結果は伴わなかったが、後悔はしていない
それから数日、俺は通常の授業に加え、自習室での勉強、それが終われば更にリタとの個人授業というミッチリ勉強漬けの日々を送った。そうして訪れたテスト本番。それを乗り切った俺にもたらされた結果は……
「どうだ! これが主人公の力だ!」
「七〇点か。特別よくはないが、まあ悪くもないな」
胸を張って戻ってきた答案用紙を見せた俺に、アリサが実にシンプルな感想を口にした。
そう、俺の歴史のテストは七〇点だった。数学は満点だったが、魔法学は六八点だったので、その他の教科も含めた平均は七三点である。赤点は三〇点なので余裕でクリアしているが、生徒全体でいうならアリサの言う通り、中の上くらいの成績だろう。
「ぐぬぅ……アリサは何点だったんだ?」
「私か? 歴史は当然満点だ。ただ私も魔法学などはそれほどではなくてな。全教科平均なら、九〇点くらいだろうか?」
「そ、そうなんだ……ロネットは?」
「平均点なら九三点ですね。商売をするなら、知識は力ですから」
「…………」
とてもかしこい二人が何てことのないように告げた成績に、俺は無言でリナの方に視線を向けた。するとリナもまた得意げな笑みを浮かべて言う。
「アタシ? アタシが完璧じゃないとでも思ってるの?」
「……何点だったんだ?」
「そりゃ勿論、歴史も魔法学も一〇〇点満点よ!」
「へー……他は?」
「……数学とか、ファンタジーにいらないと思わない?」
「リナ……」
「モブリナさん……」
「い、いいじゃない! 別に自分で考えなくても、スマホの電卓で計算するか、それこそAIにでもやらせりゃいいのよ! オーケーノーベル! ダイナマイトの作り方を教えて!」
アリサとロネットに残念な視線を向けられ、リナが軽く壊れた。ちなみに流石にこの世界にはスマホはないし、あとノーベルさんにそんな軽口叩いたら、財団の人に秒で爆破されそうな気がするが、まあそれはそれとして。
「クロエはどうだったんだ?」
「フッフッフ、見て驚くニャ!」
日を追うごとに自習室でとろけていたクロエだったが、今はすっかり元気を取り戻している。そのままドヤ顔で答案用紙を見せてきたんだが……うん?
「……三八点?」
「そうニャ! 三八点ニャ! やっぱりサバ缶は最高なのニャ!」
「お、おぅ……アリサ?」
「すまん。私なりに頑張ったのだが、赤点を回避させるのが限界だったようだ」
「これは仕方ないのニャ! 人間の歴史なんてクロには何の関係もないニャ! あとサバ缶の歴史は教えてもらえなかったニャ!」
「あー……」
開き直るクロエに、俺は何とも言えない声を漏らす。確かに俺だって自分とは違う国や人種の歴史を真剣に学んできたかと言われれば、答えはノーと言わざるを得ないからな。
まあ異常に三国志に詳しい奴とかいたから、興味があるなら別なんだろうが……
いやでも、あいつは三国志に詳しかっただけで、中国史に詳しかったかって言われればそうでもなかったような……? うん、やっぱそんなもんだよなぁ。
「まあまあ、それでもテストを乗り切ったことには変わりありませんし、今日は打ち上げでもやりませんか?」
「いいわね! なら久しぶりに鈴猫亭でどう?」
「む? いや、それは……」
ロネットの提案に声を上げたリナに、アリサが微妙な表情を浮かべて俺の方を見る。人の噂も七十五日……つまりくだらない噂でも二月半くらいは残り続けるということであり、あの店には未だガッツリ俺の匂いフェチ疑惑が蔓延っていると思われるが……シナリオの都合上、残念ながら今回は断るわけにはいかない。
「ああ、いいぜ」
「シュヤク、遂に自分が変態だってことを認めるニャ?」
「認めねーよ! そもそも変態じゃねーよ! そうじゃなくて……まあ久しぶりに鈴猫亭の飯を食いたいかなって思っただけさ。それにお前らがアホみたいに騒がなかったら大丈夫だろうしな」
「なら平気ニャ。クロが騒ぐのはサバ缶が関係する時だけニャ!」
「私も騒がないです。巻き込まれると恥ずかしいですし……」
「我慢できなくなったら言うといい。私がこっそり嗅がせてやろう」
