それは流石に一線越えてるだろ……
「ギニャー!? またやられてるニャー!?」
やってきた二番目の群生地。そこに広がる惨状に、クロエの叫びが再び響き渡る。今回もまた地面がボコボコに掘り返され、エアリ草は一本も残されていなかった。
「許さないニャ! 許さないニャ! 絶対犯人を捕まえて、クロの尻尾でギューッと締め上げてやるニャ!」
ブワッと尻尾を膨らませ、クロエが激しくいきり立つ。とはいえまさかの二カ所連続での暴挙は、俺達だって顔をしかめざるを得ない。
「まさかここも駄目とはな……どうなってんだ?」
「さっきのアリサ様の話だと、今ってこれの在庫がなくなってるのよね? ならアタシ達が知らないだけで、実は凄く値上がりしてるとか?」
「どうだろうな。流行は既に収束しているから、喫緊に薬が必要という状況ではないはずだ」
「となると、精々三割増しくらいでしょうか? 今現在流行ってるなら倍や三倍の根を付ける人もいるでしょうけど、在庫を戻したいというだけであれば、それ以上出すと赤字になってしまうでしょうし」
「それでも根こそぎ全部持っていけば、それなりのお金になるニャ! こんなことするのは目先のお金しか見てない馬鹿だけニャ! 絶対そうニャ!」
「お、おぅ……何だよクロエ、スゲー剣幕だな?」
「当たり前ニャ! 自然の恵みはみんなのものニャ! それを駄目にしちゃう奴は、本当に駄目駄目なのニャ!」
ずっと声を荒げているクロエが、やはり今度も怒りを露わにして言う。何だかよくわかんねーが、どうやらクロエ的には、薬草根こそぎは相当に許されざる行為のようだ。
「まあ、ないものは仕方あるまい。シュヤク、エアリ草が生えていそうな場所の心当たりは、まだあるのか?」
「あと一カ所なら……リナ?」
「アタシも同じ。別にレアアイテムとかじゃないしね」
俺の問いかけに、リナが肩をすくめて言う。ゲームには「魔過熱」なんて病気は出てこなかったので、このクエストを除けば、エアリ草は合成すると低位の回復薬になる程度の素材アイテムでしかなかった。
なので店売りはされていなかったし、採取場所も限られていたものの、それで困ることなどなかったのだが……こうなってくると話が違う。
「なら早く行くニャ! 次こそ無法者どもより先に辿り着いて、薬草の群生地を守るニャー!」
「だな。じゃあちょっと急ぐか」
クロエに急かされ、俺達はダンジョン内を早足で進んで行く。そうして最後の心当たりに辿り着くと、そこではちょうど先客が、地面を掘り返してエアリ草を採取し終えたところだった。
「あーっ!? お前ら、何やってるニャー!」
「あん? 何だ?」
立っていたのは、見るからに柄の悪そうな二〇代くらいの男三人組。しかしその特徴は、何と言っても頭と尻に生えた獣人の証だろう。
「やっぱり犬だったニャ! こういう雑な悪事を働くのは、絶対犬だと思ってたニャ!」
「何かと思えば、猫のガキじゃねーか。俺達は忙しいんだ、さっさと消えろ」
クロエの言葉に、革鎧を着込んだ背の高い男がうざったそうに手を振る。だが当然それでクロエが……そして俺達が引き下がるはずもない。
「お前達か? このダンジョンのエアリ草を根こそぎ持っていっているのは?」
「それがどうかしたか?」
「どうかしたかじゃないニャ! これだから犬っころは――」
「まあまあ、落ち着けクロエ。我々もエアリ草を採取しに来たのだが、全てが酷い荒らされようでな。一応問うが、薬草類を採取するときは半分……やむを得ない場合でも三割は残すという常識を知らんのか?」
「「「…………」」」
クロエを手で制しつつ問うたアリサに、男達は無言で顔を見合わせる。だが次の瞬間、男達は腹を抱えて笑い声をあげた。
「ギャッハッハッハッハ! おい、聞いたか? 『半分残せ』だってよ!」
「ばっかじゃねーの! 金になるのに残すわけねーだろ!」
「だよなぁ! ダンジョンのお宝は早い者勝ちなんて当然じゃん!」
「だから犬は馬鹿なのニャ! 薬草は残せばまた生えてくるニャ! それを自分達で台無しにしといて、何を笑ってるニャ!」
