虎児は諦め虎穴をスルー……そんな選択肢は許してもらえないらしい
「……ん? 私がどうかしたのか?」
突然視線を向けられ、アリサがキョトンとした表情を浮かべる。するとそれを見たロネットは小さく笑い、そのままアリサに話しかける。
「ふふ、アリサさん、少し前にシュヤクさんに『何で自分のことを好きになったのか?』って聞かれたでしょう? さっきの話を聞いて、その質問を思い出した時、私の中で点と線が繋がった気がしたんです。
ああ、シュヤクさんは同じように私達の意識を操る力があって、でもそれが私達に影響を与えているかも知れないことをとても恐れていたんだなって。
だから私は自分の直感に従って、私がそう考えていることをシュヤクさん達に伝え、そしてお二人はそれを認めてくれました。ならあとは私がお二人を信じるかどうかですが……」
「ま、信じてなかったら、こんな話をわざわざしねーよなぁ。はぁ、やっぱ敵わねーや」
意味深な視線を向けてくるロネットに、俺は苦笑して告げる。どうにもこうにも、俺の周りにはやたら頭がよかったり、肝が据わったりしてる奴ばっかりだ。これもメインヒロインだから……いや、違うな。そう生み出されたからじゃなく、彼女達がそう生きたからだ。だって絶対こいつらの方が、シナリオを書いた四方山さんより頭いいしな。
「というわけなので、私の中にシュヤクさんやモブリナさんを疑う気持ちはありません。それにそもそも、お二人が色々と秘密を持ってそうなのは大分前からわかっていたことですしね」
「うぅ、ごめんねロネット。でもでも、絶対言わない方がいいこととかあるから……」
「構いませんよ。むしろ自分の全てを明かし、相手にも全てを教えてもらわないと落ち着かないなんて人がいたら、どうやったってお付き合いできるとは思えませんからね。
なのでそれはいいんですけど、一つだけどうしても気になることがあって……」
そこで一旦言葉を切ると、ロネットの表情が引き締まった。その雰囲気に俺達もまた佇まいを整えると、ロネットが徐にその口を開く。
「シュヤクさん達にそういう力があるのではと思い至った瞬間、私は自分の中の記憶を探りました。幸いにしてシュヤクさん達との付き合いはこの二ヶ月ほどしかありませんから、濃くはあっても十分に思い出せる範囲ですしね。
そしてそのなかに、絶対に見過ごせない部分がありました……シュヤクさんにも心当たりがあるのでは?」
「……俺がミモザさんに剣を売ったときの話か?」
それに自力で気づけたという事実に、俺は驚きを込めて言う。するとロネットは静かに頷き、そのまま話を続けた。
「そうです。中古とはいえ状態のいい鉄剣を二〇エターはあり得ません。冗談か、でなければ何かの交渉材料としてならわかりますが、店主の方もシュヤクさんも、それが当たり前だと振る舞ってましたしね。
でも、それっておかしいんです。確かに売り手と買い手、双方が納得してるなら取引としては問題ないんですが、そんな値段を提示された時点で、私がそれを不自然に思わないことこそが不自然なんです。
だというのに、私は当時何も感じませんでした。そして今、数字に注目することでおかしいと認識できたのに、それでもなおあの取引自体はごく普通の、正当な取引だったと認識し続けていることが問題なんです」
「うん? つまりおかしいとわかってるはずなのに、おかしいと感じられないとか、そういう感じか?」
「そうですね。何度あの場面を思い出しても、あの場でなら私も同じ金額で売るし、買うだろうという結論に辿り着いてしまうんです」
「何それ、超絶ヤバいじゃない!」
こくんと頷くロネットに、リナが大きな声をあげる。ああ、確かにこれはヤバい。つまりそれはプレゼント連打でモブローを好きになり、後にその影響から離れて正常な思考を取り戻してなお「でも当時はプレゼントをもらっちゃったから、好きになるのも当然だ」と考えてしまうってことだからな。
「駄目駄目駄目駄目! それだったら余計にロネットを送り出すなんてできるわけないじゃない!」
「そうだな。持続時間不明で、不可逆かつ永続的な影響の残る精神操作を受けることがわかっているのに、そんな場所に仲間をやれるはずがない。考え直せ、ロネット」
「そうだニャ。ロネットが無理しなくても、シュヤクが何かいい感じにしてくれるニャ」
「おう! いや、できるかはわかんねーけど、駄目なら駄目でなんとでもするから無理すんなって」
その事実を知らされたことで、俺達は総出でロネットを止めにかかる。しかしロネットは頑としてそれを受け入れない。
「いえ、逆です。その脅威がわかっているからこそ、準備を整えこちらからアプローチできる、今という機会を逃すわけにはいかないんです。
それにこれは、私のプライドの問題もあります」
「ぷ、プライド!?」
予想外の単語に、俺が変な声をあげてしまう。するとロネットは胸の前で拳を握り、思い切り力説してきた。
「そうです! だってこの私が! そんな訳のわからない取引を『普通』だと認識しちゃってるんですよ! そんなの悔しいじゃないですか!」
「お、おぅ……?」
「だからこれはチャンスなんです! 今回は最初から心構えがあるわけですから、きちんと抵抗できるかも知れません。私の商人としての矜持がそんな訳のわからない力に劣るものではないと証明する、最初で最後の、絶好の機会なんですよ!
