数の暴力は、主人公パーティの専売特許じゃないらしい
「シュヤク! ちょっとシュヤク!」
「んがっ!?」
激しく肩を揺すられ、俺の意識が覚醒する。そんな俺の眼前にあったのは「寝顔も可愛い」と主人公のイケメンフェイスにうっとりするヒロインではなく、猛烈に不機嫌そうな顔をしたリナの顔であった。
「リナ……? あっ、すまん! 寝てたか!?」
ちょっと目を閉じるくらいのつもりだったのに、どうやらそのまま寝てしまっていたらしい。慌てて謝罪する俺に、リナがニッコリと笑顔を浮かべた。
「別にいいわよ。アンタだって疲れてるだろうしね。でもアリサ様に寄りかかって寝てるとか、どういうことなわけ?」
「ふぁっ!?」
言われて気づくと、俺の隣で寝ていたアリサが俺にもたれかかっていた。そしておそらくは、俺もまたアリサに寄りかかって寝ていたのだろう。視線で人が殺せるんじゃないかという勢いの目力で睨み付けるリナが、俺に抗議の声を投げつけてくる。
「何なのアンタ!? ちょっと目を離したらすぐこれって、隙あらば発情期なの!? ファンキーモンキーウッキーなの!?」
「誰が猿だよ!? いや、これは本当に偶然というか……」
「偶然で美少女に寄りかかっていいのは少年漫画の主人公だけよ! 中身オッサンの残念イケメンがやったら、ただのセクハラ――」
「う、うぅん……」
勢いに任せて大声を出すリナのせいか、俺の隣でアリサがうめき声をあげる。それに気づいたリナが黙ると、すぐにアリサがゆっくりとその目を開けた。
「ふぁ……あぁ、寝てしまっていたのか。どうしたのだリナ? 凄い形相をしているが」
「え!? いえ、何も!? それよりアリサ様、そこのイケメンの皮を被った残念男から、さっさと離れた方がいいんじゃないですか?」
「ん? おっと、すまんなシュヤク。寄りかかってしまっていたか」
「あーいえ、俺は全然……てか、俺もアリサ様に寄りかかっちゃってたみたいで、申し訳ないです」
「フッ、貴様ならば構わん……あと、アリサでいい。別に敬称などいらぬし、話し方も他の者と同じでいいぞ」
「え?」
「ファーッ!? やらかした!? アンタ、アタシが寝てる間に何やらかしたの!? クロちゃん! クロちゃんは起きてたんだから知ってるわよね!? 教えてプリーズ!」
「ニャ? その二人は――」
「なあクロエ。実はさっきの階層でバックアタックしてきた敵から、サバ缶をゲットしていたんだが……」
「クロは何も知らないニャ。耳をぺたんとして何も聞いてなかったニャ」
アリサにしてもクロエが起きていることを知っていて相談してくれたのだろうから秘密というわけではないんだが、何となくベラベラ喋るのは違う気がして、俺は懐からとっておきの切り札を取り出す。
するとクロエは光の速さでそれを手中に収め、耳をぺったりと頭の上で倒した。そしてそれを見たリナが、野獣のような雄叫びをあげる。
「吐き気をもよおす『邪悪』とは! 無垢な猫娘を買収して口を塞ぐ事だぁぁぁぁ!!!」
「モブリナさん、落ち着いてください! いくら安全地帯とはいえ、それ以上騒ぐのは流石に……」
「そうだぞリナ。アホなこと言ってないで出発の準備しろ。携行食……チーズとチョコとプレーンがあるけど、どれがいい?」
「あ、私はチョコでお願いします」
「クロはチーズがいいニャ」
「むぅ、メイプルはもうないのか?」
「それはさっきので終わりですね……あ、でもバニラがあった。はいどうぞ、アリサ様」
「アリサでいいと言っただろう?」
「うっ……じゃ、じゃあほら、アリサ」
「うむ、いただこう」
「アンタは今! 再びアタシの心を『裏切った』ッ!」
「まだやってんのかよ。お前の好きなフルーツ味やるから、いい加減落ち着けって」
「むぐぅ!?」
俺は鞄から取り出した棒状の携行食を騒ぎ続けるリナの口に突っ込みつつ、自分もまたプレーン味のそれを囓る。口の中でホロホロほどける二本入りパック二つが一箱に入ったそれは「ホロリーメイト」なる携行食であり、現実にあるとある食品にとてもよく似ているが、当然何の関係もない別物である。
だがそういう感じのフレーバーテキストを書いたバイトの林田君には感謝してもいい。仕方ない、もし日本に帰れても、石を囓らせるのは勘弁してやろう。
