その言い分は流石に通らねーだろ?
ザワザワ……ザワザワ…………
「おい、見ろよあいつら。スゲー形相だぜ?」
「一体どんな修羅場をくぐってきたんだよ……」
ザワザワ……ザワザワ…………
「「「……………………」」」
遠巻きに見る生徒達の群れと、そこから聞こえるざわめきを一切無視し、俺達は黙々と学園内を歩いて行く。そうして辿り着いたのは、ダンジョン課……ダンジョンに入るときに申請を出したり、生徒のダンジョンの進行情報を管理したりしている場所である。
「すまない。ダンジョンの帰還報告をしたいのだが」
「アリサさん!? それに他の皆さんも……無事だったんですね!」
ただならぬ雰囲気……あと微妙に酸っぱい匂いなど……で順番待ちの行列が割れ、導かれるように窓口に辿り着いたアリサの言葉に、受付の人が驚きの声をあげる。
「ん? 私達の事を知っているのか?」
「そりゃ知ってますよ! 一年生で唯一『久遠の約束』に入ってる生徒さんですからね。でも一体どうしたんですか? 日帰りの申請だったのに、三日もダンジョンから戻らないなんて……先生方やクラスメイトの子達が、随分心配してましたよ」
「それは申し訳ないことをしたな。だが我々にも事情があって……そうだ、一つ聞きたいのだが、『久遠の約束』を含めて、既存のダンジョンに何か異常が起きたりはしていなかったか?」
「異常ですか? 特にそういう報告はありませんね」
「そうか……だ、そうだシュヤク」
「ですね」
振り向いて言うアリサに、俺は苦虫をかみつぶしたような顔で頷く。どうやら急に周囲の魔物が強くなったり、ダンジョンがランダム化して一方通行になったりしたのは俺達だけだったらしい。
まあ、もし大規模にそんな異変が起きていたなら、周囲の様子がこんな平和なわけねーしな。なので納得はあるし、安心もした。おそらくは俺のせいで、無関係な生徒や一般の討魔士の人達が被害を被っていなかったというだけで万々歳だ。
「変なことを聞いてしまったな。では帰還申請をしたいのだが……」
「あ、はい。何処まで潜ったんですか?」
「一〇階だ」
「はい、一〇階……え、一〇階?」
アリサの言葉に、受付の人が二度見してくる。だがアリサの答えは変わらない。
「そうだ。我々は『久遠の約束』の一〇階に辿り着き、ボスを倒して帰還した」
「「「えーっ!?」」」
その報告に、受付の人のみならず周囲にいた生徒達まで声をあげる。
「嘘だろ、一年が一〇階層を突破!?」
「一年どころか、入学して一ヶ月ちょっとだぞ!? 『久遠の約束』に入ってるだけでも凄いのに、ボスを倒して戻ってきたって……」
「えっと、その……アリサさん? 本当に一〇階を突破したんですか?」
「ああ、本当だ。見ればわかるだろう?」
「ま、まあ…………」
受付の人が、でかい金棒を引きずっている俺の方を見て微妙な笑みを浮かべる。そう、俺達は一〇階を……本来の一〇階層を突破して戻ってきたのだ。
エアホークを倒して出現したポータルを抜けた先は、またしてもダンジョンの中だった。まだ出られないのか、これまでの苦労はなんだったのか? そんな絶望と虚脱感が全員を襲うなか、それでも俺達は気力を振り絞って新たに辿り着いた階層を探索した。
するとすぐに、出てくる敵が妙に弱いことに気づいた。不思議に思いながら見つけた階段を降りると、そこにいたのはオーク三兄弟……要は俺達の転移先は、正規の九階層だったのだ。
オーク三兄弟の適正レベルは一五。対して俺達はリソースが欠乏し、心身共に疲労が溜まりきっていたとはいえ、全員がレベル二〇くらい。加えて見覚えのあるボス……つまり倒せば今度こそダンジョンから脱出できる魔物に出会えたのだ。レベル差とやけくそ気味のやる気が暴走した結果、オーク三兄弟は可哀想なくらいボコボコにされ、俺達は無事にダンジョンから脱出することに成功したのである。
長かった。そして辛かった。一旦放り出されてしまった達成感は戻りきらず、全員微妙な気分でここまで戻ってきたわけだが、とはいえそれもこれで終わり。あとはボスドロップだから必死に持って帰ってきたこのクソでかい金棒を売るなり預けるなりすれば、ようやく休める――
「イカサマだ!」
「うん?」
と、そこで俺達に対し、横から声をかけてくる奴らがいた。どっかで見覚えのある……誰だっけ?
