最高のお宝ゲットだぜ!
ドラゴンの糞……それは使用することで植物系の採取スポットを即時復活させることのできる便利アイテム……だった。
そう、「だった」だ。詳しい経緯までは知らんが、結局このアイテムは実装されず、ドラゴン系の魔物を倒してもドロップすることはない。そしてその代わりに用意されたのが、採取ポイントを含む草原系のマップを無限ループすることのできるダンジョンである。
だがまあ、今はそれはいい。重要なのは、この世界には「ドラゴンの糞を使うと植物があり得ない速度で育つ」という設定が存在しているということだ。故に懸念は元からずっとあそこに住んでいたオリジナルのレッドドラゴンではなく、魔法陣から出てきたドラゴンが糞をするのかということだったが、その結果は今俺の背中にある。
「……なあ、みんな? もうちょっと近くで守ってくれてもよくね?」
「ハハハ、何を言うのだシュヤク。私が前衛なのはいつものことだろう?」
「そうだニャ。クロだって斥候として最前線を歩き続ける必要があるのニャ!」
「アンタの代わりの殿はアタシがしっかり努めてあげるから、気にしなくていいわよ! ロネットもサポートしてくれてるしね」
「そ、そうですね……」
猛烈な臭気とほのかな温もりを伝えてくる大荷物を背負う俺に、前後二組に分かれた仲間のやや遠い声が聞こえる。どうやらいつもの距離感に戻ってくれるつもりはないらしい。
まあ、うん。いいんだぜ? ヒロイン達とのフラグが立ちすぎないように立ち回ってきたのは俺なんだから、別にこの距離感に不満があるわけじゃないぜ?
でもほら、もうちょっとこう……なあ?
「……弁明するわけではないが、本当に意味があって距離を取っているのだぞ? その臭いに引きつけられ、普段とは違う魔物が寄ってくる可能性があるからな。
万が一にも荷物を失うわけにはいかんのだから、距離があるうちに迎撃するのは必須であろう?」
「アッハイ、そうっすね」
おぉぅ、どうやらちゃんと意味があるらしい。正直ちょっと申し訳なかった――
「クロは臭いから近づきたくないだけニャ」
「そこは何か理由を考えろよ! 傷つくだろ! 俺の心が!」
「なら、強い臭いで鼻が利かなくなると、近くに魔物がいても気づけなくなっちゃうから駄目なのニャ」
「そうそう、そういうのでいいんだよ! それならいいんだ」
「アンタ、本当にそれでいいの?」
「あの、私達も理由を考えた方がいいでしょうか?」
「いいよもう。ったく、主人公は辛いぜ……」
呆れたような顔をするリナと困惑顔をするロネットに苦笑しつつ、俺はリュックを背負い直す。幸いにして、どうやらドラゴンの糞の臭いは魔物を引きつけるのではなく、遠ざけてくれたらしい。特に戦闘をすることなく「火竜の寝床」を抜けると、学園廊下のショートカット経由で俺達はそのまま「春の木漏れ日」まで移動した。
その後も更に、重くて臭いのを我慢しながら歩き続けること、三〇分。俺達は遂に、今もなお荒れ果てたエアリ草の群生地まで無事に辿り着くことに成功した。
「ふーっ、ようやくか……」
ドサリとリュックを置くと、その蓋を開く。すると籠もっていた空気の分まで強くなった悪臭が周囲に漂い、俺を含めた全員がウッと顔をしかめてしまう。
「……今更なんですけど、これ本当に大丈夫なんでしょうか? 動物の糞を肥料にするという考え方は知ってますけど、あれはちゃんと肥料になるように処理をしているんですよ?」
「そうだニャ。糞をそのまままき散らしたりしたら、単に作物が駄目になるだけニャ」
「それは俺もわかってるんだが、でも大丈夫なはずだ……多分」
現実において、堆肥は糞を発酵とか色々して作るらしいという知識は、俺の中にふんわりと存在する。が、ゲームには「ドラゴンの糞を発酵させて堆肥を作る」などというプロセスは存在せず、直接使うことのできるアイテムだった。
なのでその設定が生きている前提なら、これをそのままぶちまけるだけでエアリ草がモサモサ生えてくるはずだ。逆に言えばその設定がない場合、単に群生地にとどめを刺すだけの結果になるだろうが……どっちに転ぶかはやってみなければわからない。
そして、これが俺達の残された最後の手段だ。ならば試す以外の選択肢があるはずもない。人の命がかかっているのだから尚更だ。
「頼むぜ……」
シャベルを手に取り、俺はリュックからドラゴンの糞をすくって荒れ地に乗せる。肥料っていうなら元の土を掘り返して混ぜたりした方がいいんだろうが……これはどうなんだ? ひとまずこのままで様子を見ることにしよう。
