それがアタシの「しあわせのかたち」
今回はリナの一人称です。
「アリサ……様? それにクロちゃんに、ロネットたん……?」
通路の奥から姿を現した三人が、ジッとアタシの方を見ている。その事実にアタシが戸惑っていると、アリサ様とクロちゃんが苦笑しながらその口を開いた。
「何か事情があるだろうとは思っていたとは、まさかあの態度の理由が『私達を幸せにしたかったから』とはな……流石にそれは予想できなかったよ」
「そりゃそうだニャ。クロ達だけならまだしも、出会ったばっかりの相手のことまで考えてるなんて、予想できるわけないニャ」
「モブリナさん……」
「だ、駄目! 来ないでロネット! アタシは……」
不意にこっちに近づいてきたロネットに、アタシは必死に両手をジタバタさせて拒絶の意志を示した。だというのにロネットはそれを無視してアタシに近づくと、そのままそっと抱きしめてくる。
「いいえ、そのお願いは聞けません。だって、モブリナさんと私はお友達でしょう?」
「違う、違うの……アタシには、皆に友達って言ってもらう資格なんてない……」
いつもなら狂喜乱舞するその温もりに、でもアタシは何もできない。抱き返すことも突き飛ばすこともできず固まるアタシに、ロネットが更に言葉を重ねる。
「あら、お友達に資格が必要だなんて初めて聞きました! それを管理する組合を作ったら、大儲けできそうですね」
「なにそれ……」
そのロネットらしい言葉に、アタシは思わず苦笑してしまった。その心の隙間にスルリと入り込むようにロネットの腕に力が籠もり、もうアタシには身をよじることすらできない。
するとそんなアタシ達に、いつの間にかこっちにやってきていたアリサ様が声をかけてきた。
「相変わらずロネットは商魂たくましいな。まあそれはそれとして……なあリナ、お前は私達に自分の幸せの形を押しつけていると言ったが、本当にそうか?」
「? どういうこと?」
「言葉のままだ。お前の言い分にはよくわからない部分も多かったが、おそらくは私やロネット、クロエが異性と懇意になるのが嫌という感じなのだろう? だが私がシュヤクへの好意を露わにしても、お前は別にそれを邪魔したりしなかったじゃないか」
「え? それは…………?」
アリサ様の言葉に、アタシのなかで違和感が渦巻く。
確かにアタシの目的を考えるなら、アリサ様とシュヤクが近づくのを阻止する方向で動くべきだったんだと思う。
でも、アタシはそうしなかった。大好きなアリサ様の邪魔をしたくないというのもあったし、あとは……うん。シュヤク自身があまり乗り気じゃなかったこととか、あと思ったよりシュヤクが悪い奴じゃなかったとか、そういう要員が重なった結果……だろうか?
正直、自分でも自分の判断がわからない。内心で混乱していると、アリサ様が徐に話を続ける。
「貴族という立場上、恋愛にも政治的な力が絡むため、様々なやりとりを見たり学んだりするのだが……正直、かなりエグいぞ?
もしリナが本気で私とシュヤクを遠ざけたいなら、自ら積極的にシュヤクの腕を取って体を擦り付け、『自分のもの』だとアピールするとか、シュヤクがいない時にさりげなくシュヤクの悪口を言うとか、手段は幾らでもあったはずだ。
だが、お前はそんなことしなかった。私よりもずっとシュヤクと特別な関係を築いているはずなのに、一度としてそれを誇示していない。それは何故だ?」
「それは……だって、アタシとシュヤクは…………」
アタシにとってのシュヤクは、同じ転生者であり相棒だ。当然恋愛対象じゃないから、そんな事自慢するはずがない。
それに、本人のいないところで陰口を言うとかは、アタシの一番嫌いなやつだ。そういう陰湿なやりとりには、生まれ変わる前からウンザリしてた。そのせいで酷い目に遭ったりしたこともあるけど、あんなのと同じになるくらいならバケツの水くらい被ったっていいし、ダブルバケツで水をぶっかけ返してやるくらいのことはする。
でも……あれ?
