学生だから、こういうイベントもあるよな
さて、先日は困っている女の子の頼みを聞いて病気の母親を助けたわけだが、とはいえあれは序盤のサブクエストでしかない。やり遂げた感はひとしおだったが、それで「世界は救われました、めでたしめでたし」となるわけではないのだ。
なので俺達はそれからも他のサブクエをクリアしてまわり、そろそろゆっくりメインダンジョンの攻略に戻ろうかなぁなどと考えていた、五月も下旬。学園の中庭にて今日の方針を話し合っていると、リナがふと冒険とは関係のない話題を口にした。
「そういえばもうすぐテストだけど、みんなどうなの?」
「ギニャー!? 何でリナは突然嫌なことを言うニャ!?」
「テストですか? 私は特に問題ないと思いますけど……」
「私もだな。学園に通っていて学業を疎かにするなどあり得ん。シュヤクはどうだ?」
「……………………」
アリサに話題を振られ、俺はそっと顔を逸らす。すると徐に距離を詰めてきたリナが、グイッと俺の顔を掴んで正面に向けた。
「シュヤク? アンタひょっとして、勉強できないの?」
「いやいや、できねーってことはねーよ!? 数学とかは余裕だし?」
ゲーム設定的には、王立グランシール学園の授業レベルはかなり高いことになっていた。が、「かなり高い」と漠然と表記されているだけで、具体的にどんなことを教えていたかまでは描写されていない。
が、ゲームが現実となった以上、「授業を受けた」のテキストひとつで全てを流すのは無理だ。ちゃんと教師がいて色々教えてくれるわけだが、俺達の年齢設定が一五歳だからか、授業内容はおおよそ日本の高校生が受けるようなものであった。
まあ、この手のファンタジー世界だと識字率すら著しく低かったり、かけ算ができたら天才扱い、なんてのもあるからなぁ。俺が目覚める前のシュヤクの記憶だと流石に文字は皆読めた気がするが……まあそれはそれとしてだ。
「じゃあ何が駄目なの?」
「……地理とか歴史とか? あと魔法学も若干の不安が残る可能性がなきにしもあらずというか……」
「半分くらい駄目じゃないの! 何やってんのよアンタ!」
「仕方ねーだろ! だって地理に歴史に魔法だぞ!?」
責めるようなリナの言葉に、俺は正面から反論する。田舎の村人である元のシュヤクに学と呼べるようなものはほとんどなかったし、現在の中の人である俺からすると、それらはすべて未知の知識だ。
地理や歴史は、ゲームとして設定があった部分など、この世界のほんの一部でしかないし、魔法は何もかもが完全な初見だ。妙なイベントに巻き込まれたせいで授業を受けられないことも間々あったし、その状況でテストがバッチリと言えるほど、俺は自分の知力を盲信してはいない。
「てか、そこまで言うならリナはどうなんだよ?」
「アタシ? アタシは勿論、全部バッチリよ! このアタシが、推し世界の情報を得られる機会を最大限に生かさないわけないでしょ?」
「確かにモブリナさんは、知識欲が凄いですよね。休み時間に図書室で沢山の本を読んでたりもしますし」
「おぉぅ、マジか……スゲーな」
胸を張るリナの態度をロネットが肯定したことで、俺は若干引きつつも素直に感心する。確かにガチ勢からすりゃ、この状況は夢のようなんだろうが……にしたってその情熱は間違いなく凄い。
「クロも歴史は苦手ニャー。昔の偉い人の自慢話なんて、聞いても面白くないニャー」
「ハハハ、別に偉人の行動だけが歴史というわけじゃないぞ? たとえば……そうだな、以前に薬草の話をしてくれただろう? クロエの先祖がそれを見つけ、使い道を調べ、幾度も村人を救ってきた。その知識と経験が今に繋がっていたからこそ、クロエは助かってここにいる。
つまり、それが歴史だ。人が積み上げた知識と経験、失敗と成功の歩みの集大成。同じ過ちを繰り返さないように、もし同じことが起きた時、次は上手くやるために。そういう誰かの願いを知ることこそ、歴史を学ぶということなのだ。
