何も解決してないけれど、とりあえずヨシ!
「えっと……リナ? 本当にもう大丈夫なのか?」
「何よ、平気って言ったじゃない!」
「まあそうだけど……ならモブローもいいのか?」
口を尖らせるリナに、俺は重ねて問いかける。するとリナは少しだけ顔をしかめつつも、すぐにハッと鼻で笑うような態度を見せた。
「平気よ。正直アイツとはあんまり仲良くできる気はしないけど、オーレリアちゃんやセルフィママを悲しませるのは嫌だもの。二人が笑ってる限りは……まあ大目に見るわよ。
ああ、勿論二人がちょっとでも嫌そうだったり悲しそうだったりしたら、秒でぶん殴って奪い……ゲフンゲフン、保護するけどね!」
「そ、そうか……」
その物言いに、俺は微妙な表情を浮かべつつ何とかそう返した。さっきのやりとり、俺が横で聞いていた限りでは何も問題が解決していないというか、リナが自分の悪癖? を改めたのではなく、アリサ達が「その程度は問題ない」と受け入れただけで、それでいいのかと思わなくもないんだが……まあ、うん。当人達がいいならいい、のか?
わからん。なんであのやりとりで「全部丸く収まった」みたいな空気になってるかも、リナが気持ちを切り替えられたのかも何もわからん。だがわからんからといってこの場でそんなツッコミを入れるのはあまりに空気が読めなすぎるし……
(よし! 何だかわからんがいい感じになったから、これでいいことにしておこう!)
自分の心ですら理解がおぼつかないのに、他人の……しかも異性の考えなんてもっとわからん。だがわからなくても結果が伴えばそれでよし! 仕組みなんてわからなくてもスマホで電話は掛けられるし、座席に座ってるだけで飛行機は飛ぶし、ボタンを押せばテレビがついたり消えたりするのだ。
ならそれでいいのだ。細かいことは気にしない。動いてるからそれでヨシ!
「シュヤク? ボーッとしてどうしたの?」
「ん? ああ、悪い。ちょっと考え事をしててさ」
「考え事ぉ? もー、心配性なんだから! それよりほら、ダンジョン探索続けるんでしょ? 早く行きましょ!」
「お、おぅ……って、お前が言うのかよ!?」
「アハハー」
「とぼけてんじゃねーよ! ったく……」
脳内で踊る工事現場にいそうな猫を追い出し、俺は誤魔化し笑いを浮かべながらアリサ達と共に部屋の外に移動していくリナを追いかける。その笑顔が強がりなのか照れ隠しなのかはわからねーが、それでも泣いてるより万倍いい。
ということで、俺達はリナの要望もあり、そのまま一三階の探索を続行した。ただ流石に一四階に降りる気は起きなかったので、割とまったり進行だ。
「そうだシュヤク。パーティメンバーの交代って、本当に受けるの?」
「ん? あー、それなぁ……」
そんな戦闘と移動の合間、すっかりいつも通りになったリナから問いかけられ、俺は顔をしかめて考え込む。提案としてはごく妥当なものなんだが、どうしても気になることがあるのだ。
「なあリナ、今更なんだけど、ヒロイン達に対する好感度システムってどうなってると思う?」
「へ? どうなってるって?」
「プレゼントだよ。特定のアイテムを贈ったら好感度があがるってやつ。あれ生きてると思うか?」
「うーん、どうだろ? 前にクロちゃんにサバ缶をあげたときはすごーく喜んでたけど……」
「それなら俺だって、この前ダンジョンに閉じ込められた時とか、サバ缶あげてたじゃん? でも普通に喜んだだけで、ゲーム的な喜び方じゃねーと思うんだよ。
だって今のクロエが、俺がサバ缶一〇〇連打したとして、いきなり俺に惚れると思うか?」
「…………クロちゃんなら、『こんなにサバ缶をくれるなんて最高ニャ! シュヤク大好きニャー!』って言いそう」
