断章:理想の結末
ロネットからの申し出もあったことで、俺達は次にアリサとオーレリアを交換した。アリサを選んだ理由はロネットよりも精神的に成熟しており……あとリナがもの凄く不機嫌そうな顔で「まあアリサ様はアンタに惚れてるし? それなら普通の仲間としか見てないロネットたんより、アリサ様の方がモブローの影響が出ないんじゃない?」と助言されたからだ。
そしてそんなリナの言葉通り、五日後に戻ってきたアリサの様子には変化はなかった。曰く「あれはなかなかにできる男だな。手癖が悪いのが玉に瑕だが、よく考えれば貴様が妙に奥手なだけで、この年頃の男ならあの位が普通なのだろう」ということらしい。
まあ、うん。それは俺も自覚があるというか、俺の中身は仕事にも異性にもくたびれた二八歳だけど、向こうは普通に一八歳だからな。そりゃそうだとしか言いようがない。
次は「もっと強くなってお役に立ちたいです!」という本人の希望で再びロネットがモブローの元に行き、その次はクロエ。そうやって頻繁にパーティメンバーを交換することでオーレリアやセルフィと他の皆との仲も深まっていき、ダンジョン探索は順調に進んでいったのだが……
「あれ? またアタシとアンタだけなの?」
気づけば九月も半ば。色々なイベントがまるで既読スキップでもしたかのようにあっという間に流れていったその日、授業終わりの待ち合わせ場所にやってきたのはリナだけだった。
「おう、リナか。まあ仕方ねーよ、向こうの方が深くまで潜ってるしなぁ」
リナの言葉に、俺は苦笑してそう返す。ゲームの力を完全に受け入れているらしいモブローの活躍は目覚ましく、夏が明ける頃には向こうの方が俺達より深い階層に辿り着けるようになっていた。
そしてそうなれば、後は追い抜かれるだけだ。HPという無敵の障壁に守られ、潤沢な攻撃・回復アイテムを惜しげもなくばら撒くモブローは、現実的な戦い方しかできない俺に比べてずっと効率よく戦える。
となれば、当然アリサやクロエ、ロネットだってそっちの方を選ぶだろう。少しずつモブローのパーティの方に行く頻度や人数が増え、結果こうして皆が向こうに行く日が大半になってしまったという、まあそれだけのことだ。
「てか、リナは行かなくていいのか? 憧れのヒロイン達が大集結だぞ?」
「そうなんだけど、モブローがね……目の前で推しのヒロイン達にスケベな目を向けられまくるアタシの気持ち、わかる?
かといって皆がそれを受け入れてる以上、アタシが強くやめてって言っても、前と同じになっちゃうし……自分の大好きな子達が笑顔でセクハラを受け入れてる場面を見続けるなんて、それこそ脳が破壊されるわよ!」
「あー…………」
その物言いに、俺は何とも言えない声を出す。何せこいつは、ヒロインのハーレムルートを阻止するために転生したような奴だからなぁ。そりゃ辛いか。
「……ねえ、シュヤク?」
「ん? 何だよ?」
「アンタ、これで本当に良かったの?」
不意に、リナが何処か不安げな表情でそう問うてくる。主語の省略されたその言葉に、しかし俺は全てを理解して小さく笑う。
「ああ、いいさ。これもまた必然だろうしな」
「でも、アンタが引き留めれば……」
「無理だ。俺にそんな資格はねーよ」
皆がモブローと少しずつ懇意になっていくなか、ある日アリサが俺に問うたことがある。
――もし私との将来を真剣に考えてくれるなら、私は今後モブローに会うのはやめようと思っている……貴様の答えを聞きたい
その言葉に、俺は「すまない」としか言えなかった。寂しげに「そうか」と言って立ち去るアリサの背を見送るのが、俺にできる精一杯だった。
俺にとって、皆は何処までいっても仲間だった。そして仲間というのは、決して死ぬまで共に活動するようなものばかりではない。学生時代の親友が卒業して疎遠になるなんて世の中にありふれたできごとだし、そもそも俺達は仲違いなどしていない。会えば普通に話すし、都合があえば今だって普通に一緒にダンジョンに行くし、目的によってはサブクエを回すこともある。
つまり、アリサ達の俺に対する態度は何も変わっていないのだ。ただそれよりも上に、モブローの存在が来ただけ。そのきっかけがプレゼントによる好感度稼ぎだったとしても、その後の皆の口から楽しげな冒険譚を語られれば、批判なんてする気は起きない。
「でもじゃあ、アンタこれからどうすんの? 一応来年になればアナスタシア様が来るけど……」
プロエタにおける六人目のヒロイン。それは来年入学してくるこの国の王女様だ。本来のシナリオでは主人公の目覚ましい活躍がその目に止まり、交流が始まることになるんだが……
