「何もない一日」
今回も三人称です。
「ファイアストーム」
「きゃっ!?」
オーレリアが小声で呪文を唱えた瞬間、一行の前に大きな炎の渦が巻き起こる。それは目の前にいた植物系の魔物をあっという間に焼き尽くし、あとにはドロップアイテムである木の根などが幾つか落ちているだけだった。
「流石オーレリア! 相変わらず凄い威力ッス!」
「……このくらい普通。褒めても何も出ない」
軽い感じで褒めるモブローに、オーレリアが素っ気ない口調で答える。だがその頬にはわずかに朱が差しており、見る者が見れば照れていることがわかる。
「またまた、照れちゃってー! そういうところが可愛いッス!」
「モブロー、うるさい」
立ち絵差分でその表情を知っているモブローにからかわれ、オーレリアがガツガツと杖でモブローを殴る。だがそんなどうでもいい光景より、ロネットには今のオーレリアの魔法が目に焼き付いていた。
「おろ? ロネット、ボーッとしてどうしたッスか?」
「え? あ、いえ、本当に凄い魔法だったな、と……」
戦闘以外で役に立つと決めはしたものの、「皆と一緒に肩を並べて戦う」ことに興味がなくなったわけではない。然りとてここまでの力の差を見せつけられれば、商会から送られてきたポーションを投げるだけの自分に何ができるのか?
そんな劣等感に苛まれかけたロネットに、モブローはふと思いついたように目の前に空間に腕を突っ込み、そこから赤熱しているかのような手のひらサイズの石ころを取り出した。
「ならロネットもやってみるッス。ほら、これを使うといいッスよ」
「これは……え、まさか爆炎石ですか!?」
爆炎石……それは放り投げるだけで大爆発を起こせる、消費型の攻撃アイテムだ。中位クラスの範囲攻撃魔法を簡単に発動させられるそれは魔物が落とすことでしか入手できない代物で、ゲームでは大した売却金額にもならないので雑に使ってもいいアイテムだったが、現実においてはかなりの貴重品である。
当然だろう。この世界で戦っている大半の存在は「世界に選ばれた英雄」ではなく、ごく普通の一般人である。その能力はメインキャラに比べれば大きく劣るし、投げるだけで爆発する……つまり攻撃のみならず音を出して魔物を引き寄せる、壁を崩して道を塞ぐなど色々と便利に使えるこの手の攻撃アイテムは、基本的に手に入れた者達がそのまま使うので、ほとんど市場には出回らないのだ。
「いけません! こんな高価な代物、そんな簡単に使うわけには……」
「モブロー、ロネット、新しい魔物が来てる」
「そんなの気にすることないッス! ほら、いいから使ってみるッス!」
「っ……わ、わかりました」
ロネット自身の感覚では、このアイテムはいざという時の切り札として温存すべきものだった。だがモブローに使えと指示されればその限りではない。オーレリアの視線の先からやってきた数匹の植物の魔物に向かって、ロネットは爆炎石を思い切り投げつけた。すると……
グォォォォ……ドカーン!