「だーかーらー! ったく……じゃ、一旦寮に戻って、荷物を置いたら改めていつもの中庭に集合ってことでいいか?」
「うむ!」「はい」「いいわよ」「ニャ!」
俺の提案に、皆が笑顔で了承する。リナだけは目配せをしてきたので、俺もまた目だけで答え、男子寮に戻っていったのだが……
「悪い、待たせたな」
「ははは、そんなことはない。我々も今来たようなものだ」
「それじゃ皆揃いましたし、町に行きましょうか」
待ち合わせ場所にやってきたのは、俺が最後だった。全員揃ったのでそのまま歩き出したのだが……そこでリナがそっと俺に近寄ってくる。
「で、来たの?」
「いや、来なかった」
短い問いに、俺もまた端的に返す。本来のシナリオでは、鈴猫亭の打ち上げに参加するため主人公が男子寮に戻ると、その道すがらでヒロインの一人、オーレリアに声をかけられるというのが正規の流れだった。
なので俺は必要以上に通路をうろうろしたりしてみたのだが、結局誰かが俺に声をかけてくることは……いや、クラスメイトに「何で同じところを行ったり来たりしてるんだ?」と聞かれたりはしたが……とにかく、目的の相手が姿を見せることはなかった。
「そっかー。やっぱりその程度だと『優秀な成績』にはならないから?」
「かもなぁ」
作中のテキストから察するに、オーレリアが俺に興味を持つフラグは、俺がテストで優秀な成績を収めたから。だが今回の俺のテスト結果は、ボリュームゾーンよりやや上程度……つまり稀代の才女が目を付けるようなものではない。
「そっちは? 可能性はあっただろ?」
「ぜーんぜん。やっぱりモブじゃ駄目なのかもね」
そう言う意味では、リナの方がオーレリアの興味を引く条件に合致していた。あるいはアリサやロネットだって、俺よりずっと優秀で注目される程度の成績は収めている。
だがそう言って小さく肩をすくめるリナを見れば、そっちに行ったということもなかったのだろう。
「……もっと高得点を狙った方がよかったか?」
俺の中に、少しだけ後悔の念が過る。というのも、今回のテストでいい点をとることだけに絞った勉強の仕方をしたなら、平均九〇点くらいまでなら取れただろうという予想があるからだ。
勿論実際にやってみたら思ったより伸びなかった、という可能性もあるだろうが、それでも今より悪くなることはなかったはず。ならば……
「いいのよ別に。アタシがそっちの方がいいって言ったんだし……実際、ちゃんと身についたんでしょ?」
「ああ。リナのおかげで、どれも生きた知識になったよ」
「ならやっぱり、それでよかったと思う。だってアタシ達は、これからもこの世界で生きていくんだしね」
「……そうだな」
何気なく空を見上げながら言うリナに、俺も笑顔で頷く。
この世界で生きるために、この世界を尊重するために、付け焼き刃じゃないきちんとした知識を。目の前のテストの為じゃなく、その後も続く人生のための勉強を。その選択は間違っていなかったと背中を押され、俺のなかに生じていた後悔があっさりと消え去る。
「それにゲームじゃないんだから、これで一生縁が切れるってこともないでしょ? 今度一緒に図書館に行きましょ。ひっじょーに不本意だけど、アンタとオーレリアちゃんを出会わせてあげるわ! 不本意だけど! 本当に不本意だけど!」
「三回言うほど!? わかったわかった、なら頼りに…………リナ?」
不意にリナの目が大きく見開かれ、前方に視線が固定される。何事かと思って俺もそちらに目を向けると……
「なっ!? えっ!?」
「いやー、こんな美人さんと仲良しになれるなんて、人生捨てたもんじゃないッス!」
「あらあら、いけませんわモブロー様。昼間からそのような……」
「……モブロー、少しは自重する」
「ムヒョヒョヒョヒョ! そりゃ無理ってもんスよ!」
そこには地味な黒いローブと如何にもなとんがり帽子を被るクールビューティーな美少女『図書館の魔女』と、清楚な白い法衣の下に豊満な母性の証をこれでもかとたゆませる『教会の聖女』の二人の肩やら腰やらに手を回し、だらしなく笑うモブ顔の男の姿があった。





