サブクエスト、在庫一掃セールだぜ!
「…………ということだから、『久遠の約束』の攻略は小休止して、ひとまずサブクエ……ゲフン、学園とか王都の困ってる人を助けたりする活動をしたいと思うんだが、どうだろうか?」
「ふーん。いいんじゃない? 確かに塩漬けにし続けたら、旨みがなくなっちゃうもんねぇ」
明けて翌日の放課後。考えていたプランを相談した俺に、リナが同意して頷いてくれる。うむうむ、やはりリナはわかっている奴だ。
そう、このタイミングでサブクエ攻略に乗り出したのは、今のペースでメインダンジョンの攻略を進めたら悪目立ちが過ぎるというのもあるが、何よりこれ以上放置すると、やる価値のなくなるサブイベントが沢山たまっていたからだ。
なにせ、俺達は既にレベル二〇くらいになっている。だが入学してからの期間はまだ一ヶ月と少しであり、サブイベントにはほぼ手を着けていない状態だ。
つまり、推奨レベル五とかのサブイベントが渋滞している。これを更に放置してこっちのレベルが三〇とか四〇までなったら、もうそんなのクリアして得られる報酬なんて売って金にする価値すらない。近くの低レベルダンジョンでイベントアイテムを拾って持ってくるとかをやるくらいなら、適正狩り場で雑魚を倒した方がよっぽどコスパがよくなっちまうからな。
それと……これはあえて言うつもりはないが、もう一つ俺には気がかりなことがある。それは「イベントはいつまで存在し続けるのか?」ということだ。
ゲーム時代なら、ごく一部の時限イベントを除き、クリアしていないイベントはどれだけゲームが進んでも存在し続けていた。男子生徒の落とし物は卒業間際でも見つからないし、迷子の子猫は何年経っても迷子のままだ。
だが、果たして現実となったこの世界でも、同じようにイベントが残り続けるのか? これは大いに疑問である。モブキャラという記号ではなく、実在する人間としての彼らが神の意志によって永遠に困り続けるのは、俺としても気分がよくない。
なので個人的な思いとして、サブイベントも可能なら全部クリアしたいと思っている。だからこそあまりに長期間放置し続け、クリア報酬が陳腐化……ゲフンゲフン! 彼らが困り続けることがないように立ち回りたいと考えたわけだな。
そんな思いが今回の提案となったわけだが、リナを除く三人はどうも反応が悪い。正確にはクロエはあんまり興味がなさそうにあくびをしており、アリサはやや考え込むような姿勢を、ロネットに至ってはあからさまに困惑した表情を浮かべている……むぅ、何故に? そんな変な提案でもないと思うんだが……?
「ふーむ。確かにシュヤクの言うことはわかる。あのような異常事態があったばかりだし、私としてもすぐに『久遠の約束』に続けて潜りたいとは思わないしな。
だが……」
「あの、シュヤクさんのお知り合いに困ってる人がいるとかではなく、私達で困ってる人を捜し歩いて、それを解決するんですか? それはちょっと意味がわからないというか……いえ、わかるんですけどわからない……?」
「おぉぅ!? あー、そっか、そうだな……」
ロネットの言葉に、俺は皆の反応の意味を理解する。俺やリナは「そこにイベントがある」と知ってるから目的の場所に向かうだけだが、アリサやロネット達からすれば、いるかどうかもわからない困った人を探して助けるという話になるわけだ。
そりゃ「何言ってんだこいつ?」ってなるよなぁ。しかし……ふむ、これはどうしたもんだろうか?
(なあリナ、何かいい感じの理由思いつかねーか? ほら、いつもの村に来た旅人から話聞いたとかで)
(アンタ、困った事あったら全部アタシに丸投げするの、いい加減にしなさいよね! 無理に決まってるでしょ! 何で昔村に来た旅人が、今の人の困りごとなんて知ってるのよ!? そんな予言者がいたら、歴史に残ってないわけなくなっちゃうでしょ!?)
(ぐぅ……)
完全な正論で返され、俺はひとまずぐうの音を出しておく。でもなー、本当にどうやって説明すりゃいいのか、これっぽっちもわかんねーんだよなぁ。
(……ハァ、どうなっても知らないわよ?)
(お、何かいいアイディアが!? 流石リナさん! そこに痺れる憧れるぅ!)
