ざまぁ要員のやられ役……なんて、割り切れるもんでもねーよな
それから三日後の放課後。以前俺がアリサと戦った演習場には、俺達とグロソ先輩達、それに今回も審判役を請け負ってくれたヴァネッサ先生に加え、多数の見学の生徒達が集まっていた。
「よく逃げずに顔出せたもんだなぁ? えぇ? 貴族のお嬢様よぉ?」
「グロソ、程ほどにしとけって……でも、本当によく来ましたね、アリサさん。てっきり代理人を立てるかと思ったんですけど」
「お前は確か、ラクスル先輩だったか? それにモリー先輩……どうやら二人共、私の言葉は信じていないようだ」
「まあ、それは流石にね」
アリサの言葉に、モリーが苦笑する。グロソほどの嫌悪感を露わにしているわけではないが、その表情にはどこか嘲りというか、陰りのようなものが見て取れる。
「グロソと同じ事を言うのは嫌だけど、『久遠の約束』の一〇階を七日で突破は流石にやりすぎよ。そこまで露骨にやられたら……ねぇ?」
「そうだ。どんな手段を使ったのかはわからないけど、こんな事続けてたら、いつか自分の首を絞めることになる。俺達がグロソを強く止めなかったのは、アリサさんのためでもあるんだ」
モリー先輩の言葉に、ラクスル先輩が続ける。
「なあアリサさん。グロソの言うことはかなり乱暴だと思うけど、でも正しいことも言ってるんだ。ダンジョンの中は地位も権力も届かないし、魔物に買収なんて通じない。ありもしない実力を盛り続けて引くに引けなくなったら、その嘘はいつか必ずアリサさん自身を殺すことになる。
貴族としては認められないのかも知れないけど、俺は学園の先輩として、そんな馬鹿なことは今すぐ辞めろと忠告したいんだ」
ゲームでは如何にもなやられ役っぽい台詞が幾つかあっただけなのに、今ラクスル先輩の口から出たのは、予想外にアリサの身を心配する言葉であった。その事実に俺はリナは驚き、何より自分を気遣うような内容にアリサもまた驚きの表情を浮かべたが……すぐに微笑みを取り戻すと、アリサは小さく首を横に振る。
「なるほど、そういうことか……ならば尚更、私はこの勝負を受けねばならんな。真に実力があることを、先輩方に証明しよう」
「……そうかい。グロソ?」
「わかってるって。なあ先生、もし俺が強すぎて、うっかり相手を怪我させたり殺したりした場合ってどうなるんだ?」
「どうって……あのですね、グロソ君? これはあくまで模擬戦なんですから、多少の怪我くらいならともかく、それ以上のことが許されるわけないでしょう?」
グロソの問いに、ヴァネッサ先生がジロリと睨むように言う。正直あんまり迫力はないが、それでもグロソは小さく口元を歪めた。
「へっ、そりゃ残念。じゃあ死なない程度に可愛がってやるよ、アリサさま?」
「いいだろう。全力でかかってくるがいい!」
「二人共、本当にわかってますか? 無茶したら駄目なんですよ? あくまで模擬戦なんですからね? やり過ぎだと思ったらすぐ止めますよ!?」
「「…………」」
「あーもう! 先生は二人を信じてますからね! それじゃ……始め!」
「うぉぉぉぉ!!!」
ヴァネッサ先生の言葉と同時に、グロソがアリサに襲いかかる。まっすぐで強い打ち下ろしを盾で受け止めたアリサは、ちょっと感心したような声をあげた。
「ほぅ? 言うだけあって、なかなか強いな?」
「ったりめーだ! まだまだいくぜ!」
余裕の表情を浮かべるアリサを、グロソが果敢に攻め立てる。その様子を見ながら、俺は隣にいるリナにこっそりと声をかけた。
(なあリナ、グロソ先輩って思ったより全然強くねーか?)
(そうね。アタシもあっさりやられちゃうかと思ってたんだけど……やっぱりイベントに改変が入ってるからかな?)
これもまた予想外なことに、グロソは普通に強かった。多分レベル的には一二か一三くらいあるんじゃないかと思われる。これはキャライベント……つまり主人公が絡まないので戦闘画面が存在せず、本来ならただ一方的に打ちのめされるだけだったグロソがアリサとまともにやり合えている事実に驚いていると、ロネットがその会話に加わってくる。
(どちらが先に一〇階を突破できるかという勝負を持ちかけてきたのですから、現実的にそれが見込める程度に強いのは普通なんじゃありませんか?)