「……………………」
誰も何も言わず、ただジッと地面を見つめる。だがしばらく待ってみても、芽が出てくる様子はない。
「……量が少なかったか? それともやっぱり混ぜた方がいいのか?」
「なら少しずつ場所をずらして、色々やってみましょ」
「クロも手伝うニャ!」
首を傾げる俺にリナとクロエが追従し、三人で色々と試してみる。土に混ぜ込んでみたり、上にふんわり被せるだけにしたり、あるいは逆にドラゴンの糞の上に掘り出した土を乗せてみたりとしたのだが、どれも結果は芳しくない。
「むぅぅ、芽が出ねーな……」
「なあシュヤク、今更貴様を疑うつもりなどないが、そもそも目視できるほど素早く成長する方が異常なのではないか? 明日また来てみて生えていれば、それで十分早いと思うが」
「うぐっ、それはまあ……」
「ならあと二カ所の群生地にも、同じようにやってみる? まだブツは残ってるんだし、試す場所は多い方がいいでしょ?」
「そうですね。他にも色々条件を変えてやってみましょうか」
「みんなでウンコを撒きに行くニャ! 全部の群生地を薬草でモサモサにするニャ!」
「いや、言い方! ったく……」
張り切る皆に苦笑しつつ、俺達は残り二カ所の群生地にも移動すると、それぞれちょっとずつ違う方法を試した。具体的には普通の水の代わりにリナのウォーターボルト……つまりは魔力の籠もった水をかけてみたり、物は試しとロネットの回復ポーションをかけてみたりだな。
ただやはり、即座に芽が生えてくるということはなかった。エアリ草はダンジョンに生えているだけでダンジョンの採取ポイントとは違うので、ひょっとして駄目なのか? などという不安を抱えつつもこれ以上できることもないため、その日は帰り……そして次の日。
「さあ、どうなって…………っ!?」
「ニャー!!!」
戻ってきた場所に広がっていた光景に、クロエが雄叫びをあげて走り出す。何とそこには元の群生地を大きく越えるほど、一面にエアリ草が生い茂っていたからだ。
「凄いニャ! 薬草がいっぱいニャー!」
「これは壮観だな……フフ、シュヤクには本当に驚かされてばかりだ」
「まさかここまでの効果があるなんて、驚きです!」
「ほら、シュヤク」
「お、おぅ……」
リナにポンと肩を叩かれ、俺はフラフラと前に歩く。そうして足下にあるエアリ草をそっと摘み取ると、青々とした命の輝きに思わず目を奪われる。
ああ、何て力強い緑だろうか。これならきっと……
「……よし、幾つか摘んで、早速町に行くぞ! ケリーちゃんのお母さんを助けるんだ!」
「「「了解!」」」「ニャ!」
仲間達の力強い返事を聞きながら、俺達は多少余裕を持ってエアリ草を採取すると、すぐに町へと戻っていった。ロネットの伝手のある薬師の人に薬を調合してもらい、この前のお医者さんも呼んで、一路ケリーの家へ。そして――
「すーっ…………すーっ…………」
「うん、呼吸も落ち着きましたね。これならすぐに良くなると思います」
「ほんと!? お母さん、よくなるの?」
「ええ、大丈夫ですよ。大分体力を消耗しているので、しばらくは安静にする必要はあるでしょうけど、そうすれば元気になります」
「お母さん……っ!」
医者の言葉を聞き、穏やかな寝息を立てる母親を見て、ケリーがギュッとシーツの端を握る。だがすぐに手を離すと、今度は俺の足に抱きついてきた。
「よかったな、ケリーちゃん」
「うん! あのね、お兄ちゃん。これ!」
そう言って差し出されたのは、その辺に生えていそうな小さな白い花。俺がそれを受け取ると、ケリーがニコッと笑みを浮かべる。
「お母さんが元気になるようにって、毎日お花を摘んで枕元に置いてたの! でももう元気になるっていうから、お兄ちゃんにあげる!」
「いいのか? ありがとな」
そのアイテムの名は「幸運の白い花」。ゲーム的にはアクセサリで、身につけると魔物からのアイテムドロップ率が三%あがるという効果があるだけのものだが……
「ありがとう、お兄ちゃん! お姉ちゃん達も!」
輝くような笑顔を向けられ、皆が嬉しそうに微笑むなか、俺はその小さな花をそっとハンカチで包むと、大事に鞄にしまい込む。
サブクエスト「親孝行な少女」、クリア。世界で一番素敵な報酬を手に入れ、こうして俺達のサブクエ行脚は、ひとまずの終了を迎えるのだった。





