自覚無しの逆恨みとか、怖いですよね
ということで、やってきました第一一階層。ボス横のショートカットからダンジョンに入り、階段を降りた下に広がっていたのは、あまりにも濃い緑の樹海であった。
「おおー、こういう感じか!」
足下の床は地面になり、壁の代わりに太い木と丈の長い草が生い茂る、天然ダンジョン。ゲームの時と同じ見た目ながら、ゲームでは感じられなかった草いきれを実感し、俺は思わず声をあげてしまう。
そしてそれは、仲間達も同じだったようだ。全員が物珍しそうに周囲を見回し、それぞれが思い思いの感想を口にする。
「ふむ、話には聞いていたが、実際に見ると驚きだな」
「そうですね。多少雰囲気が変わるくらいならともかく、途中でここまでガラッと性質の変わるダンジョンは、おそらくこの『久遠の約束』だけじゃないでしょうか」
「お日様が眩しいニャー」
「何か、その辺に虫とかいそうじゃない? あんまり壁際に近づきたくない……」
冷静に分析するアリサとロネットとは対照的に、クロエは空を見上げて暢気に呟き、リナは体をビクビクさせながら通路の中央に立っている。
あ、そうだ、虫と言えばひとつ、気になることがあったんだ。
「なあアリサ。この壁っていうか、林? を無理に突っ切ろうとすると、虫に襲われるんだよな?」
「そうだ。この狭い隙間に無理矢理入り込むと、途端に周囲からとんでもない数の虫がやってきて、あっという間に見るも無惨な姿に変わるそうだ。
かといって木はどうやってもかすり傷ひとつつけられず、草は刈れるものの次の日には元に戻ってしまうから、強引に走り抜けるなどということもできない。ここを抜けて向こう側の通路まで移動するのは、やめておくのが賢明だろうな」
「通れるっぽく見えるだけで、壁は壁ってことだニャ。クロならサバ缶をもらってもこの中には入らないニャ」
「クロエさんがサバ缶で釣られないとなると、相当ですね……」
「アタシ絶対壁際には行かないから!」
「聞いてみただけでやる気はねーから安心しろって」
声を荒げるリナに、俺は苦笑しながらそう告げる。そうだよな、見えない壁がなくなり、見える全てに触れられるからといって、じゃあ何処にでもいけるし何でも手に入るかと言われたら答えはノーだ。全ての建物に入れるが家主の許可がなきゃ不審者だし、どんなものでも手に取れるけど、勝手に触ったら窃盗とかを疑われて当然だからな。
そうは言ってもサブクエ周りをしてた時は知らない人の家をいきなり訪ねたりしてたし、学園内のショートカットみたいに通っても大丈夫なところとかもあるから、一概に駄目ってわけでもないんだが……ま、そこは常識で判断するってことで。
「んじゃそろそろ移動を始めるか。アリサ、クロエ、頼むぜ?」
「うむ、前衛は任せろ」
「クロは魔物の気配を探るニャ!」
いつも通りの隊列を組んで、俺達はダンジョン探索を開始した。この階層の特徴は見ての通りで、出てくる魔物も植物系のものや、蝶とか蜂なんかの虫系の魔物が多い。
そして奴らは、総じて厄介な特徴を持っている。以前に戦ったフライングマッシュのように、花粉だの鱗粉だのが麻痺、毒、睡眠と状態異常のオンパレードを押しつけてくるのだ。
故にこの階層は、普通にゲームを進めていると丁度そろそろ仲間になるオーㇾリアに弱点属性の火魔法を使ってもらって異常をばら撒かれる前に焼き払い、それでも追いつかなくなってくる頃に加入するセルフィの治癒魔法で突破するというのが定石なのだが……
「ふむ、予想よりも大分魔物が弱いな?」
「いやいや、俺達が強いんだって」
微妙に眉根を寄せるアリサの言葉を、俺が笑って否定する。初見の時こそ多少緊張するものの、二度三度と戦いを重ねると、加速度的に戦闘が一方的になっていく。
だがまあ、それも当然だ。何せ今の俺達のレベルは、この辺を攻略するには高すぎるからな。ただそれでも状態異常だけは厄介なはずなんだが、そっちの対策ももう確立されている。
「モブリナさん、大活躍ですね」
「ふふふ、まあね!」
ロネットに褒められ、リナが得意げに胸を張る。あの時フライングマッシュで実戦した通り、花粉だの鱗粉だのは濡らしたら飛ばないのだ。流石に完全無効化まではいかないが、拡散しないというだけで対処は相当に楽になる。
「ふーっ、思ったより全然何とかなるもんだなぁ」
