毎日食っても飽きなかった、白米の偉大さを再確認したぜ
思わぬところで対リザードマンに優位を取れる戦術が発覚し、その後俺達は余裕を持って階層の探索をすることができた。
ただしこの余裕とは物資的な意味ではなく、精神的なものだ。ロネットのポーションの数はまだそれほどでもないので、何も考えずバカスカ使えばあっという間に在庫が尽きて苦戦を強いられるようになる。
が、それでいい。限られた物資でダンジョン脱出を目指すという窮屈な現状で、
「いざという時に逆転できる手段がある」ということがどれだけ心強いか。結果として追加で二つほどポーションを使用はしたが、俺達は無傷でこの階層を突破することに成功した。
そして次の、推定七階層目に現れた魔物は…………
ふわーり、ふわーり…………
精根尽き果てたかのように壁にもたれかかる俺の側に近づいてきたのは、端的に言えば羽の生えたキノコだ。と言っても現実のキノコとは大分かけ離れたフォルムをしており……まあ羽が生えてる時点でそうなんだが……とにかく普通のキノコではない。
まず柄の部分があり得ない程太い。そりゃあもうごんぶとであり、俺の上半身くらいの太さと大きさがある。そんな柄には人の顔っぽいものが浮かんでいるが、あれは天井の染みが顔に見えるのと同じ理屈で、実際には顔じゃないらしい。
傘の色は赤をベースに黄色いまだらの水玉があり、何とも毒々しい。加えて背中……背中? まあとにかく背中には、白くて大きな羽が生えている。
キノコなんだから植物だろ。いや羽が生えてるなら動物では? そんな物議を醸しそうな魔物「フライングマッシュ」は、宙空から麻痺胞子をばらまいてくる、ゲームではかなり嫌な難敵だったのだが……
ふわーり、ふわーり…………ふわっ
「今だ!」
「閃光斬りニャ!」
ぐったりする俺に釣られて近づいてきた三匹のマッシュのうち、一匹に死角から放ったクロエのスキルが命中する。確実に先制攻撃できるそれは、ゲームなら精々二割くらいHPを削るだけのものだったが……
スパッ! ぼてっ! ジタバタジタバタ!
羽を斬られたフライングマッシュが、床に転がって身悶える。ゲームと違って現実なら部位破壊できるのはとっくに実証済み。つまり羽を落とせば、あとはただのキノコである。無論残った二匹がすぐに応戦してくるわけだが、そちらの方も対処済みだ。
「食らいなさい、ウォーターボルト!」
ビシャッ!
リナの魔法が二匹のフライングマッシュに命中する。初級の、しかも弱点でもない攻撃魔法の威力なんてたかが知れているのだが、こいつの狙いはダメージを与えることではない。
ふりふり、ふりふり……
攻撃を食らって怒ったフライングマッシュが、激しくその体を揺らす。だが本来なら降り注ぐ麻痺胞子が飛び散ることはない。そりゃ体が濡れていたら、胞子なんて飛ばせるはずがないのだ。
「よっしゃ、成功! 一気に叩くぞ!」
「「「オー!」」」
敵の無力化を確認し、飛び起きた俺は仲間と一緒にフライングマッシュに襲いかかる。攻撃手段を失った哀れなデカキノコは、こうして現実の力の前にあっさりと討ち倒された。
「ハッハー! どうよ、楽勝だったぜ!」
「うむ。だがそれもクロエとリナの貢献あってこそだ」
「今宵のクロは冴え渡ってるニャ!」
「アタシも一緒に褒められちゃっていいの? あんなしょっぱい魔法使っただけなのに……」
「いいに決まってるじゃないですか! ねえ、シュヤクさん?」
「そうだぜ! お前だってこいつの厄介さ知ってるだろ? それをまさかこんな簡単に倒せるとは……マジで発想の転換って大事なんだな」
自分からはアピールするのに、相手から積極的に褒められると萎縮してしまうリナに対し、俺は心から賞賛の言葉を贈る。ほとんど魔力消費もない初期魔法がこんなに活躍するなんて思ってもみなかったことだが、だからこそ凄い。
「それにほれ、リナのおかげで食料問題が解決しそうだぞ?」
「う、うん……でもこれ、食べられるの?」
「食材アイテムだし、食えるだろ」
フライングマッシュが光になって消えた後、そこにはごく普通のサイズのマイタケが残されていた。空を舞うキノコだから舞茸……完全に駄洒落だが、食料のない今は大助かりの一品である。
