適性を無視して無理矢理昇級させても、大抵は上手くいかないんだぜ
そうしてフロアに降り立った俺は全力で警戒しつつ、まずは周囲を見渡す。それまでの通路が幅も高さも三メートルくらいだったのに対し、ボス部屋はその一〇倍以上広い。見た感じ四角いので、おそらくは五〇メートル四方くらいだろうか?
それに天井も高い。こっちは三〇メートルくらいで、これならレッドドラゴンだって余裕で飛び回れるだろう。それだけの広さなのに柱などは一本もなく、また光源があるわけでもないのに暗いところもなく全てを見通せるのは、流石ゲーム仕様って感じだな。
「むっ!? 皆、来るぞ!」
と、そこでアリサが鋭い警告の声をあげる。見れば部屋の中央に光が集まり、猛烈に輝いている。あれが弾けた瞬間ボスモンスターが現れるわけだが……さて、何がくる?
シュゥゥゥゥ……パシーン!
「クァァァァァァァァ!!!」
「は!?」
「でっかい鳥ニャ!」
現れた魔物の姿を見て、俺は思わず声をあげてしまう。何故ならそこにいたのはボスモンスターではなく、この先の階層でごく普通にエンカウントする雑魚魔物だったからだ。
「エアホーク・ワン!? 何で駄洒落鳥が……オーク三兄弟はどうしたのよ!?」
「オーク三兄弟、ですか?」
「そうよ。本来の一〇階層のボスは、三匹のオークなの! 流石にそのくらいの情報は――」
「馬鹿、後にしろ! 来るぞ!」
ロネットとアリサが話している間にも、頭上を旋回していたエアホークが急降下して襲いかかってくる。咄嗟にアリサが前に出てそれを防いだが……
「させん! なっ!? これは!?」
「アリサ! チッ、疾風斬り!」
爪の攻撃を受け止めたアリサが、そのまま掴まれ空に運ばれそうになってしまう。なので俺が慌ててクロエと同じ技を使って高速で奴の足に斬りつけると、痛みを感じたエアホークが爪を緩め、アリサが何とか床に転がって離脱する。
「すまないシュヤク、助かった」
「いいって。にしても……」
「うむ、これは厄介だな」
礼を言うアリサに答えつつ、俺は上を見上げる。斬りつけられて警戒しているのか、エアホークは上空を旋回しており、当然剣では届かない。
(くそっ、まさかこんなところに現実化の弊害があるとはな……)
ゲームの頃なら、空を飛んでいる魔物にも通常攻撃が当たった。というか、探索できる通常フィールドはともかく、エンカウント後のバトルフィールドに高さなんて概念はなかったのだ。
だが、ここは現実。鳥が空高くを飛んでいたら、弓か魔法でもなければ攻撃は届かない。相手が攻めてくるのに合わせてカウンターはできるだろうが、こっちのレベルがおそらく一八から二〇くらいなのに対し、エアホーク・ワンのレベルは二二。体力勝負は流石に分が悪い。
「どうするシュヤク? アタシが魔法で撃ってみる?」
「あの距離だぞ? 当たるのか?」
「多分? 今のところだけど、届く距離で相手を見て撃つ分には魔法って必中みたいだし。まあ狙った場所に当てるのは技術がいるから難しいけど」
「そっか、そう言われればそんな感じだったな。でも当たったとして……倒せるか?」
見上げれば、そこには悠々と空を舞うエアホーク・ワンの勇姿。上位種のツーやスリーになると頭と足の数が増えるという悪ふざけモンスターだが、特殊な攻撃がない代わりに弱点などもないため、地力で劣ると逆転の難しい相手でもある。
(下手に手を出してリソースを食い潰すより、いっそ防御に徹してカウンター狙いに絞るか? 失血は固定ダメージだから、俺とクロエで疾風斬りを使いまくって…………?)
