ベッドの上で反省会……他意はない
「うっ……あれ…………?」
気づいた時、俺の目に映ったのは知らない天井だった。いや、知ってはいるんだが初体験というか、ゲーム時代に幾度か見たことのある光景だ。現実では完封できたが、パーティ全体に麻痺をまき散らすとか反則だろ、あのクソキノコ……って、違う!
「保健室!? まさか全滅したのか!?」
学園の保健室で、主人公が目を覚ます……それはパーティが全滅した場合の処理だ。まさかあの後あいつらが戻ってきて、戦闘になった!? だとしたら皆は――
「シュヤク!」
「へっ!? リナ!?」
慌てて身を起こそうとした瞬間、俺の上半身に誰かが飛びついてきた。すぐにそれがリナだとわかり、そのまま視線を走らせれば、すぐ側にアリサの姿もあった。
「起きたか、シュヤク」
「アリサ……? 俺は一体……?」
「アンタ、ダンジョン内で気を失っちゃったのよ! アンタを運ぶのすっごい大変だったんだからね!」
「気を……ああ、そういうことか。ん、リナが運んでくれたのか?」
「違うわよ? アンタを運んだのは、アリサ様」
「そうだな。私がおぶって運んだのだ」
「アリサ? じゃあお前は何が大変だったんだ?」
「何言ってんのよ! 推しがハーレム王をおんぶしてる姿を眺めてることしかできないなんて、これ以上ないくらい辛くて大変じゃない!」
「お、おぅ……ははは」
パッと俺から離れ、いつもの調子で言うリナに、俺は何だか笑ってしまう。するとそんな俺達を見て、今度はアリサが話しかけてきた。
「体の方は大丈夫か? ロネットが回復ポーションを使ったし、保険医の先生にも問題ないと言われてはいたが……」
「あー……うん、大丈夫だ。問題ない」
軽く体を動かして確かめてみるも、特に異常は感じられない。全身の打撲に肋骨くらいは折れてたと思うが、それが綺麗に治るとか、流石はゲームだな……まあ一晩寝たら眼球が復元するくらいだから、このくらいは今更なのかも知れんけども。
「って、そうだ! 今はいつだ!? 俺、どれくらい寝てたんだ?」
「そう焦らずとも、大した時間は経っていない。すっかり日は暮れてしまったが、まだ日付は変わっていないからな」
「そっか……」
窓にはカーテンがかかっているので外は見えないが、室内は魔法の照明で煌々と照らされているので、まあ夜なんだろう。とすると、俺は五時間とか六時間とか、そのくらい失神してたんだろうか? 「気絶」の状態異常だったら一〇秒くらいで回復しそうなもんだが……
「……すまなかった」
と、そんな事をボーッと考えていると、不意にアリサがそう言って頭を下げてくる。だがその意味が俺にはわからない。
「アリサ? 何が?」
「貴様を見捨てたことだ」
「いや、見捨てたって……止めたのは俺だし、それは違うだろ?」
アリサの言葉を、俺ははっきりとそう否定した。だがアリサは悔しげに顔を歪めながら、ゆっくり首を横に振る。
「そんなことはない。実際リナは、貴様の様子を見て止めに入ろうとしていたのだ。だがそれは私が制した。もしあの場でリナが『私達も謝るから』などと口にしたら、その弱みにつけ込まれると思ったからだ。
そしてそれは、自分一人で私達を守ってくれた貴様の覚悟を踏みにじる行為だと考えた。だから私は、貴様を見捨てることを選んだのだ。
だが、だが私は…………っ」
アリサが俯き、ギュッと拳を握る。
ああ、そうだろう。もしあの場で誰かがそんなことを言ったら、あいつらは嬉々としてアリサやリナ、ロネットやクロエにろくでもない要求をしたに違いない。その結果どうでもよくなった俺は暴力から解放されただろうが、代わりに皆が酷い目に遭ったであろうことは明白だ。
なので俺は改めて体を起こすと、震えているアリサの拳をそっと自分の手で包み込む。
「シュヤク?」
「そんな顔すんなよ。アリサが一番俺の意を汲んでくれたってことだろ? それにあれは、人間相手に殺し合いをする覚悟なんて持てなかった俺がへたれた結果さ。アリサが気にすることじゃねーって。
むしろ俺の身一つですんだなら、安いもんだしな」
「……フッ。やはり貴様はいい男だな。惚れ直したぞ」
優しい笑みを浮かべるアリサに、俺はニヤリと笑って言う。
「なんだよ、『戦う覚悟も持てなかったのか!』って失望はしねーのか?」