(……そりゃそうだな)
そのもっともな指摘に、俺は思わず頷く。確かに勝ち目のない勝負を自分から挑むわけねーわな。加えて初心者ダンジョンを踏破したばかりの新人という情報から、自分達の方が格上だと判断するのもおかしくはない。ただ……
「どうした? もう終わりか?」
「ハァ……ハァ……くそっ、何で当たらねぇ!?」
難易度が激増したダンジョンを突破したことで、今のアリサのレベルは二〇を超えている可能性がある。それにアリサは俺と違って、付け焼き刃の能力馬鹿じゃなく、ちゃんと強さの下地のある人物だ。
そこに余裕はあっても、油断も慢心もない。もし俺がグロソの立場だったら……うん、ちょっと勝つ方法が思いつかねーな。ワンチャンあるとすれば……お?
「うぉぉぉぉ!!!」
「むっ!?」
まるでやけくそになったように突っ込んでくるグロソに、アリサがカウンターで木剣を振るう。だがグロソは自ら剣に突っ込んでいき、自分の頭で受け止める。
「これならぁぁぁぁぁ!!!」
「ちょっ!? 勝負――」
頭から血を流すグロソを見て、ヴァネッサ先生が決着を宣言しようとする。だがグロソはそのままの勢いでアリサに迫り、その喉元に自らの剣を突き出した。
木剣だから、頭に当たっても死なない。だが木剣でも、喉を突かれれば死ぬ可能性が高い。ルールを完全無視し、模擬戦であることを最大限利用したグロソの捨て身の攻撃は……
「甘い!」
「ぐあっ!?」
しかしアリサが盾で殴りつけることで、あっさりと防がれてしまった。強烈なシールドバッシュを食らってその場に尻餅をついてしまったグロソに、アリサが木剣の切っ先を突きつける。
「勝負ありだな。先生、判定を」
「あ、はい! この勝負、アリサさんの勝ちです!」
ワーワー、パチパチ!
ヴァネッサ先生の言葉に、周囲から歓声が巻き起こる。グロソが普通に強かったこともあり、それを降したアリサの実力を疑う者は、もうこの場に一人もいない。
「キャー! 流石アリサ様! 格好いいー! 抱いてー!」
「やっぱりアリサ様はお強いですね」
「でも相手もまあまあ強かったニャ」
「やったなアリサ。お疲れさん」
「うむ、ありがとう皆」
俺達が近寄って声をかけると、アリサが笑顔でそう答えてくれる。その後はグロソの方に向き直ると、近づいてその手を伸ばした。
「お前も十分強かったぞ、グロソ先輩。一ヶ月前の私なら、おそらく勝てなかっただろう」
それはきっと、アリサの素直な気持ちだったのだろう。少なくとも俺が聞く限りでは、そこにはちゃんと敬意が込められていたと思う。
だが負けたグロソはそう思わなかったらしい。持っていた木剣を激しく地面に叩きつけると、その手で伸ばされたアリサの手をもはねのける。
「クソが! 上から言ってんじゃねーよ! 一ヶ月前なら負けてた!? ならテメェにとって、俺のこれまでの努力はたかが一ヶ月分の意味しかなかったって言うのかよ!?
ふざけんな! ふざけんなよぉ!」
「む……」
「グロソ……ほら」
顔をしかめるアリサをそのままに、ラクスル先輩がグロソに近づいて手を貸す。すると今度は素直に手を引かれて立ち上がると、グロソは今までで一番強い眼差しでアリサを睨み付けてきた。
「何なんだよテメェ等はよぉ! 生まれながらに何もかも持ってる上に、才能までありやがんのか!? だったら俺達平民の苦労は何だってんだ!
俺は、俺達は、テメェみてーなのに遊び半分で蹴散らされて、引き立て役になるために生まれて来たんじゃねーんだよぉぉぉぉ!!!」
果たしてそれはアリサにか、それとももっと別の、抗えない大きな意志に向けての言葉だったのか? 喉が裂けそうな勢いで叫んだグロソに、アリサは静かに、しかし真剣な表情で自分の想いを語り始めた。





