全部の悩みに答えられるほど、俺は大した奴じゃねーんだ
「あー……なあ、リナ?」
「ごめんシュヤク。ちょっと一人にしてくれない?」
「いや、でも……」
「いいから! お願いだから、アタシのことをほっといて!」
「あ、おい!?」
そう叫ぶなり、リナが突然駆け出してしまった。向かった先は今通ってきた通路脇の小部屋……か? まああそこなら、入り口から魔物が入らないように見張れば安全ではあるだろうけど……
「シュヤク、行ってやれ」
「アリサ?」
と、そこで背後からアリサが声をかけてきた。振り向けば、そこには何処か寂しげな苦笑を浮かべたアリサの顔がある。
「また私達には言えない悩みなんだろう? ならば貴様が行くしかない」
「そうだニャ。さっきのリナの様子は、明らかに変だったニャ」
「モブリナさんのこと、宜しくお願いします」
「クロエ、ロネット…………すまん」
集まってきた三人のヒロイン達に、俺は顔をしかめてそう告げ、走り出す。また甘えている、このままじゃいけないとはわかっているが……それでも今は、リナの方が先だ。
幸いというか当然というか、リナの姿はすぐに見つかった。部屋の壁に背中をくっつけ、体育座りで顔を膝に埋めるリナのところに、俺はゆっくり近寄っていく。そうして隣に腰を下ろすと、俯いたままのリナがぼそりと声を漏らした。
「…………何よ、一人にしてって言ったでしょ」
「正直、そうした方がいいのかどうか迷ったって言うか、わかんなかったんだが……アリサに行けって言われてさ」
「何よ、アリサ様が言ったら、何でもするの?」
「何でもはしねーなぁ。でもクロエも変だって心配してたし……ロネットには『宜しく』って頼まれちまったからな。お前の大好きなヒロイン達のお願いを無下にするのは駄目だろ?」
「……………………」
あえて軽く言う俺に、しかしリナは何も答えない。そのまましばし無言の時が流れ……やがてリナが静かに問いかけてくる。
「ねえ、シュヤク。幸せってどういうことだと思う?」
「んー? 大分漠然としてるけど……美味いものを腹一杯食って、夜はぐっすり寝て、それなりの収入があって……みたいなことじゃなく?」
「みたいなことじゃなく」
「となると……そうだな。さしあたって今は、結構幸せかな?」
そう言いながら、俺はこの世界に転生してからの日々を振り返る。
「社畜生活から強制解雇されて、もう二ヶ月ちょっとか……日々の生活に余裕はあるし、体も健康そのものだし、あとは……まあ、あれだな。友達には恵まれてるな。こんな顔になってどうなるかと思ってたけど、予想よりはずっとモテてねーし」
「……それ、幸せなの? それにアリサ様には随分好かれてるじゃない?」
「ははは、まあな。正直恋愛っつーか、そっち方面の好意には辟易してるんだよ。アリサは……お前にだから言うけど、正直ちょっと重い。スゲーいい奴だと思うし、その好意を無下にしたいとは思わねーけど、じゃあ受け止められるかって言われるとな……リナの気持ちがよくわかったよ」
アリサには幸せになって欲しいと、心から思う。でも俺が幸せにしてやるなんてことは言えないし、思えない。
無論それはアリサが悪いわけではなく、俺にそれだけの器がないのだ。あんなキラキラした愛を受け入れたりしたら、きっと俺というしょぼくれた器は跡形もなくはじけ飛んでしまうことだろう。
「なら、あの二人は…………オーレリアちゃんとセルフィママは、幸せだと思う?」
「それは……うーん、どうなんだろうな?」
重ねられた問いに、しかし今度は即答はできない。何せ二人共ほんの数分会っただけで、直接会話すらしていないからな。それで幸せかどうかを判断できるなら、リーマンなんてやめて占い師でもやっていたことだろう。
「ただまあ、仲は悪くなさそうだったぜ?」
「……アンタとアリサ様達みたいに?」
「そう、だな。まあうん、そういうことなんだろ」
モブローははっきりと、フラグを立てて仲良くなったと言った。隠し条件を満たしての出会いなら、最初から好感度は高かったんだろう。
