お前が思ってる一〇〇倍くらい、褒めるってのは重要なんだぞ?
「回転斬り!」
「「「ギャウッ!?」」」
脳内ボタンをポチッと押して、スキル発動。すると俺はその場で腰を落とし、片手持ちした剣を水平に払うようにぐるりとその場で回転した。何でこの姿勢、この動きでちゃんと力が乗るのかは完全に謎だが、とにかくその一撃により、三匹のリザードマンが槍を弾かれ耐性を崩す。
「ニャニャニャ……三連斬り!」
その隙を、俺の仲間は見逃さない。小さな黒い影が躍り出ると、リザードマン達の足を次々に斬りつけていく。一匹目ほどの深い傷にはならなかったようだが、足から血を流すリザードマン達の動きは明らかに悪くなった。
よし、これなら後はじっくりいけば――!?
パリーン!
「ギシャァァァ!?」
その時、ちょうど固まっていたリザードマン達の頭上に、氷のような薄い青色のポーションが落ちてきた。割れた瓶から冷気が噴き出し、リザードマン達の顔が凍っていく。
「ロネット!? 何で……チッ、決めるぞクロエ!」
「わかったニャ!」
特にピンチってわけでもなかったのに、何故数に限りのあるポーションを使ったのか? 話は後で聞くにしても、このチャンスを見逃す手はない。足が鈍り視界まで塞がったリザードマン達は無茶苦茶に槍を振り回すが、そのせいで同士討ちが発生し、倒れたリザードマン達に俺とクロエが手早くとどめを刺した。
「片付いた! そっちは!?」
「終わったぞ。一対一ならそれほど手こずる相手でもないからな」
「こっちもやっつけたわよ! ねー、ロネット?」
「はい!」
「そっか……じゃあロネット、何でフリーズポーションを使ったんだ?」
平然と微笑むアリサはそのままに、俺は少しだけ低い声でロネットに問う。だがロネットもリナも、何故か楽しげな笑みを浮かべて崩さない。
「いけませんでしたか? シュヤクさんの言うとおり、三本しか使ってませんけど?」
「は? え、何で? リザードマンが二本で沈むはずが……?」
少し前にゲームキャラの力を取り込んだ影響か、最近の俺には以前より少しだけ詳細なゲーム時代の知識が蘇りやすくなっている。それによるとロネットのフリーズポーションの与えるダメージは、乱数がどれだけ上振れても二本でリザードマンを倒せるようなダメージにはならなかった……と思う。
顔に当たって視界が塞がったように、現実化したことで効果が強力になったりしたのか? と首を傾げていると、ロネットの隣に立つリナが猛烈なドヤ顔を浮かべて口を開く。
「フッフッフ、そこはアタシが活躍したのよ!」
「リナが?」
「はい。シュヤクさん、以前私に、モブリナさんの魔法とポーションを組み合わせたら強くなるんじゃないかって話をしてくれたことを覚えていますか?」
「あー、そういえばそんな話したけど……まさか実際にやったのか!?」
「そうよ! といってもそんな特別な事はしてないけど。アタシがウォーターボルトを当てて水でビチョビチョにしたところに、ロネットがフリーズポーションを投げただけよ」
「水? でも、リザードマンに水属性は……」
「確かに魔法のダメージ自体はほとんどないようでしたけど……フフ」
「ずぶ濡れの状態で冷気を食らったら、ダメージが増えると思わない?」
「……ああ、そういう!」
言われて俺は深く納得する。確かにただ冷たい風に晒されるだけなら耐えられても、ずぶ濡れの状態でそうなったら最悪凍死するくらいにはヤバさが増すのは当然だ。ならフリーズポーションだって、濡れてる相手に使ったら効果が倍増するのは想像に難くない。
(そっか、そりゃそうだ。ゲームには『水濡れ』なんて状態異常なかったけど、現実なら違うんだ。あー、まだまだ頭がかてーなぁ、俺)
リザードマンに水属性の魔法は効果が薄い……そんなゲームの常識に囚われすぎて、普通に知ってる自然現象すら目に入っていなかった。そんな自分の間抜けさに苦笑しつつ、俺はリナに尊敬の視線を向ける。
「リナ、お前スゲーな」
「でしょう? もっと褒めてもいいのよ?」
「おう、凄い凄い……いや、本当に凄いぜ? これ割とどんな敵にも有効なんじゃねーの?」
「そうだな。一般的な生体の魔物であれば、相応に有効なのではないか? 金属系の防具を装備している相手にも、場合によっては有効かも知れん。まあ冷気の強さにもよるだろうが……」
