また一歩、前に進めたよ
「シュヤク、後ろ!」
「!? あー……やっぱそうなのか」
流石に探索中にもう一度地形が変化するということはなかったようで、その後俺達は問題なく発見していた下り階段へと辿り着いた。そうして皆が揃って階層を下ると、背後でフッと階段が消える。
結果残ったのは普通に塞がっている天井と、奥にまっすぐ繋がる通路。なるほどここまで跡形もないなら、上り階段なんて発見できるはずもない。にしても……
「できればもうちょっと詳しく調査したかったんだがなぁ」
誰かが上の階層に残っていた場合、下り階段も消えるのか? 残るならそれを下ったとき、同じ場所に辿り着くのか? 調べたいことは幾つもあったが、それをやった結果パーティが分断されました、じゃ笑い話にもならない。
「おいシュヤクよ。その慎重さと好奇心こそ貴様の強みなのだろうが、とはいえ全てを一人で知ろうとするのは無謀だぞ?」
「そうだニャ。そんなのは学園の調査隊に任せたらいいニャ」
「むぅ、そりゃそうだな」
アリサとクロエに指摘され、俺は思わず顔をしかめる。半端に制作者側の視点が入ってるせいで「自分が知らない」ことを不安に思いがちだが、確かに普通に考えたら、世の中知らないこと、わからないことの方がずっと多くて当然だ。
とはいえこれは俺の気質というか、性分みたいなもんだからなぁ。ま、程ほどにしとくのがいいんだろうかね。
「これで進むしかなくなっちゃいましたね」
「だな。ま、最初からそのつもりだし、いいだろ。隊列はさっきまでと同じで……あーでも、まだ先が読めねーからロネットとリナは節約してくれ。基本は俺達が戦って、ヤバそうだったら手伝う感じで。
あとその関係で、マッピングは引き続きロネットと、あとリナの二人に任せたいんだけど、いいか?」
「仕方ないわねぇ。ま、手が空いてるのはアタシ達だけだし、いいわよ」
「頑張ります!」
二人の返事を聞いて、俺達は新たな階層を歩き出す。幸いにして周囲の景色に変化がないため、これなら魔物の強さも一段増しくらいで収まりそうだが……
「正面、敵が来てるニャ!」
「ファイターが二にアーチャーが一! 今までと変わらない、か? 迎撃する!」
クロエの警告に合わせて、アリサが前に出る。数的には二対三でこっちが不利だが、そこは質でカバーだ……などと思いつつ剣を構えて待機する俺に、リナが首を傾げて問うてくる。
「あれ? アンタは戦わないの?」
「ま、念のためってやつさ。たとえば――っ!?」
不意に。本当に何気なく振り返った視線の先に、薄汚いフードのようなものを被ったゴブリンがいた。短刀を持って跳びかかってくるそいつを防ぐように、俺は慌てて剣を振るう。
「キャッ!? 何!?」
「あっぶな!? チッ、ゴブリンシーフか」
「グギギギギ……」
不意打ちに失敗したゴブリンシーフが、悔しげに唸り声をあげる。いや、マジで危なかった。だが正面からの戦闘なら、こっちに分があるはず!
「後ろからも敵! こっちは俺が抑える!」
「わかった、任せる!」
「こっちは余裕だニャ!」
「助けはいる?」
「ポーションを投げますか?」
「いや、まだいい。流石にこれ以上はねーと思うけど、更に追加の遠距離攻撃持ちが増えるようだったら、その時は頼む」
「わかったわ。もし来たら返済金ダガーの錆びにしてあげる!」
「ぐっ……」
リナが嬉々として抜き放ったのは、俺が借金返済の一部としてリナに買ってやったものだ。切っ先から魔法を飛ばせる魔法士向けの短剣で、お値段もそれなりだったわけだが……ま、まあいい。俺の食事が固パンになったのは自業自得だからな。
でもフレーバーテキストに「石のように固いパン」と書いたバイトの林田君は許さん。もし俺が日本に帰る日が来たならば、絶対にその辺の石を囓らせてやる。
「ギギッ!」
「おっと、もう不意は突かれねーぞ!」
俺が理不尽な怒りを募らせているところに、ゴブリンシーフが身を低くかがめて斬りかかってきた。だが正面から戦いを挑まれるのであれば、レベル差のおかげで俺の方が大分有利だ。
ギンッ! ギンッ! ギンッ!