「…………あー、うん。今のはたとえが悪かったな。ならアリサ……いや、アリサはもう四段階目入ってるし……ロネットはどうだ? あいつなら物に釣られてコロッと惚れたりしねーだろ?」
「それはそうね。もの凄くいい笑顔で受け取ってくれるとは思うけど、本心から好きになったりはしないと思うけど……それがどうかしたの?」
「どうっていうか、それが核心だよ。オーレリア達を派遣してもらうには、こっちもアリサ達の誰かをモブローのところに送り出さなきゃ無理って話だったろ? で、そんなモブローが『ゲーム仕様のプレゼント』を贈りまくったら、送り出した奴が秒でモブローに惚れるんじゃねーか?」
「っ!?」
俺の指摘に、リナがハッとした表情になる。そう、これが適用されるなら、かなり致命的な問題なのだ。
「俺の個人的な意見としてはさ、モブローとアリサ達が普通に交流を持って、自然な流れで恋人になるとかだったら、俺は全然いいんだよ。でも贈り物連打で惚れるってのは、流石にどうかと思うっていうか……勝手なこと言ってるのはわかってるけどさ」
アリサのみならず、たとえばクロエやロネットが真剣に俺を好きになってくれたとしても、今の俺はそれを受け入れるつもりはない。であれば彼女達が俺以外の相手を好きになったなら、それを祝福しないのは嘘だろう。
だが流石に、それが「贈り物連打」というインスタントなものとなると思うところがある。リナの言い分じゃねーが、それでアリサ達が幸せになれるとは思えないからだ。
そんな俺の考えは、リナにも伝わったんだろう。猛然と目を吊り上げ、握った拳を胸の前でワナワナと震わせ始める。
「やっぱりモブローはこの世から抹殺するべきね。いっそアタシがこの手で……」
「可能性! まだ可能性の話だから! ただまあ、それがあるとやっぱりパーティメンバーの交換は難しいかなって思うんだよ」
「そうね。メンバー交換以外は絶対受け入れない感じだったもんね。まあアタシ的にはその時点で絶対にノゥ! だけど」
「二人共、何の話をしているんだ? パーティメンバーの交換という話が聞こえたんだが……?」
「アリサ。そうだな、丁度いい機会だし、皆にもちゃんと説明しとくか」
ふと俺達の会話にアリサが入ってきたので、改めて全員に今回の件……パーティメンバーの交換とその危険性について説明していく。そうして話を聞き終えると、全員が何とも言えない表情を浮かべた。
「意識の上書き……そう言えばそんなことも言っていたな。本当であれば随分と恐ろしい能力だが……」
「プレゼントを沢山もらうと相手を好きになるとか、意味わからないニャ。そりゃサバ缶を沢山くれたらクロは嬉しいけど、それだけでいきなり好きになったりしないニャ」
「本当に? クロちゃんなら『毎日サバ缶を食べさせてあげる』って言われたら、その人のこと大好きになって、ずっと一緒にいたいと思ったりしない?」
「…………し、しないニャ」
リナの問いに、クロエがそっと顔を逸らす。うむ、やはりクロエはかなり怪しいな。てかゲームの好感度システムとか関係なしに、サバ缶を大量に贈ったらもの凄く懐かれそうな気がする。
「でも、強力な攻撃魔法の使い手と、希少な回復魔法の使い手……これから先もどんどんダンジョンに深く潜って行くことを考えたら、確かに協力の要請はしたいですよね。
それにその……常識を書き換える力、ですか? それがどのくらいの強さなのかとか、どういう条件で成り立つのかとかも、調べておいた方がいいでしょうし……」
そこで一旦言葉を切ると、ロネットが顎に手を当て、軽く俯いて考え混み始める。そうして一〇秒ほどすると……
「わかりました。ならその交換要員、私がやります」
力の籠もった目を向けて、俺にそう告げてきた。





