失敗しました、残念でした。そんな結果は願い下げだ
「ね、ねえ? 外が騒がしかったり、アリサ様がいきなりケリーちゃんを連れていっちゃったりしてたけど、何かあったの……?」
家の中に戻った俺達を出迎えたのは、不安げな表情のリナだった。事の成り行きを俺が説明すると、その目を見開きケリーの方を見る。
「そんな……っ!? それじゃ……」
「お母さん、死んじゃうの……?」
「ケリーちゃん……っ! 大丈夫、大丈夫だからね……」
泣きそうなケリーを抱きしめ、リナが自分に言い聞かせるように告げる。その一連のやりとりを前に、ロネットが俯き、拳を握ってその口を開いた。
「……ごめんなさい。私が余計な事をしなければ、彼らはきっと普通に近くのお店でエアリ草を売ったと思うんです。
そうすれば精々倍額出せば薬は買えましたし、そもそもあの人達が嫌がらせのために、ケリーちゃんのお母さんに魔力回復ポーションを飲ませたりすることもなかったはずなのに……っ!」
「ロネット、それは……」
「それは違うニャ。それを言い出したら、そもそもクロが突っかからなかったら、あいつらはクロ達を無視して薬草を売っぱらうだけだったニャ。だからロネットは悪くないニャ」
「クロエさん……」
「そこまでだ、二人共。この件に関して、あいつら以外に悪い者などいない。それに今重要なのは、どうやって早急に薬を調達するか、だ」
しょげるロネットとクロエに、アリサがそう言って場を仕切り直す。確かに今は、ケリーのお母さんを助けることこそが最優先だ。
「なあロネット、何かこう、高速で荷物を届けてもらうような手段ってないのか?」
「飛竜を使った運送はありますけど、あれは特別な権限がないと使えません。うちなら利用申請はできますが、すぐに通るとは……それに運送費用も、最低でも五〇〇万エターはかかってしまうので……」
「現実的なところでは早馬を向かわせることだろうが、我が家の領内ならともかく、王都でいきなりは難しいな。余程の緊急事態なら別だが…………すまない」
「いや、それは仕方ねーだろ。それこそ謝ることじゃねーって」
申し訳なさそうな顔をする二人に、俺はそう言って苦笑する。例えば病に冒されているのがロネット自身やその家族などなら、五〇〇万エターという大金を払い、ごり押しすることもあるのだろう。あるいは自分の家に関わることなら、アリサだって無理を押したかも知れない。
だが今回の対象は、二日前に知り合っただけの……それこそ名前すら知らない一般人だ。その程度の関わりの相手のために大金を支払ったり権力を振りかざしたりできるかと言われれば、そんなの無理に決まってる。
命は重い。だがそんな命を削って生み出す金や信用だって、同じくらい重いのだ。通りすがりの他人の為に自分の年収を使えと言われたら、俺だって躊躇し、そこまではできないと諦めただろうしな。
「リナよ、その……あれだ。お前の知識に、こういうときに役に立つようなことはないのか?」
「……ごめん」
縋るようなアリサの問いに、ケリーを抱いたままリナが首を横に振る。制作に関わった俺より「プロエタ」に詳しいリナですら、ここから逆転する一手は思いつかないようだ。
――クエスト失敗
そんな文字列が、頭をよぎる。
ゲームはすべからく、クリアされるようにできている。故にあらゆる困難にはそれを打開する手段が用意されており、最後は絶対に望むとおりになる…………とは限らない。
当然だ。世の中にはバッドエンドで終わるゲームだってあるし、強制イベントやプレイヤーの介入できないムービーシーンでヒロインキャラが刺し殺されたりすることだってある。
そう、ゲームは不自由なのだ。定められた結末以外には決して辿り着かないからこそ、成功と同じように「失敗」もまた約束されている。
――なら、これはどう考えても失敗だろ。フラグ踏みすぎだって
何処からともなく響く、自嘲の声。
――まあいいじゃん。序盤のサブイベントだし、失敗したからって大した問題じゃねーだろ?