と、ここで俺の中に違和感が生じる。ゲームではありがちなことだが、プロエタでもボス属性を持っている魔物には状態異常がほぼ通じない。稀に通じる相手もいるが、その場合はそれを狙わないと通常より二段階くらい強い、という感じのバランス調整になっているからだ。
だが今対峙しているエアホーク・ワンには、状態異常が通じる。何故ならこいつは本来のボスであるオーク三兄弟ではなく、この先の階層に出現するただの雑魚敵だからだ。なら……
「皆、ちょっといいか? 作戦を思いついたんだが……」
俺は全員を集めて、思いついた内容を語っていく。そうして準備を整えると、俺達はアリサを残して全員が壁際に退避した。
「さあこい、阿呆鳥! 貴様如き、私一人で十分だ!」
「クァァァァ!!!」
アリサの挑発が効いたかどうかはともかく、獲物が孤立しているところを見て、エアホークが再び急降下してくる。その鋭い足の爪をアリサは今度もしっかり受けきったが、やはり掴み上げられるとどうしようもない。
だがそれこそ狙い時。俺がポンと肩を叩くと、ロネットが大きく振りかぶる。
「てーい!」
「クァァァァ!?」
アリサという重い餌……鎧とか盾とか持ってるから……を掴んだせいで、エアホークはそれをかわせなかった。スリープポーションが命中すると、力の抜けたエアホークの足からアリサの体がドサリと落ちる。
「うぐっ!」
「大丈夫か、アリサ?」
「ああ、平気だ。ちょうどいい目覚ましだったよ」
静かに駆けより問う俺に、アリサが冗談めかして笑いながらそう答える。そんな俺達のすぐ側では、どういうわけかフワフワと中に浮かんだまま、エアホークが気持ちよさそうに眠っていた。
「クァァ……クァァ…………」
「えぇ? 浮かんだまま寝てるって、どういうことなの……?」
「さあな。でも作戦は成功だ」
戸惑うリナをそのままに、俺はニヤリとほくそ笑む。オーク三兄弟は適正レベルが一五くらいなので、今の俺達には弱すぎる……というか、道中で出会った雑魚より弱い。
かといって二〇階の正規ボスは強すぎるし、そもそも万一ここでそれを倒されたら、実際に二〇階層に辿り着いた時のフラグがおかしな事になってしまう。
なので折衷案としてこいつを無理矢理ボスに据えたんだろうが……ククク、ボス用の耐性がない単なる雑魚を代用にしたのが仇になったようだな。
「んじゃ、いくぞ? せーの!」
「「「えーい!」」」
俺のかけ声に合わせて、皆でエアホークに攻撃をぶち込む。多少レベル差があろうとも、地に落ちた鳥に数の暴力を訴えたら、勝負は既に決まっていた。
「ク、クェェェェ…………」
「フッ。恨むならボスでもねーのにボス召喚した、どっかの誰かを恨むんだな」
もの凄く悲しげな声をあげて消えていくエアホークに別れの言葉を投げると、ひらりと床に落ちた羽を拾い上げる。特にレアでもなければ使い道もない換金用アイテム、ワシの風切り羽だ。
「あー、やっぱボスドロップ品とかはねーのか……」
「まあ、これで金棒とか落とされたらそれはそれで驚くわよね」
本来のボスであるオーク三兄弟は、倒すと「金砕棒」という両手持ち武器を落とすのだが、そこは再現してくれなかったらしい。まあ俺達のなかに両手持ちの武器を使う奴はいないので、構わないと言えば構わないんだが。それに……
「光る渦が出たニャ!」
クロエの声に釣られてその視線の先を見ると、ダンジョンの床から渦巻く光が立ち上っているのが見える。学園にあるショートカットと同じ見た目のそれは、即ちここと地上を結ぶポータルだ。
「やった! 遂に出られるのね!」
「長かったな……だが私達はやり遂げた。ああ、何と素晴らしい達成感だろうか」
「早くお部屋に帰って、柔らかいベッドで寝たいニャー」
「私はお風呂に入りたいです。多分今、大分臭いでしょうし……」
「だって。シュヤク、嗅ぐ?」
「嗅がねーよ!」
「「「アハハハハ」」」
ニヤニヤと笑うリナに力の限り突っ込み、その流れで皆が笑う。遂に日常が戻ってくるのだと、誰もがそう安堵している。
「さあ帰るぞ! 帰ったらマイタケじゃないものを食って、ゆっくり休んで戦利品を換金して……あー、何か忘れてることがあるような?」
「何でもいいわよ、ほら行きましょ」
安堵していた。油断していた。だから皆が次々に光の渦に入り、俺もまたそこに身を投じて……
「…………なんっでだよ、クソがぁぁぁぁぁ!!!」
目の前の景色が変わらずダンジョンのなかだったことに、心の底から罵倒を叫ぶことしかできなかった。





