外から見るのと当事者になるのじゃ、全然違うんですよ
俺達のダンジョン探索は、その後も順調に進んでいった。とはいえまだまだごり押しで急ぐような時期でもないし、以前のように閉じ込められて、やむなく強行突破……ということもない。なので今は一階につき三日ほどかけてじっくりと見て回り、それから次の階に行くというスタイルだ。
なお、当たり前だがこれでも相当なハイペースである。以前にあげた「悪目立ちしない」という目標からすればもう少しゆっくり目な方がいいんだが、戦闘面での苦戦がないため、これ以上は意図的に遅延行為をしなければ遅くならない。
流石にそこまでする意味はないので、休日やまだまだ沢山あるサブクエストを回す日なんかを挟んでいい感じに調整していき……六月の中旬。そろそろ一三階の探索も終わりにして、とっくに階段を見つけてある一四階に降りようかと相談していた時、不意にダンジョンの奥から人の悲鳴が聞こえた。
「む? 今のは女性の悲鳴か?」
「シュヤク、どうするニャ?」
「行ってみよう。今の俺達ならもし襲われてる人がいても十分助けられるはずだ」
「流石は主人公サマね? じゃ、急ぎましょ」
悪戯っぽく言うリナに苦笑しつつ、俺達は軽い駆け足で声のした方へと向かったのだが……
「いやぁ! 何故このように絡みつくのですか!?」
「ウヒョヒョヒョヒョ! セルフィの豊満ボディに蔦が絡まって、サイコーにエロいッス!」
「…………モブロー、最低」
「くはぁ!? オーレリアの『最低』をいただいてしまったッス! 何というご褒美! こっちもたまらねーッス!」
「…………何だこりゃ?」
そこにいたのはデモンローズという名の薔薇みたいな魔物の蔦に巻かれ、胸や尻などをこれ以上ないほど強調された姿勢で身悶えるセルフィと、そんなセルフィを見て興奮するモブロー、そしてそんなモブローに冷たい視線を投げかけるオーレリアの姿であった。
「待ってろ、今助ける! クロエ!」
「わかったニャ!」
俺が唖然としてその光景を眺めていると、「女性が魔物に襲われ、拘束されている」という厳然たる事実を前に、アリサとクロエが素早く駆け寄る。クロエの短剣がセルフィの体を縛る蔦をあっさりと切り離すと、獲物を奪われたデモンローズが暴れ出すより早く、アリサの剣がその花弁を両断してとどめを刺した。
魔物が光に変わるのを見届けると、アリサが短く息を吐き、クロエがセルフィに声をかける。
「ふぅ、終わったぞ」
「大丈夫ニャ? 怪我してないニャ?」
「は、はい。大丈夫です。助けていただき、ありがとうございました」
そうして解放されたセルフィは、クロエとアリサに丁寧に頭を下げた。ひとまず安全を確保……と誰もが気を抜いたところで、俺達の間を青いポニーテールを稲妻のように閃かせたリナが駆け抜け、そのままモブローにドロップキックをぶちかました。
「何やってんじゃワレェ!」
「ぶほっ!? な、何スかいきなり!?」
「何スかじゃないわよ! アタシのセルフィママをあんなエロい目に遭わせるなんて、一体どういうつもりなわけ!?」
「は!? あ、お前この前のモブ女!? プレイヤーの自分に攻撃してくるとか、さては新規のヤンデレイベントとかッスか!?」
「誰がヤンデレよ!? アタシは――」
「あー、待て待て待て! まずは一旦落ち着こうぜ」
ヒートアップするリナの肩を掴んで押さえ込みつつ、俺は爽やかイケメンスマイルを浮かべてモブローの方に近寄っていく。すると俺の顔を見たモブローが苦々しげに表情を歪ませた。
「カイル!? てことは、まさかこれ自分のヒロイン達が寝取られる強制イベント!? 嫌ッス! NTRは脳が破壊される悪い文化ッス!」
「しねーから! そんなことねーから、落ち着けって!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ! モブローなんてどうしようもない名前だった時点で気づくべきだったッス! 自分は所詮、ザマァされるためだけのモブキャラだったッス! こんなことならさっさと手を出しとくべきだったッス!」
「寝言ほざいてんじゃねぇぞコラ! あの二人傷物にしてたら、テメェなんざ泣いたり笑ったりできなくしてやるからなぁ!」
「落ち着け! 騒ぐな! アリサ! こっちはちょっと込み入ってるから、その二人のフォロー頼む!」
「わ、わかった。こちらはこちらで少し話をしておこう」
「あの、モブリナさんは大丈夫なんですか?」
「いざとなったらぶん殴ってでも黙らせるから、平気だ」
「それは大丈夫なのニャ……?」
「ウガー!」
「ひょえーッス!」