教師に言われるがままに丸暗記するだけなら確かにつまらないだろうが、そうやって意味を知り、価値を理解して知識を得ることは、決してつまらなくはないと思うぞ?」
「むむむむむ……何だか難しいことを言われたとしかわからないニャ」
「ふふ、そうか。ならもっと単純に言おう。世界で初めてサバ缶を手に入れたのは誰か? 世界中にどれだけの種類のサバ缶があるのか? 地域差や年代によって違うのか? そういう『サバ缶の歴史』なら興味があるのではないか?」
「フニャッ!? それは知りたいニャ!」
さっきまで難しい顔で唸っていたクロエが、秒で手のひらを返して食いついた。うーん、流石クロエ。てかアリサも地味に凄いというか、俺に子作りを迫るポンコツっぷりを除くと、アリサってスゲー頭いいな。前世分の積み上げがあるのに、あんまり勝てる気がしない。
この前グロソ先輩に「生まれの積み上げ分なんて、本当の才能の前には些細なものだ」なんて言ってたけど、特に才能がない場合、やっぱり貴族ブーストはスゲーんだなぁ……勿論アリサが努力したってのもあるだろうけどさ。
「ふーむ……ねえみんな、ちょっといい?」
「何ですか、モブリナさん?」
「あのね、せっかくクロちゃんがやる気出したんだし、あとシュヤクがもの凄く駄目っぽい感じだから、どうせなら皆でテスト勉強しない?」
「は? 何で俺……っ!?」
別に勉強することに否やはないが、そこまで駄目と言われるのは心外だ。故に抗議の声をあげようとしたのだが、リナが素早く俺の耳を摘まみ上げると、そこに小声で訴えかけてくる。
(アンタ、わかってんの!? ここでアンタがいい成績を取らないと、オーレリアちゃんと知り合えなくなっちゃうのよ!?)
(……ああ、そう言えば)
ゲームでは主人公が好成績を収め、そんな主人公に「図書館の魔女」ことオーレリアが興味を持って話しかけてくるというのが、彼女が仲間になる流れだった。
ちなみに以前にリナが教えてくれた隠し条件の方は、このテストまでに自主的に図書館に行ってオーレリアに話しかけ、謎かけをクリアするというものらしい。初期好感度を爆増させるのは俺の目的とは違うのでスルーしたわけだが……
(って、あれ? じゃあこのテストで酷い成績を取ったりしたら、オーレリアって仲間にならないのか?)
ゲームにおけるテストは、ただ「そういうことがあった」というだけのものだ。実際にプレイヤーが回答したりはしないし、ステータスによって結果が変わることもない。
だが現実は違う。極論俺が白紙で答案を出せばテストは〇点になるだろうし、それが続けば留年とか退学なんて可能性も十分にある。
それにオーレリアが仲間にならないのも割と困る。何せ彼女の使う魔法はメインヒロイン随一の威力であり、後半ボス戦ではダメージディーラーとして極めて頼りになる存在だからだ。
ヤバい。これは勉強を頑張らねばならない。そして俺が勉強を教わるなら、同じ世界の価値感を持つリナが最適ということになる。
「えへへへへ……あの、リナさん? ちょっとご相談があるんですが」
「何よ、気持ち悪いわね。そんな顔しなくたって、今皆で勉強会しましょって言ったでしょ? で、どう?」
「私は構わないぞ。人に教えるのは自分の学びにもなるからな」
「美味しいおやつが出るならやってもいいニャ。サバ缶だったら泊まり込みでもいいニャ!」
「それならうちで開発中の新しいおやつを提供しますよ」
「なら決まりね! シュヤクもいいでしょ?」
「おう!」
魔王襲来……つまり卒業まではまだまだ余裕があるし、オーレリアを仲間にするという意味でも、数日をダンジョン探索じゃなくテスト勉強に使うのは有意義だろう。リナに頷いて答えると、俺は改めて皆を見回し、声をあげる。
「じゃあ皆で勉強するか!」
「「「おー!」」」
俺の言葉に、皆が笑顔で答えてくれる。こうして俺達はしばし学生らしく、テスト勉強に励むこととなった。