まるで外から眺めるように、この状況を冷静に受け止める俺がいる。
――それに所詮は、ゲームのキャラ……
「ふんっ!」
「フニャッ!? シュヤク、いきなり自分の顔をひっぱたいて、何やってるニャ!?」
「あーいや、気にすんな。ちょっと気合いを入れ直しただけだ」
己が拳の一撃で、くだらない囁きを頭から追い出す。よし、スッキリした。諦める理由を考えるなんてクソな思考は吹っ飛んだので、後は助ける手段だけを考えていこう。さーて、俺に何ができる?
「っと、そうだ。なあリナ、先生はあとどのくらい大丈夫だって言ってた?」
「え? えーっと……多分、三日は厳しいんじゃないかって……」
「三日か……」
その言葉に、俺は思わず顔をしかめる。なるほど三日は厳しい。この時点で思い当たる他の場所に採取に行く、というのは難易度を無視してすら無理になった。
「一応聞くんだが、往復……いや、片道でいい。片道三日で辿り着ける場所に、エアリ草を採取できる場所の心当たりはあるか?」
そこがダンジョンならば、俺なら直接学園に転移できる。故に通常より遠くまで許容できるが……それでもなお、皆に浮かぶのは渋い表情だ。
「地元の人だけが知る群生地、というのはあるかも知れませんが……難しいと思います。そもそもそういう場所の薬草が採取され尽くしているからこそ、現在は薬の在庫がなくなっているわけですし」
「クロ達がそこに行って、今後の為に残ってる薬草を採ったりしたら、犬っころ達と同じになっちゃうニャ。それは…………」
クロエの視線が泣いているケリーに向かい、その言葉が止まる。大人が決断するならともかく、子供に「いつかの誰かのために母親を諦めろ」なんて言えるはずもない。「正しさ」が人を救うと言えるのは、己が犠牲になることを受け入れた者だけだからな。
そしてそうなると、未知の採取ポイントを探すってのは無理そうだ。だが既知の採取ポイントが駄目になったから探してるわけで……クソッ、ゲーム時代なら一日経てば復活したんだがなぁ。あるいは…………?
(待て待て、何かを見落としてる……忘れてる? 何だ?)
不意に生じた小さな違和感に、俺は全力で思考を廻していく。ゲームの知識……採取量を増やすアイテム? 今の段階だとまだ手に入らねーし、そもそも取り尽くしてるんだから意味がない。
なら採取ポイントを復活させるアイテム? 素材採取用の無限ループダンジョンを実装したから、そっちはバランスの関係で入れなかった――――
「…………ある」
「シュヤク? どうした?」
「あるぞ……」
「何があるニャ?」
「あるんだよ!」
「シュヤクさん? だから何が……」
「エアリ草をすぐに手に入れる方法がある!」
「「「えっ!?」」」
俺の言葉に、周囲の皆が声をあげる。次に声を発したのはリナだ。
「ちょっとシュヤク、どういうこと!? ちゃんと説明しなさいよ!」
「ははは、わかってるって。ちゃんと説明するから……皆にも協力して欲しい。先行で多少金はかかるし、危険も伴うし、確実とまでは言い切れねーけど……まあまずは聞いてくれ」
そうして俺は、今思いついたことを説明していく。すると顔をしかめていた皆の表情が明るくなり、その目にやる気の炎が灯っていく。
「うむ、いいだろう。困難に立ち向かってこその騎士だ。そのくらいやり遂げてみせるとも!」
「その程度の出費なら問題ありません。上手くいけば資金の回収も十分にできそうですし、喜んで協力させていただきます!」
「クロのやる気は全開なのニャ! 何でもやっちゃうのニャ!」
「何よアンタ、最高じゃない! そういうずるは好きじゃないけど、今回は許してあげるわ!」
「…………お母さん、助かるの?」
テンションの上がった俺達に、ケリーが泣くのを辞めてそう問うてくる。なので俺はその場でしゃがんで目線を合わせ、その頭をくしゃっと撫でる。
「任せとけ! 今度こそ俺達が、お母さんを元気にしてやるぜ! なあみんな?」
「ああ!」「はい!」「ニャー!」「ええ!」
全員が笑顔で親指を立てれば、ケリーの顔にも笑顔が浮かぶ。想定外には想定外を、シュヤクではなく田中 明の力を見せつけてやるぜ!