だが、じゃあそれが悪いことかと言われると、それはおそらく違う。現実で言うなら「事前に情報を調べ上げ、相手の好みをドンピシャで当ててデートに誘ったら、初日で告白OKされた」みたいなものなわけだからな。
勿論その条件を満たすためにゲームの常識を押しつけて認識をねじ曲げはしたんだろうが、それを言うなら俺がアリサやクロエ達と出会ったことだって「そうなるように都合良く仕組まれていたこと」だから、確かに同類だ。
「でもほら、あれだろ? お前がしつこく俺の匂いフェチネタを引っ張った時、ロネットとか引いてたじゃん? てことはゲームと違って無条件に好かれ続けるわけじゃねーし、好感度があがったら下がらないってこともねーと思うんだよ。
ならあの二人に関しては、軽い交流を持ちつつ様子を見ればいいんじゃねーの? それでモブローからの扱いが酷いって相談でも受けたら、その時は改めて対応を考えりゃいいだろ」
「……………………」
「…………駄目か? いや、リナの言い分もわかるぜ? あんなウヒョウヒョ言ってる奴に、押しのアイドル的な存在を任せたくないって気持ちは――」
「アタシね、『プロエタ』が好きなの」
俺の言葉を遮って、リナが語る。なので俺は口を閉じ、黙ってその話を聞く。
「プロエタの世界が、そこでキラキラ輝いてるヒロイン達の笑顔が、本当に……本当に大好きなの。だからこの世界に転生した時、アタシはそれを守らなきゃって強く思って……だからアンタのハーレムを阻止しようとしたの」
「ああ、そうだったな。その執念で、リナは俺とロネットの出会いに割って入ってきたんだよなぁ」
たった二ヶ月ちょっと前なのに、何だか懐かしさすら感じる。だがそんな俺の気持ちとは別に、リナの独白は続いていく。
「でも……でもね。それは結局、アタシの幸せだった。アタシがアタシの価値感で、ハーレムなんてあり得ない、みんなにはもっとちゃんとした幸せを味わって欲しいって思ってるだけだった。
みんなのことが大好きなのに、みんなの幸せを勝手に想像して、そこからズレた幸せを、幸せだって受け入れられなかった。ハーレムエンドのイベント絵はみんな幸せそうに笑ってるのに、アタシだけがそれを『こんなの幸せじゃない』って否定してたの!
わかってた! 本当はずっとわかってたのよ! 誰よりもみんなの幸せを願ってるはずのアタシこそが、自分勝手な独りよがりでみんなが幸せになるのを邪魔してるんだって!」
「リナ……」
「妬んでたわけじゃないの。羨ましかったわけじゃないの。ましてや自分のものにしたいなんて、これっぽっちも思ってないの! ただアタシが、アタシの想像する幸せ以外を『そうじゃない』って受け入れられなかっただけ!
でもどうしようもなかったの! アタシのなかにある何かが、それを許しちゃいけないって叫んでるの!
ねえシュヤク、アタシはどうしたらいいの!? アタシはただ、本当に……本当に本当に、心の底からみんなが幸せになって欲しいって思ってるだけなのに……っ!」
バッと顔を上げ、泣きはらした目を見せつけながら、まるで赤子が母に縋るようにリナが叫ぶ。しかしそれに対する答えを、俺は持っていない。
リナはいい奴だ。間違いない。「自分の認めた幸せの形以外は受け入れられない」というのも、その範囲が自分自身であるなら別に問題はない。
だがそれを他人に押しつけてしまえば、それは度し難い傲慢だ。それがわからないのであれば、根気よく伝えるなりぶん殴ってでもわからせるなり、やりようはあるだろう。
なら自覚してなおどうしようもないなら? 大好きな存在にクソみたいな傲慢を押しつけているとわかっているのに、その気持ちをどうしようもなく抑えられないと泣く少女に、俺は何をしてやれる? 何を言ってやれる?
お前は間違っていないと口当たりのいい慰めを被せる? お前は間違っているととどめを刺して終わらせる? 違う、そんなのじゃない。でも俺じゃ、今の俺の場所からじゃ――
「なるほど、それが先ほどの醜態の正体だったというわけか」
俺が己の無力に血が滲むほど唇を噛みしめた刹那。小部屋の入り口から姿を現したのは、その苦悩の原因たる三人の少女達であった。





