているような人間じゃないかも知れません。
それなのに、私が私でいてもいいんですか?」
「お、おぅ!? 何だよ突然……当たり前だろ? 他人に被せられたキャラクター性なんて、俺はこれっぽっちも求めてない。お前が人間で在り続けてくれるなら、それ以上なんてねーさ」
「……………………」
凍った心の真ん中に、温かい火が灯った気がした。その表面に他人の思いを鏡映し、相手の望む私を見せていた氷が溶け、その中から本物の私が姿を現す。
ああ、そうか。これが、きっとこれが――
「ロネット! ほら、クッキーを食べるッス!」
「あ、はい。そうですね……」
モブローさんに急かされ、私は金色の缶の蓋を開けた。そうして中身をひと囓りし……その缶を皆に差し出す。
「せっかくですし、皆さんもどうぞ」
「え、いいのか? じゃあ遠慮なく……うわ、うめーなこれ」
「本当。バターの風味とハチミツの甘さが絶妙ですわ」
「もぐもぐ……割と美味しい。でもちょっとしょっぱい気もする」
「え? え!? ロネットへのプレゼントなのに、どうして……!?」
皆がクッキーを頬張るなか、モブローさんだけが激しく戸惑っています。そう言えば、今までは何故か私一人で全部食べていましたね? 一枚はそれほど大きくはないとはいえ、一缶に三〇枚ほど入っているのに、それを毎日全部……え、これ私、ひょっとして凄く太……っ!?
「わ、私はもう十分いただいたので、残りは皆さんでどうぞ!」
「いいのか? これ最高級品だぜ?」
「いいんです!」
「そんな!? せっかく送ったんスから、せめてもう一口くらい食べて欲しいッス! じゃないと判定がどうなってるか……」
「ああ、それは確かにそうですね」
更に激しく取り乱し始めたモブローさんの様子に、私は慌ててもう一枚だけクッキーを取り出した。確かに私へのプレゼントを目の前で他人に譲渡してしまうのは失礼が過ぎますね。
なので手に取ったクッキーを、改めてもうひと囓りしたのですが……
「……………………」
「ど、どうしたんスか?」
「いえ、何も。とても美味しいと思っただけです」
不安げにこちらを見てくるモブローさんに、私はニッコリと笑ってそう告げる。大好きでたまらなかったはずのクッキーは、ちょっとバターの味がくどくて、何故かあまり美味しく感じられない。これなら……
(フフッ、以前に調子に乗ったシュヤクさんにご馳走になった料理の方が、ずっと美味しかった気がします)
この世に変わらないものはなく、好物だって変わってもおかしくない。そのひと囓りに心を動かす力をなくしてしまったクッキーを食べながら、私は早くも、いつものメンバーでダンジョンに潜る日を楽しみにしてしまいました。
――Fatal Error! Likeability.exe に重大な問題が発生しました。当該プログラムを強制終了します。
――Oh my boom! XD





