わかってても、頼まれたら張り切っちゃうよな
コンコン
「こんにちはー。誰かいますかー?」
辿り着いたのは、王都の住宅街にあるごく普通の民家。ゲームならそんなことせずそのまま入れたわけだが、流石に現実でそれをやるのはマズい……いや、ワンチャン平気な可能性もあるけど、アリサとかロネットの視線がマズい……のでノックして声をかけると、程なくしてゆっくり扉が開かれ、中から六歳くらいの可愛い女の子が姿を現した。
「はーい……お兄ちゃん達、だれ?」
「初めまして。俺達はグランシール学園の生徒なんだ。今学園の課題で、困ってる町の人を助けて回ってるんだけど、お嬢ちゃんは何か困ってること、あるかな?」
不思議そうに首を傾げている少女に、俺は笑顔でそう告げる。なお、この言いだしはリナが考えたものだ。こんなちゃんとしたやり方が思いつくのに、何故俺の匂いフェチ設定を強化したのか……っ! 考える度に心の目から血の涙が溢れ出るが、今はそれを無理矢理飲み込んでおくとして。
「困ってること……あのね、お母さんがびょーきで、ずっと寝てるの。だからね、エアリ草っていうのが欲しいの」
「エアリ草……ということは、お母さんは魔過熱にかかってるんですか?」
少女の言葉に、ロネットが反応する。が……はて、まかねつ?
「ロネット、まかねつって何だ?」
「魔過熱は、体内の魔力循環が滞ることで発熱が生じる、割と珍しい病気ですね。安静にしてさえいれば死亡することは滅多にありませんが、反面薬を使わなければ自然治癒が望めないため、かつては不治の病とまで言われていました」
「かつては……ってことは、今は違うのよね?」
「ああ、そうだ。その娘の言う通り、エアリ草というのが特効薬の材料になる。つまり薬を飲ませれば数日で元気になるはずなのだが……娘、何故薬草が欲しいのだ? 普通に医者を呼べばいいだろう?」
首を傾げて問うリナに、アリサが追加でそう説明してから少女に問う。すると少女はキュッと口を結び、ブンブンと首を横に振った。
「んーん、駄目なの。おいしゃさん、来てくれないの」
「来てくれない? どういうことだ?」
「わかんない! でも来てくれないの!」
「む……」
「こんなちびっ子に話を聞いても、埒が明かないニャ。母ちゃんから直接聞けばいいニャ」
「そう、ですね。あまり無理はさせたくないですけど……あの、お嬢さん? お母さんにお話を聞くことはできますか?」
「お母さん、あっちにいるよ」
少女の指差した扉を開け、俺達が部屋に入る。するとそこにはぐったりとした様子でベッドに横になる、少女によく似た大人の女性の姿があった。
「ふぅ、ふぅ……え? ど、どちら様ですか?」
「あっと、失礼。俺達はグランシール学園の生徒です。お嬢さんからエアリ草が欲しいっていう相談を受けたんですけど、そもそもどうして医者を呼ばないのかって話になりまして……」
「ああ、そういうことですか……それがどうやら、薬の在庫がないらしいんです」
見ず知らずの人間がいきなり家に入ってきたら、普通なら警戒して衛兵を呼ばれるところだ。が、そこはゲーム的な何かが働いているのか、お母さんがそう説明してくれる。
だがその言葉に首を傾げたのはロネットだ。
「在庫がない? 魔過熱は確かに罹る人の少ない病気ですから、小さな村などならそれもわかりますけど、王都に在庫がないというのは……?」
「それは私には何とも……ただ『今は薬の在庫がないので治療できない』と言われただけですので……」
「そりゃそうだニャ。母ちゃんがわかるわけないニャ」
「そう言えば少し前に、南の方で魔過熱が流行したという話を聞いたな。ひょっとしたらその影響で、一時的に在庫がなくなっているのかも知れん」
「あー、そういう……」
普段は罹る人の少ない病気が流行したから、在庫がない。なるほどそういう理由付けであれば、あの子が薬草を欲しがるというクエストの流れが、現実の範囲に収まる……のか? とりあえず俺的には納得できたけれども。