「……ああ、先輩か」
(おっと、そう言えばそうだったな)
アリサが「先輩」と呼んだことで、俺もやっと記憶が繋がる。こいつはアリサに因縁をふっかけてきた先輩方の筆頭だ。どうやら今日は一人らしいが、今にも噛みつきそうな表情の先輩に対し、アリサが疲労を隠して穏やかに声をかける。
「確かグロソ先輩だったか? イカサマとはどういう意味の発言だ?」
「言葉通りの意味だよ! たった五日で『石の初月』を踏破したってだけでも嘘くさかったのに、今度は七日で『久遠の約束』の一〇階層を突破!? ハッ! そりゃ流石にやり過ぎだろ! そんな報告聞いて誰が本当に攻略したなんて思うんだよ!」
「言われてみれば、確かに……」
「ちょっと現実味がない感じではあるよね」
グロソの言葉を聞いて、周囲にいた生徒達にもざわめきが広がる。その様子にグロソが勝ち誇ったような笑みを浮かべたが、アリサは一切動じない。
「そう言われてもな……一つ補足しておくが、我々は『石の初月』を踏破した後、学園外のダンジョンを探索している。そこで経験を積んでいなければ、確かにこれほど短期間で『久遠の約束』の一〇階は踏破できなかっただろう。
それに今回の攻略は、我々としても予想外の事態があってのやむを得ぬことだった。本来ならもっと安全を期して……そうだな、一ヶ月くらいはかける予定だったか?」
「そうだな。大体そのくらいの計画だった」
振り向いて問うアリサに、俺はそう答える。神か魔王かシナリオライターか、とにかく何者かの思惑に巻き込まれなければ、あんな強行軍で突破するつもりなどなかったのだ。
そしてそんなアリサの言葉に、「入学したてなのに、もう遠征行ったのかよ」「外部ダンジョンで鍛えたなら、あり得なくもない……のか?」などと周囲に再びざわめきが広がる。これらは学園に記録されている事実なので、普通なら疑う余地がないのだが……
「あー、そうかよ。そこまで仕込んでんのかよ! これだから貴族は……」
グロソの顔には、あからさまな侮蔑が浮かんでいる。アイツからすると、俺達の実績は全て「金と権力ででっちあげたもの」としか思えないんだろう。
「――勝負だ。お前、俺と模擬戦で勝負しろ!」
「勝負? 審判を買収されるから嫌だと断ったのはお前だろう?」
「ああそうだ! でもこれだけ大勢の前で勝負を申し込まれちゃ、そんなことできねーだろ? いや、やれたとしても、明らかに負けてるのに判定勝ちなんてしたってダセーだけだ。どんだけ金や権力があったって、目の前の現実を変えられるわけねーからな!
さあどうする? 受けるか? ああ、別に逃げてもいいぜ? 本当の実力がバレるのが怖いから、『下賤な民の相手などできるかー!』って遠吠えしながら走ってくなら、追いかけねーでおいてやるよ」
目をぎらつかせ口元をニヤつかせ、馬鹿にするようにグロソが言う。もし本当にアリサがこいつの思うような貴族だった場合、普通に不敬罪とかで捕まって処刑されそうな気がするんだが……まあそんな事考えてねーんだろうなぁ。いや、それとも考えられないようにされてるのか?
ま、その辺は今はわからん。そして当然アリサは「そんな貴族」ではないため、小さくため息を吐いてからグロソに答える。
「ハァ……わかった。それでお前の気が済むのなら、証明しよう。その挑戦、アリサ・ガーランドが確かに受けた!」
(あー、やっぱり最後はそうなるのか)
それは本来のイベントの流れ。一度は逸れた運命が結局のところ同じ場所に辿り着き、こうしてアリサとグロソの模擬戦が行われることが決定するのだった。





