急激な変化には、原因があって当然だ
明けて翌日の放課後。いつも通りに集まった俺達の前で、クロエが皆に昨日と同じ話をしてくれた。昨日よりも落ち着いた様子で語り終え、最後に「ごめんなさいニャ」と頭を下げたクロエに対する皆の反応は、それぞれだ。
「なるほど、そんな過去があったのか……であれば怒って当然だ。それにあの場で私が冷静でいられたのは、クロエが先に怒ったからというところもあるしな。でなければ私こそが斬りかかっていたかも知れん。
ということだから、私は気にしていないし、巻き込まれたとも思っていない」
アリサはクロエに理解を示し、そう言って頷いた。
「うわぁぁぁぁぁぁん! クロちゃんにそんな過去があったなんて……っ! 許せない、あいつら絶対ぶっ飛ばすわ!」
リナはクロエに泣いて抱きつきつつ、ジェイク達に怒りを露わにする。
「なるほど、そんなことが……ならもう少し厳しいお仕置きにしてもよかったかも知れませんね」
そしてロネットは、何だか怪しげな笑みを浮かべている。正直、ちょっと怖い。
「な、なあロネット? お前あいつらに何したんだ?」
「ふふ、すぐにわかると思いますよ。それよりシュヤクさん、エアリ草の入手なんですが……」
「お、おぅ? そうだな、どうすっか?」
露骨に話題を逸らされた気がするが、追求する勇気は俺にはなかった。それに実際、エアリ草の別口での入手は急務である。
「なあリナ、他にエアリ草が採取できる場所って、何処があったっけ?」
「えーっと……確か『常闇の庭』の入り口近くと、『針緑の樹海』の途中にある休憩ポイント、あとは隠しダンジョンの『幻鏡の平野』ね」
「その三カ所か……どれも厳しいな」
リナのあげた三カ所は、どれもすぐに行けるような場所じゃない。「常闇の庭」はとあるクエストの目的地だし、「針緑の樹海」は推奨レベルが五〇程の中盤から後半にかけてのダンジョンなので、今の俺達じゃ辿り着くのも難しい。
ましてや最後の「幻鏡の平野」は無限ループの平原マップが続く隠しダンジョンで、運次第であらゆる素材が採取できる場所ではあるが、その分出てくる魔物が強いし、何より複数条件をクリアしないと入ることすらできない。
つまり、全部駄目ということだ。これはどうしたもんかと考えていると、ロネットが小さく手をあげて口を開いた。
「すみません、さっきは言いかけだったんですけど、一応うちの方でエアリ草、というかそれで作った薬を手配しておきました。一〇日くらいでこちらにも届く予定になってます」
「お、そうなのか?」
「はい。確かにこの辺の薬の在庫はなくなっちゃいましたけど、別に国中からなくなったわけじゃないですし、エアリ草の採取場所も、他の地域にはありますから……」
「あー、そりゃそうか」
「そうよね。世界って別にここだけじゃないものね」
ロネットのその報告に、俺とリナは思わず苦笑しながら頷く。俺達の知識はあくまでもゲームの範囲内でしかないが、世界は広い。俺達の知らないダンジョンだって無数にあり、そこにはエアリ草が採れる場所だってそりゃあって当然だ。
「一〇日か……あの子の母親には我慢してもらうことになるが、やむを得まい」
「そうですね。こういう言い方はあれですけど、魔過熱は即座に悪化して命に関わるような病気ではありませんから……」
「普通の風邪だって三日や四日くらいは寝込むこともあるニャ。元気になるまではクロ達が差し入れしたり、お手伝いしたらいいニャ」
「そうだな。ならとりあえず、今日も様子を見に行ってみるか? 一応その報告もしといた方がいいだろうしな」
「さんせー! ならお土産買ってかないとね」
俺は神でもプログラマーでもないので、存在しない薬をひょいっと創り出すことはできない。一刻を争うような病気ならジェイク達からどうにか買い取る手段も考えただろうが、そうでないならロネットが発注してくれた薬を待つ方が賢明だろう。
ということで、俺達は学園を出て街へと繰り出し、滋養に良さそうなものとか、あとあの女の子が喜びそうなちょっとした小物なんかを買って、件の家へと向かった。
コンコン
「こんにちはー! この前薬草を採ってくるって約束した冒……じゃない、討魔士の学生ですけど」
ノックし、扉の向こうに声をかける。だがどういうわけか、返事が聞こえてこない。
「ん? 留守か?」
「あの娘が母を連れて医者のところに行っているとか?」
「いやいや、逆ならともかく、娘さんがお母さんを連れて行くのはないでしょ。あーでも、娘さんだけがお使いに出てる可能性は――」