「うっ、くっ、おっ!?」
リズミカルに振るわれる短剣を買ったばかりの「灼熱の剣」で受け止める。確かこいつのレベルは八か九くらいだったはずなので、その動きは十分に見える。
だが見えるからといって、余裕を持って対処できるというわけではない。全ての身体能力は俺の方が三割くらい高いと思うが、その差を大きく縮めてしまうくらい、俺には決定的に足りないものがある。
「フッ、フッ、フッ……」
(なるほど、これが『経験値の差』ってやつか……)
レベルという不思議な要素でどれだけ身体能力に恵まれようと、拳を握って喧嘩すらしたことのない人間が、たった一ヶ月訓練や実戦を繰り返した程度では、その力を十全に発揮することなどできるはずがない。
対してゴブリンシーフは、この世界に生まれ落ちたその瞬間から一定の戦闘技術が与えられている殺戮者だ。その動きに無駄はあっても無理はない。躊躇うことなく振るわれる一撃は、その全てに俺の命を奪うという意志が乗っている。
「フッ、フッ、フッ……」
力の差を技術で、精神で埋める。まるでどっちが主人公かわからない戦闘だが、だからこそ俺はゴブリンシーフの攻撃を受け止め続ける。スキルを使えばあっという間に片が付くが、それをすべきは今じゃない。
ギンッ! ガチンッ! ジャキン!
「おらおらどうした? その程度か!?」
HPという無敵の防御を捨てた今、この短剣がかするだけでも俺の体は斬り裂かれ、痛みと共に血を流すことになる。ダンジョンに閉じ込められ、脱出の見通しも立たない現状でのそれは、ちょっとしたものですら致命傷に変わりうる。
でも今。だからこそ今。俺は命を削って己の技術を磨いていく。見てから無理矢理動かすのではなく、ちゃんと相手の動きを予測して動かす。強引に力で押し切るのではなく、ちゃんと相手の隙を突いて切る。
俺は未熟だ。たった一ヶ月前にこの世界に生まれ落ちた赤ちゃんだ。
でもだからこそ、ほんのわずかなきっかけで成長できる。ほんの小さな成長ですら、大きく変われる。
ギンッ! ガキンッ! ギャルンッ!
「グギャッ!?」
遂に俺の剣が、ゴブリンシーフの持つ短剣を跳ね飛ばした。生まれながらの殺戮者に、赤ん坊の剣の技が届いた。
「ありがとな」
それはきっと傲慢な台詞だろう。だが俺の成長の糧となってくれた相手に、俺は心からの感謝の言葉を贈る。そして……
「火炎斬り!」
本来ならば必要ない、武器スキルを発動する。死出の餞をその身に受けたゴブリンは、全身を真っ赤に燃やして断ち切られると、その体はすぐに光となって消えてしまった。
「ふーっ」
「お疲れ様。いい戦いだったぞ」
敵の最後を確認し、残心を終えて息を吐く俺に、背後から声が掛かる。振り向けばそこには戦闘を終えたアリサやクロエ、それにずっと見守ってくれていたらしいロネットやリナの姿もあった。
「ありがとうございます、アリサ様。すみません、待たせちゃいましたか?」
「構わんさ。いいものも見られたしな」
「シュヤク、格好よかったニャー。クロの尻尾がシュピーンとしちゃうニャ」
「ちょっ!? 駄目よ二人共! こいつはこうやって、格好いいところを見せて女の子にモテようとする変態なんだから!」
「あの、モブリナさん? それは別に普通なのでは?」
「ちがっ! だから…………あーもう!」
「ふがっ!?」
焦れたリナが、いきなり俺にヘッドロックをかけてきた。俺のあたまが、とてもいたい。
「いきなり何すんだよ!?」
「ほら、アタシの匂いを好きなだけ嗅がせてあげるから、他の子は諦めなさい!」
「ざけんな! それお前が勝手に作った設定じゃねーか! 離せよ! いてーよ! あとくせーよ!」
「臭くないわよ! 適当なこと言ってると、アンタ頭かち割るわよ!?」
「これ以上!? 痛い、マジで痛いって!」
「フフッ、お二人は本当に仲がいいですね」
「でも時と場所は選んで欲しいニャ」
「程ほどにしておけよ」
「臭くないって言いなさいよコラ!」
「ぐあーっ!」
危険な閉鎖空間たるダンジョンのなかに、リナの怒号と俺の悲鳴が響き渡った。