俺が困り果てていると、ため息を吐いたリナがどうにかしてくれるらしい。期待の眼差しを込めて見つめていると、リナが徐にその口を開く。
「みんな、聞いて。シュヤクはいきすぎた匂いフェチが高じて、困ってる人の匂いを嗅ぎつけるほどの高みに至ったのよ!」
「なっ!?」
「そ、そうなのか!? むむむ、まさかそこまで極まっていたとは……」
「それは凄いニャー。犬獣人でもそんなことできないニャー」
「す、凄いです、ね? あはははは……」
絶句する俺を見てアリサが驚き、クロエが感心し、ロネットが一歩遠ざかる。ギロリとリナを睨み付けたが、平然としたリナの横顔から「ちゃんと警告したわよ?」とでも言わんばかりの圧力を感じる。
ぐぬぬぬぬ……本当にこの道しかないのか? だが何故か困ってる人を知っている理由なんて、他に思いつかねーし…………
「ソ、ソウダヨー。俺は困ってる人がワカルンダー! だからそう言う人達を助けてアゲルンダヨー」
内心で血の涙を流しながら、俺は道化を演じきる。フッ、笑いたくば笑うがいい。これが俺の生き様だ……っ!
…………なお、その後「まあアンタが一人でクエスト受けてから皆に相談するって形にすれば、何の問題もなかったと思うけどね」とリナに告げられ、激しく頭を掻きむしりながら地面をのたうち回ることになるのだが、それはそれとして。
「実はお気に入りのキーホルダーを落としちゃってさ。多分歴史資料室の前辺りだと思うんだけど……」
「え? そこまで場所が絞れているなら、何故ご自分で拾いにいかないんですか?」
「まあまあまあ」
「いつも薬草を採りに行っていた場所に、魔物が出るようになっちゃたんです!」
「ふむ? 衛兵に報告すれば対処してもらえると思うが……」
「まあまあまあまあ」
「最近の若いのはまったくなっとらん! 礼儀の一つもわきまえておらんのか!」
「初対面の相手に怒鳴り散らす爺さんに、礼儀とか言われたくないニャ」
「まあまあまあまあまあ」
「……なあ、シュヤク。どうも私の予想とは違う活動が続いている気がするのだが」
幾つかサブクエを片付けたところで、アリサが眉間に皺を寄せて声をかけてくる。だがその理由が俺にはわからない。
「え、何がだよ? 困ってる人を助けてるだろ?」
「いや、そうなのだが……そもそも彼らは本当に困っていたのか? いや、確かに困っていると言っていたが、そのわりには自分でできる対処を何もしていなかったというか……」
「初対面の相手に料金すら渡さず買い出しを頼むのも……お礼はいただきましたけど、そもそも商品の料金はもらってないですし。結果として損はしていませんが、何だか詐欺に巻き込まれたような気がして落ち着かないです」
「自分の知り合いでもないし、相手の知り合いでもない完全な部外者にラブレターの仲介を頼むのも、相当意味がわからないニャ。
しかもそれで上手くいくのがもっとわからないニャー」
「あはははは……まあ、あれよ。世の中には不思議なことがいっぱいあるのよ! ねえシュヤク?」
「そうだなぁ。世界には不思議が一杯だよなぁ」
「「「…………」」」
適当な感じで言う俺とリナに、アリサ達がジト目を向けてくる。だが鍛冶屋のミモザみたいなサブヒロイン絡みのクエストくらいまでいけばともかく、町中とか学園のなかにちりばめられたクエストなんて、大体こんなもんなのだ。
「んじゃまあ、そういうことで次行こうぜ!」
「ぬぅ、まだやるのか?」
「そのつもりだけど……何だ、疲れたのか?」
「馬鹿をいえ、この程度で……いや、精神的にはやや疲労している気はするが……」
「ははは、ならもうちょっと頑張ってくれ。次はもう少し普通だと思うからさ」
「シュヤクの言う『普通』は期待できないニャ。次も絶対変な奴が待ってるニャ」
「そんなことねーって! リナも何とか言ってくれよ!」
「何とかって……次はどこに行くの?」
「『親孝行な少女』のところさ」
「……っ。ああ、そういうこと。確かにあれなら、ちゃんとした話にはなってるわね」
「リナさん?」
「気にしないでロネット。ほら、行きましょシュヤク」
「おう!」
「…………?」
リナの纏う空気が変わり、ロネットが不思議そうに首を傾げている。その答え合わせが行われたのは、それから一〇分後の事であった。