ということですから、この役目は誰にも渡しません! 私が適任なんです! いいですか? いいですよね?」
「アッハイ」
フンフンと鼻息を荒くするロネットに、俺は反射的にそう告げてしまった。するとロネットがニヤリと笑い、ツンツンと俺の頬をつついてくる。
「ふふふ、言質は取りましたよ? ちなみにですけど、シュヤクさんやモブリナさんの視点で気をつけるべきことはありますか? というか、もうシュヤクさんにはそういう力はないんですか?
もしあるなら、モブローさんのところに行く前に実体験を重ねていきたいところなんですけど?」
「ええ……? いや、試すって言ってもなぁ……」
たった二ヶ月とはいえ、俺にとってロネットもアリサもクロエも、もうゲームキャラではなく俺やリナと変わらない一人の人間だ。そう認識してしまっているから、おそらくゲーム的な認知の上書き、認識の操作はできないんじゃないかと踏んでいる。
ならばミモザの時のように、未だ関わりの薄いサブキャラ、モブキャラにならゲームの設定を押しつけられるのか? これに関してはサブクエが普通に回せたので、今でもやれるような気がする。
だがその効果が永続だと知らされた今、気軽に試してみたいとは思えない。特に今はちょうどいい感じのサブクエは粗方片付け終わってしまったところだしな……って、あれ?
「そういやロネット達って、俺達がサブクエを回してた時、その内容に明らかに疑問を抱いてたよな?」
「あー、確かに! でもそうなると、それってアンタのゲー……そういう力の影響範囲が狭まってるってことじゃない? 今ならアンタが鉄剣を二〇エターで売ろうとしても、アタシだけじゃなく皆が突っ込んでくれるわよ、きっと」
「ははは、そりゃ頼もしいな。でも……すまんロネット、そうなると練習は本格的に無理だ」
「むぅ、そうですか。それは残念でしたと言うべきですか? それとも――」
「おめでとうで頼む」
「わかりました。おめでとうございます、シュヤクさん」
「おう、ありがとな」
他者の意志を思い通りにねじ曲げる力なんて、想像するだけで反吐が出る。完全になくなってクエストが回らなくなるのは困るだろうが、必要最低限まで弱まってくれたというのなら、俺としては嬉しい以外の何物でもない。
そしてそんな俺の想いを汲んで、ロネットは笑顔で祝福してくれた。商人なら如何様にも利用できるであろう力がなくなったことを俺と同じように喜んでくれるその在り方に、俺は心の底から感謝と敬意が溢れてくる。
ああ、やっぱり俺の仲間達は、みんな最高にいい奴らだ。
「それじゃ、私の方も色々と準備があるので……そうですね、一週後くらい一時的なメンバー交換の提案をするということでどうですか?」
「わかった。じゃあモブローには俺から話しとく」
「ぐぅぅ……仕方ない、こうなったらアタシも協力するから、モブローが仕掛けてきそうなことの対策を完璧に立てるわよ!」
「頼りにしてますね、モブリナさん」
意気込むリナに、ロネットが微笑む。こうして俺達はモブローとのパーティメンバーの交換、その危険な申し出を受けてみることに決めるのだった。