「……大丈夫だ、大丈夫なはずだ。とにかく頼んだぞ!」
半ば自分に言い聞かせるようにそう言うと、俺はリナとモブローを引っ張って少しだけその場から離れた。そうして何とか宥め賺し、まずは軽く事情説明。するとそれを聞いたモブローが、怖ず怖ずと俺に問うてきた。
「……ってことは、お二人も元は日本人ってことスか?」
「そうそう。俺の本名……本名? とにかく前の名前は田中 明ってんだ。で、こいつは……」
「……八凪 楓よ」
「自分は三井 三郎ッス! 皆からはさんちゃんって呼ばれてたッス!」
「ほう、さんちゃんか。ちなみに幾つだ? 俺は二八歳だった記憶まではあるんだが」
「アタシは二四よ」
「うわ、お二人とも大人ッスね! 自分は一八歳だったッス!」
「わっか!? じゃあ今の体とそんなに年齢が違わねーわけか」
「そうッス! ちょっとだけ若返ったッス!」
「フンッ、ガキが! 身の程をわきまえずに発情しやがって……っ!」
「抑えろリナ! ステイ! それで三郎君……いや、もう俺達はこの世界の住人なんだから、モブローと呼ばせてもらうが……何でこんなことになったんだ?」
相変わらず不貞腐れているリナをそのままに、俺はモブローにそう問いかける。するとモブローは宙を仰ぎ、少しだけ考えるような仕草をしつつその口を開いた。
「何でって言われても、自分にもよくわかんないッス。気づいたら変なとこにいて、自分が自分じゃなくなってたッス。で、最初は激しく混乱してたんスけど、すぐにこの前Joukiのセールで買って遊んでるゲームだって気づいたッス!
でも…………」
そこで一旦言葉を切ると、モブローが恨めしげな視線を俺に向けてくる。
「自分の見た目は、どう考えても主人公のカイルじゃなかったッス。てか、そもそもモブローなんて名前からしてモブキャラッス。このままじゃせっかくゲームの世界に来たのに、何もできずにただボーッと学生生活を送るだけだって思って……
だから慌てて行動して、あの二人を仲間にしたんス! これで自分もウハウハハーレム生活を送れると思ってたんスけど…………」
「な、何だよ?」
「カイルさんは、やっぱり自分から二人を寝取るんスか?」
「寝取らねーよ! あと今の俺はカイルじゃなくて、シュヤクだ」
「主役? カイルさん、発音が変ッスよ?」
「変でもねーよ! 主役じゃなくて、シュヤク。俺もお前らと同じで、何かそういう名前になってたんだよ」
「はー、主役だからシュヤク……ぶっちゃけダサいッスね」
「お前にだけは言われたくねーよ……」
何か頭痛くなってきた。あれ? 俺なんでこんなことやってたんだっけ? 確かこいつに……あ、そうだった。
「なあモブロー。実はお前に相談があるんだ」
「何スか?」
「ほら、ダンジョン攻略進めてくと、その階層で活躍できるキャラって違いがでるじゃん? だからそっちの二人を助っ人的な感じでもいいから、うちのパーティに一時加入させてくれねーかって話なんだけど……」
「へー、いいッスよ」
「え、いいのか!?」
散々悩んでいたというのに、実際に話していたら恐ろしくあっさりと同意を得られ、俺は思わず拍子抜けしたような声をあげてしまう。だが現実は、俺が思っているほど甘い結末を許してはくれない。
「ならその間、そっちの誰か二人を自分に貸してくれるんスよね? いやー、やっぱりハーレムの醍醐味はとっかえひっかえッスよね! 楽しみッス!」
「いや、それは……そこは金とかでどうにかならねーか?」
「嫌ッスよ! 金なんてダンジョン潜れば秒で稼げるじゃないッスか! そんなものより、自分だってヒロインの子達とイチャイチャしたいッス!」
「俺はイチャイチャなんてしてねーんだが?」
「嘘ッス! ヒロインだけじゃなくモブ女まで入れて無理矢理ハーレムパーティを結成してるような奴が、イチャイチャしてないわけがないッス!」
「……………………」
モブローの指摘に、俺は何も言えなくなる。確かに客観的に見れば、俺のパーティは間違いなくハーレムパーティとでも言うべきものだ。俺的にはアリサ達が全員男であったとしても今のパーティを組んでると思うんだが、実際には女なのだから説得材料にはなり得ない。
これは……どうすりゃいいんだ? 仲間内で話し合う? アリサやロネットなら必要だと言えば一時的なメンバー交換には応じてくれそうだけど、色んな意味でこいつにアリサ達を預けるのは……
「いい加減にしろ! この腐れ***野郎がぁぁぁぁぁ!!!」
「ふがっ!?」
その瞬間、遂にブチ切れたリナが乙女が口にしてはいけない言葉を叫びつつ、モブローの顎に強烈なアッパーカットをお見舞いした。