「いや、食べられるのは見てわかるけど……キノコって生で食べて平気なの? 誰も火とか熾せないわよね?」
「うぐっ……だ、大丈夫なんじゃねーか? ほら、直接食ったら駄目なアイテムは、ちゃんとHPがマイナスになったり毒になったりしたじゃん」
食材アイテムはあくまでも調理するための材料だが、一応直接使ってもごくわずかにHPが回復する。
が、中には直接使うと逆にダメージを受けたり、状態異常になったりするものもあった。そのもっともわかりやすい例は、○○の肉、と名の付いた生肉だ。「使う」とHPが微量減り、毒状態になる……まあ生肉をそのまま食ったら、そりゃ食中毒とかになって当然だ。
だがそれは、HPが減らない素材、食材アイテムは普通に食っても大丈夫ということを示唆している……はずだ。現実では生のキノコを食うのは駄目だったような気がするが、ここはあくまで現実化したゲームの世界。その辺はきっといい感じに――
「あの、それマイタケですよね? そのまま千切ってサラダに入れたりするので、普通に食べられますよ?」
「あ、そうなんだ。へー」
現地民であるロネットの指摘に、キノコ生食問題は秒で解決した。そりゃそうだ、別に珍しい食材とかじゃねーし、この世界の人は普通に食ったことあるよな。
「よーし、じゃあ食えるってことがわかったから、リナの魔力が続く間は、こいつを倒して食料を溜め込むことにしたい。誰か意見はあるか?」
「ないな。食糧の確保は急務だろう」
「クロはサバ缶の方がいいけど、仕方ないニャ」
「私も勿論、賛成です!」
「そっか。じゃあリナ、負担かけて悪いんだが……」
「まっかせて! アタシの稼ぎでヒロイン達の食事を賄うなんて、遂にアタシの時代が来たわね……デュフフフフ」
気持ち悪い笑い声を漏らすリナに苦笑しつつ、俺達はキノコ狩りをすることに決めた。クロエの「閃光斬り」はまだ消費が重いので敵が多いときのみに限り、狩って狩って狩り続け、食材と経験値を溜め込んだら途中で見つけておいた階段に進み、そこでしっかり休息。
ここで余裕ができたおかげか、次の二階層は厳しいながらも何とか進むことができて……
「間違いない、次はボスフロアだ」
辿り着いた、推定一〇階層の手前。階段から出ずに覗き込むと、そこは通路ではなく広い部屋だった。これは間違いなくボスがいる。そしてそいつを倒せば……俺達はようやくこのダンジョンを脱出することができるはずだ。
「なら最後にしっかり飯食って休憩して、それから突入しよう」
「りょうかーい。あーでも…………」
「ん? 何だよリナ」
「アタシ、もう一生分……ううん、二生分くらいマイタケ食べた気がする」
「……奇遇だな、俺もだ」
キノコ狩りの後、俺達の食料はほぼ全てマイタケであった。他の食材を落とす魔物もいなかったわけではないが、フライングマッシュのような裏技的な討伐ができなかったので、あくまでも必要最低限を倒し、一つか二つ素材を手に入れた程度でしかなかったからだ。
「バター醤油とまではいわないけど、せめて塩があればなぁ……」
生のマイタケは、あまり味がしない。マズくはないが美味くもなく、飽きることすらできない不毛な味で、これだけ食べ続けるのは気が滅入る。体感で一日以上これしか食ってないとなれば尚更だ。
「二人共、贅沢を言うものじゃないぞ。安全な食料があるというだけでも相当な僥倖だ」
「そうだニャ。お腹が空きすぎてその辺の草とか食べるのに比べたら、天国なのニャ」
「その辺の草は流石に……あーいや、山菜とかあるから、意外と食える、のか?」
「味はともかく、モブリナさんのおかげで水にも食料にも困らないというのは本当に凄いですよね」
「そ、そう? へへへー、ほら、アタシってやればできる子だから!」
だがそんな不毛な食事も、仲間となら楽しく食べられる。そうして腹を満たしたら、小休憩。魔力は寝ないと回復しないので、ここはロネットのスリープポーションで全員が強制的に軽く眠って回復し、その後は装備の点検をして……これで今できる全ての準備は終わった。
「では、行くか」
「いよいよですね……」
「何が来たってやっつけるニャ!」
「そうよ! アタシ達なら行けるわ。でしょ?」
「当然!」
リナの言葉にニヤリと笑みを浮かべると、俺達は揃ってボスフロアへと踏み出していった。