それと、あえて言わずとも皆わかっているが、これが最後のまともな食料だ。あとはさっきクロエにやったサバ缶があるが、あんなの一つを五人で分けても仕方ないし、何より斥候は今の俺達にとって間違いなく生命線だ。危険で負担のかかる役を任せているのだから、そのくらいの役得はあって然るべきだろう。
「……それじゃ、行くか」
「そうね」
そうして短い食事を終えると、俺達は顔を見合わせ頷き合い、遂に階段を降りきる。すると今回も背後のそれがフッと消え去り、残ったのはただの通路。とはいえこれももう慣れたので、誰も動揺したりはしない。
「前と後ろ、どっちに行くニャ?」
「すぐ分岐になってるみてーだし、まずは前に行こう。角の向こうに魔物がいて、挟み撃ちとか追い打ちとか食らうと嫌だからな」
「了解ニャ」
俺の言葉に、クロエがやや先行して歩き始める。幸いにして魔物の姿はなかったので、そのまま適当に歩き進んで行ったわけだが……
「この先、いるニャ。数は……五匹?」
「多いな。こっちと同じか……」
クロエの報告に、俺を含めた全員が顔をしかめる。同レベル帯の敵となると、その耐久力は弱点属性を今使える最強の魔法で突けば一撃、くらいのラインになる。
つまり、迅速に数が減らせない。弱めの敵五匹と強めの敵一匹なら、強めの敵の方がずっと対処しやすいのだ。
(これが某国民的RPGだったら、何匹いたって一グループとかになってくれるんだがなぁ)
プロエタは残念ながらアクションRPGである。魔法には攻撃範囲があるものもあるが、コマンドRPGのように「一グループ」みたいなざっくりした判定にはなっていないのだ。
まあ全体攻撃ならその限りではないが、流石に一五レベルだとまだそんな魔法は覚えないのと、あと普通に味方にも被害が出そうなので、使い処は難しそうだ……っと、それはそれとして。
「来るニャ!」
鋭いクロエの声に、全員が身構える。通路の奥の暗がりからやってきたのは、ヌラリと輝くウロコを持つトカゲ人間!
「リザードマン!? チッ、最悪だ!」
「ギシャァァァ!!!」
「ここは通さん!」
長い槍を手にしたリザードマンの攻撃を、アリサが盾で受け流す。そうしてできた隙にクロエが切り込んだが、他のリザードマンが足下を薙ぐように槍を動かし、回避のためにクロエが軽く跳ぶ。
「いかん!」
「ニャ!?」
「クロエ! ミード・マナボルト!」
跳んで回避不能になったクロエを狙い、更に別のリザードマンが槍を突き出す。それを阻止するために、俺はずっと温存していた攻撃魔法を放った。ゲームならレベル一二で覚えるマナボルトの上位魔法はその威力を遺憾なく発揮し、クロエを狙ったリザードマンの体を吹き飛ばす。
「ミスったニャ! 助かったニャ!」
「まだ終わってねーぞ、油断するな!」
「アタシも――」
「リナは手を出すな! こいつらに水系の魔法は効かねーの、知ってるだろ!」
「っ……」
「ロネットの防御に専念してくれ。ロネットはフリーズポーションを……三つだ! それで一匹沈む!」
「わかりました!」
悔しげな顔をするリナをそのままに、俺は指示を飛ばしていく。リザードマンの弱点はトカゲらしく冷気で、逆に水属性の魔法は効果が半減する。まったく効かないわけじゃないので牽制には使えるが、この先水が有効な敵が出るかも知れねーし、何よりリナは飲み水が出せる。その魔力はできるだけ節約し、温存しなければならない。
「……気持ちはわかるけど、堪えてくれ」
「平気よ。ここで我が儘言うほど馬鹿じゃないわ。ロネットは任せて!」
「おう、頼んだ! クロエ、俺に合わせろ!」
「わかったニャ!」
俺もロネットの守りに回りたいが、まずは数を減らさなければどうしようもない。リナなら多少は耐えられると信じ、一人で必死に攻撃をさばくアリサの横から飛び出す。
「えいっ! やあっ! たあっ!」
久しぶりの通常攻撃。だが剣を振ることに慣れたおかげか、以前よりも力が乗っている気がする。ガンガンと槍を叩きつけられ怯んだリザードマンに、身を低くしたクロエが迫る。
「疾風斬りニャ!」
「ギシャァァァ!?」
足を深めに斬られ、リザードマンが叫ぶ。ゲームならHPが二割減った程度だろうが、現実でなら足を斬られれば動けなくなるし、腕を斬られれば武器が持てなくなり、首を斬られればそのまま死ぬ。こっちが全体的に後退すれば、動けない一匹はその場に取り残され戦線離脱。
ということで、まずは一匹! さあ、どんどん行くぜ!