「はぁ? また生えてくる? 何寝ぼけたこと言ってんだ。なんで次に採りにくる誰かのために、俺達が目の前の金を諦めなきゃならねーんだよ? それこそあり得ねーだろ」
「そうそう。俺達に負けたノロマがどうなったって知らねーよ。なあジェイク?」
「そういうこった。ここが俺達の『縄張り』だったら違うだろうが、そうじゃねーならどうでもいいさ」
ジェイクと呼ばれたリーダー格らしき犬獣人が、そういってニヤリと笑った。短い黒髪と浅黒い肌、クロエと同じく基本的な造形は人間と同じなれど、灰色の耳と大きく大きくふさふさの尻尾はまさに犬獣人。チラリと覗いた犬歯が微妙に鋭いところに、そこはかとないキャラデザの拘りが見える。
「なるほど、自分達の利益が最優先か……確かに暗黙のルールや守るべきマナーに強制力はない。だがそのような行動は、必ずツケが回ってくるぞ?」
「だったらそのツケごと噛み砕いてやるさ! 俺達は泣く子も黙る『プラウドウルフ』だ」
「そうさ! 俺達に勝てる奴なんていねーんだよ!」
「人間や猫のガキ共が俺達に意見するなんて、一〇年はえーんだよ!」
「ほーん。プラウドウルフねぇ……?」
やたらとイキリ倒している犬獣人達に、俺は何とも言えない視線を送る。これがゲームなら「名前がある」時点でそれなりに出番のある重要キャラってことになるが、現実だと名前があるのは普通なので、そこでの判別は不可能だ。
そして俺の記憶には、そんな名前のキャラやパーティが出てきた記憶はない。チラリとリナの方に視線を向けてみたが、小さく首を振っているのでやはり覚えがないようだ。
ふむ? まあゲームのシナリオにあるキャラだけが絡んでくるってわけじゃねーだろうし、そもそも「親孝行の少女」のイベントで目的のアイテムが取り尽くされていて採取できないって時点で、もう違うからな。
ならまた何かイレギュラーな事件に巻き込まれたってことだろうか? 俺がそんなことを考えていると、今度はロネットがジェイクに話しかけた。
「あの、先ほども申し上げました通り、私達もエアリ草を探しているんです。一つでいいので売っていただけませんか?」
「ロネット!? 何言ってるニャ! こんな奴らから買うなんて……」
「でも、この辺にはもう他の群生地はないんですよね?」
ビックリしたクロエの言葉に、しかしロネットがそう言って振り向いてくる。俺もリナもこれ以上は知らなかったので渋い顔で頷くと、ロネットが改めてジェイクに声をかける。
「実は今、知り合いに魔過熱を煩っている方がいるんです。なのでできるだけ急いでエアリ草が欲しいんです」
「へぇ、そうなのか。そりゃ大変だな。いいぜ、売ってやる」
「ありがとうございます。では……」
「一億エターだ」
「…………は?」
意地の悪い笑みを浮かべて言うジェイクに、ロネットが固まる。当たり前の話だが、その辺に生えてる草が一億エターもするはずがない。なおゲームだと売却価格は二〇エターだったが、それはまあいいとして。
「おいジェイク、一億は安すぎだろ! 命の値段だぜ?」
「おっと、そうか。なら特別に三億エターで売ってやる。どうだ、嬉しいか?」
「三億、ですか……一応言いますけど、貴方がたが集めたその草、いくら在庫不足で需要があるとはいえ、一般的なお店の買い取り価格は精々七〇〇エターくらいだと思いますよ? 私なら八〇〇エターで買い取ります。一つだけというのなら一〇〇〇……いえ、一五〇〇エターで買い取っても構いません」
馬鹿みたいな提案に、ロネットが現実的な値段で食い下がる。するとその値段を聞いたジェイクが、仲間の抱えるエアリ草を一つ手に取って差し出してきた。
「商談成立ですね。でしたら……!?」
だがそれを受け取るためにロネットが腕を伸ばすと、ジェイクは徐にエアリ草を地面に落とし、その足でグリグリと踏みつける。
「ブァーカ! そんなはした金で売るくらいなら、こうした方がマシだ」
「ギャッハッハッハッハ! ジェイク、ひでー!」
「身の程わきまえろよ、クソガキが!」
不快な笑い声が、快晴の空の下に響き渡る。その瞬間、俺達の脇から飛び出した黒い影が、ジェイクに向かって躍りかかった。