「ならクロ達でサクッと採ってくればいいニャ。エアリ草なんて、そんなに珍しくないニャ」
「そうですね。薬にするなら鮮度が重要なので一般流通はしてませんが、物自体は特に希少というわけではないですし、採取できる場所はあると思いますが……?」
「まっかせて! 勿論、心当たりはバッチリよ! ねえシュヤク?」
「おう! 一番近いのはプロタ草原にある『春の木漏れ日』だな」
ドヤ顔で言うリナに、俺も頷いて答える。このクエストの推奨レベルは五なので、当然クエストアイテムであるエアリ草も近所で採取できるのだ。
「というわけなんで、ちょっと待っててください。すぐ薬草を採ってきますんで」
「いいんですか? ご迷惑じゃ……」
「気にしないで! アタシ達がやりたくてやることだしね」
「そうだニャ。病人は大人しく寝てればいいニャ。でもどうしてもって言うなら、お礼のサバ缶は受け取ってやるニャ」
「こら!」
調子に乗るクロエの頭を、俺が軽く引っ叩いておく。それから「お兄ちゃん、お姉ちゃん、お母さんを助けてください!」とぺこりと少女に頭を下げられたことで、俺達のやる気が爆発。すぐに学園に戻って遠征の手続きをすると……明けて翌日。俺達は早朝から馬車に飛び乗り、目的地へと辿り着いていた。
プロタ草原……かつて「火竜の寝床」に向かうときに通り過ぎたそこには、幾つかダンジョンの入り口が存在する。今回俺達が向かった「春の木漏れ日」は、その中でももっとも適正レベルの低いダンジョンだ。
そのレベルは、「親孝行の少女」のクエスト推奨レベルと同じ五。学園入学当時の俺達ですら頑張ればどうにかなるレベルであり、当然今の俺達が苦戦する要素はない。
お約束の最弱魔物であるプニョイムやちょっと鋭い牙があるだけで、一撃でこっちを殺してきたりしないモフラビット、地面から頭を出し爪でひっかいてくるツメモグラなどの雑魚を蹴散らしつつ、散歩感覚でダンジョンを踏破していくと、程なくしてエアリ草の群生地に辿り着いたのだが……
「ギニャー!? どうなってるニャー!?」
「むぅ、これは酷いな……」
クロエの叫び声が辺りに響き、アリサがその惨状に顔をしかめる。薬草の群生地がボコボコに掘り返されており、エアリ草が一本も残っていなかったのだ。
「うわ、こりゃヒデーな」
「こういうのってマナー違反じゃないの?」
「それどころじゃないニャ! 根こそぎ全部持ってかれたら、もう生えてこないニャ! これをやった奴はとんでもないお馬鹿ニャ!」
「そうなのか? ダンジョンならこれでも復活しそうな気がするけど?」
怒り狂うクロエの言葉に、俺は首を傾げてそう口にする。するとそれを聞いたロネットが、苦笑しながら説明してくれた。
「確かに素材によってはそういうものもありますけど、エアリ草はダンジョンの魔力がないと育たない草というだけで、ダンジョンによって生み出されたものじゃないんです。
なのでダンジョンの力で復活はしないと思いますよ」
「そうだな。ダンジョンの中なら何をしても元に戻るというのなら、家畜を連れ込んで肉にしても翌日には復活するということになってしまう。いや、それどころかダンジョン内部で死んだ人間が、次の日には平然と蘇っているという話になるぞ?」
「おぉぅ、そりゃ怖い。でもそっか、それなら納得だ」
なるほど、「火竜の寝床」の鉱床と違って、これはたまたまダンジョンの環境に適応した草が生えてるだけだから、復活しないってことか。ゲームでは定期的に採取できたが、それは自然に増える範囲だったってことか? 調べようがないからわかんねーけど、きっとそうなんだろう。
「こんなことする奴は絶対に許さないニャ! サバ缶をくれても許さないニャ!」
「まあまあ、落ち着けってクロエ。他にも採取できる場所はあるし、とりあえずそっちに行ってみようぜ」
エアリ草の採取場所は、まだ幾つかあったはず。地面と同じくらい荒れているクロエを宥めつつ、俺達は次の群生地に向かって移動していった。