「どう考えても無理だろ。今一番活躍してるのは、間違いなくモブローだし」
今の俺に、王女様のフラグを立てられる要素は何もない。何せ現在の俺の評価は「入学直後が凄かっただけの、残念イケメン」だ。それでも同級生と比べるなら破格の結果を残してはいるんだが、最初の評価が高すぎたせいで、落差に失望されてるってところだろうな。
「アンタもモブローみたいに、プレゼント爆弾をやりまくればいいじゃない! そうすれば最低でも対等にはなれるでしょ?」
「んなことする気はねーよ。だって好感度カンストは唯一無二だぞ? 四段階でも駄目なのに、そんなの俺には重すぎる」
死が二人を分かつまで、貴方の為なら命だって捨てられる。ヒロイン全員から向けられるそんな重い覚悟を受け入れることがハーレムエンドの条件の一つだが、俺はその手前の、アリサ一人の想いすら蹴っ飛ばしたんだ。そんな手段選べるはずがない。
「じゃあ魔王は……」
「モブローが何とかしてくれんだろ。あの面子だぜ? しっかり鍛えたヒロイン全員揃ってるなら、ぶっちゃけ主人公なんてレベル一でもいけるしな」
最終決戦は総力戦。ダンジョン探索の人数制限が解除されるので、モブローがモブなステータスしか持ってなかったとしても、他が強ければ余裕だ。ましてや全員の好感度をカンストさせてるなら最終奥義が使えるだろうし、むしろ負ける方が難しい。
「いやでも、そうか……そうなると、俺はもう頑張らなくてもいいのか」
これまでずっと、主人公の俺が頑張らないと、この世界が滅んでしまうと思っていた。だが俺より強くて俺より主人公に向いてる奴が現れ、その役目を引き継いでくれたらしい。
なら、俺は? もう無理に主人公をやらなくてもいいんじゃないか?
「なあリナ、俺達が最初に行ったとき、お互いのやりたい事を話したよな? お前はヒロイン達をハーレムエンドから解放することで……明らかに失敗してるけど」
「うっさいわね! まだこれから挽回するから平気よ! でも、それがどうかしたの?」
「聞けって。で、俺のやりたいことは……平穏無事な学生生活を送ること、だったろ? ならこの状況こそ、俺の理想そのものじゃねーかと思ってさ」
「それは…………」
「俺は主人公なんてやりたかったわけじゃないし、ハーレムだって欲しくない。唯一の懸念だった魔王討伐……いや、撃退か? とにかくそっちも他の奴がやってくれそうだ。
なら俺は、このままただの学生として生活してもいいんじゃねーか?」
「……………………」
俺の言葉に、リナが俺の方に手を伸ばしながら、何かを言おうとしてはやめ……そして最後に手を下ろすと、ようやくその口が動く。
「……そう。アンタがそうしたいなら、アタシにはそれを止める権利はないわ。でもそれでいいなら、いっそアンタもモブローのパーティに入ったら? リーダーにこだわらないなら、それだっていいわけでしょ?」
「まあそうだけど……あー、そうか。これがリナの気持ちか」
「どういうこと?」
「……ハッ、何でもねーよ」
引き留められなかった仲間達が、俺以外の奴を中心として楽しく冒険を続ける。それを一歩下がった場所から見続けるのは……なるほどこれはきつそうだ。
まあ実際にそうすればアリサ達も普通に俺に話しかけてくるだろうし、モブローとも打ち解けて今までと変わらないというか、むしろ賑やかで楽しい冒険生活を送ることになる可能性の方が高い気もするが……駄目だな、どうにもネガティブなイメージばっかりが浮かんでくる。
「てわけだから、俺はしばらく緩ーい学生生活を楽しんどくよ」
「そう。ならアタシは嫌だけど……心底嫌だけど、モブローのパーティに合流するわ。流石にアタシ一人でソロプレイは厳しすぎるし。皆にも話しとくね」
「了解。何かあったら声かけてくれりゃ協力するから」
「あれ? 何か、アンタ思ったより落ち込んだりとかしてない感じ?」
「落ち込む理由なんてあったか? ちょうど願いが叶ったところなんだぜ?」
「……まあいいけど。じゃ、またねシュヤク」
「おう、またなリナ」
その言葉を最後に、俺達の未来は分かれた。俺はシュヤクという名の脇役となり、時折主人公パーティに力を貸すサポートキャラ的な立ち位置となる。
真面目に授業を受け、今までは断ることの多かったクラスメイトとのダンジョン探索をするようになり、そこそこに活躍し、そこそこに楽しみ……あっという間に過ぎ去ったぬるま湯のような三年間。
予定通りに襲ってきた魔王を、見違えるほど強くなったかつての仲間達が撃退し、主人公に笑顔で抱きつく彼女達の姿を遠くから眺めて……俺の「プロミスオブエタニティ」は、そこで終了するのだった。
――Ending No.03 「タイトル回収」





