いやいや、どんだけいるんだよ!?
「ど――」
「どういうこと!? 何でアタシのヒロインちゃん達が、発情クソモブの手込めにされてるのよ!?」
俺が声を発するより先に、リナの罵声が謎の人物に飛ぶ。するとそのモブ顔の男がビクッと驚きに体を震わせた。
「な、何スか突然!? え、誰!?」
「それはこっちの台詞よ! アンタこそ誰なの!?」
「ええー? 初対面のNPCに罵声を浴びせられるとか意味わかんないんスけど……」
(NPC?)
戸惑う男の台詞に、俺はピクリと反応する。NPC……ノンプレイヤーキャラクターというのは、人が操っていないキャラのことだ。つまりゲーム的な概念であり、この世界の人物の口から出ていい言葉じゃない。
「いいから今すぐその汚い手を離しなさいよ! ほら、オーレリアちゃんとセルフィママも、そんな汚いのペッてしてこっち来なさい! ハリーハリー!」
「…………貴方、誰? 何で私の名前を知ってる?」
「あの、私子供どころか結婚すらしておりませんのに、ママと呼ばれても……」
「ぐぬぬぬぬ、話が通じない……っ!」
訝しげな目を向けてくるヒロイン二人に、リナが悔しげに歯噛みをする。そのあまりにも当たり前すぎる反応に、俺はとりあえずリナの頭を軽く引っ叩いておく。
「飛ばしすぎだ馬鹿! アリサ、リナを頼む」
「む? わかった。ほら、落ち着けリナ」
「がるるるる……」
「あー……連れが申し訳ない。えっと、モブローくん? ちょっと話がしたいんだが、聞いてくれないか?」
「そうッスよ。自分はモブローッス。でも自分はアンタ達に話なん……て…………!?」
アリサに押さえ込まれて唸るリナを背後に、俺はモブローと呼ばれた同い年くらいの少年……相応に見た目は整っているもののこれといった特徴のない、町中で使い回される汎用モブの見た目をした男に声をかける。
最初は嫌そうな顔でそれに答えてくれたモブローだが、すぐに俺の顔をジロジロと見回すと、大きく目を見開いて声をあげた。
「あーっ!? アンタまさか、カイルッスか!? それに後ろにいるの、よく見たらロネットにアリサにクロエ!? その凶暴なモブキャラだけはわかんないッスけど、とにかくプロエタの主人公じゃないッスか!」
「? 何故私達を知っている?」
「職業柄、人の顔は忘れないと思っているんですけど……んん?」
「クロはこんな奴知らないニャ」
「やっぱりわかるのか。なら改めて話を――」
「嫌ッス!」
俺を「カイル」と呼んだなら、それはもう俺やリナと同じ、元の世界からの転生者で間違いないだろう。ならば是非とも話を聞かねばとできるだけ爽やかな笑みを浮かべて手を伸ばすと、何故かモブロー大きく後ろに距離をとった。
「え? おい、何で――」
「せっかく可愛いヒロインちゃんをゲットしたのに、主人公に寝取られるなんて最悪ッス! そんなの絶対許さないッス!」
「いや、そんなつもりねーから、まずは話を……」
「ここは一時撤退ッス! 二人共、逃げるッスよー!」
「モブロー様!? お待ちください、モブロー様!」
「……モブロー、痛い。そんなに引っ張らないで」
「あばよーッス!」
「……………………」
現実ではついぞ聞いたことのない捨て台詞を残して、ヒロイン二人の手を引いたモブローが走り去っていった。あまりの事態に呆気にとられて見逃してしまった俺に、ロネットが怖ず怖ずと声をかけてきた。
「あの、シュヤクさん? 今の方達は一体……?」
「あー……何て言えばいいかな。あいつと一緒にいた女の子達がいただろ? あれって俺とリナが、そのうちパーティに誘おうかって思ってた子達だったんだ」
「なら先を越されたニャ? それは仕方ないニャ。そういうのは早い者勝ちニャ」
「そうだな。条件が合えば移籍という形はあるだろうが、引き抜きはやめたほうがいい。あれはトラブルの元だからな」
「むがー!」
肩をすくめるクロエと、冷静なアリサと、そんなアリサに口を押さえられモガモガと暴れるリナ。いつもなら「アリサ様に抱きしめられるなんて!」と陶酔してそうなリナが、しかし今日はアリサの手を振り払い、そのまま俺に食ってかかってきた。
「プハッ! ちょっとシュヤク、何で追いかけないのよ!?」