(確かにハーレム阻止が目的なら、シュヤクとヒロイン達が出会わないようにするとか、出会っちゃってたら縁を切る方向で動く方が確実なのに、何でアタシはそうしなかったんだろ?)
事実、最初はシュヤクがロネットとの縁を結べないように、アタシは出会いのイベントを邪魔した。アリサ様やクロちゃんはアタシの知らないところで出会っちゃってたけど、あの二人がシュヤクと仲良くなるのを、アタシは別に邪魔してない。
何故? 頭に浮かんだ問いかけに、アタシの心が……魂が震える。
(決まってる。そんなの全然、幸せじゃない……っ!)
「……ねえ、アリサ様。アリサ様は今、幸せですか?」
「無論だ。よい仲間に恵まれ、思い人もできた。これで幸せでなければ、何が幸せだというのだ」
アタシの問いに、アリサ様は迷いなくそう答える。
「……ねえ、クロちゃん。クロちゃんは今、幸せ?」
「そんな大げさなことを聞かれても、よくわかんないニャ。でも皆と一緒にいるのは楽しいニャ」
アタシの問いに、クロちゃんは尻尾をゆらゆらさせて笑う。
「……ねえ、ロネット。貴方は今……幸せ?」
「勿論。私のこの想いが、モブリナさんには伝わりませんか?」
アタシの問いに、ロネットがギュッと腕に力を込める。体に伝わる温もりが、鼻をくすぐる香りが、耳に届く心臓の音が、アタシの全てを優しく包み込んでくれる。
アタシの目的は、皆を幸せにすること。だからアタシは、自分の幸せの形を皆に押しつけてしまっていたけれど……
「…………そっか」
今のこの関係が、幸せでないはずがない。誰よりも皆の幸せを願うアタシが、こんな幸せを壊せるはずがない。
――本当にそれでいいの?
「ということだ。それになリナ、こう言っては何だが、私は自分の幸せを他人に委ねるほど甘くはないぞ? 私のことを思い通りにしたいなら、せめて私に勝てるくらいにはなってもらわねばな」
――本当にそれを許すの?
「ニャ? クロがシュヤクを好きって言ったら、リナはクロの気を引くために、毎日サバ缶を持ってきてくれるってことニャ? だったらクロは、急にシュヤクのことが大好きになった気がするニャ!」
――貴方の想いは、その程度なの?
「クロエさん、それは流石に……あ、ちなみに私はシュヤクさんのことは何とも思っていないので、モブリナさんに何かされたという感じは本当に何もありませんよ」
――今からでも遅くない。己が望みのため、主人公とヒロイン達に、決定的な断絶を……
「ふんっ!」
バチーン!
頭の内側から聞こえるドロリとした声を振り払うように、アタシは自分の頬を思いっきり両手で叩いた。ジンジンと響く痛みが、思考にかかる黒いもやを吹き飛ばしていく。
「きゃっ!? モブリナさん、どうしたんですか!?」
「ああ、ビックリさせてごめんね。ちょっと気合いを入れ直しただけ。もう平気だから、離れて……うぅ、ずっとこうしてたいけど……でも、ぐぅぅ…………」
「ふふ、いつものモブリナさんになったみたいですね」
「あっ……」
アタシの顔を見たロネットたんが、小さく笑って離れていく。ああ、ロネットたんの温もりが空気に溶けて消えてしまう……っ! 何とか、何とか留める方法は……あ、匂いも! 深呼吸! 深呼吸してロネット分を体内に取り込まねば!
「スーハースーハー! フガフガフガ……」
「うわぁ……本当にいつものモブリナさんですね」
「ええ、もう平気よ! ありがとね、みんな!」
まるで生まれ変わったような気分で、アタシは元気に立ち上がる。ふと自分の中から何かがなくなったような気がするけど……ま、どうでもいいわね。だって無くしちゃいけない大事なものは、ちゃんとココに残ってるもの!
あー、本当に……みんな大好き!
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