「濡れるのなんて防ぎようがないニャ。そこを凍らされたら大変な事になるニャ。リナは凄いことを思いつくニャー」
「え、待って。そんな本気の感じで褒められるのは予想外っていうか……ほら、ただのちょっとした思いつきだし」
俺達が褒めまくると、リナが得意顔を照れ顔に変化させる。そしてそんなリナに、俺は更に追い打ちならぬ追い褒めを加えていく。
「いやいや、その『ちょっとした思いつき』ってのが大事なんだよ。あの……あれだ。コロンブスの卵?」
「うん? それはどういう意味だ?」
「へ? あー、えっと…………なあリナ、あれ元ネタってどういうのなんだ? 初めてゆで卵を作ったとかか?」
「それは絶対違うでしょ。でもアタシも知らない……うぅ、もやもやする」
アリサの問いに、俺達は考え込む。が、こんなの覚えてなけりゃ考えてわかることではないので、日本に帰ってネットで検索でもできなかったら、きっと一生わからないのだろう。そうか、初めて卵をゆでた人ではないのか……まあそれはいいとして。
「よし、じゃあちょっと戦術を見直そう。リナの魔法にロネットのポーションは、リザードマンにかなり有効だってのがわかった。ただ魔法はともかく、ポーションの方は休んだら数が増えるってわけじゃねーから、引き続き使い処は厳選したい。実際さっきのは特に援護が必要な状況じゃなかったしな」
「うっ、ごめんなさい……」
「ちょっとシュヤク? アンタアタシのロネットたんに文句言う気!?」
「あー、違う違う! 助かった! スゲー助かったけど、貴重なポーションを消費するほどじゃなかったってことで!」
シュンとするロネットとギロリと睨んでくるリナに、俺は慌てて弁明する。とはいえこれは言っておかねばならないことだろう。
「ただ、使い処は見極めて欲しい。そのうえでロネットが必要だと判断したら、ガンガン使ってくれていい。安易に使っていざって時になくなるのは困るけど、ヤバそうな時に使い控えて大怪我……なんて方がもっと困るからさ。
それと……助けてくれてありがとな、ロネット。これからも頼むぜ?」
「助かったニャー。ロネット、ありがとニャー」
「はい!」
俺とクロエのお礼に、ロネットが嬉しそうに返事をする。うむうむ、いい光景だ……と思っていた矢先、徐に近づいてきたリナが俺の鼻を摘まんで捻る。
「イテェ!? 何すんだよいきなり!?」
「だから何でアンタは事あるごとに好感度を稼ぐのよ! アリサ様やクロちゃんに次いで、遂にロネットたんにまで手を出すつもりなわけ!?」
「ちがっ!? そんなこと考えてねーよ! 普通に褒めただけじゃねーか!」
「だからそれが主人公ムーブだって言ってるのよ! アンタ絶対日本……んんっ、田舎にいた頃はそんなことしてなかったでしょ!?」
そう言って詰めてくるリナに、俺は少しだけ遠い目をする。
「フッ、甘いなリナ。いいか? 仲間内で『互いの頑張りをちゃんと見ている』と伝えるのは大事なんだ。案件を投げりゃ勝手に製品ができあがると思ってるクソ営業のせいでできあがった地獄のようなスケジュールのなか、それでも必死に頑張れるのは、同じ境遇の仲間達がいたからなんだ。
ああ、そうとも。できて当然、やって当然。仕事があるだけマシだろ? 給料貰ってんなら黙って働け! 評価? 今の一〇倍結果を出してから言いやがれ……うぅぅぅぅ…………」
悪夢の日々が脳内に蘇り、俺は思わず頭を抱える。いいか? 人間はコインを入れてレバーを捻ったら勝手に商品を吐き出す機械じゃないんだ。感謝も敬意もなしに当たり前以上の結果を求めるなんてのはクソ中のクソであって……尊厳、せめて人としての尊厳を…………
「えっと……ご、ごめんね? うん、アンタよくやってるわよ? ねえみんな?」
「ん? そうだな。シュヤクはしっかり役に立ってるぞ」
「クロの次くらいに頑張ってるニャー」
「そうですよ! みんなシュヤクさんのことは認めてますよ!」
「…………本当に?」
「本当本当! だからほら、元気出して、次いきましょ!」
「……うん」
激しく情緒不安定になった俺の心に、皆の優しさが染み込んでくる。こうして色々な闇を乗り越えた俺達は、引き続きダンジョンを探索していくのだった。





