頭のいいやつの説明は、知りたかったこと以上を教えてくれるぜ
「いやいや待て待て。ロネットお前、今の話聞いてたか!?」
「そうよロネットたん! すっごく危ないのよ!? あの変態野郎に好き放題されちゃうかも知れないのよ!?」
まさかの申し出に、俺とリナが必死にロネットを止める。だがロネットは軽く笑みを浮かべながら、その首を横に振った。
「ええ、勿論わかっています。ですが私以上の適任はいません……いえ、私以外と言った方がいいですか?」
「どういうことだロネット? 私では役目を果たせないと言うことか?」
その物言いに、アリサが口を挟む。別に怒ったりはしてないようだが、それでも滲み出る圧力に……しかしロネットの笑顔は崩れない。
「そうですね。アリサさんの場合は、強すぎるし偉すぎるんです」
「む?」
「いいですか? シュヤクさん達が言うように、モブローさんに人の意識を自由に操るような力があったとします。すると万が一アリサさんが操られた場合、私達の中で物理的な戦闘力が一番高いアリサさんを押さえ込むのはかなり難しいと言わざるを得ません。全力で向かってくるアリサさんを怪我させないように押さえ込む、などと縛りを加えれば尚更です。
また、アリサさんはガーランド伯爵家のご令嬢です。操られた結果権力を振りかざされると平民でしかない私達には対抗手段がほぼ何もありませんし、その後正気に戻ったとしても、モブローさんとの醜聞が大きな問題になってしまいます。
つまり、たとえ数日であろうとアリサさんがモブローさんに操られるのは取り返しのつかない内容が多すぎるんです。ご理解いただけましたか?」
「そう言われると、確かに反論できんな」
ロネットの指摘に、アリサが渋い顔で唸る。正直俺もそこまでは考えていなかったんだが、この思慮深さは流石ロネットと言ったところだろう。
「ということで、アリサさんは駄目です。アリサさんをモブローさんの元に送り出すのは、考え得るなかで最悪の一手だと思います」
「ならクロはどうして駄目なのニャ? 行きたいとは思わないけど、行けって言われたら言ってもいいニャ?」
「クロエさんの場合は逆の理由で、送り出してしまったら戻ってこない可能性がとても高いからです。だってクロエさん、サバ缶が安定供給されたら、普通にモブローさんのところに入り浸りますよね?」
「ウニャッ!? そ、それは…………毎日ご飯を食べに行くくらいにするニャ」
ロネットの指摘に、ピンと立ったクロエの尻尾がヘニャっと曲がる。流石にその反応には俺達も苦笑するしかない。
「元々クロエさんはとても素直な方ですから、特殊な能力なんかなくたってプレゼントを贈れば喜んでもらえるでしょうし、それをきっかけに仲良くなっても何の不思議もありません。
でもそうなると、私達には操られているのか本心なのかの区別がつきませんし、クロエさんにとって『サバ缶をもらって嬉しかったから仲良くなった』という認識は何処までも正常なので、精神操作が解けたとしても違和感になりません。
そうなると操られていた時に植え付けられたモブローさんへの好意もそのまま残ってしまい、結果としてモブローさんのパーティに移籍する……という流れができそうで」
「「「あー」」」
今回もまた、ロネットの説明に納得してしまう。うーん、ありそう。スゲーありそう。てかもし今現在モブローと一緒にいるのがオーレリアやセルフィじゃなくクロエだったら、そのままスルーしてそうなくらい納得感がある。
「何だかみんなに馬鹿にされてる気がするニャ……」
「そんなことねーって。素直なのはいいことじゃん? なあ?」
「そうだな。クロエが活躍する場面は今ではないということだ」
「あとでまたサバ缶ゲットしてあげるから、機嫌直して? ね?」
「それならいいニャ」
リナの言葉に、クロエが秒で機嫌を直す。まさにその変わり身の早さがクロエのいいところであり悪いところでもあり、今回の作戦に向かないという何よりの証明なのだが……ま、それをあえて指摘することもあるまい。
「で、そうなると残る候補は私とモブリナさんですけど……いつも私達に気を遣ってくれているモブリナさんが『自分がやる』と言い出さないということは、モブリナさんでは駄目な理由があるんですよね?」