「まさか。剣を振り回すだけなら子供にだってできる。だが貴様は剣を抜くことなく、あいつらを退けた。その真に強き意志にこそ、私は心から敬意を表する」
「…………」
そのまっすぐな瞳に、俺は何とも照れくさくて思わず顔を逸らしてしまう。するとちょうど視線の先にいたリナが、腕組みをしながらフンと鼻を鳴らした。
「ま、今回はアンタも頑張ったし? アリサ様に認められるのも、ちょっとくらいなら許してあげてもいいわよ?」
「へいへい、そりゃどーも」
「フフフ、今はこんな態度だが、貴様を一番心配していたのはリナなのだぞ? 残るのは私だけでいいと言ったのに、貴様の側から全く離れなかったしな」
「ちょっ、アリサ様!? 違うわよ! アンタがあんまりボロボロだったから、流石に見過ごせなかっただけなの! 変な勘違いとかしたらただじゃおかないからね!」
「わかってるって。わかってるからそう騒ぐなよ」
他のメンバーはともかく、俺とリナの価値感や精神性は、どうしたって日本にいた頃に引きずられている。なら目の前で気絶するまでボコボコにされたら、そりゃ心配するだろうしな。
「って、そうだ。ここにいねーけど、ロネットとクロエはどうしたんだ?」
「ああ、ロネットなら何かやることがあるとかで、王都に着いたらすぐに別行動だ。商人には商人の戦い方があると言っていたから、何かするつもりなのだろう」
「へー……」
何だろう、俺の脳裏にいい笑顔を浮かべたロネットの姿が浮かんでくる。アンデルセン商会って、ゲームだと単に「大商会」としか設定されてなかったはずなんだが……あれ現実だとどうなってんだろうか? まあロネット本人がやる気だって言うなら、俺に止める理由はまったくないわけだが。
「んじゃ、クロエは?」
「クロちゃんは……」
問う俺に、リナが表情を曇らせた。なので俺がアリサの方を向くと、アリサもまた沈んだ様子でその口を開く。
「クロエは、今回の一件に随分と責任を感じていたようでな。帰路では終始無言で、王都に着くといつの間にか姿を消していたのだ」
「本当はアタシがもっと励ましてあげたらよかったんだと思うんだけど……」
「私達も皆、自分の不甲斐なさを痛感していたからな。背負う貴様の意識も戻らぬし、そのうえでクロエにまで気が回らなかったのだ」
「そっか。それはまあ、仕方ねーよなぁ……」
辛そうに言うアリサに、俺はそれ以上何も言えない。情けなく気絶してここまで運ばれてきた俺が、自分がどれだけ傷ついていても他人にも気をつかえ、なんた偉そうに言えるはずもない。
「きっとクロエにも時間が必要なのだろう。もし貴様のところに顔を見せたなら……」
「ああ、その時は話をしてみるよ」
その後は少し雑談をすると、アリサとリナは自分達の部屋へと戻っていった。それを見送る俺は、保健室でお泊まりである。いやまあ、別に何処も痛くないので帰ろうと思えば帰れるんだろうが、既に宿泊許可は取ってあるって話なのだ。
そりゃまあ、意識不明でいつ目覚めるかわからない人間を、目覚めてすぐ帰れるようにはしねーよな。納得しかないので、俺は部屋の照明を消すと、そのままベッドに横になる。カーテン越しに差し込む柔らかな月明かりに照らされながら頭に浮かぶのは、俺的にはついさっきの出来事だ。
果たして、あれでよかったのか? もっと上手くやる方法はなかっただろうか? グルグルとそんな思考が巡るが、答えなど出るはずもない。
だってこれは現実なのだ。ゲームのようにセーブとロードを繰り返し、全ての選択肢を選んでみてから一番いいのを選ぶ……なんてことはできないのだ。
「そうだよなぁ、現実ってそういうもんだよなぁ」
中途半端に未来を知っているが故に変に逸れていた感覚が、改めて現実に摺り合わされる。あまりにも当たり前な結論が身に染みて、俺はゴロンと寝返りをうった。
「でもまあ、そんなもんだよな」
とはいえ、別に後悔しているとかじゃない。何だかんだ言ってもヤバそうな輩に絡まれて俺以外に怪我人なしというなら、俺にしちゃ上出来だろう。何せ俺はガワだけの主人公だからな……
「ん?」
と、その時。不意にフワッとカーテンが靡き、風と共に何かが室内に入ってくる。
「……クロエ?」
「……ニャ」
暗がりから姿を現したのは、何ともしょぼくれた顔をした知り合いの猫娘であった。