キィ……
「……お兄ちゃん?」
話し込む俺達の前で、小さな音を立てて扉が開く。出てきたのは二日前に見た少女その人だったが、その表情は明らかに暗い。
「何だ、いたのか。こんにちは……どうした? 何かあったのか?」
「……あのね、お母さんがね…………ぐずっ、ひっく……っ」
「えっ、ちょっ、何で泣き出すの!?」
「ごめんニャ! 勝手に入るニャ!」
「あ、おいクロエ! 悪い、この子を頼む!」
ぐずり出す少女を前にリナが戸惑っていると、クロエがそう言って勝手に家の中に入ってしまう。慌てて俺も後を追い、母親が寝ている部屋に行ったのだが……
「ハッ……ハッ……ハッ……」
「これは……っ!?」
「シュヤク! お母さんが凄く熱いニャ!」
荒い息を吐く母親は、俺達の侵入に気づきすらせず熱に浮かされている。二日前に比べて明らかに……そして急激に状態が悪くなっている様子に驚いていると、女性の額に手を置いたクロエがそう叫んだ。どうやらこれはかなりヤバい状況のようだ。
「クロエ、医者呼んでこい! 皆、来てくれ! お母さんの様子がヤバそうだ!」
「わかったニャ!」
大急ぎで家を飛び出すクロエと入れ替わるように、ロネットとアリサが室内に入ってくる。そうして母親の様子を見ると、二人の表情が深刻なものに変わる。
「何故これほど急に容態が……? いや、それより冷やすものが欲しいな。だが氷となると……」
「井戸水を汲んで、そこにロネットのフリーズポーションを投げるのはどうだ? 額を冷やすだけなら十分だと思うんだが」
「それ、採用です! すぐやりますね!」
俺の思いつきを聞いて、ロネットが即座に行動を始めた。当然俺達もすぐにそれを手伝い、程なくしてキンキンに冷えた水に満ちた桶が室内に運び込まれた。
「うぅぅ、お母さん……」
「大丈夫よ、アタシ達がきっと助けてあげるからね」
ロネットが自身の鞄から出したハンカチを母親の額に乗せたところで、泣いている少女をあやしながらリナも部屋にやってくる。そうしてしばらく様子を見るとクロエが医者を引っ張ってきて、呼吸を整えた医者が母親を診てくれた。
「先生、どうですか?」
「これは…………」
皆を代表して問う俺に、医者の先生は厳しい表情を浮かべる。
「かなり厳しい状況ですね。症状が急激に悪化しています」
「そんな!? 魔過熱って、治らない代わりに悪くもなりづらい病気だって聞いたんですけど……」
「ええ、普通はそうですね。なので一気に症状が悪くなるような何かがあったと考えるのが妥当なのですが……症状が悪化する前に、何かいつもと違う事をしませんでしたか?」
「そう言われても……」
医者の問いに、今着たばかりの俺達は当然何もわからない。するとリナに手を引かれていた少女が、嗚咽混じりのその口を開いた。
「あの……あのね。少し前に知らないお兄ちゃんが来てね、お薬くれたの。これを飲めばお母さんが元気になるよって……」
「は!? 何でそんな怪しい…………あー…………」
どうして知らない人からもらった薬なんて飲ませたのか、そう言おうとして、そもそも俺達だって「知らない人が突然訪ねて来た」という事実に変わらないことに気づき、言葉に詰まる。
ゲームだからそうなってるのか、それとも教育の問題なのか? 詳しいことはわからねーが、とりあえず今はそれより重要なことがある。
「ねえケリーちゃん、それどんなお薬だったの?」
「瓶に入ったね、青いお薬。でもお母さんに飲ませたあと、瓶はそのお兄ちゃんが持っていっちゃったの」
「青い薬……」
リナが少女に……ケリーという名前らしい……優しく問いかけ、そんな答えが返ってくる。青い薬……それに瓶を回収した? 怪しい。推測するまでもなく、トラブルの匂いがプンプンする。
「瓶を回収したとなると、まさか毒か? ごく弱い毒でも、体が弱っている状態ならば効果は抜群だろう」
「でも、何で? ケリーちゃんのお母さんが、誰かに恨みを買ってたのか?」
「違うもん! お母さん、そんなことないもん!」
「あー、ごめん! そうよね、そんなことないわよね! ごめんねケリーちゃん、ごめんね」
声を荒げるケリーを、リナが慌てて宥める。どうやらここで話を続けるのはマズそうだと、俺は皆に目配せをし、リナとケリー、それに医者の先生を残して家を出る。すると……
「よぉ? 随分とお困りみてーだなぁ?」
そんな俺達に声をかけてきたには、嫌らしい笑みを浮かべた三人の犬獣人達であった。