「ひゃあっ!?」
「うひょー! 気分爽快ッス!」
投げた先で周囲の空気が石に収束し、次の瞬間激しい爆発が生じる。予想を大きく超える威力にロネットが驚きの悲鳴を上げ、思わず閉じてしまった目を開けた時、そこには先ほどと同じく魔物の姿は跡形もなかった。
「す、凄い威力ですね……あれ? でも私が聞いていたより威力が高かったような……?」
「それがロネットの能力ッス! これならガンガンいけそうッスね」
「ガンガン!? まさかまだ爆炎石を使うんですか!?」
「そうッスよ?」
「そんな、勿体ないですよ! 使い切りの消耗品なのですから、オーレリアさんに何かあった時のために温存するべきです!」
「アッハッハ、それは平気ッスよ。だってこんなの、まだ幾らでもあるッスからね」
「…………へ?」
またも空間に手を突っ込み、無造作に爆炎石を取り出し続けるモブローの様子に、ロネットが間抜けな声をあげてしまう。
「何でかは知らないッスけど、自分のインベントリには色んなアイテムがカンストまで満載されてるッス! だから好きなだけ使って活躍して欲しいッス!」
「好きなだけ……活躍…………」
モブローの言葉が、ロネットのなかに甘く染み込んでいく。確かにこんな攻撃アイテムが使い放題なら、戦闘外の貢献などと小細工をしなくても、普通に活躍できる。そしてその力を与えてくれるのは、モブローだけだ。
ロネットの脳内に、今まで以上に戦闘で活躍する自分の姿が浮かび上がった。仲間と共に……モブロー達と共に活躍する自分の姿は、まるで英雄譚の一幕のようだ。
「それじゃこの調子で、ガンガン魔物を狩っていくッス! オーレリアもロネットも頑張れッス! 自分は後ろから応援してるッス!」
「全くモブローは……まあいいけど」
「が、頑張ります!」
皆のために、少しでも役に立ちたい。そんなまともな思考がモブローの言葉で指摘され、ロネットが大いに発憤する。今までサポートに回ることの多かったロネットは、初めての大活躍にしばし夢中になって魔物を倒し続けるのだった。
「ふーっ、何とか乗り切れました…………」
そうしてあっという間の時を過ごした、その日の夜。ロネットは女子寮の自室にて寝間着に着替え、ベッドにちょこんと腰掛けながら今日の事を思い出していた。
(色々と警戒していましたけど、特に何をされることもありませんでしたね。無茶な要求をされたりもしませんでしたし……)
万が一あっさり意識を操られた時に備えて、ロネットは自分と関係のある商人に「もし自分が訪ねて来ても、シュヤクかモブリナと一緒でない限りは絶対に大きな商談を結んだりしないで欲しい」と事前にお願いしてあった。
だが少なくとも現段階では、モブローがロネットに金銭的な要求をしてきてはいない。それに爆炎石をあれほど雑に使えるなら、金に困っていないのは明白なので、おそらくは今後もそっちの要求はないだろうと思える。
また、こうして自室に戻っていることからもわかる通り、当然ながら性的なお誘いもない。オーレリアとのやりとりを延々と見せつけられるのはある種のセクハラではあったが、流石にそれを咎める気はロネットにはなかった。
つまり、何の被害も受けていない。まだ初日が終わっただけとはいえ、ロネットは少しだけ拍子抜けした気持ちに襲われていた。
「それに…………」
ロネットの視線が、部屋に据え付けられた小さなテーブルの上に向く。そこに置かれた金色の缶の名は「山吹色のお菓子」。といっても中身は金ではなく、濃厚なバターの風味と上品なハチミツの甘さが絶品のクッキーだ。
「子供の頃に一度食べたことがあるだけのクッキーがあんなに美味しいなんて……もう一度味わえたことには、モブローさんに感謝しないとですね」
ロネットに対してもっとも好感度の上昇率が高いプレゼントアイテム。その味を思い出したことで、ロネットのなかにモブローへの好意が膨らんでいく。だがそれに気づいたロネットはハッとなり、すぐにその思考を切り替えた。
「おっと、危ない……これが精神を操られるということなんでしょうか? でもダンジョンでは良くしてもらいましたし、クッキーも美味しかったですから、そこに対して感謝や好意を抱くのは普通だとも思いますが……?」
冷静になって考えても、今の自分の心の動きに不自然さは感じられない。加えてちゃんと、モブローへの疑念も残っている。
「モブリナさんに今日一日の私の行動は全て報告してありますから、もし私の意識が私の気づかないところで操られてしまっていたなら、きっと指摘してくれるはずです。
それがないということは、私は正常……少なくとも今は正常のはず。
さあ、明日も授業がありますし、モブローさん達とダンジョンにも潜るのですから、そろそろ休みましょう」
部屋の照明を消し、ロネットはベッドに横になって目を閉じる。もやもやと漂う不安の霧は、眠りと共に周囲の闇に溶けて一体となっていった。