「何でって、今アリサ達が言ったろ? 今追いかけてもどうにもできねーって」
もしあの二人がモブローとかいう奴に無理矢理言うことを聞かされているとかなら、勿論俺だって助けるために動いただろう。だがこんな人通りのある場所で仲良さそうに歩く様子に、そういう雰囲気は見られない。
実際リナの呼びかけにも……あれはかなり滅茶苦茶だったが……困惑どころか不審そうな様子をしていたし、となるとこっちが無理矢理二人を連れて行くのは明らかに悪手だ。
「でもあのモブ男、肩とか腰に手を回してたのよ!? あれ絶対なし崩し的にオッパイとかお尻を触ろうとしてたに決まってるじゃない! ギルティよギルティ! 悪! 即! 斬! よ!」
「そう言われてもなぁ……」
「別にあの二人も嫌がってる感じじゃなかったニャ。ならあいつらの勝手なのニャ」
「そうだぞリナ。公衆の面前で破廉恥な……という意味ではけしからんが、個人の性癖をどうこういうのはあまりよろしくないぞ」
「そんな!? クロちゃんにアリサ様まで……ねえロネット、ロネットならわかってくれるわよね!?」
「えっと……」
「無茶言うなよリナ。ここでごり押したらこの前のあいつらみたいになっちまうだろ?」
「うぅ……」
俺の言葉に、リナが言葉を詰まらせる。そう言えばあの犬獣人達、もっと絡んでくるのかと思ったんだけど、あれから全然見ねーな……まあ進んで会いたいとはこれっぽっちも思わねーからいいんだけど。
それより問題は……
(また一人、転生者が増えた……え、マジか? 実は転生者って他にも沢山いたりするのか?)
自分が制作に関わったゲームの主人公に転生した……これ自体は勿論特別なことだろう。だがすぐにリナという、もう一人の転生者に出会った。つまり「主人公に転生したこと」は特別でも、「ゲームの世界に転生したこと」は俺だけの特別じゃなかったということだ。
それに加え、今回は三人目……こうなると四人目、五人目の転生者がいたとしても不思議ではない。
「……シュヤク」
「ああ、わかってるって」
涙目で俺の袖を引っ張るリナに、俺は苦笑して頷く。話があるのは俺も同じだし、こればっかりは俺達でしか話せない。となればこの場は仕切り直して、それは後に回すのがいいだろう。
「ふーっ。すまん、俺達の都合で騒がせちまったな。気分を切り替えて打ち上げに行こうぜ! 今日は俺の奢りだ!」
「いいんですか? なら今日は限定メニューに挑戦しちゃいます!」
「やったニャー! 人の金で食うサバ缶は最高ニャー!」
「ほほぅ、随分と太っ腹だな。ならばご馳走になろう」
「こうなりゃ自棄よ! とりあえず全メニュー制覇してやるわ!」
「……いや、あのですね。もう少しそこは手加減というか……あとリナはふざけんな」
「何よ、アタシだけ差別するつもり!?」
「常識をわきまえろって言ってんだよ! 奢りで全メニュー制覇とか、お前には人の心がないのか!?」
「そんなの、あのエロモブ男のせいでなくなっちゃったわね! うわーん、ロネットー! ふかーい悲しみに沈むアタシを慰めてー!」
「ひゃっ!? ど、どうすれば?」
急にリナに抱きつかれ、ロネットが戸惑いの声で問うてくる。だがリナの奇行に対する答えなど苦笑で十分だ。
「気にすんなロネット、そいつはほっといて……何ならその辺に捨てといてもいいから。さ、みんな行こうぜ」
「酷い! シュヤクが冷たい! アンタの部屋で手取り足取り、あんなに色々教えてあげたのに……っ!」
「だから言い方ぁ! 勉強教えてもらっただけだろ! あとそれはマジで感謝してるから……チッ、三品までな」
「やった! デザートは当然別よね?」
「どんだけ食うつもりだよ!? モブリナがデブリナになるぞ!?」
「うわぁ……アンタ最悪ね」
「シュヤクさん、それはちょっと……」
「シュヤクよ、女性に体重や体型のことを言うものではないぞ?」
「やっぱりシュヤクは残念イケメンだニャ」
「また味方がいない……っ」
周囲の空気が一瞬にして冷え切り、俺の全身に怖気が走る。おっと、これは初めてレッドドラゴンに対峙した時以上のピンチを感じるぜ……だが俺は主人公。どんな困難だろうと、必ず生き残ってみせる……っ!