「アタシもダメージなんて全然与えられない魔法がここまで役に立つなんて、思ってもみなかったわ」
そうして連戦を終えた後の小休憩。俺の漏らした呟きに、隣に立つリナが水筒の水を飲みながらそう合わせる。
確かにゲームでなら、水耐性のある植物系の魔物に最弱の水魔法なんてダメージがほとんど通らず、MPを無駄にするだけの行為でしかなかった。
だが現実になったことで、まさかの大活躍。勿論あくまでも今は上手く噛み合っているというだけで、今後もずっと敵の状態異常攻撃を無効化できるわけではないが、それでもリナの活躍は俺だって予想もしていなかったものだった。
「これならアタシでも、もう少しくらい皆と……」
「ん? 何か言ったか?」
「え? あ、ああ。何でも……じゃない、オーレリアちゃんとセルフィママのこと、どうしようかと思ってさ」
「あの二人か……どうしたもんだろうな?」
本来大活躍するはずだったあの二人がいなくても、俺達は無事に戦い抜けている。だがそれがこの先も続くかと言われれば、それはなかなか難しい。
「ロネットのポーションはステータスの補正が乗らねーから、中盤以降はどうしても火力も回復力も足りなくなってくるからなぁ。てか、そもそもそういうキャラにバフを乗せるのがロネットの役目だし」
今現在、ロネットは水魔法しか使えないリナの代わりに各種属性の攻撃ポーションを使ったり、回復ポーションを使うことで魔法アタッカーとヒーラーを兼任する形になっている。
が、ロネットの本質は他キャラへの能力増加と能力低下、それに状態異常の付与であり、魔法系の能力増加とは別枠のバフを重ねがけすることで戦力を高めたり、敵を弱体化させることこそが本領なのだ。
だがそれは、とりもなおさずオーレリアやセルフィのような「強化対象」がいなければ意味がない。今後魔法しか通じない魔物だって出てくるし、件のドラゴンブレスのように全員が一気にやられるような範囲攻撃をされた場合の集団回復魔法なんかも絶対に欲しい。欲しいが……
「でも今の状態であの二人を無理矢理モブローから引き離したら、普通にこっちが犯罪者だからなぁ。説得するってのも難しいだろうし……」
リナに聞いた話から推測するに、もしオーレリアやセルフィがモブローの持つゲームの力に強い影響を受けていたとしても、本人達に……それこそモブロー自身にすらその自覚はないはずだ。
となると、それを無理矢理引き離したりしたら、俺達の方が誘拐犯になってしまう。だって逆に俺がアリサ達を掠われたら、絶対に許さねーし全力で奪還しようとするだろうからな。
でもじゃあどうすればいいのか? となると、これが何も……いや、待て?
「そうだよな。俺別にあの二人とイチャイチャしたいとかじゃねーんだから、普通に協力を頼めばいいんじゃねーか?」
冒険者……じゃない、討魔士であれば、目的に合わせて他のパーティに協力を要請することは珍しくない。特に回復魔法を使える人材は貴重だし、オーレリアだって稀代の大魔法士になれる才能があるわけだから、仕事として助力を依頼するのは何の問題もないはず。
(あー、またゲームの方に意識が寄ってたか? そうだよな、そもそも『俺の仲間』とかいう考え方がクソだし。何様だよ俺)
ここで「主人公様だよ!」と開き直るなら、あの時力を捨てたりしていなかった。よし、今度モブローに会いに行ってみよう。あーでも、俺が行ったらまた警戒されて逃げ出されたりするか?
「なあリナ、今度モブローを探して話をしてみようかと思うんだけど、お前も付き合ってくれねーか?」
「何よ、またアタシ頼り?」
「悪いな。でもお前にしか頼めそうにねーんだよ」
万が一を考えると、アリサやロネット、クロエをモブローには近づけたくない。なので頼み込む俺に、リナが苦笑しながら、だが何処か嬉しそうな声で答える。
「フンッ! 仕方ないわね。でも、別にアンタの為じゃないんだからね!」
「ここに来てテンプレのツンデレ台詞とか、芸風広いなお前」
「いいでしょ、一回言ってみたかったのよ! こんなの普通に生きてたら絶対言う機会ないし!」
「ははは、まあそうだな」
「さて、そろそろ休憩はいいだろう。シュヤク、リナ、行くぞ!」
「あー、悪い! 今行く!」
「待って待って! すぐ準備するから!」
アリサに呼びかけられ、俺達は慌てて水筒の水を飲んだり、軽く装備を点検したりする。さてさて、それじゃもうひと頑張りしますかね。