「え? うん……まあモブローのリクエストに、アタシが入ってないってだけだけど」
「あ、あれ!? そんな理由なんですか!?」
口をへの字にして言うリナに、ロネットが驚いた声をあげる。どうやらロネット的に、その理由は想定していなかったらしい。
「すみません! 私てっきり、何かもっと特別な理由があるんじゃないかと思ってて……」
「いいわよ別に。あんなのの好みって言われてもこれっぽっちも嬉しくないし。でもじゃあ、ロネットが立候補したのは単に消去法で自分しか該当しないからってこと? そんな理由なら全力で止めるわよ?」
「ふふ、安心してください。確かに他の誰もこの作戦には向かないでしょうけど、それとは別の話として、私が一番適性が高いと自負してますので」
「適正? どういうことだ?」
問う俺にロネットは軽く胸を張ると、まるで目玉商品をアピールするように自分のことを売り込み始める。
「私は商人の娘ですから、子供の頃から色んな方にプレゼントをもらう機会に恵まれました。でもそこには純粋な好意だけではなく、裏の意味……たとえば私を味方につけることで父との取引を有利に進めたいとか、私を自分の子供と仲良くさせることでうちの商会を味方につけたいとか、そういうのもあったわけです。
なので私は『プレゼントをもらう』という行為に対して、きっちり線引きをしています。勿論良い物をもらえば喜びますけど、それでほだされたりはしないように教育されているということですね。
なのでモブローさんからどんな物をもらったとしても、私はそれだけでモブローさんに好意を抱くことはありません。その前提があるうえで皆さんの元を離れ、モブローさんに好意的な言動を取るようだったら……それこそモブローさんにはっきりと『人の意識を操る力』があることの証明になります」
「おおー! でもそれ、危ないことには変わりないだろ?」
「そうよ! ロネットがあのニヤけづらした男にいいように弄ばれたりしたら……っ!」
「交換期間が二、三ヶ月あるなら別ですけど、いきなりそんな長期ではやらないですよね? たとえ意識を操れるにしてもお試しの初回数日でそこまでのことはやらないと思います。
それに万が一の時でも私はただの商人の娘ですから、アリサさんのように問題になったりはしませんよ。事前に操られること前提でいくつか手を打つつもりですしね」
「そんなの駄目よ! ロネットにそんな危ないことさせられない!」
「心配してくれるのはありがたいですけど……ごめんなさい、これだけはやらせてもらいます」
「……? なあロネット、そこまでやりたがるのは、何か理由があるのか?」
その態度に、俺は思わず首を傾げる。自己犠牲というならまだしも、自ら危ない橋を渡りたいという強い意志を感じたからだ。するとロネットはチラリと俺の方に視線を向け……やがて静かに言葉を続ける。
「お二人の話を聞いてから、ずっと気になっていたことがあるんです。ひょっとして私達も、シュヤクさん達の能力に惑わされているんじゃないか、と」
「「えっ!?」」
全く予想していなかった、核心を突く言葉。俺とリナが驚愕の表情を浮かべてしまうと、ロネットが薄い笑みを浮かべる。
「その反応……やっぱりお二人にも、そういう力があるんですね?」
「ああ、ある……かも知れない。今はどうだかわかんねーけど、少なくとも一時は確実にあった」
「ちょっとシュヤク!?」
「いいんだ。隠したっていいことなんかねーよ。そもそも何の確証もなく、ロネットがそんなこと聞くと思うか?」
「それは……で、でも違うのよロネット! シュヤクはモブローなんかとは全然違って――」
「ああ、平気ですよモブリナさん。今の反応で確信しました。私達は誰も、意に沿わぬ意志に染められてなんていないって」
「……そう、なのか?」
「ええ。だって意識や認識を操作できるなら、そもそもこんな風に疑うことすらできないはずでしょう?
でも私はこうして疑問を抱くこともできていますし、何より特にシュヤクさんを好きだとも思っていません。勿論お二人にはあの時助けにきていただいた恩義を感じていますし、いい仲間だとも思っていますが、何を置いても絶対に味方する無二の存在とまでは言えませんしね。
それに……」
そこで一旦言葉を切ると、ロネットは小さく微笑み、アリサの方を振り向いた。





